紙上談兵
どうも。黒猫のライオです。今、ルギさんの部屋でゴロゴロしているのですが、のんびりゴロゴロしているわけにいかなくなって焦っています。
なんと、部屋の中にメモ紙が散乱しているのです。ルギさんが書いては床に捨てるという行為を繰り返した結果、紙だらけの部屋になってしまいました。
しかも、ルギさんの機嫌がそこはかとなく悪いです。雰囲気が、こう、黒くなってます。
こんなルギさんは初めて見ました。
「ダメだ、やめた。」
おっと、何か終えたようです。
「どうした?」
ライオが無言でルギを見上げていたので、不思議に思ったのか、ルギが声をかけた。
「いやあ……怒ってました?」
「え。」
「部屋が紙だらけですけど。」
そういうライオも紙と紙の間から頭を出しているような状態で、ルギは部屋の中に散乱する紙の存在に気づいた。
「ああ……片付けるか……。」
「何をメモしていたんですか?」
「お姫様救出作戦だ。」
部屋に散らばった紙を拾い、束ねながらルギが答える。
「ルベルさん、ですね?」
「ああ。」
「ルベルさんって、その写真の人でいいんですか?」
「そっか、ライオはまだ会ってないんだな。」
「はい。まだ話しか聞いてませんね。」
「助ける、か。」
「?」
ルギが写真を見ながら呟いた。
「俺だってできることなら、って思ってるんだがなぁ……。」
「難しいんですか?」
「……前例がないからな。なんとかして神の遣いを納得させればいいんだろうけど。」
「納得、ですか。この国の担当者さんと戦うんですね?」
「ま、そういうことになるだろうな。」
「勝ちましょうね。」
ライオが尻尾を振りながら言った。
「え。」
「なんですか、その顔。勝つんですよね!?」
ルギが驚いたような顔をしたので、ライオが前足を突き出して言う。
「あ、ああ……。」
「もう、ルギさん。ダメですよ、そんな顔じゃ。強気でいきましょう!! 絶対に勝つんです!!」
「そう、だな……。勝つぞ。」
「はい!!」
ライオが返事をしたのと同じくらいにルギの部屋のドアが開いた。
「なんだか、盛り上がってるとこ悪いが……。」
「? デオルダ?」
「どうかしましたか?」
ルギとライオが揃ってデオルダを見上げる。その顔に呆れたようにデオルダが言った。
「朝だぞ。」
「え?」
「紙束を見る限り、また気づいたら朝だったー、とかそういうパターンなんだろ?」
「やっぱり部屋に時計置こうかな……。」
デオルダが呆れ顔でドアの前に立っている。その後ろからは窓から朝陽がルギの部屋にも入ってきて、朝を告げている。知らぬ間の、朝だ。
「それ、毎回言ってるぞ。お前。」
「うぅ……。」
「コーヒーは入れたけど。」
「飲みます……。」
笑うデオルダの言葉に催促されたようにルギが立ち上がる。
「ライオは?」
「ミルクで!!」
ライオは両前足を突き出して答えた。
「任せてくれよクルーニャ!!」
青年は嬉しげに叫ぶ。
「頼むわよ。」
「ああ、なんという奇跡だろうか。君から僕に頼みごとなんて……これはまさか赤い糸で結ばれた運命なんじゃ……。」
「話が長い。」
クルーニャは通信機に向かってため息を吐いた。似たような言葉を幾度となく聞かされた。そもそも、今回自分から連絡をとったのも、ただただこの男の出身地を思い出したからである。理由もなしにこの男と喋ろうとは決して思わない。
「ごめんごめん。あ、そうだ。」
「何?」
「クルーニャが今いるとこ。」
「クリングル?」
「そうそう、お祭りなんだろ?」
「まだ準備中よ?」
「お祭りに遊びに行こうって誘われてさ、僕も行くことにしたんだ。」
「あら、誘ってくれる友人がいたのね。」
クルーニャは驚いたように聞き返した。
「ひどいなぁ……誘ってくれたのはスティスだよ。」
スティス・ミュール。賢者の一人である。
「え、じゃあスティスと二人で来るの?」
「それがね、二人じゃないんだよ。」
「はあ?」
言っている意味がわからないとばかりに、クルーニャが聞く。
「ルギ、いるんだって?」
「ええ。私も会ったときびっくりしたわよ。」
「それを聞いたアモリアも行くって言い出して。」
アモリア・モンドジェスタ。またしても、賢者である。
「ちょっと待って。三人で来るってこと?」
「そうそう、珍しいだろ?」
通信機の向こうで、面白そうに笑う青年。
「賢者長も来るって言ってたし……クリングルには私とルギがいるのよ?」
「賢者長に言ったら大笑いだったよ。まさか、ってね。」
「祭りの日程に合わせてこの国に賢者が全員集まるって……どうなってるのよ。」
クルーニャは呆れ返ってしまう。お祭りがあるからと言って賢者全員が集まるなど聞いたことがない。
「まあまあ、久々でしょ?」
「そうね。」
「楽しみにしててね、クルーニャ。」
「私としてはあなたよりもあなたに頼んだもののほうが重要なんだけど。」
クルーニャは念を押すように青年に言う。スティスやアモリアに会うのはクルーニャとしても楽しみだ。それでも、この男にあって楽しめた試しがない。
「もう、素直じゃないなー。」
「あんたがバカ正直なのよ。」
「褒めてくれるなんて……嬉しいな。」
「貶してるのよ。」
喋っているのが嫌になってきた。
「おっと、今回は切らないでくれよ。」
「わかったわ、よろしくね、ユーシィ。」
「もちろんさ、My……。」
「聞き飽きた。」
そう言ってクルーニャはユーシィの言葉を聞く前に通信を切った。
「勝手に切ったな、今。」
振り返ると、ノッシュが笑っていた。
「あら、聞いてたの?」
「途中からな。」
「まあ、そういうわけでお祭りに全員揃うとうるさいものの他でもない賢者が集まっちゃうから。」
「そりゃあ、賑やかになりそうだな。」
ノッシュとしては賢者全員に会えるという楽しみから笑っていた。
「いいことばかりじゃなさそうなんだけどね。」
クルーニャが考える悪いことは一択でユーシィのことである。
「ま、ルギに会いたいんだろ? 他の賢者達はさ。」
「それは、そうなんだと思うわ。ルギは別にって言うだろうけど。」
「ああ、それは想像できる。」
「ホント、一番素直じゃないのはルギなんだから。」
クルーニャがそう言いながら笑う。いいだけ素直じゃないと言われからかわれたが、人のことは言えないと思っていた。お互い様なのだ。
「ルギと言えば、一つ気になってることがあるんだよな。」
「何?」
ノッシュが腕を組んで首を傾げた。
「あいつ、花火どうしたんだ?」
「あ……。」
「花火なんて作ってる雰囲気全くないだろ?」
「……確かに。」
そう言われると、とクルーニャが付け足した。街中の飾り付けの話を持ちかけた頃、子供達に頼まれていたのは知っていた。それからどうしたのか、何も聞いていない。
「祭りまでもうそんなに時間ないのに……あいつどうするつもりなんだ?」
「忘れてる……なんてこと、ないわよね。」
「あいつに限ってそれはないだろ……。」
「だって、ルベルとか神様とか、オルディーガとか……色々あったじゃない?」
「あ、ったなぁ……。」
ノッシュが一瞬止まったが肯定する。確かに、クルーニャの言う通り色々あった。
「明日、確認してみないとね。」
「だな。」
二人が顔を見合わせて頷いた。最初は顔を合わせるだけでどうしようと目のやり場に困っていたとはもう誰にも言えなかった。
翌日、広場には逸早くルギがいた。
「は?」
率直にルギに問いかけてみるも、返ってきた言葉は迷惑そのものをまとっていた。
「だーかーらー。花火よ。花火。」
「作ってんのか?」
「まためんどくさい時期にめんどくさいことを思い出したな、お前ら。」
「めんどくさいって言ったわよ。」
「ああ、聞こえた。」
ついでに、小さく舌打ちも聞こえただろうか。
「ちゃんと考えてるから、今余計なこと考えさせんな。」
「じゃあ、今何考えてんのよ。」
「随分食いつくな、今日。」
ルギは呆れるようにクルーニャに言った。
「いいじゃない。気になるんだから。」
「よくない。街灯の飾り付けしろ。」
「話題変えたわね、今。」
答えようとしないルギに向けて口を尖らせたが、こんなことを気にするルギではないことはクルーニャがよく知っているのだった。
「ではでは、ここは僕がご説明します。」
すると、ベンチの上に飛び乗ったライオが前足を突き出して現れた。
「ライオ?」
「お前説明とかできんの?」
ルギが横目でライオを見る。
「フフフフ、ルギさん。僕を見くびってもらっては困ります。」
「?」
「花火に関しては作ってないの知ってますけど、今考えてることについてなら知ってますから!!」
ライオが胸を張るように背筋を伸ばして言う。最早、ライオがこの状況に終止符を打ってしまった。
「え。」
「お前はまた余計なことを……。」
「あれ?」
驚いて固まるノッシュとクルーニャ。そして、ため息のルギを見て、ライオは首を傾げる。
「お前、花火作ってないのかよ!!」
「うるせえなぁ……。」
驚いて声が大きくなるノッシュ。ルギは手で耳を塞ぐ。
「これは信用問題よ!?」
「だから……。」
逆側からクルーニャにも怒鳴られたルギは横目でうるさいとアピールする。
「いいからその手を止めてこっち見なさい!!」
「話を……。」
それがどうにも逆効果だったようで、クルーニャの勢いは止まらない。
「今日という今日はちゃんと説明してもらうわよ!!」
「今……。」
話そうにも、口を開いた瞬間にクルーニャが怒鳴るので、ルギの声は聞こえてない。
「何か言ったらどうなのよ!!」
「……もういいや。」
「おい、今諦めたぞアイツ。」
クルーニャの勢いに負けたのはルギだけではなく、ノッシュはライオの隣にいた。
「クルーニャさんに負けましたね。ルギさん。」
「この場合、クルーニャ勝ったのか?」
「うーん……どうなんでしょうか。」
「どうなんだか……。」
尻尾を振りながら考えるライオと、ため息のノッシュ。
「お取り込み中失礼しますぜ。」
「え。」
すると突然後ろから声をかけてきた男。ここでもクルーニャの勢いが収まることはなく……。
ルギに対して怒鳴ったままの勢いの声で、見ず知らずの相手に質問を投げかけた。
「どちら様ですか!?」
「すみませんね、騒がしくて。」
「いえいえ、賑やかで何よりですよ。お祭りは賑やかの方が楽しいもんでさ。」
そう言って突然現れた男は白い歯を見せて嬉しそうに笑っていた。
2月2日:誤字訂正
読んでいただきありがとうございます。
準備が順調に進んでいる感じですね。
知らないオヤジも出てきたことですが……。
怪しくないので悪しからず。
またよろしくお願いします。