酒好きなおっさんからの忠告
テーブルの上にダンボールが四つ置かれた。中には多くの花と、カラフルな紐、針金など、子供からしてみると工作道具のようなものが収まっていた。
「これが街灯の飾りで、こっちが……。」
ルギがテーブルごとに分けていく。
「すげえな。」
「さすが創造神。」
その様子を誰もが何も言わずに見ていた。
「で、一応やり方とかはノッシュに教えてあるので、わからなくなったらノッシュに聞いてください。」
そう言ってルギはノッシュに持っていた紙束を渡し、ノッシュが軽く頷く。
「ん? お前はここにいないのか?」
「あ、俺は他に頼まれてる方をどうにかしなきゃならなくて。」
「他?」
「広場の方ですね。」
「お前、随分と頼まれてたんだな。」
「アハハ……。」
ルギは苦笑いで街の人々の質問に受け答えした。
「そういうことですので、一応こっちは俺らだけで。」
「おう、やるぜ。」
「ノッシュ、何かわからないことあったら聞いてくれ。」
「ああ、わかった。」
そうして、ルギは飾り付け作業場を足早に出て行った。
「……何かご用ですか?」
広場で作業していたルギは手を止めずに声をかけた。
「おや、さすがだね。これでも騎士の端くれとして頑張って隠れてたんだが。」
「それはどうもすみません。」
「思ってないね?」
木の裏から笑いつつルギに近づくが、ルギに手を止めるつもりがなさそうに見えて笑うしかない。
「いやあ、一人ならまだしも……六人に見られてたら怖いです。」
「人数までわかっていたのか。そりゃ失礼。おーい、全員出てこい。」
ようやく顔を上げて話したルギだったが、一人ではないことまでバレていたと知り驚く。
「はい。」
返事をしながら、周りの木々の裏や上から現れた騎士。
「それじゃあ、改めて。何のご用ですか? えっと……ジェイズさん、でしたか?」
「覚えていてくれたのか? 光栄だね。」
ジェイズ・ティクウィルは笑いながら創造神を見た。
「思ってないようですね。」
「つれないな。」
少しからかうつもりだったのだが、どうもノリが悪い賢者だとジェイズが少し口を尖らせた。
「これでも忙しいもので。」
「それは悪いことをしたね。」
「再三聞くようで悪いですが、ご用件は?」
ルギが忙しいということをジェイズは疑いはしなかった。なぜなら、ルギは最初に話しかけて来た時から手を止めていない。作業をしながら会話をしていたのだ。止める暇がないと見える。
「君、何かしようとしてるんだろ?」
ルギはジェイズの方を不思議そうな顔で見返した。
「気をつけろよ。」
「どういう……。」
「お姫様を助けるためには数多くの試練をくぐり抜けなきゃならないものさ。王子様はな。」
「っ!?」
ルギは驚いた顔をしてジェイズを見た。色々と驚きすぎて言葉が出てこなかったが。
「だからこうして言いに来たのさ。魔王には気をつけろってな。」
「それは、国王が俺を狙って何かしてくると言ってるという解釈でいいですか?」
「ああ、正解。」
白い歯を出して笑うジェイズと、ため息をつくルギ。作業の手はいつの間にか止まっていた。
「それだけで六人も来たんですか?」
「ああ、それは別件。」
「別件?」
「こいつらは準備の手伝い要員だ。好きに使ってくれ。」
「それは俺に言われても困るんですけど。」
ルギが困った顔を向けてきたのだが、前もって聞いていたので笑いそうになる。
「ミルシェはお前に言えって。」
「計画的ですね……。じゃあ、ノッシュのとこに行ってもらっていいですか?」
「だ、そうだ。」
「わかりました!!」
そう言って、ジェイズの後ろにいた騎士達は走って行った。
「あなたは?」
手を振って自分の部下を見送るジェイズが気になり、ルギが声をかける。
「面白そうだから、お前さんを見ることにするよ。」
「……面白いですか?」
「ああ。」
「……ご自由に。」
笑うジェイズはまったくここから動く気がなさそうで、その相手にするのが嫌になったのか、ルギは身を翻すように作業に戻った。
数時間後。時間的に昼に差し掛かったくらい。
「質問いいか?」
「……どうぞ。」
唐突にかけられた言葉だったので、ルギは振り返った。ジェイズは最初と変わらず、ベンチに腕を組んだまま座っていた。別に喋ることで集中力が途切れることもないだろう。少しは気分転換になるかとも思いながら承諾した。
「なんで賢者になろうと思ったんだ?」
「気になる事なんですか? それは。」
「俺としてはお前に結構興味があるんでな。」
振り返ったルギの顔が呆れていたので、ジェイズは素直な答えを返した。
「気を悪くしたなら謝るが?」
ルギが何も答えなかったので、答えたくない質問だったのだろうかと思ったジェイズ。
「いえ、そういうもの好きは少なからずいたので。」
「ほー。」
「単純ですよ。俺は生きるための手段として賢者になった。それだけです。」
「生きるため、ねぇ……。」
「なんですか。」
ジェイズの言い方が少し気になり、聞き返すルギ。
「ここからは俺の独り言な。」
「?」
目が合ったところでジェイズは笑いながら喋り始めた。
「俺はお前がそこまで生に固執、こだわってるというか興味を持ってるとは思ってなくてな。」
「いや、俺も人間ですよ。」
簡単に笑いながら言われてしまったが、それでは自分が死にたがっているように感じて、ルギが言う。
「それを言っちまったら元も子もないだろ? それに、だ。ちゃんと俺も理由あるよ。お前が生にこだわってないって思った理由。」
「なんです?」
「俺さ、二年前にライナックにいたわけ。」
「!?」
ルギが目を丸くして固まった。
「あ、そんな顔すんな。行ったのはその後だ。」
「その後?」
「延期になったおかげで予定が空いてな。ちょうど審判を見に行っていたわけさ。」
「俺関係ないでしょ……。」
誤解は解けたとは言え、ルギにとって個人的に掘り返したくない話題だった。
「ま、いないのには驚いた。でも、その次の日。帰ろうとした俺はもっと驚いたのさ。」
「次の日……。」
「一泊してたからな。だが、俺はとんでもないものを見たわけだ。」
「……見てたんですか。」
ここまで来て、ジェイズが一体何を言いたいのか、何を見てしまったのかがわかった。
「ああ。だが、それは俺だけじゃなかっただろう?」
「まあ、いい見世物にはなってたと思いますよ。俺としても。」
「見ずになんかいられないだろ……賢者が街の人にボコボコにされてんだから。」
「まあ、仕方ないでしょうね。」
「え。」
この反応はジェイズにとって予想外であった。質問を投げかけたのは自分であるが、こんな答えが返ってくるとは思わなかった。
「権力に守られた人間に向けた怒りを発散させる手が他に思い浮かばなかったんでしょうから。」
「お前、被害者だったよな?」
ジェイズが恐る恐る確認する。
「ええ。華麗にボコボコにされてましたね。」
何事もなかったかのように、ルギは答えた。
二年前、延期された神の審判を合格という形で締めくくったライナックだったが、騒動はそこで終わりを迎えたわけではなかったのだ。
一連の責任を負わされた賢者に制裁を。この想いが、街の人々を動かした。
赤信号みんなで渡れば怖くない、とはよく言ったものである。集団で根本の原因であるとされた創造神を殺そうとした。街中で。その様子を多くの人々は見ていた。助けることはせず、ただ、見ていた。
「抵抗とかしなかったわけ?」
「両手縛られてましたし、そんなことできなかったというか……そもそも、するつもりもありませんでしたね。」
「……無抵抗決め込んでたのか。」
確かに、ジェイズが当時見る限り、ルギ・ナバンギが抵抗しているようには見えなかった。それでも、人間は死に直面して無抵抗でいられるものなのか……。
「ええ。元はと言えば俺が断ったのが原因みたいでしたから。」
「それでも、だ。」
「もう一度言いますけど、俺だって人間です。理由もなく死にたいなんて思いませんよ。」
「理由があったら死にたいって思うのか?」
「随分ズケズケと聞くんですね。」
「明らかに嫌な顔したな、今。」
「……。」
ジェイズの言葉にルギは何も答えなかった。
「じゃあ、次の質問にしよう。」
「まだあるんですか!?」
「おう、あるある。気になると仕方ない性分でな。」
本気で驚いたらしく、ルギは困った顔をしたままため息をついた。
「その、噂のお姫様とはいつからなんだ?」
「どこで聞いたんですか、その話。」
ルギは目を細めてジェイズを睨んだ。
「まあ、噂っていうのはすぐ回るもんでな。」
「あいつとは幼馴染みたいな感じです。表現するなら。」
「ほう……。お似合いだな。」
ノッシュとクルーニャをからかうのも面白いが、こちらはこちらでなかなか面白そうだと感じたジェイズだったが、ルギの一言で疑問を抱くしかなかった。
「そんなんじゃ……ありませんよ。」
「?」
遠くを見たルギの様子と言葉がどうしても、理解できなかった。
「ルギー!!」
「昼休憩にしようぜー!!」
ルギに向かって手を振るクルーニャとノッシュ。
「正直なとこ、最近のノッシュとクルーニャを見てて思う時がありますから。」
手を振りながらルギがジェイズの方に向き直った。
「何を?」
「単純に……羨ましいなって。」
羨ましい。そう言ったルギの顔はとても悲しげな顔だった。
「創造神。」
「なんです?」
「お前、街の人に二年前のこと、半分だけで十分だって言ったろ?」
「ええ。」
「さっきのはさ、残り半分に含まれてるんだよな?」
「……だったらなんです?」
「俺は知りたいと思う。お前が理由ありきで命を手放そうとしていたというなら、尚更な。」
「……。」
ルギは目を細めてジェイズと目を合わせた。ジェイズは言葉を続ける。ここで止めてしまえば、自分の考えを伝える機会はもうないのではないかと思ったからだ。
「今、この国にとってお前は言わば救世主だ。一人で何かを背負って死なれては夢見が悪い。」
「……国を救って長生きしろってことですか?」
「まとめるなよ!! おっさんのいいセリフだっただろうが!!」
「そ、そうですか……?」
突然ジェイズが大きな声を出し、口を尖らせたので、ルギがどうしていいかわからなくなっていると、ジェイズは笑い出した。
「まったく。おかしすぎて笑っちまうな。」
「笑いすぎです。」
ルギは呆れながら、よく表情の変わる人だと、感じた。
「今度は酒の場でお喋りの相手してくれよ。」
「え。」
「なんだ。酒が飲めないわけではないだろ? 年齢的に。」
「いや、その面は全然問題ないですけど。」
「それともあれか? 弱いのか?」
「……。」
肘でつつかれながら、ルギは回答に困った。
「なるほど、図星だと黙るんだな。よし、今日飲み会だ!!」
「ちょっ!?」
「何の話ですかー?」
いきなりの提案に驚いていると、ノッシュ達がやってきた。
「いいとこに来たな!! 今日の夜飲むぞ!!」
「いきなり!?」
「こんなにも酒の肴があると盛り上がるな。」
「そんなにあります?」
「お前らいじるのもいいけど、主役はこいつだな。」
ジェイズはルギの頭をポンポンと叩いた。
「う……。」
「え、なんです?」
「知ってたか? コイツ、酒弱いって。」
「嘘!?」
驚くクルーニャ。ルギは最早諦めたように何も言わずに頭を叩かれていた。
「そんな顔してるわな。」
「顔なんだ……。」
「創造神。」
改めるようにジェイズがルギを呼ぶ。
「酒好きなおっさんからの忠告、ありがたく受け取れよ。」
「……魔王には気をつけることにします。」
「魔王?!」
笑って答えるルギと、いきなりの魔王に驚くノッシュとクルーニャ。
「よろしい。今晩は楽しみにしてるぜ。」
「あ、そっちはちょっと……。」
声を小さくしたルギの背中を勢いよく叩き、ジェイズは嬉しげに広場からどこかへ行ってしまった。
その姿が見えなくなる頃、広場にはルギのため息だけが残されていた。
2月2日:誤字訂正
読んでいただきありがとうございます。
お祭りに向けての準備期間突入です!
最初は楽しげなおっさんがやって来るという…
楽しげな感じになっていればいいなぁと。
次からも祭りに向けてほのぼのと行きたいと思いますので、またよろしくお願いします。