いつかの約束
「落ち着いたか、二人とも。」
デオルダが二人の前に立ち、腕を組む。あれから数分勘違いしたままの騒ぎが続き、見かねたデオルダが止めに入った。
「どうもすみません。俺が勘違いしたのがいけませんでした。」
「言い出した私が悪いんです。」
「相変わらずな。」
「楽しそうですね、ルギさん。」
楽しげに笑うルギと、その腕の中で尻尾を振るライオ。
「あんたのせいよ。元はと言えば。」
「それで? このままじゃ話が進まない。」
「ああ、ルベルな。」
「それはわかったけど、オルディーガ? だったか?」
デオルダがソファに座りながらルギに尋ねた。
「そう、オルディーガ。」
「あれ? オルディーガってどっかで聞いたわね。」
クルーニャが首を傾げてノッシュとデオルダの顔を見たが、二人は知らないようで同じように首を傾げた。
「北の地方で取れる鉱石。」
「ああ! 思い出した! あれすごい綺麗なのよね。……で、なんでオルディーガ?」
「しかも、約束とか。」
「ああ、それはだな……。」
ルギが思い出すように口を開いた。
「ホントに言ってるの?」
ルベルがルギの顔を覗き込むように言う。
「ホントも何も……普通は男から女に渡すようなものじゃないか。オルディーガなんて。」
「そ、そんなことないし!!」
「じゃあ、お前はもしも、もらったとして喜ばないのか?」
声を荒げるルベルが嫌がっているのかと勘違いして、ルギが聞き返す。
「そんな話はしてないっ!!」
「どっちなんだよ。」
「うう……欲しい。」
ルベルは一人相撲していたことに気づいたのか、声のトーンを落とし、呟くように言う。
「じゃ、決まりだな。」
「もっ……もしも……。」
「?」
「私が捕まったりとかしてー……。」
「ない。」
小さく、恥ずかしそうに言うルベルに対して、ルギは苦笑いを浮かべ、ハッキリと否定した。
「いやいや、そんな……私最強じゃないし。」
「神様に勝てとは言わないけど。」
「そ、それでもー!! もしも!!」
「なんだかよくわからんが……もしも捕まったらなんだって?」
「助けたりしてくれるの?」
「助けなくたって自分でどうにか……。」
少し上目遣いになっているルベルが気になりながら、ルギはルベルに向き直った。
「お姫様っておとなしく待つものでしょ?」
「……いくつか聞いていいか?」
笑いながらのルベルの言葉で、ルギが少し反応に困った。
「何よ。」
「お前お姫様とかになりたいとか言い出すんじゃないだろうな?」
「私だって性別上は女なのよ!! そういうのに憧れたっていいじゃない!!」
「あ、そう……。」
自暴自棄とも見えるルベルの様子に気圧されながらとりあえず返事だけをした。
「聞かなかったことにして。」
「なんとか、してやるよ。」
ため息をつきながらルギが言った。
最初からそうして欲しいならそういえばいいのに。なんでこういう時だけもったいぶるんだろうか。そんな状況にならないだろうに。
「え。」
「できる限りのことはしてやるよ。諦めたらお前怒るんだろ?」
「そんないつも怒ってなんか……。」
「とにかく。それでいいだろ?」
口を尖らせたルベルの言葉を打ち切るように断言すると、ルベルは嬉しそうな顔をした。
「約束ね、ルギ。ちゃんと助けてよ。」
「あー、はいはい。」
「と、いう感じでな。」
「すごーい!!」
「……よく覚えてたな、二人とも。」
「確かに。でもなんで今年なんだ?」
ルギの話を嬉しそうに聞くクルーニャと、驚きながら聞くデオルダとノッシュ。
「……俺が賢者になったお祝いとか言って、あいつがオルディーガのアクセサリーを買ってきたんだよ。その時はいらないって言ったんだが、聞かなくてな。」
「そりゃそうだろ、お前にって言って買ったんだから。」
「だから、十年後に俺がオルディーガのアクセサリーを買ってやるみたいな話になったんだよ。」
「で、今年が十年目ってことね。」
「そうなるな。」
ルギは抱いたライオの頭に顎を乗せたまま答えた。
「ねえ、オルディーガのアクセサリーもう買ったの?」
「ああ。」
「見たい見たい!!」
ルギの返答に、クルーニャが期待する目をルギに向けて近づく。
「ない。」
「ええ!? 何で!?」
「受け取りに行ってない。」
「行きなさいよ、馬鹿ね。」
淡々と答えるルギに呆れて答えるクルーニャ。
「アホ。お前は籠の中の鳥を簡単に逃がすのか?」
「え? どういうこと?」
「神の審判か。」
デオルダが何かに気づいたように口を挟んだ。
「あ……。」
「そんなことしてる暇ないだろ。」
「で、でも……せっかく……。」
クルーニャはルギが考えを変えるはずがないとわかっているのだが、引き下がれなかった。
「あいつだって、それくらい大目に見てくれるだろ。」
ルギは目を伏せていた。
「……。」
クルーニャは何か言いたかったが、言葉がでなかった。ルギに何を言っても無駄だとわかっていても、何か言ってやりたかったのに、言葉がなかった。
「そんな顔するな。ま、お前みたいにあいつも目を輝かせてたんだから……相当憧れるモノだっていうのは俺だって知ってるよ。」
「そんなに憧れるものなのか?」
クルーニャの表情と、ルギの言葉でオルディーガに興味を持ったノッシュが聞く。
「らしいな。」
「採掘するのも大変だから、簡単になんか手に入らないんだよ。そんなのをもらえるなんて……憧れるに決まってるよ。」
「……すげえな。」
「どうやって手に入れたんだよ。」
驚くノッシュとデオルダ。ルギはデオルダの質問に少し困った顔をしながら答えた。
「どうって……八年くらい待った。」
「ええ!?」
「八年!?」
これには全員が驚き、声をあげたので、ルギも困惑せずにはいられない。
「鉱石にも種類があるんだよ。欲しいのがなかなか見つからないって言うから、見つかるまで待った。」
「すごいな、お前。」
「そんなの、簡単に諦めていいのか……?」
三人とも思っていた。それでもルギに何を言っても考えを変えないだろうということも気づいていた。それでも、ノッシュは聞かずにはいられなかった。
「わかってるっての。それでも、街の人を見捨てるくらいなら約束破ったほうがマシだ。」
「……。」
ルギが三人の方を向いて言う。どこにも、嘘はなかった。
「でも、謝るにしてもルベルを助けないといけないんだろ?」
「ああ。」
「どうするかは、考えたのか?」
「なんとなく考えはまとまってるんだが……。」
天井を見上げるように言葉を打ち切るルギ。
「時間がないんだよなぁ……。もう祭りの準備始まるし……。」
「準備は私達だってするんだし、お祭りは何とかなるでしょ?」
「まあ、な。」
ルギが納得するように頷く。
「ところで、ルベルの誕生日っていつだ?」
「ん? ああ……祭りの最終日。」
「ええ!? 時間ないじゃない!!」
「今そう言ったじゃないか。」
驚いてクルーニャがルギに詰め寄ろうとするが、ルギのため息まじりの返答で歯を食いしばって踏みとどまった。
「……お前、それまでにどうにかしないと神の審判の前に死ぬな。」
「不吉なこと言うなよ。もう既に切羽詰まってるんだから。」
「協力は惜しまないからな。」
「そう言ってくれるとありがたい。」
苦笑いのルギを見て、誰もその言葉が嘘だとは思わなかった。
「一つ。確認させてくれ。」
「なんだ?」
「……オルディーガは、本当にいいのか?」
デオルダが最終確認のように質問を投げかける。突然のことで全員が一瞬反応した。
「お前らが気にしすぎなんだって。お前らは祭り最優先で考えてくれればそれでいいんだよ。」
ルギはそう言って笑った。ノッシュとクルーニャはその顔を見て、口を開きかけた。
「そうか。……ならいい。」
その二人が口を開く前に、デオルダが静かに答えた。ノッシュとクルーニャはデオルダを見たが、デオルダはそれしか言わず、そのあとに口を開くことができなかった。
「無理だろ。」
ノッシュが口を開いた。話を聞き始めた時点で、なんとなく予想もしていたし、雰囲気からそう考えるだろうとは思っていたのだが……本人の口からこう聞くと、どうしようもない。
「即答しないでよ!!」
「いや、即答もしたくなるよ。単純に考えて無理。ルギにバレないように北国に行こうなんて絶対無理。」
できるものなら自分だってそれくらいのことをしてやりたいとは思う。だが、現実的な話、無理なものは無理。
「うう……。だって、八年も待ったのに!! 可愛そうよ、二人が。」
クルーニャがテーブルの上に突っ伏した。
「いや、それに関しては同意見だし。それでも俺は、ルギの街の人を見捨てられないっていうのもあいつの本心だと思って聞いてたけど。」
そんなクルーニャの言いたいことがわからないわけではないのだが、とノッシュもため息をつくしかない。
「否定はしないわよ。でも、ルギはね……自分より他人を優先しすぎなのよ!! いつも!!」
「まあ、そうだなぁ……。」
「でも、これだけはどうにかしたいの!!」
「そう言われても……俺は賢者じゃないし、俺が行くわけにもいかないし。」
ここが自分の無力だと思う点。こうも顕著だと……自分が憐れで仕方がない。
「そうなのよね……。」
「さすがにチーシェにも頼めないよなぁ……。忙しいだろうし。」
ノッシュが頼めるとしたら、チーシェ。それでも、先日呼び出したばかりだ。何度も何度も呼ぶわけにはいかない。
「うう……私そこまでチーシェと仲良くないし。」
「賢者長に頼むことでもないだろうし。」
「喜んで飛んでいくでしょうね。ルギが嫌な顔するだろうけど。」
クルーニャが笑いながらノッシュに言った。嬉しそうなエデンの顔とこの世の終わりのような顔のルギが思い浮かべられたので、心の中でルギに謝る。
「……ごめん、却下。」
「うん。」
「なんか、いないのか? 北国の知り合い。」
ノッシュがクルーニャに話を振る。自分の知り合いには北国はいない。そうなるともう賢者としてのクルーニャを頼るしかない。
「そんなこといきなり言われても……北国……北国北国……。」
「いなさそうだな。」
腕を組んで考え出すクルーニャの様子を見る限り、他の案を探すべきだと考え始めたノッシュ。
「あ。いるじゃない!! 適任が!!」
「いるの!?」
立ち上がったクルーニャに驚きながら、知り合いがいるということにも驚きを隠せなかった。
「今に見てなさいよ……ルギ!!」
「……趣旨変わってるよね?」
天井に向かって突き上げる拳と、クルーニャの意気込みは申し分ないのだが、ルギのためにやるということに関してはクルーニャの頭の中から綺麗に抜けて何処かへ飛んでいってしまったようだ。
そのクルーニャの様子に少し苦笑いを浮かべることとなってしまったノッシュだが、ルギに諦めて欲しくないという気持ちは一緒だった。クルーニャの交友関係に頼ってしまう形になったが、どうあれ結果のために自分ができることを探していこうと思った。
二人の拳は、天井に向かって突き出されていた。
ルギ・ナバンギに残された時間はあと、318日。
読んでいただきありがとうございます。
今回はオルディーガについてでした。
きっかけは、ルギが適当に受け答えしたことみたいで。
オルディーガを巡ってはクルーニャもなんだか考えているようで……。
どうなるのやら。
またよろしくお願いします。