神様来訪!! お姫様救出大作戦!?
俺は今日、初めて猫に土下座する人間を目の当たりにした。
それはとても奇妙な光景と言えるほどのもので、開いた口も塞がらず、言葉を発することさえ忘れ、土下座しているルギから目が離せなくなってしまった。
数分前。
「ルギさん、お祭りの準備どうですか?」
広場のベンチでライオが隣のルギを覗き込みながら尋ねた。
街は少しずつ祭りに向けて動き出しているようで、広場は資材置き場としてあちこちにモノが置かれている。
「どうって言われても、まだ本格化してないからな。やってみないとわからない部分の方が大きいな。」
「でもでも、飾り付けなんですよね。どんな感じーとかは決めたんですか?」
「イメージとかは、街の人がこうしたいああしたいこうしたいっていう意見があったから、一応その要望に沿った感じにしたいとは考えてるけど。」
ルギは言いながら手に持った数枚の紙をライオに見せた。先程受け取った飾り付けの意見書。街の人々が一日かけて議論したという話だ。
「よく喧嘩にならなかったな。」
デオルダがルギの隣で笑う。
「そうなんですか。知りませんでした。」
ルギは隣に座るライオの頭をポンポンと撫でた。
「むむ? なんです?」
「いやあ、あの人もお前に言葉を与えたきり何もないから……ホントに何考えてるかわからないんだよなーって。」
「そうかい? じゃあ直接話そうか、創造神?」
「あれ……?」
突然の声に、ライオの頭でバウンドしていたルギの手が止まる。
「久しいねルギ。そんなに私と話がしたいのなら早くそう言ってくれればよかったじゃないか。」
「たっ、大変失礼致しましたっ!!」
ライオのいつもと違う喋りでルギが一瞬にして身を翻し、地面に土下座をして謝りだした。
「え。」
デオルダは突然の状況についていけず、ただ呆然と見ていた。
「まあまあ、君はそうやってすぐに謝るんだから。もう少し楽にしなさい。」
「そ、そう言われましても……。」
「ル、ルギ?」
ルギは地面にめり込みそうになっている頭をあげようとはしない。その様子が今は笑えず、驚くしかデオルダにはできなかった。
「ルギー!」
「何してんだ? ルギ。」
そこにノッシュとクルーニャがやってきた。人格が変わった黒猫が首を回し、前足を上げて挨拶をする。
「おや、柳姫もここにいたのだったね。」
「へ?」
「ライオの喋り方変わったのか?」
首を傾げたクルーニャ。そして、ノッシュは不思議そうにライオとデオルダを交互に見た。
「それが……。」
「うわああああ!!」
「!?」
デオルダがノッシュに説明しようとしたところで、クルーニャが叫び声をあげ、二人は状況が把握できないまま賢者の土下座を間近で見ることとなってしまった。
「ご、ご無礼を!!」
「ええ!?」
「また土下座……?」
「フフ、だからそういうのはよしなさいと毎回言っているだろう?」
賢者の土下座を前にして、黒猫はなんだか楽しそうにしている。
「そ、そう言われましても……。」
「なにこれ。」
「さっきも見たぞ、この展開。」
二人が顔を見合わせて呆れ始めた。
「お、お前ら!!」
「え。」
「何してんの!!」
「俺ら?」
ルギとクルーニャがいつもの数倍も真剣な顔だったためか、返事に困るデオルダとノッシュ。
「っていうか、どちら様?」
とりあえず、ライオではないというのが二人の見解で、共通の疑問だった。
「神様に決まってんだろうが!!」
「神様に決まってんでしょうが!!」
二人の大声が揃い、デオルダとノッシュの時間が少し止まる。
「へ?」
「まあまあ、二人とも落ち着きなさい。そちらのお二人、お初にお目にかかるね。まあ、今はライオの体を借りているに過ぎないが。」
そう言って黒猫は先ほどと同じように前足を上げたが、状況を理解した二人には聞こえなかったようで、顔を真っ青にして地面に頭をめり込ませた。
「ええええええ!?」
「どうもすみません!!」
「失礼しました!!」
「おっと、聞いてないね。」
黒猫は少し困ったように笑ったが、目の前の人間は必死に頭を地面に擦りつけるので精一杯だったようだ。
「うう。早く言ってくれ。」
「とにかく。全員顔上げて。」
「はい。」
黒猫の言葉に従い、全員が顔を上げた。ルギとクルーニャは勢いよく土下座したためか、額の真ん中が赤くなっていた。
「今日はね、ルギ。君に伝言があるんだ。」
「俺に伝言? 誰からです?」
ルギが額を摩りながら黒猫に聞き返す。
「聞けばわかるさ。」
「??」
顔を見合わせる四人を見て、黒猫がくすりと笑いながら口を開いた。
「オルディーガの約束を忘れるな、だそうだよ。」
「え、それだけじゃ誰の伝言かなんてわかりませんよ?」
「名前すら言ってなかったな。」
「こんな短いとどうしようも……。」
「フフ、君たちにはわからない言葉だったね。それでも、伝えるべき相手に伝わればちゃんと伝言と呼べるのさ。」
困惑した三人と、笑う黒猫。そして、考え込んでいたのはルギ一人である。
「そういうもの、ですか?」
「なあ、ルギ?」
「ええ、そうですね。」
「え、わかったの?」
「まあな。」
ルギは左手を首の後ろに回して少し考えながら答える。
「なんで!?」
「なんでって、俺に向けての伝言なんだから伝わらなきゃマズイだろ……。」
「そうだけど……。」
「ルギ、私を楽しませてくれ。」
困惑したままルギに勢いで迫るクルーニャを止めるように、黒猫が喋る。
「久しぶりですね、あなたからそう言われるのも。」
楽しげに笑いを返すルギ。
「本当に愛しているというのなら、できるはずだろう? お姫様はずっと待ち続けるものだからね。」
「あいつがお姫様なんていうキャラじゃないのを知っているでしょうに。」
ルギが呆れながら言うが、その顔は少し嬉しげでもあった。
「……姫?」
ルギの後ろでは、話について行けない三人が首を傾げて待っている。
「フフ、面白ければなんでもいいのさ。」
「神様、その挑戦受けましょう。」
「その言葉が聞きたかったよ、創造神。楽しみだ。」
そう言って黒猫は尻尾を振った。
「わあ!? いきなり消えないでくださいよ! 神様!」
「あ、ライオだ。」
「戻ってきました!」
両前足を上に突き出し尻尾を振る、いつものライオがベンチの上にいた。
「で、さっきのどういうこと? ルギ。」
クルーニャがため息をつくルギに尋ねた。
「ちょっと、お姫様助けなきゃならなくなったみたいでさ。」
「お、お姫様あああ!?」
ライオを含めた四つの声が重なり、その全てがルギに向けて放たれた。
「ホント、バカだよな。」
軽く耳を抑えながら、ルギは空に向かって呟いた。
場所は変わり、ノッシュの家。
「お前、姫様の知り合いなんていたのか。」
「馬鹿言うな。そんなやついないよ。」
「え、じゃあ誰助けるの?」
デオルダとノッシュが状況を理解するためにルギに次々と質問を投げる。
「何言ってるのよ二人共。ルギのお姫様って言ったらルベルしかいないじゃない。」
「そ、そう断言されてもなぁ……。」
「そう言われるとわからないわけでもないが……。」
クルーニャが腰に手をあてて断言する。その姿に圧倒されながらデオルダとノッシュがルギに確認するように目を向けた。
「まあ、あいつはなぁ……。」
「え、ルベルのことなのか?」
「ああ。」
ルギが何かを考えながら答えた。
「ルギ、お姫様じゃないとか言って大丈夫なのか?」
ノッシュがからかうつもりで笑いながら言うが、ルギは一瞬驚いた顔をして笑い出した。
「そういうやつじゃないんだよ。」
「確かに……お姫様って感じじゃあないな。」
「それが全員の一致だって今度伝えとくから。」
デオルダまでもが“お姫様”を否定し、クルーニャが薄く笑いを顔に浮かべたままルギを見て言った。
「うわあああ!? やめろ!! 殺される!!」
「殺されるって……。」
「ルギが、な。」
慌てて立ち上がるルギが可笑しくて、笑いながらデオルダとノッシュが顔を合わせた。
「で? どうするのよ。助けるって言ったって神の審判のルールに抗うってことは神様と戦ってるようなものじゃない。」
「そんなこと言われなくてもわかってるよ。」
「ふーん。」
「……なんだよ。」
横目で見るクルーニャの態度が気になり、ルギはクルーニャに聞き返した。
「本当に愛しているならできないことはないんだ?」
「うるさい。真に受けるな。」
ニヤニヤしながら言うクルーニャの顔に呆れながらルギが言う。
「本当なの?」
「何が?」
「神様の言ったこと。」
「真に受けるなって今……。」
「ちゃんと答えてよ!!」
二度目ともなれば必然と嫌な顔になったのだが、クルーニャの声で顔が困惑に変わる。
「なんでそんなにムキに……。」
「気になるからよ!! ちゃんと答えてくれないなら私は手伝わないからね。」
「いや、誰も手伝ってくれなんて言ってない……。」
「で? どうなのよ。」
「何にも聞いてねえし。」
クルーニャは話を聞くまで動く気はないらしく、隣の椅子に座った。ルギは呆れ果てたが、呆れたところでこの状況がどうなるわけでもないと知っていた。
「どういうことなんですか?」
「あ、そっか。ライオは神様との会話は聞いてなかったんだな。」
窓側のソファに座ったデオルダ、ライオ、ノッシュ。
「そうです。」
「神様は、ルギがルベルのことが本当に好きならどんな無茶してでも助けられるんだろ? っていう感じで勝負を持ちかけたんだよ。」
「おお……。」
「ま、それを受けたわけだ。」
「と、いうことは……ルギさんは本当にルベルさんのこと好きなんですね。」
ライオは尻尾を振りながら笑う。
「これに関しては俺もよくわからないんだよな。」
「そうなのか?」
「俺だってルベルのことは知ってるけど、あいつらの関係がいつからなのかも知らなかったくらいだし。」
「ああ、そういや一回その話にもなったな。」
「あの時に知ったからな。」
「でも、勝負を受けたんだから……好きなんだろ?」
ノッシュがデオルダに同意を求めるように言った。デオルダは曖昧に返事をしたあと、ルギとクルーニャの方を向いて言う。
「本人がアレだからな。」
「……アレですからね。」
「アレなあ……。」
三人が同意見になったところでクルーニャの声が聞こえた。
「教えてよ!!」
未だにルギが拒否しているらしく、どんどん声が大きくなっているようだったが、ルギがついに反撃に出た。
「お前にはノッシュがいるだろうが。」
「なんでそこでノッシュの話になるのよ!!」
ルギの声は後ろの三人にはあまり聞こえていなかったが、クルーニャの焦った大きな声が部屋に響き、いきなり自分の名前が出たことに驚いたノッシュが立ち上がる。
「待て待て待て!! 知らないところで俺の話をするな!!」
「ノッシュ、クルーニャが愛してるって言って欲しいんだとさ。」
近づいて来たノッシュにルギが言った。
「えええええ!? いきなり何の話だ!?」
「違う違う!! ノッシュ待って!! 勘違いしたままにしないでっ!!」
顔を真っ赤にして驚いたノッシュと、焦って、手を振ってとりあえず否定しようとするクルーニャ。
「もう、ぐちゃぐちゃですね。」
「だな。」
その後ろでは一匹と一人が楽しげに一部始終を見ていた。
「デオルダさんはどう思います? ルギさんとルベルさん。」
「どう、か。ルベルはルギのことが好きだって公言してるくらいだからな。嘘じゃないと思うぞ。」
「ルギさんは?」
「嫌だったら言うだろ、あいつ。」
「……確かに。」
ライオが納得したように頷いた。
「言わないんだから何だかんだ言って、って感じかな。」
「そうですね。あ、ノッシュさんとクルーニャさんも、ですか?」
「アレはアレで見てて面白いよな。特にノッシュ。」
「ホントですねー。」
デオルダとライオが見る先では、クルーニャが必死に誤解を解こうと顔が真っ赤になり、ノッシュがその目の前でパニックになり、椅子に座ったルギが欠伸をしながら様子を見るという光景が広がっていた。
読んでいただきありがとうございます。
今回は神様がやってきたというか、お姫様だったりとか……。
ハチャメチャでした。
もう少しハチャメチャが続くような気がしてなりませんが、
どうぞお付き合いください。
次話は、この続きを少しやりたいかと思っています。
またよろしくお願いします。