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object maker  作者: 舞崎柚樹
5:初夏の音色
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風を読む

「今戻りましたー。」

 ドアを開けて一礼する。正面の机の上には湯気のたったマグカップが二つ。

「おかえり、チーシェ。」

 声が聞こえた右側に目を向けると、エデンが戸棚から茶菓子を取り出していた。

「時間通りだね。座って。」

「いただきます。」

 出発時間を伝えてあったので、それに合わせてエデンは紅茶を入れてくれたようだった。その心遣いに感謝しながら、チーシェは左側の応接用のソファに座る。

「さてと、とりあえず報告を聞くとしようか。」

「ありがとうございます。」

 エデンはチーシェの前と反対側にマグカップを、その間にクッキーの皿をテーブルの上に並べソファに座る。

「それで? 文句の一つでも言えたのかい?」

「ええと、まあ……言えたのは言えたんですけど……。」

 チーシェは温かい紅茶を口にしながら思い出す。

 文句は思いつく全てをルギに吐き出してやろうと意気込んで行った数時間前のことを。


「思ったより早かったな。」

 ルギの第一声はこれだった。

「お前な、自分が何時に呼び出したかわかってんのか……?」

 怒りで狂いかけたチーシェは、目線でどうにかこの怒りを伝えようとした。

「頑張れよ仕事人。」

「誰が仕事人だ。」

 まったく目線効果はなかった。

「で、あいつら。」

 ルギが指差す方向を見ると、縄で縛られた四人組がいた。ルギに文句を言うつもりだったが、このままでは自分の怒りもどこに向けていいのかわからない。そう考え、チーシェは元凶とも言える奴らに矛先を向けたのだが、一人は泡を吹いたまま気絶しているし、一人は白目だし、もう一人は号泣してるし、残った一人は青い顔で念仏を唱えている。

「……どういうこと?」

 まったく状況がわからない。

「ああああ!!! 助けてくれええええ!!!」

「そこの人おおおお!! 俺まだ死にたくねえよおおお!!」

 気絶している二人を除き、残った二人がチーシェに向かって叫び始めた。

「……何アレ。」

「いいか? 今回に関しては、俺が関わったのは号泣してるやつだけだからな。」

「関わってんじゃねえか!!」

「それを言うならノッシュだってクルーニャだって関わってる。」

「お、お前らなあ……。」

 予想はしていたので、もう何も言うまい。

「で。泡のやつと、白目と念仏に関してはデオルダだからな。」

「え? デオルダ?」

 これは完全に予想外だった。大方、街の人に頼まれてルギがどっかのコソ泥を捕まえたとかそういうことだと思っていた。だからまさかデオルダが関わっているとは思ってもいなかったのだ。

「ことの始まりはあいつらがデオルダを怒らせたことにある。」

「ダメだろ、あいつを怒らせたら……。」

 これは、自分にちょっとした経験があるからこそ出た言葉だ。

「つまりはそういうことだ。」

 ルギが苦笑いを浮かべながら四人組を見る。哀れだ。

「デオルダは?」

「家で夜食作ってる。」

「……へ、平和で何より。」

 料理をしていることを考えただけで、もう怒ってはいないと確信する。少しだけ安心した。

「あ、じゃあお願いします。」

 チーシェは後ろに控えていた二人に声をかける。

 後ろの二人は敬礼とともに短く返事を返し、四人組の方へ走っていく。

「協会の人間か。」

「ああ。賢者長が声をかけてくれてな。」

「まあ、そうだろうな。」

 走っていく二人の後ろ姿をルギが見つめる。

「俺、補佐官になるまで賢者協会って言うなんて知らなかったんだけど。」

「一般的にはそんなに知られてないか。」

「たぶんな。ま、俺みたいな能力者の端くれが雲の上だと思う奴らなんて星の数ほどいるんだからさ。」

 これは正直なところホントに驚いた。自分の能力が端くれだということは前々から知っていたのだが、ちゃんとした能力者が現代にかなりの数存在しているとは思いもしなかったのだ。

「そいつらの大半は賢者という地位と名声を欲してるんだろうがな。」

「ああ、それはこの短期間で嫌というほど見てきた。」

 能力者はその大半が賢者という地位に魅了されている。それは地位と名声を欲するが故なのだというのを、数多く見た。それは自分の知っていた賢者と大きくかけ離れていたからでもあった。

「だろ?」

 ルギは笑っていた。こいつほど、地位と名声に興味ないやつもまた、珍しい。

「でも、そいつらの手が届かない所にお前らがいるんだから、それまたすごい話だな。」

「……。」

 チーシェは遠回りに褒めたつもりだったのだが……。ルギは何も答えず、星空を見上げていた。


「デオルダはそんなに強かったのか。」

 エデンが皿から一つクッキーを手にとった。

「見た目全然好戦的じゃないでしょう? それでも、怒ると怖いんですよ。」

「ふむ。チーシェも怒らせたことがあるのかい?」

「あはは……些細なことで。」

 ホントに些細なことだったのだが、あの時は笑えなかった。

「騎士隊長が怖いとは。」

「いやあ、顔とかそういう話じゃないんですよ。普段は嫌がって耳を使わないあいつが、怒ると耳をフル活用してきて……。」

「耳?」

 エデンが不思議そうな顔をチーシェに向けていた。その顔を見て納得する。耳を使ったら強い人間なんて聞いたことがない。うさぎでもないのに。

「ええ。あいつ病気の後遺症で耳がいいんですよ。」

「それが何か関係あるのかい?」

「話だけじゃ納得できなかったんですけど、あいつが言うには、風を読んだ……とか。」

「風を……。」

 エデンの反応は昔のチーシェと同じもので、信じなかった昔がなんだか恥ずかしい。

「だから、ただの殴り合いに関しては完敗でしたね。」

「殴り合いって……。」

「そりゃあ剣とか武器の使い方に関しては……。」

 剣を使っていたのなら自分が勝ったと思う。それでも、騎士隊長としてのプライドは少なからずあったし、デオルダ相手に剣を使うなど考えられなかったのも確かなのだ。

 なぜ殴り合いになったのかはよく覚えてないのだが。

「まあ、そうだろうけど。」

「俺の攻撃、一回も当たらなかったんですよ。」

「そんなことできるのかい?」

 エデンは驚いたように目を開いていた。だが、一番驚いていたのは当時の自分である。

 一般人に対して、自分の体術が劣っているとさえ考えた。

「それが、風を読むってことらしいです。まあ、今では納得してますけど。」

「確かに、一度も攻撃が当たらないとなると、怖いね。」

「敵にはしたくないタイプです。」

 これは今でも思っていることである。

「みたいだね。」

 エデンは笑いながら紅茶を飲み終えた。

「それと、賢者長が電話の内容教えてくれなかったので、今度ルギを問い詰めることにしました。」

「えっ!?」

 チーシェがニヤリと口角を上げた。

「ずるいですよ。せっかく俺がチャンスを作ったのに教えてくれないなんて。」

「いや……恥ずかしいだろ?」

 エデンは目を合わせようとはしない。本当に恥ずかしく思っているのだろう。

「電話しながら号泣されたらこっちとしては聞かないわけにいかないでしょう。」

「ま、まあ……ルギに聞くんだからいいじゃないか。」

「逃げましたね。」

「ほ、ほら、今日はもう遅いし。昼までに報告書頼むよ、チーシェ。」

 その言葉で時計を見ると、もうとうに日付は変わっていた。

 まあ、少し寝不足にはなるかもしれないが、睡眠時間は十分に取れそうだ。

「わかりました。」

 チーシェの返事にエデンは照れで赤くなりかけた顔で笑い返した。

 養父、養子とはよく言ったものである。

 別に仲が悪いわけじゃないのに。お互いに前に進めないなんて。

 見ていて面白いよ、ホント。

 やっぱり、親子なんだろうな。


「それだけの話なの?」

 クルーニャが驚いたようにルギを見る。

「ああ。多分な。」

「ベークバウダーの異常発達が耳だけじゃなく、目もだった……か。」

「だからベークバウダーは不治の病とは言われなくなったんだぞ?」

 ノッシュの呟きにデオルダが言う。

「え? どういうこと?」

「もし、ルギの症状が耳だけだったなら、目に症状が出た奴は治らないだろ。」

「ああ、なるほど。」

「それに、俺は後遺症とかいうレベルの症状ないからな……。」

 ルギはコーヒーのカップを持ち上げたまま考える。

「そうなの?」

「まあ、多少は感覚よくなってるかもしれないけど、その程度だ。」

「へえ……。」

「だから、デオルダは音に関しては相当敏感だ。」

「過敏だ。」

 ルギの言葉に被せるかのように言うデオルダ。

「……相当困ったのね。」

「らしいな。」

 クルーニャとルギが笑う。

「…………。」

 ノッシュが一人、黙ってコーヒーの中に角砂糖を入れた。

「どうかしたか?」

「え。」

「いや、今お前コーヒーに砂糖入れたけど……。」

 ノッシュはコーヒーにミルクしか入れない。それは三人とも知っていることで、砂糖を入れることなど、初めて見た光景だった。

「えっ!?」

 ノッシュが驚いて手元を見る。確かに、指には砂糖がついていた。

「あああ!?」

「な、何してんだお前……。」

「うう……。」

「何考えてたんだ?」

 諦めてコーヒーを混ぜるノッシュにデオルダが聞く。

「べ、別に何も考えてなんか……。」

「??」

 いきなり意地を張ったノッシュの様子がいつもと違うと感じたのはデオルダだけではなく、何も言わない状況がさらにノッシュを焦らせた。

「な、なんでもないって……!!」

「……。」

 焦るノッシュがどうにも気になって三人の目がノッシュに集中する。

「いや、三人にそうやって見られるとなんか……。」

「そうは言ったって、変なのお前だし。」

「なんでもないんだよぉ……。」

 うなだれてしまったノッシュを見て、三人はそれ以上何も言えなかった。

 ノッシュだけは小さく呻きながら、まだコーヒーをかき混ぜていた。


 ルギ・ナバンギに残された時間は、あと325日。

読んでいただきありがとうございます。


なんだか予告よりもチーシェ中心の話でした。

私の予告全然あてになりませんね…。


それはさておき次話です。

番外編やります!

ライオが奇跡を…起こす?


またよろしくお願いします。

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