心火の音程
夕暮れ時。街に戻ってきたノッシュとクルーニャ。
歩きながら、ノッシュが口を開いた。
「少し……おかしいと思わないか?」
「へ?」
突然の発言に、クルーニャの声が裏返った。
「音だよ。」
「お、音?」
「ルギにはああやって言ったが……時期がどうにもひっかかる。」
「ま、待って待って。ちゃんと説明して。」
ルギとノッシュは風邪ではないという意見で一致していたはずだ。それが、今になっておかしいと言い出したノッシュの考えがクルーニャにはわからなかった。
「昨日来た科学者だか研究者の四人組だよ。」
「あ、ああ……。」
この言葉を聞いて納得した。自分が研究者達のことをルギに教えないでくれと頼んだのだった。だからノッシュは今二人しかいないから話を切り出したのだ。
「あいつらは、超音波発生装置だとかそう言う名前の装置で森の生態系調査に来たと言っていた。だが……森はいつも通りだっただろ?」
「確かに。静かだったわね。」
「普段とは違う、超音波なんて流されて……黙ってる熊じゃないだろ。」
「いや、熊限定にされてもわからないけど。」
真面目な顔をして考えているのはわかる。だが、熊限定にする意味はわからない。
「それと、デオルダな。」
「デオルダも関係してくるの?」
「あいつが無意識に音拾ってるんだろ? もし、あいつの耳に超音波が聞こえているのだとしたら?」
「そんな! 超音波なんて人の耳には……。」
だんだんとノッシュの言いたいことがわかってきた。それでも、まだ納得は……できない。
「聞こえない……だが、今のあいつの耳は異常と言っていいんだ。否定はできない。」
「そ、そうだけど……じゃあ何? あいつらは人間に向かって超音波を流してるとでも言うの?」
「まあ、まだ推測だけど……調べてみる価値はあるよな。」
ノッシュは微かな笑みを含んだ顔をクルーニャに向けた。
「……なるほど。面白くなってきたじゃない。」
その顔は、自分に協力を求めている。それに、なんだか、頼ってもらうことが悪いこととは思えなかった。自然と笑えてきた。
「ルギにあいつらの存在を隠してる以上、協力は頼めない。それに……。」
「それに?」
「あいつもベークバウダーの元患者だろ? あいつの後遺症の話がでないのはなんかおかしくないか?」
「あ。そういえば。」
「つまり、あいつもまだベークバウダーに関して俺らに黙ってることがあるってことになるよな?」
「この件が終わったら殴ってでも聞いてやるわ。」
ノッシュの笑い顔に対し、クルーニャは拳を握り、空に突き上げた。
「じゃ、調査開始ね、ノッシュ。」
「だな。」
頷き、二人は足早に商店街へと向かった。
「え、あの学者さん達かい?」
「ええ、どこにいるか知りませんか?」
「俺は知らねえな。」
「俺も。」
「わかりました、ありがとうございます。」
何人かに声をかけたが、誰も行方を知らないようだった。
「どこに行ったのかしら。」
ノッシュとクルーニャが立ち止まり、考えているとミルシェが声をかけてきた。
「学者を探してるんだって?」
「ミルシェさん。」
「知りませんか?」
「あいつらならさっきルギに話を聞きに行きたいとか言って、もう出たぞ。」
「なっ!?」
ノッシュが驚き、声を上げた。
「? 何かまずかったか?」
「いえ!! どうも!!」
ノッシュの驚き方を不思議に感じたミルシェだが、ノッシュは既に走り出していた。
「ノッシュ! 掴まって!!」
クルーニャがノッシュに手を差し伸べ、そのままノッシュの腕を掴む。
「え!? お、おい?! 何する気だ……!?」
「もちろん、全速力で追いかけるのよ!!」
「あ、これは俺死ぬやつか?」
もちろん、ノッシュには嫌な予感しかなかったことは言うまでもない。
「何馬鹿なこと言ってんのよ!! 春風生成発動!!」
そして、それに気づかずに飛んでいくのがクルーニャであることも、言うまでもない。
草むらに置かれた機械。そして仁王立ちの四人。
「まずはここら辺で様子見といこうか。」
「イエッサー!!」
「こら、声が大きい!!」
「し、失礼いたしました。」
敬礼でもするかのように謝る三人に近づく風。
「その超音波、人間に向けて流すなんて、聞いた研究目的と違うんだけど? どういうことか説明してもらえる?」
「誰だ!?」
「!! お前は!!」
「ま、まままま……まさか……。」
「柳姫!?」
「どういうことだ!? 創造神しか聞いてないぞ!!」
一番前に立っていた男が声を荒げる。
「ほー。ルギのことは知ってたのか。」
クルーニャの後ろからノッシュも現れる。
「当たり前だ!! 今回はあいつの反応を確認しにここまで来たんだからな!!」
「反応?」
「あいつの未知数の力をな。」
「あんまり言いたいことわかんないからいいわ。」
ノッシュもあまり理解できていなかったが、クルーニャは理解することを諦めたようだ。
「なにぃ!?」
「とにかく、今すぐそれやめてもらうわよ。」
「そうはいかないな。諦めるなど私達の選択肢にはない!!」
リーダーの言葉に、四人が全員戦闘態勢になっていた。
「なるほどね。」
クルーニャが左腕のブレスレットに手をあてる。
「行くぞお前たち!!」
「よっしゃ!!」
「ごはっ!?」
二人はリーダーに答えたが、一人だけそのまま地面に崩れた。
「こら、参号。掛け声が違うぞ。」
「へえ……こいつ参号って言うのか。」
不思議そうに後ろを振り返ると、そこには参号を踏みつけたまま笑うルギがいた。
「ぎゃあああああ!!」
「ルギ・ナバンギ!!?」
「なんでここに……!!」
三人から血の気が消えた。それほどに、恐ろしい笑みだった。
「お前らか、変な音を大音量で流してるやつは。」
「ひいいいい!!」
「近所迷惑もいい加減にしろよ……?」
「あああああ……。」
ルギが一言一言話すごとに、一人ずつ膝から崩れ、震えている。
「怖い。」
「確かに。」
ノッシュとクルーニャはもう、呆れていた。
あんな顔のルギに睨まれて、逃げたいと思わない方が無理だ。
「お前らがあいつを完全にキレさせるからだぞ!! どうしてくれるんだ!!」
「は?」
「へ?」
ノッシュとクルーニャから疑問の声が出た。それは四人組も同じようで、気絶した参号を除き、三人が三人とも目を白黒させていた。
「えっと、何がどう?」
「誰が怒ってらっしゃる?」
「ルギ・ナバンギ以外に?」
「ほう……人間に向かって超音波か。超音波ってこういう音してたんだな。」
「え……。」
低い声が響いた。機械の前にデオルダが立っていた。ヘッドフォンはしてない。
「デ、デオルダ……。」
ノッシュが声を漏らした。冷や汗が流れてもおかしくない……。
それほどにデオルダの表情が消えていた。
ルギより怖いかもしれないという考えがノッシュとクルーニャの頭に浮かぶ。
「お前ら、人間の脳を壊したことあるか?」
「ひゃい?」
にっこりと、子供に笑いかけるように。デオルダがゆっくりと話す。
「一度死んだほうが良さそうだな。」
温かな表情とは裏腹に、言葉は容赦なく突き刺さるかのようだ。
「リーダー!! 能力者じゃないやつに屈しちゃダメだ!! 強気で!!」
「お、おうよ!! なめんじゃねえ!! こちとら四人でぶふっ!!」
二人に後押しされ、口を開いたリーダーの顔面に拳がめり込む。
デオルダは話を力づくで打ち切った。
「へ?」
「聞いてねえよ。」
「リ、リーダー!!!」
「さてと。」
デオルダはこれで止まる気はないようだ。
「よくもリーダーを!! 許さん!!」
「ま、待つんだ四号!!」
制止を無視して一人がデオルダに向かって突っ込んでいく。
「一般人に負ける俺じゃねえ!!」
「デオルダ!?」
クルーニャが逃げようとしないデオルダに向かおうとする。
「行かなくて大丈夫だ。」
クルーニャをルギが止めた。
「完全にキレたあいつは……怖い。」
「いや、見りゃわかるよ。」
「強い、とかじゃないのね……。」
ルギは無言でデオルダの方を見ていた。
「な、なんで当たらねえ!!」
四号は何度も攻撃を仕掛けているのに、一度も当たらないことに恐怖を抱き始めていた。最初はマグレだと、自分の調子が悪いだけだと、一般人のくせに少しは強いのではないかと。だが、ここまで一発も当たらないなど……おかしいのではないか、と。
「邪魔。」
「ごへっ!!」
考えていたためか、一瞬動きが止まってしまった。その隙をデオルダは逃さず、一気に近づき、腹部を蹴り飛ばした。
「さてと、あと一匹。」
「ま、待ってくれ……俺らが何したって……。」
残った一人が飛ばされた四号の傍らで歩いてくるデオルダを涙目で見上げていた。
「人間に向かって超音波流してたじゃねえか。何もしてないと?」
「何? お前……超音波が聞こえたのか?!」
「だったらどうした?」
「へ?」
驚いたのも束の間だった。デオルダの表情がまったく変わらない。背筋が凍る。顔が真っ青になっていくのが自分でわかる。
「睡眠妨害……許すまじ。」
「ぶほっ!!」
凍りついた笑顔で、またしても一撃でヘンテコ集団の最後の一人を倒した。
「強すぎでしょ……。」
クルーニャは他に言葉をみつけられず、なぜかため息がでてしまった。隣ではノッシュが顔を引きつらせて笑っていた。
「ルギ。」
「は、はい!?」
「なんで敬語なのよ。」
「あれ壊せ。木端微塵にな。」
デオルダが機械を指差す。
「もう音は出てないけど……?」
「見てたら腹立つからな。」
「な、なるほど。」
ルギは気の済んだような顔をしているデオルダを見て、なんだか安心した。
「超低周波音?」
ノッシュがルギに聞き返した。
「ああ。超音波っていうのが高音域の聞こえない音だとしたら、超低周波音っていうのはその逆で低い音域で聞こえない音のことらしい。」
「で、その音を聞き取ってたってこと?」
「そういうこと。まあ、なんでそんな音出してたのかは知らんが……あとはチーシェに任せることにした。」
あの後、ヘンテコ四人組はそのままチーシェに引き渡した。
呼び出されたチーシェは不機嫌だったが、ヘンテコ集団全員が泣いてチーシェに命乞いをし始めたので、チーシェの怒りもどこかへ消えていった。
「ふーん。」
「デオルダも気が済んだようだし。」
「ああ、なるほど。」
「つまり……ただの睡眠不足か。」
「結果論な。」
ノッシュとルギが目を合わせた。あんなに考えていたはずなのに。全然関係なかったようだ。
「まあ、珍しいもの色々見れたからいいとするわ。」
「それは俺のことを言ってるのか?」
笑うクルーニャの後ろからマグカップを持って現れたのはデオルダである。
「お前以外にいないだろ。」
「そりゃどうもご迷惑をおかけしましたー。」
「棒読み……。」
「ま、耳治ってよかったじゃないか。」
マグカップを受け取り、デオルダに声をかけるノッシュ。
「そうだな。あれじゃ生きていけないし。」
「じゃ、とりあえず快気祝いってことで!」
「快気祝いって、寝てたの昨日一日だけなんだが……。」
「細かいことは気にしないの!」
あまり乗り気ではないデオルダにクルーニャが指を立てて声を大きくする。
テーブルには切り分けられたケーキと、デオルダが運んできたコーヒーがあった。ちょっとしたティータイムになるようだ。
「……まあ、いいか。」
デオルダの一言で全員がコーヒーに口をつけた。
「ところで、なんでルギには聞こえなかったの?」
「?」
デオルダは不思議そうにクルーニャを見た。ルギの手が止まった。
「だって、ルギだってベークバウダーの元患者なんでしょ?」
「ああ、すっかり聞くの忘れてた。」
「なんでそういう変なとこにばかり気がつくんだか。」
「いい機会だから話せばいいじゃねえか。」
「デオルダは知ってるの?」
「まあ、たぶん。」
「?」
デオルダは横目でルギを見ていた。
「別に隠すことじゃないか……。」
ルギはケーキを一口頬張った。
これくらいなら、別に隠さなくてもいいか……そう思っていた。
だからこそ、口を開いてもいいなんて考えたんだろう。
この口の中に広がる甘さが、そのまま自分の甘さなんだろうと、そんな馬鹿なことも考えたりしていたのだから。
「まぁ……いいか。」
読んでいただきありがとうございます。
ノッシュとクルーニャがちょこっとはりきった感じですが、活躍はしませんでした。今度頑張ってもらいたいかと。
デオルダの頭痛も治りまして、平和ですね。
次話です。前半ちょっとだけルギの話。
その後は幸せ絶頂期な人の話の予定です。
またよろしくお願いします。




