偽りの国
その日、ライナック国は大規模な停電に見舞われた。
そして、その直後。
空に昇る雷を、人々は見た。
発電所に到着した騎士小隊は、そこで瓦礫の山を見ることになる。
「何が……どうなっている?」
「隊長と連絡が……!!」
「探せ!! きっと中に……!!」
「お、ようやく来たか。」
瓦礫の山とは別の方からチーシェが歩いてくる。
「隊長!?」
「大丈夫ですか!?」
「俺よりも、こっちが先。立てますか?」
チーシェは隣にいた市議に声をかけた。
「な、なんとか……。」
「キリストン市議!!」
歩いてチーシェに答える市議を見た騎士達は慌てながら敬礼をした。
「あとよろしく。」
「了解しました!!」
「それから……。」
「?」
騎士小隊の誰もがチーシェの様子が変だと感じた。
いつもなら、テキパキと指示を出すはずのチーシェが何かを考え込んで指示を出さない。
そして、その表情は何かを思いつめているように見える。
目を伏せて、ため息をついて、口を開いた。
「この瓦礫の中から創造神を引っ張りだせ。」
「ルギ……ナバンギ、ですか?」
騎士の一人が聞き返した。
チーシェははっきりと言った。
創造神と。
「ああ。瓦礫の下敷きになってる可能性もあるから掘り起こせ。死んではいないだろうから適当に病院にでも突っ込んどけ。」
「よ、よろしいので……!?」
聞き返したのは小隊長であるが、小隊全員が動揺した。
チーシェが、ルギのことを心配していないどころか、名前で呼ばなかった。
チーシェとルギの仲の良さは騎士全員が知っているほどで、チーシェは知り合いを名前で呼ばないことがない。
まして、何かと仕事を一緒にしていたルギを、賢者の二つ名で呼ぶことなどなかったはずだった。
初めて見る騎士隊長の表情と発言に困惑する小隊。
「ああ。……俺は一度陛下に報告に戻る。何かあったら知らせろ。」
「は、はい!!」
チーシェはポケットの中で光が消えたブレスレットを力強く握り締めた。
城の中の大きな扉の前に立つ。
気が重い。
何をどう説明すべきだろうか。
嫌な役回りだ。
「失礼します。」
「おかえりなさい。隊長。」
「チーシェ。」
ルベルがチーシェに笑いかけた。
国王も体を起こしてチーシェを見ていた。
「……聞かないんですね。ルギはどこだって……。」
「ええ。ルギは馬鹿だから。」
「……知っていたんですか。」
ため息混じりなルベルの顔を見て、知りながら、ルギを送り出したのだと知った。
嫌な役回りは……チーシェではなかった。
「まあね。状況から考えて、ルギがやりそうなことよ。」
「ルギは何か言っていたか?」
そして、ルギとチーシェがいない間にルベルから聞いたのだろう。
国王も多くは聞いてくれないようだ。
「決して……擁護はするなと。」
「あいつらしい、な。」
国王は微かに笑みを浮かべた。
「それと、これを市長に渡すように頼まれました。」
チーシェは輝きを失ったブレスレットをポケットから取り出す。
それを見たルベルは椅子から立ち上がった。
「ちょっと!? それは聞いてないわよ?!」
「市長の狙いに、難病の治療薬である可能性がありました。」
「娘か……。」
「ええ。なんでもアフェトロッソという病気らしく……。」
「ルギには、作れなかった……。」
ルベルが呟いた。
「あ、そこまでは……。」
それがチーシェには不思議に感じた。
ルギは、アフェトロッソの薬を作れなかったとは一言も言わなかった。
「作れなかったのよ。」
ルベルははっきりと言った。
「どうして……。」
「それは……。」
それでも、ルベルはその理由をはっきりと言わなかった。
ルベルが言葉に詰まるのとほぼ同時に部屋のドアが開く。
「失礼します!!」
部屋に入ってくるなり、騎士は敬礼をする。
「どうした?」
「瓦礫の撤去がほぼ終わりました。」
「そうか。市議の容態は?」
「そちらは大きな怪我ではありませんので……。」
「わかった。」
少し困った顔をした騎士だが、すぐに話を続けた。
「それと……ケーブルですが、爆発の影響ではなく、物体生成によって切断されたようです。」
「……わかった。他には何かあったか?」
「今のところは……。」
「わかった。持ち場に……。」
報告を聞くために振り返っていたチーシェは、騎士に背を向けようとした。
「あの……。」
「?」
「その……気にならないのですか? 創造神の容態とか……。」
騎士の素朴な疑問。
一人だけが気になっていたわけではない。
多くの部下が、気になって仕方がなかった。
納得できる答えが返ってくることを期待していた。
「あいつの心配してる暇がない」とか……いつも通りのチーシェを期待した。
騎士の疑問に、チーシェはため息をついて答える。
「創造神は賢者として罪を犯した。罪人の怪我まで気にするほど俺はお人好しじゃあないんだよ。」
そして、チーシェは騎士に背を向けた。
「!! し、失礼しました。」
その背中にこれ以上何も言えないと思ったのか、騎士は敬礼をする。
「いや、いい。また何かあったら報告してくれ。」
「了解しました!!」
足早に部屋から出て行く騎士。
「演技が巧いのね。」
ルベルは閉じられた扉を見ながら言った。
「冗談でしょう? 腸煮えくり返ってどうしようもありませんよ。」
「容態くらい聞いてもよかったんじゃないの?」
「容態は確認済みです。瓦礫から脱出する前に。」
チーシェは苦笑いを浮かべている。
どこかに疲れも見える表情だ。
「聞かせてもらっても?」
「……肩と、腰に瓦礫片が刺さってましたよ。さすがに、瓦礫が刺さったままでは……あいつの回復力も意味をなさなかったかと。」
「……そう。」
「どう、しますか? これから。」
ルベルの返事を待ってから、チーシェは国王に向かって顔を上げた。
「……発電所の事を公表しないわけにはいくまい。」
「ええ。」
「審判の延期なら理由も理由ですし、私から伝えておきますよ。」
「お願いします。」
ルベルからの提案に国王は素直に従った。
「さてと。私は聖域の方に連絡してきます。」
「……。」
「あなたが責任を感じる必要はないわ。どうせ、あいつは自己犠牲が幸せだとでも思ってる大馬鹿なんだから。」
「……!!」
ルベルは言いながらチーシェの横を通り過ぎた。
チーシェの驚いた顔を横目で見ながら。
そして、扉を開ける。
「ホント、かわいそうな人間よね。」
振り返り際に、そう一言呟いた。
そのまま部屋の扉は閉じられた。
「街が騒がしい時って、原因がいつも決まってるんだよな。」
外を走る騎士達と、噂を歩かせる人々の口。
そんな様子を見ながら、デオルダはコーヒーが入ったマグカップを持ち上げた。
「どうなることやら……。」
一口、二口ゆっくりと飲みながら横目で見た窓の外。
空の雲は灰色になりつつある。
「嫌な天気だ。」
目を閉じて耳を傾ける。街を徘徊する噂を探してみた。
ため息しかでないとわかってはいたのだが、何も知らないままここにいるわけにも行かないだろうと思った。
「……今回は、無事に済みそうにもないみたいだな。」
誰もいない家の中で呟いた。返事は返ってこない。
デオルダはテーブルの上に置いていた小さな編みカゴからコーヒーミルクとスティックシュガーを一つずつ取り、マグカップの中に入れた。
「ホント、天才の考えてることはわからねえとはよく言ったもんだ。俺としては馬鹿の考えの方がよっぽどわけわからないと思うけどな。」
コーヒーを一口。
「……甘い。」
大勢の目と口。
鋭く尖った矢が一斉に放たれるように、視線と言葉が飛ぶ。
「私が助からなければ、審判は行われたんだ!! それを……あいつは!!」
「私も同感です。創造神の行動は賢者とは思えません。」
「称号剥奪を聖域に申し出ろ!!」
「あいつは……この国を滅ぼす気だ!!」
「極刑だ!! あいつを殺せ!!」
怒号、大喝、非難、苦言、指弾が飛び交う中で……渦中の人物は口を開くことなく、耳を傾けていた。
星空が一面に広がる夜。
夜風は冷たくチーシェに突き刺さる。
自分が今、どうすべきか……考えなくても答えを持っている。
それでも、正しい答えを握り潰して心の奥底に捨ててしまう。
もう、正しさなんて……重要ではなくなっている。
自分の判断が偽りだと、誤りだと知っているのに。
真実を知っているのに。
どうして、あいつを助けるために否定できないのか。
どうして、嘘をつき続けるのか。
他人のためであったら、あいつは……命までも投げ出すと知っていたのに。
それを、幸せであると笑って……手放すと。
それを愚かだと思わないわけではない。
それがあいつの生き方だと、受け入れた。
馬鹿だと、笑っていたい。
ただそれを、公に言えない。
自分も、嘘を味方にあいつを殺そうとしているのだから。
「……この国は、嘘に塗れて人を殺すんだ。」
呟く声も小さく枯れ気味で、消えかけていた。
一人で見る星空があまりにも、こんなにも切ないとは思わなかった。
読んでいただきありがとうございます。
一週間ぶりとなっています。
今回で一応二年前の話は区切りとします。
次話です。
現代に戻りまして、賢者の戦いが勃発……するようなしないような。
またよろしくお願いします。