サクリファイス
「高所恐怖症になりそうだ。お前のせいで。」
横目でルギを睨むチーシェ。
「文句言うな。急ぎだったんだから仕方ないだろ。」
「へーいへい。」
そう言いながら二人は発電所の中に足を踏み入れた。
「とにかく、仕事モードに入ってくれないと困るんだけど。」
何も言わずに飛んだことをまだ怒っているのか、チーシェが全然仕事中に見えない。
「年中無休無職顔のお前には言われたくない一言だな。」
「どういうことだ、それは。」
「そのまんま。」
「あっそ。」
笑いながらルギを見るチーシェの目は心配するなと言いたげだった。
「ん……?」
微かな物音に二人が耳を傾ける。
「足音、だな。」
「誰かいるのか……。」
「変だな。」
「ああ。ここに爆弾があるとしたら、普通逃げるよな……。」
クラテスの話が本当であるなら、爆発まで時間はあまりないはずだ。
「奥に供給用のケーブルあるんだっけ?」
「そうだ。あんな太いもの……簡単に切れるはずがないんだがなぁ……。」
発電所から街まで伸びている供給ケーブル。これはライナックの街のエネルギーラインとも言える重要なものであり、これが切断されるとなると、人々の生活に多大な影響がでることになる。
「とにかく、爆弾をどうにかする方が先だ。」
「ああ。」
ルギとチーシェは供給用ケーブルを目指して奥へと進む。
発電所でケーブルがむき出しになっている場所は現在、一箇所しかないのだ。
審判の前に調査をするということで、ケーブルを地下から引き上げた奥の配電室。
そこに、足音の主はいた。
「……ビンゴ。」
「一人、だな。」
ケーブルの横に屈み、何かをしているように見える。
「一人なら問題ないな。」
「ああ。」
チーシェの言葉にルギが頷くのを合図とするように部屋に入る。
「そこまでだ。」
「!!」
チーシェの言葉に驚いて振り返る男。
「……あんた、そこで何してる?」
「わ、私は……!!」
「そのハサミでケーブルちょん切ろうって?」
チーシェは男が手に持っていたハサミを見て呆れた。
まさか、極太と言っても過言ではないこのケーブルを普通のハサミで切ろうとは……。
「わ、悪いか!!」
「悪いだろ……。」
「こうしないと……息子が!!」
チーシェはもう怒鳴る気もなくなっていた。まして、息子が人質で仕方なく……。なんて言葉を素直に信用するわけにもいかない。
「……息子? 嘘言ってんじゃねえの?」
「違うんだ!! 息子が……!!」
「ラグ・キリストン。」
「なっ!?」
必死に訳を説明しようとした男にルギがラグの名前を出すと、男は顔をルギに向けた。
「あなたの息子なら、騎士団が保護してますけど?」
「ほ、本当か!?」
「ああ。いろいろやらかしてはくれたが……。」
「?」
「発電所での小火騒ぎと、銃の使用だな。」
「そんな……。」
無事であることに安堵する一方で、知らないところで息子が計画に組み込まれたことを嘆いているように見えた。
「あなた、誰かに頼まれたってことでいいんですか? 息子を人質にされて。」
「そ、そうです……。頼まれたというより、命令……というべきですね。」
「市長に?」
「ええ……。私が命令されたことは二つ。」
ラグの父親は息子が無事であるということがわかったからか、ルギとチーシェから逃げることができないと思ったからか、何も否定することなく、喋り始めた。
「二つ?」
「一つはこれ、ですよね。」
「ええ……。ケーブル切断。」
「二つ目は?」
「それが、よくわからないことで……。」
ラグの父親はルギの顔を見ていた。
「よくわからない?」
「何があっても、創造神を擁護する発言をしてはならない。」
「俺?」
「ええ。」
「擁護……?」
「ところで、ここに爆弾あるって……。」
「ば、爆弾!?」
ルギの一言に飛び上がるように驚いたラグの父親。
その反応には、ルギも笑うしかない。
「そういう反応になりますよね。」
「どういうことだ?」
「クラテスの聞き間違い、とは思えないんだけどな。」
「時間は?」
「あと五分。」
「何とも言えないな……。」
ルギが考え込んだ。
時間はない。
「そもそも、ケーブルを切れと命令しておいて道具の用意はなし。ハサミで切れるものじゃないのにも関わらず。」
「確かに。切らせたいんだったら道具を用意すべきだ。」
「何が……。狙いは……俺を孤立させることか?」
ルギが笑いながらチーシェを見た。
「なんでお前を孤立させるんだよ。」
チーシェとしてはルギを孤立させることのメリットがわからない。
「擁護するなって言ってるくらいだ。俺にこの人を護れとでも言ってるのかね。」
「護られたのに、この人はお前を擁護しないって?」
「そ、そんなわけには……。」
「……いや。あなたは何があっても俺を擁護しないでください。」
「えっ!?」
驚いて声を上げたのはラグの父親であったが、チーシェも驚かずにはいられなかった。
「な、何言ってんだよルギ。」
「いいんだ。これで。」
「はぁ!?」
たまにこいつの考えがわからないと思ったことはある。
でも、今回は本当にわけがわからない。
「問題は爆弾情報だ。」
「俺にしてみれば、お前の今の言動も問題なんだが。」
「クラテスが嘘を言ってるふうにも見えなかったし……。」
「無視か。」
完全に話を変えられてしまった。
「時間もない、手がかりもない。……どうしようか。」
「どうしようかって……。向こうの狙いはこのケーブルだったわけだろ?」
「そうだな……。」
「簡単に諦めるとは思えないけど?」
「まあ、ハサミが失敗でも……。」
ルギが話の途中で言葉を詰まらせた。
「?」
「他の、方法?」
「だから、それが何かわからないから……。」
これでは同じ話を繰り返しているだけだ。
時間がないと言ったのはどっちだ。
「今、何問題にしてたっけ……?」
ルギの苦笑いの含まれた声で、何が言いたいか、チーシェにもわかった。
「……爆弾?」
「…………どうしようか。」
「に、逃げんぞ!! キリストン市議!! よろしいですね!?」
「は、はい!!」
チーシェは血の気が引いていくのを感じながら、市議に声をかける。
ルギは部屋のドアを開け、二人を促す。
市議は自分で走ろうと立ち上がる。
遠くで微かに電子音が鳴り響いた。
大きな音と、その衝撃で窓ガラスが飛び散る。
チーシェは市議に覆い被さるように窓ガラスと市議の間に入る。
だが、チーシェにガラス片は当たらない。
「物体生成……。」
そして、ガラス片からチーシェを庇った板状の物体は消え、地面にガラス片が落ちる。
それと同時に部屋の電気が消えた。
「電気が消えたところを見ると、既に切れたケーブルがあるみたいだな。」
「ああ……ここのケーブルが切れないわけがないって証明されたみたいだ。」
「強行突破もできないわけじゃないが……。」
ルギが市議を見た。
完全に腰を抜かしている。到底、一人で走れる状態ではない。
「ああ。一般人背負って……となると、リスクがでかい。」
「きっと、火も回り始めてるだろうから、あまりうろつくわけにもいかない。」
「だが、ここの状況にすぐ気づくわけもない。俺の部下が着くまで十五分はある。」
チーシェは小隊に召集命令を出している。
それでも、まだ時間がかかる。
「そこなんだよな。天井崩そうにも、老朽化が進んでるから変に壊せないし。」
「おいおい……。」
「まあ……手詰まり?」
笑いながらルギはチーシェに言った。
ルギは、わざと笑ったんだと、後で気付いた。
「……笑ってるってことは、手詰まりじゃねえな?」
「そんなわけ……。」
「目線ずらしたな? 策があるとしか思えない。」
この時は、さすがだと思っていた。
こいつはこの状況でも何か思いつく策があるのだと、感心していた。
目線すらフェイクだと、気づきすらしなかった。
「あー……。」
「言え。」
「いくつか条件がある。」
「条件?」
策に条件など聞いたことない。
「一つ。この方法を使えば、神の審判を延期させることになる。」
「延期……。」
国王の状態と国の状態。この二つを考えれば、ありえない話ではないと思っていた。
だからそんなに驚きはしない。
「二つ。お前も俺を擁護しないこと。」
「はぁ!?」
擁護。このことに関して、ルギの言いたいことがわからない。
「三つ。これを市長に渡すこと。」
ルギはブレスレットをチーシェに渡した。
「馬鹿かよ、これは……。」
「市長には、せめてものの償いだと伝えてくれ。」
「つ、償い?」
「薬で思い出した。あの人は一度……俺に娘を救ってくれと言ってきた。」
「娘がいたのか……。」
市長の娘の存在はチーシェですら知らない。
この街にいるのかすら知らない。
「!! アフェトロッソ……。」
市議が思い出したように呟く。
「アフェトロッソ?」
「難病の一つだ。」
「それで……薬か。」
難病の治療薬を求めたために、ルギを狙ったのか。
「おそらく、俺を賢者という地位から引きずり下ろすつもりだったんだろうな。」
「なんでだよ。」
「力の使えない賢者が好都合だからだよ。」
好都合と表現したのはクラテス。ルギは別な表現をしたはずだ。
「さっきも聞いたが……意味がわからん。」
「権力に護られていない賢者は……実験動物としては最適だろ。」
「じ、実験動物!?」
賢者から引きずり下ろし……ルギを使って何かを実験するつもりだったというのか……!?
「どこで知ったんだか……。こりゃあ、市長の後ろにも誰かいると見ていいぞ。」
「!? どういうことだよ……!!」
ルギの目は真剣そのもので、チーシェに警告しているようにも感じた。
「賢者について、知りすぎだ。きっと、聖域の協力者か……。」
「聖域……!?」
「少なからず、能力者がいないと……ここまでの計画を実行できないとは思わないか?」
「そ、それは……。」
クラテスは次期賢者だったが、能力を使わなかった。
他にも、能力者がいたというのか?
「そして、その狙いが俺である以上……。」
「何を……。」
「俺はこの国を出る。」
「!!」
途中で何が言いたいのかわかった。
だが、動揺せずにいられなかった。
「そのためには、お前らに擁護されるわけにはいかない。」
「だ、だからって!!」
「頼む、チーシェ。」
ルギはもうやると決めてしまった。
止めても聞かないのだろう。
そんなことは知っていた。
「お前は……俺らを、国を助けておきながら……自己犠牲を選ぶのか?」
「自己犠牲、ね。そう思ってもらっても構わないか。」
「やることはなんとなくわかったよ。その主要ケーブルを物体生成で切るんだろ?」
物体生成でなら問題なく、切ることができるのだろう。
それくらいの能力者なのだ。賢者は。偽物とは違う。
「ああ。そうすれば街は停電する。」
「なるほどな。」
チーシェは大きくため息をついた。
「それで、いいのか……?」
「他人のおかげで今こうして生きてる。他人が俺を理解してくれたからこそ、今笑えてるんだと思う。俺一人の犠牲で国が助かるのなら……これ以上の幸せはないって思わないか?」
嬉しそうに語るルギ。
それを幸せに思えるのはお前だけだと、心の中で呆れた。
「……。」
市議は口を開けたまま何も言わない。
「バカだよ、お前はやっぱり。」
「じゃ、これはお前に預けるよ。」
笑うルギはチーシェにブレスレットを差し出す。
能力発動中だからだろう。綺麗に輝いていた。
「……わかった。」
これを受け取るということは、こいつの条件を全て受け入れたということ。
何があっても、自分は創造神を擁護しない。
たとえ、国を救い、自身が犠牲となろうとも、それを幸せだと言って笑っているのだろう。
そんな馬鹿に、自分は負けてしまったのか。
それでも、この負けは悔しくはなかった。
「入口まで下がってくれ。危ないから。」
「ああ。」
これが終われば、こいつはいなくなる。
それがルギの決めたことならば、止める資格は自分にはない。
「チーシェ・グライト。」
「?」
横を通り過ぎたチーシェをルギが呼ぶ。
「ご武運を。」
「お前もな。ルギ・ナバンギ。」
振り返るチーシェにルギは笑いながら声をかけた。
チーシェはルギの笑い顔を見納め、背を向ける。
チーシェの手の中でブレスレットは綺麗にその輝きを増していた。
読んでいただきありがとうございます。
なんか、爆発してしまったみたいです。
次話ですが……。
ライナック編も長々とやってますが、次回あたりで終わる予定です。
あくまで予定ですが。
またよろしくお願いします。