オレンジミラー
破裂音で一瞬、その場は静寂に包まれた。
その弾けた血を目に映す周りの人々。
その賢者の隣。その手に握られた黒い銃身。
「……。」
静かなため息。流れた血が付いた手が少年の頭に置かれる。
「危ないことするなって言ったばかりだろ。」
「え……。」
ルギは何事もなかったようにラグに喋りかける。
「まったく、俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ。」
「え? え……?」
引き金を引いた感覚は残っている。
大きな音も聞いた。
でも、ルギは……そこにいる。
この状況が子供には理解できなかった。
「どうした?」
「どうした? じゃねえだろ……。」
そう言いながら、チーシェはラグから銃を取り上げる。
「あっ!」
「ダメだ。これはお前が持ってていいものじゃない。」
ラグは何も言わずに俯いていた。
その状況を見ていた周りの人々が騒然とし始めた。
「落ち着いて!! 落ち着いてここから離れてください!!」
チーシェの声に、慌てながらも人々が移動し始める。
「お前は……不老不死か。」
チーシェは振り返り、ルギを見る。
どう考えても普通ではありえないことだ。
「人聞きの悪い。俺だって心臓打ち抜かれたら死ぬっての。」
「どうだか。」
このヘンテコ賢者の人体構造はどうなっていることだろうか。
「素晴らしいですね、創造神。」
「そりゃどうも。」
「まさか、あの至近距離の弾丸ですら避けてしまうとは。」
漣は腕を組みながら感心したように何度か頷いた。
「え。」
「ん?」
だが、その言葉に疑問を感じたルギとチーシェ。
「お前には少し聞きたいことがあるな。」
そして、ルギが何かを企むように笑う。
「何ですか、いきなり。」
「いやぁ……面白いこと聞いちゃったなって。」
「面白いこと?」
「後でゆっくり聞いてやるよ。」
ルギが左腕を伸ばす。
標的は、前方の男。
創造神が物体生成を使う合図。
「!?」
漣がわずかに早く反応する。
ルギの物体生成が発動する瞬間、予め手に持っていた反射板を傾ける。
一瞬、ルギの視界が奪われた。
「なっ!?」
ルギは光を遮ろうと、腕を顔の前に動かした。
「なるほど。話は本当だったのですね。」
漣が手に持っていた反射板を見ながら笑う。
「物体生成は物体を生成するまでその場所を目視する必要がある。」
「……誰に聞いたんだか。」
「まあ、それだけこちらも本気だということを、わかっていただけましたか?」
「ああ、認めるよ。そこまでして俺を殺したがってるってな。」
「これがあれば、あなたの物体生成も怖くない。」
ルギは何も言わずに、楽しそうに笑う。
まるで、自分に不利な状況を嬉しく思っているかのように。
「あー、俺だ。いいか、大通りに人いれんなよ。理由? 創造神に殺されるって言っておけ。あと、大通りにいる子供を誰か回収しに来てくれ。」
チーシェは通信機に向かって喋る。
「創造神が殺される、の間違いでは?」
それを聞いた漣がチーシェに向かって口を開いた。
「そりゃあ、笑える冗談か?」
「……。」
ルギは目を伏せポケットに手を入れたまま、何も言わない。
漣は目を細めた。挑発に乗る必要はない。自分が優位であることは違いないのだから。
「俺からお前に言うことがあるとすれば……ご愁傷様ってことだけだな。」
「どういう意味ですか?」
「どうもこうも。あんた、自分が優位になったって思ってるなら……とんだ勘違いだよ。」
「!!」
物体生成を無効化したことは、紛れもなく漣に優位に働くはずである。
それなのに。
勘違いだというのか。
あの賢者の目。橙色の瞳を気をつけてさえいればいいのだ。それは散々注意を受けた。自分でも分かっている。
力の使えない賢者など、一般人と何も変わらない。
そんな防衛能力のないやつなど……簡単に殺せないはずが……橙色の瞳?
「いつの間に……。」
漣を見る瞳は、橙色に光輝いている。
「あえて言うならさっきから。」
「!!」
生成されては状況が完全に逆転してしまう!!
反射板を……!!
「遅すぎるな。」
ルギは手をポケットに入れたまま、物体生成を発動した。
漣を覆い、包み込むように薄くオレンジ色がかった直方体が現れる。
「っ……!!」
閉じ込められた箱の中で、小さく歯ぎしりの音がした。
「隊長!」
「いいところに来た。コイツ頼むな。」
大通りに走ってくる騎士にラグを預ける。
「……どこかで見ましたね、この子。」
「発電所の小火騒ぎ。今日の話じゃねえか。」
「あ。……了解しました!!」
呆れるチーシェの声に部下は照れながら敬礼をする。声だけは一段と大きい。
「……おう。」
ラグを連れて行く部下を横目に、ため息。
そして、大通りにはルギ、チーシェ、漣の三人だけになった。
「さーてと……楽しいお話のお時間です。クラテス・ロニアード。」
ルギは箱の中に閉じ込めた男と向き合う。
クラテスと呼ばれた男は、ルギの声に顔を上げた。
「クラテス?」
「覚えていたんですか?」
「まあ、顔は正直よくわかんないけど。その声は聞き覚えがある。」
「誰だよ。」
チーシェには覚えがないようだ。
「賢者候補。次期って言ってもいいかな。」
「で? なんでそんな奴がこんなことしてんの。」
「わっ、私はただ……。」
次期賢者が現賢者を陥れようとしたとなれば、自分の立場が悪くなることくらいわかるだろうに。
「あなたに勝ちたくて……。」
「は?」
「あなたの弱点を教えてくれると言うので……。」
「はあ!?」
「……ホントに申し訳ないです。」
頭を下げるクラテス。
その口から次々と出てくる言葉に、ルギとチーシェは呆れ返った。
「それで? 他に何か知ってることは?」
ここまで来て、収穫なしというのは立場がないと思ったのか、チーシェがクラテスに尋ねる。
「……今、何時ですか?」
「? 午後三時過ぎ。」
少し考えた後、クラテス一つの疑問を口にした。
「……どこかの爆弾は、三時半に爆発するらしいです。聞こえた話なので確証はないんですけど。」
「……は?」
ルギとチーシェの声が重なった。
「爆弾?」
「はい。」
自分の挑戦は終わったから後は他人事とでも言いたげな顔でクラテスが頷いた。
「早く言え!!!」
「待ったチーシェ。」
今にも物体生成を壊してでもクラテスに飛びかかろうとするチーシェを抑えるルギ。
「なんだ!!」
「どこかってどこ?」
「あ。」
勢いでルギに突っかかってきたチーシェだが、ルギの疑問に熱が急速に冷めた。
「私もそこまでは……。」
「街中ならやばいことになるぞ。」
「ど、どーすんだよ!!」
「お前が慌ててどうすんだ。」
「すまん。」
慌てていたことを指摘され、自分の頬を両手で挟んで落ち着くチーシェ。
隣ではルギが爆弾の場所を左手を腰にあてたまま必死に考えていた。
「どこだ? 時間もないし……。」
「街中なら……この大通りが手っ取り早いよな。」
「……そうだけど、今爆破する意味がない。」
「確かに。」
大通りを爆破させるならば、審判の最中でなければ敵側にとって意味はない。
「くそ……なんでこんなときに限って頭が働かないんだよ……!!」
ルギが自分の頭を右手で掻き回す。
よっぽど推理が滞っているのだろうか。
「は?」
だが、先程は……冷静にクラテスの鏡の対抗策を練れていたし、爆弾についての話も慌てている様子はなかったはずだ。
なぜ、頭が働かない……?
「うーん……。」
「……なあ?」
「何。後にして。」
「あ、悪い……。」
唸りながら考えるルギ。左手は、腰から外してない。
「あー、手が滑ったー。」
チーシェは後ろからルギの左脇腹を手で突っついてみる。
ただし、少し勢いを強めに。
「いぎっ!?」
その場に蹲るルギ。右手で脇腹を抑えている。
「おま、えは……何を、してんだ。」
「やっぱり……。」
ルギの目には誰が見てもわかるほどの怒りが含まれていた。
「当たり前だ!! こんな短時間で完治してたら俺は人間じゃねえよっ!!」
「わ、悪かったって……。ちょっとだけ勢いが強かっただけだろ……。」
ルギが立ち上がり、チーシェに食ってかかる。
さすがに、痛かったのだろう。
ルギの怒りがすぐには収まらなかった。
「へえ、至近距離の銃創を? 興味本位で?」
「あれ……? 避けたのでは……。」
その会話を目の前で聞いていたクラテス。
「何言ってんだお前も。出血してたじゃねえか。」
「じゃ、じゃあ……どうして?」
「こいつの化物じみた回復力がここまでとはな。」
「外見上は傷塞がってたからな。」
「……治ったってことですか?」
「そういうことになるな。」
驚きを隠せないクラテス。
ルギの顔を見つめていた。
「えっと……何?」
「私、あなたを殺せと頼まれはしました。でも、私があなたを殺せるはずがなかった。」
「実力的にな?」
チーシェが笑っている。
ルギがクラテスに負けるはずがないと思ったからこそ、手を出さなかった。
もし、相手の実力がルギ以上であったならば、アンフェアなど気にせず加勢しただろう。
「ええ。それを見込んでいたのかもしれません。」
「見込んでた?」
「反国王側の狙いの一つに、確か……薬があったはずです。」
「薬だぁ!? なんでそんなもの……。」
ルギの予想では、創造神と国王の話しか出てこなかった。
それに、なぜ反国王側が薬などというものを求める必要があるのか。
「難病治療薬……か。」
「!!」
ルギの呟きに、チーシェは驚いた。
薬の使い道はわからないが、難病治療薬が作れる賢者など、創造神の他には存在しない。
「ええ。私は計画には組み込まれていても、中枢にはいなかったので……詳しくはわかりませんが、聞こえちゃったので。」
「随分盗み聞きしたんだな……。」
クラテスは、爆弾のことも盗み聞きしていたようだ。
「きっと、あなたを狙っていることは間違いないかと。」
「それは、知ってるけど……。」
「力の使えない賢者ほど……好都合な人間はいませんから。」
クラテスは目を細めてルギに言った。
「好都合?」
「とにかく。爆弾はここじゃない。」
ルギは言った。
「力の使えない賢者ほど、殺しやすい人はいない。」と。
殺すことに好都合、という意味でクラテスが言ったのだろうか。
何か、別の意味もあるように感じたチーシェだったが、ルギが話を打ち切るように話題を爆弾へと戻した。
「今爆破して意味があるのは……発電所。」
「主要ケーブルごとぶっ飛ばす気か……!!」
「ああ、おそらくな。」
ルギとチーシェが走り出す。
「あ、ちょっと!? 私は?! 置き去り!?」
「少し待ってろ!!」
ルギがクラテスに言う。
「俺だ!! 大通りの物体生成を回収しに来い!! あと、発電所に第一小隊集合しろ!! 大至急だ!! 街全体に非常事態警戒令を発令しろ!! 何!? 理由だと!? そんなの街が更地になるかもしれねえからだって言っとけ!!!」
通信機に向かって叫ぶチーシェの声に、隣のルギは耳を手で覆っていた。
そして、話が終わったのを見計らってルギはチーシェの腕を掴む。
「?」
そして、空を翔けた。
読んでいただきありがとうございます。
前回から少し時間が経ってしまい、すみません。
今回は、銃弾から始まり爆弾で終わってないですね。
なんともキリが悪い。
物体生成の弱点らしきものが鏡というか反射板というか。
天気よくないとできないね。
次話。
爆弾に始まり、何で終わるのでしょうか。
またお願いします。




