二杯目のコーヒー
「どこから言えばいいものか。」
テーブルの上には新しく注がれたコーヒーが二つ。湯気が上がっている。
「最初から全部だろ。」
「わかってるっての。」
笑いながら催促するデオルダは楽しそうである。
「“力”の審判に、裏ルールがあるっていうのは知ってるか?」
「知らん。そんなものあんのか。」
「これに関しては、賢者だからこそ知り得たって部分もあるな。」
「おお、さすが世界権力。」
デオルダの納得は当たり前のことで、裏ルールなど誰が知り得るのか。
「十年前……。ある軍事国家の国に、神の審判のため、神の遣いがやってきた。」
「軍事国家ね……。」
「内容はこの国と同じ。当然、その国の力は =軍事力になるわけだから……。」
“力”の審判。この国と違い、その軍事国家においてはちゃんとした力があったわけだ。
「ま、当然だろうな。」
「だけどよ、そんな簡単に神の遣いが倒せるわけないだろ?」
「ん、まあ……確かに。俺もそう思う。」
この二人の会話は、この国が今回の神の審判をこのままではクリアできないと、遠回しに言っていた。
「そして、神の審判において、挑戦権は決して一回じゃない。」
「まあ、国の努力を見るっていう目的もあるわけだからなぁ……。」
「だからといって、だ。」
「?」
「百回も神を倒そうとするか? フツー。」
「随分と、思い切った国だな。」
「その期間、わずか三日。」
さすがに、ルギもデオルダも驚きを通り越して呆れていた。
「三日で百回もっていう努力?」
「まあ、その国も全力だったんだろうな。」
「国も全身全霊で攻撃していたわけだからなぁ……。」
「そう、そこなんだよ。」
「??」
ルギに口を挟まれたが、どこなのかがわからない。
「その軍事国家には一つの王家が存在していたんだが……。」
「王様が?」
「軍事反対派なんだよ。」
「はあ?」
ルギはソファの背もたれに体を預けながら、笑っていた。
「国のトップである王様が平和主義で、軍縮政策にノリノリで。反発した自分の国の軍に脅されていたわけだ。」
「それ、国としてどうなの?」
最早、デオルダからして見ると、それは国ではない。いや、誰が見ても国とは思えないだろう。呆れ果てる勢いだった。
「すごいだろ? これで国家が成り立ってたって言うんだから。」
「ああ、逆にすごい。」
「だが、驚くのはまだ早い。」
「まだあんの?」
「今のがミカンくらいの大きさだとすると、グレープフルーツ級だ。」
「ひどい例えだな。」
ルギは首を傾げていたが、デオルダは無視することにした。話が進まない。それに、この後グレープフルーツ級の驚きが待っているとなると、余計に、だ。
「ともかく、そんな国の内情に気づかない神じゃないわけだ。」
「そうだろうな。」
国の力を見るための審判のはずだが、その国が分裂しているようでは、審判をする意味そのものがなくなる。
「神の遣いが国王に問い質して明らかになったらしい。」
「でも、国のトップが脅されていたとして、そいつも悪いだろ?」
「ま、一概に誰のせいとは言えない話になった。」
国王が国民を無視して軍縮政策を行おうとしたのだから、国王にも責任はある。
だが、その国王を脅した軍側にも何らかの責任があるのだろう。
「だが、審判始まってたからな。」
「ああ、百回も攻撃したもんな。」
先程のミカン級の驚きを思い出して笑いかけた。
「そこで、神側からの特例の提案がなされた。」
「提案?」
「軍事力も、もう限界にあったからな。これを機に国を立て直すことを提案した。」
「つまり……軍事国家としてか、軍縮を進めるか?」
「そういうこと。だが、時間を無制限にとっていては解決しないからな。」
「まあ、国王とか死んだらそれまでだし。」
何年もかかって、国のトップが交代してしまえば、また話がこじれてしまうだろう。
「一年の時間が欲しければ、国民一人を人質とせよ。」
「ん?」
「神側の条件だ。」
「そんなのありか?」
デオルダは神と言えど、少し無理があるのではないかと思った。
「多少は懲罰のつもりもあったんだろ? 何の罰もなしにしておくことはできないから。」
「なるほどね。」
確かに、特例の提案までして無罪放免はできないか。
「まあ、殺すわけじゃない。あくまでも、国に対しての懲罰目的だからな。」
「ああ。」
「で、国王は誰を人質にしたと思う?」
「え? うーん……。無作為に国民を人質に出していたんじゃ、自分の立場ってものがあるしなぁ……。」
デオルダにとって、ルギの質問はなかなかに難しかった。
「そう。そして、俺としてはこれがグレープフルーツ級の驚きだった。」
「え。これなの?」
思っていたよりも小さな驚きになりそうだった。
「ああ。国王は、一人しか人質に出さなかったよ。」
「一年しかないじゃん。」
「そう、そして、一年で国を立て直したんだ。」
「マジかよ!? すげえな国王! ……でも、なんでそんな力量あるのに脅されたりなんかしたんだ?」
分裂した国を一年で立て直したのは感激ものだ。それでも、疑問も残った。
俺は、これがグレープフルーツ級だと勘違いをした。
「俺は軍事国家として立ち直ったなんて言ってないぞ?」
「?」
驚くデオルダを見て、不思議そうにルギが言う。
「軍縮成功で、その国は立ち直ったんだ。」
「……よく反発されなかったな。」
「当たり前だろ。反発できなかったんだから。」
「なんでだよ。さっき反発されたから……。」
反発されたから分裂していたはずだ。反発できないわけがない。
「組織にリーダーってやつは必ず必要だ。」
「そりゃそうだろ。組織ってことは大所帯だ。統率ってもんが……。」
デオルダは自分で言って、あることに、自分で気づいた。
「わかったか?」
ルギの笑いは俺の考えが間違っていないと言っているようだった。
「反発、できなかった……?」
「そうだ。……かなり信頼されていた人物だったみたいだな。」
ルギは残りわずかのコーヒーを飲み込んだ。
「じゃあ、その国の人質にされたのは……!!」
「ああ。その国の軍を率いていた司令官だ。」
「!! な、なんだよ国王は!! 軍縮をするために軍の牙を折ったって言うのか!?」
答えは直前にわかっていたが、こうもあっさり、簡単に肯定されると、その国王が許せなくなってきた。
自分でも早口になっていることに気づいたが、驚きを隠す余裕もなく、思うがままに文句を言った。
これが、グレープフルーツ級だったわけだ。
「そういうことだ。結果的に軍縮成功、国も立て直した。」
「そんな……国が……。」
そんな国が存在していいのかと、ルギに問うところだった。
ルギに聞いたところで答えが出るわけでもないのだが……。
「潰れたよ。」
「え?」
ルギは、また俺にグレープフルーツを投下してきたようだ。
「結局は、国王が独断で進めた政策。国民はついていかなかった。」
「じゃあ、神の審判に……?」
「クリアしなかった。できるはずもなかったんだろうが、な。」
「……。」
「結局のところ、国民が求めていたのは軍の司令官の方だったのさ。」
「でも、軍事……なんだろ?」
軍事力を国民が求めていたというのか。
「後から聞いた話になるが、軍は力はあれども戦争なんてする気はなかったらしい。」
「どういうことだ?」
「国軍というより、自衛軍を目指していたんだと。」
「自衛……。」
「地形と気候からか、自然災害が多い地域だったらしい。それで、自国を守るための軍事力とかいうやつ。」
「国民は、それを……支持していた?」
デオルダとしては、それを軍事力とは言わないのではないかと思う。
「そ。それを知っていたのか、勘違いしたのか……国王は間違った方向に動いたのさ。」
「なんとまあ……。」
哀れな国だ。
「司令官も、“力”の審判の意味を取り違えなければ……違う結果にもなったんだろうな。」
「?」
司令官も間違っていたと言うルギが、デオルダにはわからなかった。
「軍事国家を自分で否定しながら、自分達には軍事力しかないと思ったのが全ての始まりで、終わるきっかけになったんだ。」
あくまでも、戦うためではなく、護るための力とした。それを、司令官自らが信じられなかったのだ。
「国民は、軍の味方になっていたのに……か?」
「言ってしまえばそういうことだ。」
なんとも、不憫な国の話だ。
感傷に浸りそうになって、ふと我に返った。
「おい。」
「なんだ?」
「俺さ、お前にかわいそうな国の話をしろなんて言ってないんだけど。」
「かわいそうだったか?」
くすくす笑いながらルギが言うので、少し腹がたったが、いいとしよう。
「不憫だな、とは思ったけど。」
「その不憫な国に、今この国がなりそうなんでな。いい例えかと思ったんだが?」
「わけがわからん。」
不憫になるのは国じゃなくて、国民だと思うのだが……。
「そうだな、この国の審判後、裏ルールが多くの国々の王達の間で話題となった。」
「最初に言ってた裏ルールか。」
「内容は言わずともわかるだろ?」
「え? そんなこと言ってたか?」
ルギは裏ルールに関して何か言ってたか? 言ってないだろ?
固まってしまったデオルダを見て、ルギが不思議そうにしていた。
「ちゃんと話きいてたよな?」
「聞いてたよ。」
「じゃあ、お前はこの状況が変だとは思わねえのか?」
「どこが変だって言うんだよ。」
デオルダには何が変なのか、検討もつかない。
「人が一人死んで? 一年以内に神の遣いを倒せって言ってる国王がいるこの状況だよ。」
「!!?」
デオルダは声が出なかった。いや、出せなかったという他にない。
「じゃあ、ルベルは……?」
「厳密には殺されちゃいないだろうな。」
「お前に課せられた……一年って……。」
「来年までに自分がどうにかできなきゃ、次は俺が殺されたことになるんじゃねえの?」
「おいおいおいおい……。」
何が違うのかルギに聞きたい。
何か違うことがあると、ルギに言って欲しい。
この国の未来が不憫でないことを今すぐ神に祈りたい。
ここまで考えて、デオルダにはルギに対して気になったことがあった。
「な、一ついいか?」
「何だ?」
「どうして、そんな普通でいられる?」
「は?」
ルギは「何が?」と言いたい雰囲気でデオルダを見ていた。
「俺なら気が狂ってる。」
本心だった。自分だったら絶対に耐えられない。気が狂ってる。
「……。」
ルギはきょとんとして、何も言わず、デオルダを見ていた。
「?」
そんなルギが不思議になってきた。
「……あはははっ!!」
「な、なんだ!?」
きょとんとしていたルギがいきなり笑い出したので、慌ててしまった。
「なんで気が狂うことがあるんだよ。馬鹿だな、デオルダ。」
「ば、馬鹿って!!」
ルギに馬鹿と言われた。なんか納得がいかない。
「言っただろ? ルベルは死んでないんだって。」
「あ。」
デオルダはそこまで言われて、ルギが言いたいことがわかった。
「気が狂う理由がどこにある?」
「ない……のか。」
「そういうことになるな。」
「……。」
納得できたような、できなかったような……。
「まあ、どうでもいいって言うのは撤回しておくとして、だ。」
「撤回すんのか。」
「喋ってたらやらないとならない理由を見つけてしまったからなぁ……。」
ルギが前髪を掻き上げながら言うその顔が嫌そうだった。
「やりたくないのに……やるのか?」
「やる気よりも恐ろしいものを思い出してしまった。」
ルギが腕を組んだまま天井を見上げた。
「は? そんなものどこに……。」
「いいか? 俺らの紅一点様、人質のままなんだよ。」
「あ。」
つまり、ルギが神の遣いを倒さなければ、審判をクリアすることもできず、ルベルが解放されないのだ。
「それで何もしないで一年経ってみろ? バレた時点でボコボコにされる。」
「さ、されるのお前だけどな。」
「死刑より恐ろしい……。」
「殺されてんじゃねえか。」
なんだか笑えてきた。
「あいつ、無力に怒らねえのに。」
「何もしないと怒るんだろ?」
「そういうことになるんだよな。」
「結局、お前は自分の意思と関係なくこの国救うわけか。」
「救えると決まったわけではないんだがなぁ……。」
体を起こし、デオルダを見るルギの顔はまんざらでもなさそうだ。
「ま、頑張ろうぜ。ルギ。」
「そうだな。頼りにしてるよ、デオルダ。」
二人の空になったマグカップが宙でぶつかった。
開戦だ。
ルギ・ナバンギに残された時間は、あと360日。
次話から、ちょこちょこモノづくりをスタートしていきます。
少しでも笑っていただけると嬉しいです。
コメディではないのですが……。
読んでいただきありがとうございました。
また、よろしくお願いします。