小さな囮火
二年前・ライナック国。
「ごめん、もう一回言ってくれチーシェ。」
テーブルに片肘をつき、手のひらで頭を支えるルギ。その向かい側にはライナック国騎士隊長、チーシェ・グライトがいた。
「なんでもう一回言わないといけないんだよ。一回しか言わないって言っただろ。」
「聞き間違いか?」
「きっと違うと思うぞ。」
「だから、なんで小火騒ぎで俺が呼ばれるんだよ!!」
ルギが立ち上がって抗議するものの、チーシェはデオルダがいれてくれたコーヒーを啜ってそっぽを向く。
昔はよく思ったことだ。目の前のヘンテコ一般人、ルギ・ナバンギ。
こんな奴が世界権力だなんて、どこの冗談かと。
それを信頼している国王の頭もいよいよ老いておかしくなったと。
今はこうして厄介事に連れ回しているのは自分なのであるが、文句を言いつつ協力してくれるルギの性格をありがたいと思いながら引っ張り出すのだ。
「俺に怒鳴るな。ほら、行くぞ暇人。」
「誰が暇人だ!! お前が忙しすぎるんだろうが!!」
「はいはい、わかったから。」
「勝手に納得すんな!!」
「デオルダ、コーヒーごちそうさま。コイツ借りてく。」
デオルダに声をかけるチーシェ。その声を聞いてデオルダが顔を出した。
「まあ、俺の所有物ではないからご自由に。」
「はあ……仕方ない。」
「小火だって言うんだから、すぐ終わるって。」
「じゃあなんでお前まで呼ばれてんだよ……。」
「知るかよ、行くぞ。」
「はいはい……。いってきます……。」
「いってらっしゃい。」
完全にやるきを喪失したルギを連れて、チーシェは歩いていく。
この光景は珍しいことではない。
ただ、この光景が最後であると、誰も思わなかっただけである。
小火騒ぎがあったのは、発電所付近だという話を聞いていた。
この国の審判は“知恵”。
その時代における文明、文化を示し、人類の発展を認めさせるものである。
発展しない国・人などいないはずもないので、この審判は失敗した前例がない。
どの審判があたるかは運の話である。つまり、ライナックは運が良かったのだ。
発電所までもう少しのところで、チーシェが数歩前を行き、振り向いた。
「さてと、ここで問題です。」
「問題?」
「なぜ、俺とお前が呼ばれたでしょうか。」
顔の横に人差し指を立てて言う。
「さっき知らないって言ったじゃねえか。」
「デオルダは巻き込みたくないだろ?」
真剣になる眼差しに、何か裏があることを察したルギ。
「……反国王側が動いてるのか?」
この国の国王の信頼率は低くはない。
だが、一部。ほんの一部だが、国王反対勢力というものが存在している。
「可能性がないとは言えない。ここ最近、城付近で不審人物が目撃されている。」
「それこそ、お前は城にいるべきじゃ……。」
わざわざ小火騒ぎに来る必要はない。
寧ろ、国王の身の安全を考えるべきである。
「俺も言ったさ。でも、この騒ぎが簡単に終わるとは思えないってさ。」
「なるほどね。」
「審判も近い。事を大きくはしたくないんだが……向こうはそんなことお構いなしだからな。」
「審判を邪魔できたら願ったり叶ったり……ってか?」
「だろうな。」
審判の失敗ほど、反国王側にとって都合のいいことはない。
「報告します!!」
そこへ走ってくる騎士。
「へいへい。」
「大丈夫か、隊長。」
「発電所内で小火騒ぎの犯人と思われる人物を保護いたしました。」
「あい、了解……あん?」
話を打ち切ろうとしたチーシェが止まる。
ルギも同じ事を考えていたようである。
「保護?」
「確保とかじゃなくて?」
「それが……少年で……。」
「おっと、火遊び?」
「それが、何も喋らなくて……。」
「おい、出番だぞ。」
部下の言葉に、笑いながらルギを見る。
「どういう意味だ。」
「子供の扱いならお手の物だろ。」
「お前らどうせ、何人かで子供囲んでたんじゃねえの?」
ルギはとりあえず子供の扱いをしたことがないやつがやりそうだな、と思いつつ騎士に言ってみる。
「あ……。」
騎士が固まった。
チーシェの笑い声と、ルギの顔が不満に満ちていくのは同時だっただろう。
「図星かよ!! 考えろよ!! ゴツイ大人が寄って集って子供囲んだら何も喋らねえだろうが!!」
「す、すみません!!」
「あはははは!! ま、それくらいにして、事情聴取といきますか。」
「こちらです。」
チーシェの笑い声でルギの怒りから解放された騎士は、走り出しながら、案内役に回った。
「どうせ、やるのは俺なんだろ。」
「二度手間はゴメンだな。」
一回で済む方法で事情聴取をするということは、ルギがやるのだろう。
発電所の中に入り、事務室のような応接室のような場所の椅子に少年は座っていた。
ドアを開けると、数人の騎士が、チーシェを見て姿勢を正す。
「お疲れ様です!!」
「お疲れ。で、この子か。」
部下に囲まれてしまったので、隙間から少年を確認する。
「!!」
その視線を感じてか、少年の顔が強ばった。
「あら、完全に怖がってる。」
「さっきからこの状態で……。」
「あ……!!」
少年が何かを見つけたように声を出した。
「ん?」
「!!」
自分の出した声に驚いたのか、その声を聞き返したチーシェの声に驚いたのか、少年が自分の口を両手で押さえた。
「もしかして、俺のこと知ってた?」
チーシェの奥からルギが顔を出した。
「う、うん……。賢者さん……。」
少年のその言葉にルギは優しく笑いかけた。
そして、椅子の近くに膝立ちで向かい合う。
「君、名前は?」
「ラグ……。」
「ラグ。聞いてもいいかな?」
「うん……。火事のこと……?」
「そうだね。誰かに喋っちゃダメーとか、言われてる?」
「うん。なんでわかったの?」
ルギの言葉に驚くラグ。
「勘、かな。」
ルギとしては、これが子供への常套手段だと思っていたので、驚く表情に照れ隠しをするしかない。
「すごい……!!」
「ところで、なんで俺のこと知ってたの?」
「この間ね、風車もらいに行ったの!!」
「あ、もしかして、子供達みんなに作ったやつ?」
数日前に、子供たちに風車を配っていた。
子供達に工作させる機会を、と思い開いたものだった。
「うん!! 楽しかったよ!!」
「そう、それはよかった。」
笑顔で、本当に楽しそうに笑うラグの顔に、笑顔で返す。
ここまでくれば、子供はルギのペースである。
「あれどうやって作ったの!?」
「どうしようかな。秘密なんだよね。」
「秘密なの?」
秘密という言葉に、しょんぼりとするラグ。
「じゃあ、秘密交換しよっか。」
「交換?」
「作り方を教えてあげるから、君の秘密も一つ教えてくれる?」
「うーん……わかった。」
少し考えたが、答えを出すのは早かった。
それほどに風車の作り方が気になったのか、これが子供なのであろうか。
「うん、ありがとう。」
そして、ルギは子供に罪はないと知りながらも、子供を騙して情報を得ていた。
耳打ちして風車の作り方を教える。
聞き終わった少年の顔がパッと明るくなる。
交換として、少年もルギに耳打ちする。
だが、この内容は対等な交換とは到底呼べないものなのだ。
少年から情報を引き出し、他の騎士にラグを任せる。
「さっすが。」
チーシェが笑っていた。
「馬鹿なこと言ってる暇はないぞ。」
「?」
「ま、ビンゴってとこだな。」
「マジか。」
真剣な目に変わるチーシェ。
オンとオフが激しいと、人のことは言えないとは思う。
それでも、ライナックの騎士隊長のこの激しさも異常であるだろう。
「ああ。あの子の父親は市議の一人だ。」
ラグにフルネームも聞いていたルギ。その名前は聞き覚えがあった。
それにはため息をもらすしかなかったわけであるが。
「ほう、市議ね。」
「そして、子供に頼んだのは……市長で間違いないな。」
「ったく、なんで国王いるのに市長いるんだこの国は。」
変な国だと、文句を言うチーシェ。
この国の制度は以前から誰もが疑問に思っている。
国王がいるのに市長がいる。
これこそが、反国王という組織を生み出す原因であると誰でもわかることだ。
しかし、今更そんなことを議論している場合ではない。
「とにかく、城に戻るだろ?」
「ああ。」
「賢者さん。」
チーシェと部屋から出ようとした時、ラグがルギを呼び止めた。
「ん? どうした?」
「あのね、僕一つわからないことがあったんだ。」
「わからないこと?」
不思議そうに自分を見ているラグを無視することもできず、もう一度向き合う。
「僕に頼んだおじさん……僕のこと、おっとり役って言ってたんだけど、僕そんなに亀みたいだった?」
「亀? そんなことないと思うけど。本当にそんなこと言ってたの?」
ラグの疑問は尤もで、ルギもどういうことかと、首を傾けた。
「うん。不思議でしょ?」
「確かに。」
「不思議だな」と、頷くルギ。そして、その後ろで息を飲む人物がいた。
「馬鹿ルギ!!!!」
怒鳴り声はルギの背後から。切羽詰った声。
「あん?」
うるさいと言わんばかりにルギは自分の後ろにいたチーシェを見る。
「おっとりじゃねえ!! 囮だ!!」
「!!」
全て理解した瞬間。
逸早く、チーシェは部屋を飛び出していた。
「隊長!!」
「子供を頼む!!」
「は、はい!!」
チーシェを追いかけようとした騎士にラグを任せて走り出す。
「賢者さん?」
「大丈夫、おじさんたちと一緒にいるんだ。いいね?」
「う、うん……。」
不安そうなラグに笑顔を向けて部屋を出る。
あの子は悪くない。
あの子を騙したのは大人。
あの子を利用したのは大人。
あの子に罪はない。
わかっているのに。
自分もあの子を騙して利用した一人だ。
城のとある部屋の中。
銀色の鈍い光は、まだ何にも塗れず輝いている。
「ご自分の采配を恨むことですね。」
嘲笑う顔と声。
チーシェ・グライトを自分の警備から外したのは、国王自身。
騎士隊長の忠告を無視したのも国王自身。
言い返す言葉もない。
「と、父さん……!!」
父の後ろで震え上がる息子。
「……。」
「さあ、国が変わる時が来た!!」
男の高笑いが部屋に響き渡り、掲げられた刃が煌く。
この状況で、何も起こらない……はずがない。
読んでいただきありがとうございます。
さて、始まりました。二年前のお話。
事の始まりは一つの小火騒ぎ。
そして、国王殺害計画の実行。
次話。
二年前のお話その2です。
城に着いたルギとチーシェが見たもの……。
総合ユニークユーザ500人突破です!!
ありがとうございます!!