素直になりたい
「眠い……。」
ノッシュが独り言のように呟く。自分の家のリビングのソファの上。
横になったら、寝てしまったようだ。
カーテンの外がもう明るくなっている。
別に、寝不足なのではない。
寝たのに……熟睡できなかった。
理由は誰に聞かずともわかっている。
どうしてこうなったのかというのも、全部わかっている。
ただ、この状況に慣れるまで……ではなく、どうしていいのかわからない。
一体どうしろというのだ!!
起き上がり、寝癖をとりあえず手櫛で整える。まあ、だいたい直った。
口元が緩む。笑っているのではない。
寝る時に引っ張ってきたタオルを顔と膝で挟むようにして座る。
この状況を改めて理解している自分がいる。
顔が、赤くなって仕方ない。
誰か、この顔を腫れるまで殴ってくれないだろうか。
「あいつら……覚えてろよ……。」
真っ赤になった顔をタオルで隠しながら、恨み言のように言った。
そんなことをしていたノッシュは、ドアの開く音に気付かなかった。
「ノッシュ? お、起きてる?」
クルーニャが顔を隠しているノッシュに近づく。
「あー!! 俺どうしていいかわかんない!!」
突然、ノッシュが顔を上げて大声を出した。
「えっ!?」
「あ。」
「おはよう、ノッシュ?」
何が起こっているのかわからない、クルーニャ。
「お、おはよう、クルーニャ。聞いてた?」
「とりあえず、今のは聞いてた。」
「聞かなかったことに、して……。」
「い、いいけど……大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。」
「本当は全然大丈夫じゃないんだけどね。」と、心の中で言いながら、ノッシュはクルーニャに笑った。
そう、ノッシュの家にはクルーニャがいる。
ノッシュは昨晩のことを思い出す。
デオルダの買い出しに一緒に行き、そのまま晩ごはんを作ってもらった。
ここまではいい。
この後、だ。
食後、片づけを手伝うために、ノッシュがデオルダとキッチンに行った。
「そういえば、クルーニャ。」
「なあに?」
「お前、今日野宿でもするのか?」
「え?」
クルーニャが驚いた顔をする。
「無計画だったんだろ?」
「ひ、否定できないところが恐ろしいわ……。」
「ノッシュに頼んでみたらどうだ?」
ルギの言葉に固まるクルーニャ。
「な、なんでノッシュ?!」
「柳姫さん、顔が赤いですね。」
笑いを堪える気がないルギは、声を出して笑う。
「ルギ!!」
「何をしてるんだ?」
手伝い終わったノッシュがコーヒーの入ったマグカップを二つ持ってきた。
その後ろにデオルダもいる。
ノッシュを見たクルーニャは顔を真っ赤にして後ろを向いている。
「ノッシュ、なんでもいいから返事しとけ。」
「ちょっと!!」
「え、なんの返事?」
「いいから。お前はわかったって言っとけばいいんだ。」
「??」
「デオルダまで何言ってるのよ!!」
「悪いが、俺、聴覚いいんだよな。」
「聞こえてたってさ。」
「っ!?」
「えーっと、どうしたらいいんだ?」
状況を把握していないのは、ノッシュだけである。
「ダメー!! ノッシュ何も言っちゃダメ!! なんでタイミングが悪いのよっ!!」
「えぇ!?」
クルーニャがノッシュに迫る勢いで言う。
その声にノッシュは慌てている。
「中学生の初恋だな、こりゃ。」
「見ていてこれほど楽しいものはないな。」
「だな。」
デオルダの持っていたマグカップを受け取り、コーヒーを飲みながらノッシュとクルーニャを見る二人。
クルーニャはノッシュに飛びつく勢いだ。
「ノッシュ、教えてやるから座れって。」
「ホントに教えてくれるんだろうな……?!」
「ああ。」
「クルーニャ、わかったから、とりあえず座れよ。」
マグカップをテーブルに置き、クルーニャを落ち着かせるように言う。
これもまた、爆弾発言となった。
「!!?」
固まるクルーニャ。
「うまい誘導尋問だな。」
コーヒーを一口飲みつつ、ルギの隣で驚くデオルダ。
目線はノッシュを見たままだ。
「いやー、俺もあそこまでになるとは……。」
同じく、ノッシュを見たままコーヒーを飲むルギ。
「え!? 俺なの!? また俺が何か知らないうちにやらかしたの!?」
「落ち着けよノッシュ……。」
「これが落ち着いていられるかー!?」
何も知らないのは、ノッシュだけなのである。
「十分前の俺を殺したい。」
ルギの説明をコーヒーを飲みながら聞いていたノッシュだが、話が進むにつれて、状況を理解し始めた。
どんどん顔を赤くしていく。二人が。
ノッシュは終わる頃にはテーブルに突っ伏していた。
「おいおい、医者が殺人予告してんぞ。」
「過去の自分にか。」
「うぅ……ごめんノッシュ。私が無計画なばかりに……。」
「い、いやぁ……。」
「結局どうするわけ?」
「それを言うな!! お前は俺を殺す気か!!!」
いきなり立ち上がるノッシュ。顔は赤い。
「下手に酔ったやつより赤いんじゃね?」
「確かに。」
「か、か……からかうなっ!!!」
ルギとデオルダの言葉に、唇を震わせるノッシュ。
二人の思う壺である。
「恥じらいに負けて壊れたか。」
「野宿するぅー……。」
「ええ!?」
これに驚いたのはノッシュだけではない。
今にも泣きそうな声でクルーニャが言った。
「こっちも恥じらいに負けて狂いだしたぞ……。」
「落ち着けよ、お前ら……。」
ルギとデオルダが呆れながら二人を落ち着かせる。
「とりあえず、お互いにどう思ってんの?」
「えっ!?」
「なっ!?」
二人が落ち着きを取り戻しかけた、油断していたのかもしれない。
勘違いだったのだが、状況が悪かった。
根本とも言える原因は、ルギの言い方にあったのだが。
「?」
これに関しては、ルギに悪気などない。
「べっ、別にそんなこと!?」
「いきなり何を言い出すんだお前は!!」
「はあ?」
「あ、なるほど。」
事の状況に一番早く気付いたのはデオルダだ。
しかし、今日のデオルダはノッシュとクルーニャを限界までからかうと決めていた。普段であれば救いの手をここら辺で入れていたかもしれない。
だが、今日に限っては、この状況はデオルダに味方したのだ。
「そこまで言うなら、お互いに思うことがあるってことでいいのか?」
「っ!?」
「!!」
「ノッシュ、ちょっと来い。」
立ち上がってノッシュを手招きする。
「はっ!? なんで俺!?」
「いいから。」
デオルダは椅子に座っていたノッシュの腕を取って、立ちあがらせる。
「?? デオルダ?!」
そのまま自分の部屋へ入っていく。
「うぅ……。」
残されたクルーニャとルギ。
ルギは未だに笑っている。
「笑いすぎでしょ……。」
「こんなに楽しいことはないだろ。」
「馬鹿にしてるでしょ……。」
「ユーシィが怒るぞ、きっとな。」
「あれは向こうが勝手に……!!」
ユーシィ・ミンダジューン。賢者の一人で、クルーニャに好意を抱き、百回突撃し、全て跳ね返されている。と、言うよりは、クルーニャに相手にされていない。
「何か嬉しいことでもあったのか?」
「!! 見てないくせに、全部見てたようにわかるのね。」
「わかりやすいぞ。結構いい感じに。」
「あなたに言われるともうダメね。」
全てルギはわかっている。そのうえで、手を出しているのだ。邪魔する気はない。
からかっていることに関しては少々腹が立つが……邪魔しないだけ、いいのだろうか……。
「ノッシュは優しいし……。握手、してくれた。」
「握手?」
「自己紹介した時にね、ノッシュが……。」
手を、自分に向けて。笑いながら差し出された手。
「納得した。お前、まだそんなの気にしてたのか。」
ルギが驚いた顔でクルーニャを見ていた。
「う、うるさいわね!! 私にとっては重要なのよ!!」
「まあ、俺が言えたことじゃないか。」
マグカップの中に入っていたコーヒーを飲み干すルギ。
自分も昔のことを今でも気にしていると認めているのだが、今のクルーニャにツッコミを入れる余裕はなかった。
「素直なんだか、素直じゃないんだか。」
「そうは言われても……。」
「まあ、俺としてはデオルダがノッシュに何の悪知恵を吹き込んでるか、気になるとこだな。」
「わ、悪知恵……。」
「素直になりたいか?」
「す、素直に……なれるものなら、なりたいわよ。」
「正直でいいんじゃねえの?」
ルギが笑っていた。からかいの雰囲気ではない。
「何よ。自分だって正直じゃないくせに。」
クルーニャは今まで自分がからかわれた為に、少し反撃をするつもりでルベルのことを口にした。いつもは恋人ではないと否定する。そんなルギをからかってやろうと思った。
「そうだな。」
「?」
いきなり、ルギの目が真剣になった。
「手が届かなかったら、それまでなんだよ。」
「え……? 何の話?」
「うああああああ!!??」
突然の叫び声と共にデオルダの部屋のドアが開き、ノッシュが飛び出して来た。
「えっ!? 何?!」
「あっ、いや……!!」
ノッシュがパニックになっていた。
「何してんの、お前ら。」
「ル、ルギ!! 助け……!!」
視界にルギを見つけ、一歩踏み出しかけた。涙目だ。
「逃げるなよ、ノッシュ。まだ話は終わってないだろ。」
デオルダに肩を掴まれる。表情は普通だ。
「ぎゃあ!? ごめんって!! ごめんなさい!!」
「悪いけど、もう少し待っててくれ。」
デオルダが、ルギとクルーニャを見る。
「お、おう……。」
「わ、わかった……。」
「何してんだ、お前も。」
「ごめんなさいごめんなさい!!! 誰か助けてー!! 許してデオルダー!!?」
静かにドアは閉められた。
「な、何が……。」
「俺が知るかよ。」
「ノッシュ、涙目だったけど。」
「神様に懺悔でもするのか、あいつは……。」
ノッシュとデオルダが部屋から出てきたのは、それから十分後のことであった。
そして、部屋から出てきたノッシュの一言目は、というと……。
「クルーニャ、俺の家でよかったら……。」
「ちょっと待ってもらっていい?」
さすがのクルーニャも驚きを隠せない。
「デオルダと何を話してたの?」
「……懺悔?」
「疑問形になってるぞ……。」
「まあ、夜も遅いし……。」
「え、えっと……じゃあ、お言葉に甘えて。」
照れながらも、答えるクルーニャ。
ようやく、ルギとデオルダの計画通りになったと言える。
「ホント、お前何したんだよ。」
「まあまあ、お楽しみはこれからだろ?」
「……まあ。」
好奇心からデオルダに聞いてみるルギだったが、笑われてしまった。
そうして、今に至っているわけだ。
「ねえ、ノッシュ。」
朝食を食べ始めてすぐ、クルーニャに呼ばれたノッシュ。
「ん?」
デオルダのように料理とはいかなくても、まあ、朝食っぽい食事にはなったと思っている。
「今日は何をするの?」
「今日は……ロニスさんの様子見に行かないと行けないし。他にも怪我人いたからな。一通り回って……だな。」
食べながら考える。
「ついて行ってもいい?」
「え。」
「私はとりあえず、国王に謁見にも行かなきゃならないんだけど、それから。」
「いいけど……。」
それ事体はノッシュにとって断る理由はない。
だが、賢者であるクルーニャの申し出が意外でもあった。
「仕事もあるし、商店街の人ともお話したいし。」
「そういうことなら。」
ノッシュは笑ってそう、答えた。
自分は、どこまでこの感情に……素直になれるだろうか。
読んでいただきありがとうございます。
今回はノッシュとクルーニャについて、です。
もう少し続ける予定ではいますが、結構思いつきで変更することが日常茶飯事ですので、自分でもわかりません。
曖昧ですみません。
デオルダも何をしたのやら……。
そんなわけで次話です。
クルーニャにとっての握手、その意味とは?
またよろしくお願いします。