記憶の断片
「異能者?」
「まあ、賢者は基本的に異能者だな。」
ルギがクルーニャに確認するように言う。
クルーニャはルギに頷いた。
「能力使えるからか?」
「同じこと考えたけど、そりゃないだろ。」
「同じこと考えてたんじゃないか。」
ノッシュとデオルダのやりとりを見て、クルーニャが笑ってルギを見た。
「なるほどね。異能者の説明が必要な理由がわかったわ。」
「だろ?」
ルギはデオルダとノッシュを見て笑っていた。
「どういうことだよ。」
「お前らは異能者っていう言葉を何か勘違いしてる。」
「勘違い?」
デオルダとノッシュは同時に言った。
「賢者以外にも異能者はたくさんいるのよ。」
「えっ!?」
「そうなのか?!」
「ええ。」
「賢者の子孫、だな。」
「遺伝、か?」
ノッシュがルギに目で確認する。
ルギは頷いて言葉を続けた。
「そういうこと。でも子孫が全員能力者になるわけじゃない。その確率は低いからな。」
「そうなのか……。」
「分類するなら遺伝異常型能力者、だな。能力使えるかどうかは関係なく能力者って呼んでる。」
「呼び始めたのはどっかの研究者だ。」と、ルギが付け足す。
「私はその遺伝異能者よ。」
クルーニャがノッシュに言う。
「へえー。」
「子孫って言うけど、どのくらい遡るんだ?」
驚くノッシュと、未だに疑問符だらけのデオルダ。
「そんなに遡らないわよ。私は母が賢者だったのよ。」
その様子に笑いながら答えるクルーニャ。
「近いな。」
「母親が賢者って、なんかすごいな。」
「今の賢者は半分が遺伝異能者よ。」
「あれ? 六人いるんだっけ?」
ノッシュが指を折りながら確認する。
「賢者長をいれて五人よ、ノッシュ。」
「まあ、六人目は目の前にいるけどな。」
それを見てデオルダとクルーニャが笑っていた。
「お前か。」
「悪いか。」
「賢者長、二年間ずっと探してたのよ? あなたを賢者に戻そうとして。」
「知ってるよ。毎日電話かかってきてたから。」
ルギが呆れた顔をして答える。
「出たの?」
「そんなわけないだろ。」
「不憫な養父だな。」
「その話はいい。」
ルギが話を打ち切る。
ルギにとって養父の話は話題にして欲しくないのだろう。
それを知っているからだろうか、クルーニャだけが小さく笑っていた。
「で、なんだっけ?」
「賢者の半分が遺伝異能者って話だ。」
「そうそう。」
「残りの半分が何かって話?」
「そういう話。なんだと思う?」
クルーニャがいたずらっぽく笑いながら、ノッシュに聞く。
「能力使えないとか?」
「それは関係ない。」
ルギにあっさりと切り捨てられた。
「なんで。」
「それは、別の問題だからだ。」
「?」
「もっと簡単に。」
クルーニャが間に入った。
ノッシュとしては、クルーニャがこのタイミングで間に入ってきたことに多少疑問を感じたが、気のせいということで片付けた。
「遺伝じゃない、とか。」
「まったくもってその通りだけど。」
「クイズにした意味ないんじゃないか?」
「まあまあ細かいことは置いといて。」
クルーニャがノッシュに何を期待してクイズにしたのかも置いておく。
「遺伝じゃないってなると、突発的にとか?」
「そ。突然変異型能力者。」
「うわー、それもすごいな。」
「ところでお前はどっちなの?」
ノッシュがルギに聞いた。ルギは口を開けてノッシュを見ていた。
「いや、クルーニャが遺伝異能者っていうのはさっき聞いたけど、お前は?」
「俺は……。」
ルギは腕を組んだまま、考え始めた。
「?」
「考えることなのか?」
「そういえば、私知らないのよね。」
「そうなの?」
「別に聞くことでもないし。」
「それもそうだな。」
「俺の曽祖父が賢者だったらしい。」
唐突にルギが口を開いた。
「曽祖父?」
「らしいってなんだ。」
「聞いた話だから。」
「誰に。」
「父さん。」
「一応父と認めてるのな?」
ノッシュはルギとエデンの話に興味を持っているので、チャンスを見逃さない。
「それはどうでもいいだろ。」
一瞬、嫌な顔をしたルギに睨まれたので、引き下がる。
「曽祖父、だったら遺伝?」
「曽祖父ってどれだけ確率低いのよ……。」
「一応、子孫だから片鱗はあったけど……。昔は普通の一般人だったわけだ。」
「いや、今のお前はどう見ても普通の一般人じゃねえよ?」
「否定はしないけど……。」
「?」
否定はしないと言いつつ、何か後ろめたさがあるように見える。
「俺は普通の一般人として過ごせるはずだったんだよ。」
ルギはどこか悲しげ、だった。
ルギの中に、普通でいたかったという願いがあったのかもしれない。
「俺の曽祖父の力は修復力に特化していたらしくて、その子孫はその影響を受ける。」
「修復力の影響ってなんだ。」
「影響受けてるのは血液だからな。回復力って言うのか? 砂利道で転んだってあっという間に傷口塞がる、みたいな?」
「他の例えがないのか。」
「とにかく。怪我をしてもすぐ治ってたんだよ。」
「へえ。」
ノッシュとデオルダは感心したように聞いていたのだが、クルーニャがクスッと笑う。
「それくらいの影響受けてる人はたくさんいるのよ?」
「そうなのか。」
「じゃあ普通だったんじゃないのか?」
「だから、誰も気にしなかったんだ。」
「じゃあ、誰が気にしたのよ。」
ルギの言葉にクルーニャが聞き返す。
「……第三聖域研究室。」
聖域に入れる人間は限られている。
研究者、賢者……許可を得た者だけが入ることを許される、神の領域である。
だが、研究室の名前を出した時のルギの顔を見る限り、聖域にいい思い出はないのだろう。
「第三って……何を研究してたっけ。」
「主に、人体構造とか。」
「ああ、私あそこ好きじゃないから。」
顔の前で手を横に振るクルーニャ。
研究室が何を研究しているのかすら知らないようなので、嫌いなのは本当のようだ。
「でも、なんでお前を気にした? お前みたいなやつはたくさんいたんだろ?」
「昔、崖から転落したことがあってだな。」
またも唐突に切り出すルギ。
「お前、子供の頃何してたの……?」
「今はスルーしてくれ。」
デオルダに呆れられ、軽く笑い流すルギ。
「で?」
「あれは死んだと思ったな。足は動かないし、腕は変な方向に曲がってるし。」
「……。」
抽象的すぎてどうともとれる表現をするルギに誰も何も言おうとしなかった。
「よく生きてたな。」
「結局、歩いて家まで帰った。」
「……は?」
これに関しても三人が同意見だった。
数秒前に、足がどうの、腕がどうだっただとかルギの口から聞いたばかりである。
その状態で歩いて帰る子供がどこにいるものか。
「少しの間意識あったけど、痛みで気絶したんだと思うんだよな。でも、起きたら治ってた。」
「そんな馬鹿な話があるか。」
「当時の俺はそんなこと考えてもみなかった。」
照れながら笑うルギ。
どこにも照れる要素も笑う要素もないのだが。
「何歳だったの?」
「四?」
「ちっさ!!」
「さすがに、考えないわね。」
「これに関しては母親も驚いたんだろうな。」
「いや、誰だって驚くだろ。」
四歳の子供が崖から転落して歩いて帰ってきたら誰だって驚かずにはいられない。
「なんか、騒ぎにもなって。それが聖域研究室の耳に入った。」
「すごい騒ぎになったんだろうな……。」
「聖域研究室は俺に興味を持った。」
「まあ、ヘンテコ生物を調べたがるのは研究者の性なんじゃねえの?」
デオルダはからかうつもりでヘンテコ生物と表現した。
「ヘンテコ生物って……。」
ノッシュとクルーニャもその表現に笑いを堪えている。
「母親はそのヘンテコを気味悪がったけどな。」
ただし、そのヘンテコ生物本人だけが笑っていなかった。
「え。」
「聖域研究室の話に二つ返事で承諾して、金を得た。」
「なんで金の話に……。」
「母親は、俺を聖域研究室に売ったんだ。」
淡々とした口調だった。
「!?」
「いきなり、シリアスな話になったな。」
ノッシュとクルーニャが驚きのあまり声を出せずにいた。
デオルダも困惑した顔をしていた。
「ま、これも全部聞いた話だ。それ以外に俺が知ってる話もなかったし。」
「それからずっと?」
「そうだな。研究室暮らし?」
「……知らなかったな。」
「そこから連れ出してくれたのが、エデン・フォゴットだな。」
エデンとの出会いがなければ、ルギは研究室で一生を終えていたことになる。
「……。」
「それ、いつの話か聞いても……いい?」
「九歳。」
「五年も、研究室にいたの……?」
「まあ、な。」
「……。」
「そこで、遺伝異能者として能力を使えるようになった。」
「確率は低いって……。」
まして、ルギの遺伝は曽祖父にまで遡ることになる。
確率が低いのが問題なのではない。
限りなく無に等しい確率で能力が開花したことが問題なのだ。
「関係ないだろ。曽祖父の遺伝子で能力者になったんじゃないんだから。」
「!?」
「知らんやつの知らん遺伝子だ。どこからそういうのを持ってくるんだか。」
「壮絶な人生だな。」
デオルダの一言がまとめた。
大半はルギが聞いた話。
どこまでルギの記憶にあって、確証があるのかはわからない。
そこまで踏み込んで聞くことが誰にもできなかったのだ。
「まあ、そんなとこだ。」
「……。」
「どうかしたのか?」
何かを考え込む様子と、途中で何度か黙っていたデオルダを見ていたノッシュが気になって声をかけた。
「あ、いや……。」
珍しく言葉に詰まり、ごまかそうとしている。
「聞きたければ聞けばいい。」
ルギがデオルダに向かって笑っていた。
「わかってて言ってんだろ?」
「お前はいっつもわかってて俺に言うじゃねえか。」
「そうだけど。」
「?」
ノッシュが二人の会話を聞いているが、何の話か見当がつかない。
隣のクルーニャも同じ顔をしていた。
「お前が気になってんのは、ベークバウダーだろ?」
デオルダは何も言わなかったが、目線をそらした。
「ベークバウダー? どっかで聞いた話だな。」
ノッシュはどこかで聞いたことがあるその名前を記憶をたどって探す。
「十年くらい前まで不治の病って言われてた難病じゃない?」
隣でクルーニャがノッシュを見て言う。
「そうだ。それまで製造という分野で活躍していたはずの創造神が、難病の薬まで作ったって話題になった。」
クルーニャの言葉にデオルダが説明を加える。
芸術という観点だけではなく、多くの分野でモノを作り続けた。そのためにつけられた二つ名、創造神。
その創造神が難病の治療薬を作り出したと、世界で話題になった。
その薬で助かった人が、多くいた。
ただし、創造神が作り出した治療薬は、ベークバウダーのみであった。
これに関して疑問の声を上げた人も少なくなかった。
「思い出した。それで難病じゃなくなったのよね。」
「そうだな。」
ルギが頷くように言った。
「確かに。あれがなければ俺がお前の助手になろうとも思わなかった。」
デオルダがルギを向いて、言った。
ルギは何も言わずに、外を見ていた。
「え!?」
「何の話!?」
わからない話だけが二人を置いて進んでいく。
二人はそれぞれが、デオルダとルギそれぞれを見た。
そして、ノッシュとクルーニャが顔を合わせる。
どうやら、デオルダとルギの出会いはベークバウダーに関係しているらしい。
そして、その話も聞けそうである。
二人は、興味のある話に対する好奇心と、先程のルギの唐突なシリアスな話の経験から、落ち着かなかった。
読んでいただきありがとうございます。
なんだかゴチャゴチャと話題転換がありまして……。
まとまっていない感じが否めないかもしれません。
断片、ということで片付けておいてください。
では、次話です。
ベークバウダーとデオルダとルギの関係はなんだ?
っていう話です。
またよろしくお願いします。