小さな一歩
クルーニャがルギの肩を揺すって声をかける。
「ルギッ!!」
「おいしっかりしろ!!」
一人が、ルギを起こすように体を支えている。
「俺もノッシュ呼んでくる!!」
もう一人が走っていく。
「ルギ!! しっかりしてルギ!!」
「そんなに、大声出さなくても……聞こえてる……。」
ルギが細く目を開けていた。
「ルギ!!」
上半身を起こしたルギを壁に寄りかからせた。
「横になってたほうがいいんじゃないか?」
「……。」
「ルギ?」
ルギの口は動かない。
目が虚ろなまま、橙色の光だけが映る。
どこを照らしているわけでもない。
黒い球体が小刻みに震えているだけだ。
「これって、能力使ってるんですか?」
「た、たぶん……。」
ルギの顔を覗くように見る二人。
クルーニャは自分の後ろを確認する。
未だ組み立て途中の家。その上空の塊。
少し前に比べればかなり小さくなった。
それだけ家が完成に近くなったと言える。
ルギは、家を完成させるまで意地でも能力を解かないだろうと思っていたクルーニャだが、意識を失ってまで能力を発動していることに呆れを通り越し、心配するしかなかった。
「すごい……で、いいんですよね?」
隣でクルーニャを見る視線があった。
「え?」
「いや、俺としてはどれほどのことかわからないんですけど……こいつが俺らのために体張って頑張ってくれてるのかなって……。」
その言葉には驚くしかなかった。
「そうですね。私からしても、瓦礫を持ち上げる以上に瓦礫から家に戻すということはすごいとしか言いようがないです。」
これは、クルーニャの本心。
「それでも、これはちょっとやりすぎかなって。」
これも本心である。
クルーニャはそう言って笑って見せた。
「ミルシェさんはルギのことをきっと受け入れると思います。」
「え。」
「俺は初めて会いましたけどね、今日。でも、こいつが悪い奴だとは思えませんよ。」
「そう言ってくださると、私もなんだか嬉しいです。」
そう言ってくれるだけで、嬉しかった。
この国の小さな一歩であると、クルーニャは確信できた。
「おーい!!」
遠くから聞こえた声の方を見る。
ノッシュと呼びに行った二人が手を挙げて走っていた。
「お待たせ。」
「向こうは大丈夫なのか?」
「まあな。後はデオルダに任せてきた。」
ノッシュが簡単に返事をした。
質問の答えになっているかどうかは別として、だが。
「こんな感じなんだけど。」
クルーニャに言われてルギを見てみるものの、意識があるんだかないんだかわからない。
そもそも、能力を発動しているようで、どこに手をつけていいかわからない。
「……これを俺にどうしろと?」
「そ、そうよね。」
「これは俺よりクルーニャのほうが詳しいんじゃないの?」
「そんなこと言ったって……。」
クルーニャが困った声を出したので、とりあえず、呼んでみる。
「ルギー。ルーギー? ルギー!!」
返事はない。
ルギの目の前で手を振ってみる。
反応がない。
見えていないのだろうか。
カタン……と、後ろで音がした。
「?」
音のする方を全員が見た。
「木片が、落ちたのかしら?」
落ちていた木片を見てクルーニャが言う。
橙色の光は、静かに消えた。
「見ろ!! 家が元に戻ってる!!」
「本当か!?」
二人が家を確認しに走っていく。
力尽きた体は重力に逆らうことを、しない。
「家が元に……。」
ノッシュとクルーニャが顔を見合わせる。
「うわ!?」
「ノッシュ!?」
ノッシュが驚いた。何かがぶつかった。
ノッシュの声に驚いたクルーニャ。
倒れ込んだルギが、ノッシュにぶつかった。
「あ、完全に……寝てるな。」
ルギの背中に手を回し、肩に担ぐノッシュ。
「ね、寝てるの?」
クルーニャは確認するようにノッシュに聞く。
「……ぐったりしてるけど。」
「まあ……一安心?」
「起きたら聞きたいことたくさんあるけどな。」
「そうね。」
笑うクルーニャはルギの寝顔を覗き込むようにして見ていた。
クルーニャの声は、遠くに聞こえていた。
頭に何かが突き刺さっていた。一本ではない。何本も、時間を置いて一本ずつ。
その度に痛みが頭の中に響き渡っていく。
瓦礫を元の形に戻すことは難しいことではない。
ただ、瓦礫の個数が多すぎたのだ。
途中で真ん中から割れてしまったことが、大きな要因になっていた。
ルギの物体生成は、瓦礫全てを物体で包み込み、欠けた部分を修復し、瓦礫同士を接着し、元の形に戻そうとする。
そのためには、その瓦礫ひとつひとつを情報として読み取る必要があった。
本来であれば、それはルギの意識を介さない部分で行われている。
だから、ルギに反動として返ってくることはありえないのだ。
本来の、物体生成であったのならば。
「でもよ、そうなると意味がわからないんだが。」
「俺に聞くなよ。」
また、遠くで声がした。
デオルダとノッシュの声だ。
微かに水の音もルギの耳に届く。
「私に聞かれても困るからね?」
うっすらと開ける視界。近くにクルーニャがいることは、なんとなく聞こえていたのでわかった。
額から瞼に置かれるタオルが冷たい。
瞼に置かれて、視界が塞がれた。
欲を言えばもう少し額側に置いて欲しかったのだが……。
視界が塞がれるのは困ると思い、少し動かす。
右側の視界に光が戻る。天井が見える。
だが、天井だけでどこかはわからない。
「ん? 起きたのか?」
「ノッシュ……。」
視界にノッシュの姿があった。
「ルギー!!」
ノッシュの後ろからクルーニャが顔を出していた。
「だるい……。」
「私への反応もう少し何かないの!?」
ルギとしては、クルーニャに対して言ったわけではないのだ。
「まあまあ。」
ノッシュがクルーニャを宥める。
「いつも通り無茶したって?」
デオルダの反応に関してもいつも通りだ。
「そんな、とこ……だな。」
体の重い感覚は残っていたが、体を起こす。
「具合は?」
「悪いと思う。」
「思うって、何だ。」
「特に意味はないけど……頭痛い。」
ルギは両手でこめかみを押さえた。
「まだ頭痛いの?」
「痛いっていうか……クラクラする。」
「それは、物体生成使ったからってことでいいんだよな?」
デオルダがコップに水を入れてきてくれた。
「うん、そうだと思う……。」
ルギが一言お礼を言ってコップを受け取り、水を飲む。
「教えてくれるんでしょ? なんで物体生成使えたか。」
「構わないけど、あれはお前らの知ってる物体生成じゃないからな?」
水を飲みきったルギが、コップをテーブルの上に置いた。
「どういうこと?」
「それも含めて説明しないといけないな。」
「あ、じゃあさ。」
「?」
「先に電話していい?」
クルーニャはルギに同意を求めていた。
「俺じゃなくてノッシュに聞けよ、ノッシュの家なんだから。」
「来たことないのによくわかったな。」
ノッシュが驚くようにルギを見ている。
「このメンバーで他に場所があるんだったら教えて欲しいもんだな。」
「鋭い。」
「ノッシュ、電話していい?」
「構わないけど、誰に?」
特に意味もなく、聞いた。
「気になるのか?」
何かの引き金になるとも、思わず。
「?」
「ちょっとデオルダ!?」
「口が滑っただけだ。」
「っ……!!」
「まあ、当の本人が鈍感で助かった。」
「ノッシュ……。」
「お、俺!? 今のは俺のせいなの?!」
デオルダとルギが声を出して笑うので、クルーニャは顔を真っ赤にさせた。
その状況にノッシュは慌てることしかできない。
「笑ってられるのも今のうちよ! ルギ!!」
「なんで俺?」
何も言わず、クルーニャがポケットからサイコロのような機会を取り出す。
「モニターかよ。」
「?」
モニターと言われても、サイコロにしか見えないのだ。
「テレビ電話みたいなやつな。」
「もらったんだから使わないとね。損するでしょ?」
「損得の問題かよ。」
コール音が鳴り、少しあいだが空いてから相手と通話状態になった音が鳴る。
相手は五十代後半の男性だ。
「あ、もしもし?」
「お疲れ様、クルーニャ。」
「お疲れ様です。賢者長。」
「賢者長っ!?」
ルギが声を出して驚いた。
「なんでそんなに驚くんだよ。」
そのことにどこか笑いたくもなったノッシュが聞く。
「お久しぶりです。エデンさん。」
「おお、デオルダじゃないか。久しぶりだな。元気か?」
「ええ。おかげさまで。」
デオルダが挨拶を交わした。
賢者長と呼ばれていたのだから、ルギを通じて交流があってもおかしくはない。
「おっと、そちらさんは初めましてだな。賢者長のエデンだ。」
モニターの視線がノッシュを見ていた。
「ノッシュ・レイドットです。よろしくお願いします。」
エデンは一通りのメンバーと言葉を交わした後、ルギを見る。
「それで、ルギ。お前は一体何をしていたんだ?」
「どういうつもりだ、クルーニャ……。」
賢者長の問には答えず、ルギはクルーニャを見る。
「別に。あなたがノッシュに聞けって言ったのよ。」
「……やられたな。」
「まったく、お前は二年も音信不通で……。」
「賢者じゃなくなったんだから、電話に出る必要ないでしょう。」
話の流れからして、エデンは何度もルギに連絡を取ろうとしていたらしい。
それを全て拒んだようでもあるが。
「そういうことを言ってるんじゃない。」
「何か問題でもありますか?」
「大ありだな。」
「どこに?」
「……その喋り方を直してくれ。」
「?」
ノッシュは不思議だった。
別にルギは何も悪い言葉遣いをしているわけではない。
どこに喋り方を直せという理由があるだろうか。
「敬語など、父親に向かってしなくてもいいだろう?」
「ち、父親!?」
ノッシュが驚いた。
「違う。」
ルギがすぐに否定する。
「え、違うの?」
「お父さんと呼んでくれて構わないんだぞ? ルギ。」
未だにエデンの性格がわからない。
「そう思うならとっとと結婚しろ。」
「厳しいな。相変わらず。」
「そりゃどうも。」
「そうそう、お前に言っとかないとならないことがあってだな。」
「還暦か?」
「なんでそうなる。」
「とっとと隠居しろ。」
「お前は俺に何か恨みでもあるのか!?」
「あー、はいはい。」
ルギがめんどくさそうにしていた。
「ルギ!!」
「なんですか。」
エデンの呼ぶ声にルギが呆れ顔に変わる。
「俺がお前に何か悪いことしたか!?」
「クルーニャ。」
「?」
ルギが賢者長を無視するのは珍しいことではないのか、呼ばれたクルーニャも特に何も言わなかった。
「こらルギ!!」
「お前の用件ないのか?」
「まあ、ないけど……。」
「お前も……。」
クルーニャはルギとエデンを対面させるためだけにモニターで電話をしていたのである。
「ごめんって。」
「聞いているのか!? ルギ!!」
「聞いてるって。何度言われても、俺の答えは変わりませんよ。父さん。」
「え、父さんって……。」
さっき違うと言っていたはずなのだが。
「養父、な。」
「養父なの……?」
これに答えたのはデオルダだった。
「俺も詳しくは聞いたことないけど。」
ルギに聞いて簡単に答えたことがあっただろうか。
「頑固だな、お前も。」
「すみませんね、父親譲りなもので。」
「一本取られたな。」
そうは言うものの、あまり悔しさを表情に出していない。
むしろ嬉しそうな顔である。
「そこまで言うのなら今回の事に関しては何も言わないでおこう。」
「どうも。」
「クルーニャ、クリングルの方は任せる。何かあれば連絡をしてくれ。」
「はい。わかりました。」
そこでモニターの映像は途切れた。
「すごい、人だな。」
それが、ノッシュのエデンに対する感想だった。
「よくわからん。」
「今回の事に関してはって何?」
「俺が物体生成使ったの気づいてたんだろ。」
「え?」
「ええっ!?」
「なんで……!?」
三種三様の驚きがあった。
「さあな。でも、あいつは俺が使えるって知ってたから、別に驚きもしなかったんだろうけど。」
「やっぱり、気になるわね。物体生成の謎。」
「謎とまではいかないと思うんだが、まあ……いいか。」
「珍しいな。自分から喋るなんて。」
デオルダが笑いながらルギを見ていた。
あの顔は、からかっている。
「これに関してはな。」
ため息混じりにルギが答えた。
「説明するには……まず異能者について、だな。」
読んでいただきありがとうございます。
今回は人の出入りが少し多かったですね。
エデンですね。気さくな父親みたいな感じですけど。
まあ、これから出番があるのかないのか。
さておき、次話。
異能者って何?という話。
字を見るからに……ですが、この物語においての解釈があってもいいと思っています。そんなわけで、やります。
またよろしくお願いします。