春風生成
街は、クルーニャの時とは違う大騒ぎになっていた。
デオルダとノッシュは、音が聞こえた商店街へ走っていた。
「あんな音、聞いたことない……!!」
「何か落ちたか……何か降ってきたか……。」
「降ってきたってなんだよ。」
「俺に聞くな。」
「お前が言ったんだろ……。」
そう言っているうちに、商店街の広い通りに出た。
もう既に人が大勢集まっていた。
「ノッシュはいないのか!?」
「どこにいった!?」
煙の見える方で、ノッシュを探す声。
人込みから顔を出してノッシュが手を挙げる。
「いるいる!! こっちこっち!!」
その声で人込みが道を作る。
「あ、すみません、通ります通ります。」
人と人の間を通り抜けるノッシュとデオルダ。
抜けたところで、ノッシュに二人駆け寄ってきた。
「ノッシュ! 怪我人がいるんだ。」
「それより、何があったんです?」
一緒に走り出しながら、ノッシュが聞く。
「ロニスの店が崩れたんだ。」
「く、崩れた!? 店って、家でしょ、あれは。」
「ああ。今は瓦礫の山だ。」
「ロニスは……?」
「わからん……。イオ達は広場にいて無事なのはわかってる。」
「ミルシェさんが、人手を集めて瓦礫をどうにかしようって、今声をかけてる。」
「俺も手伝います。」
デオルダが後ろから声をかける。
「頼む。」
「俺は怪我人の手当てをしてからそっちに行きます。」
「ああ、わかった。」
「十字街の方に集まってる。」
「わかりました!」
そして、ノッシュが道を外れた。
瓦礫を前に、集まっている商店街の男達。
「手が空いてる奴は早く集まれ!!」
「もう少しで……!!」
「ミルシェ!!」
街の奥から走ってくる兵士達。
「これはどういうことだ?」
「いいところに来てくれたな、ジェイズ。見ての通り、家が崩れた。瓦礫を退かすのに人手が足りないんだ。」
「もちろん手伝うさ。怪我人の方は?」
兵士達の先頭に立っていた、ジェイズ・ティクウィル。彼は、国王の住む王宮警護ではなく、街の警備が仕事である。そのため、ミルシェはよく知った仲なのである。
そして、彼らは数少ないクリングルの軍事力の一端である。
「ノッシュに頼んである。」
「若医者か。そっちはどうにかなりそうだな。」
「ああ。」
「聞いてたな?」
ジェイズは後ろに控えていた兵士達数人に声をかける。
「はい!」
敬礼と返事。
「商店街の人と協力しろ! 瓦礫を退かす!!」
その声が合図となるように、後ろの兵士が走り出した。
「指揮はお前に任せる。好きに使ってくれ。」
「感謝する。」
「何を言ってんだか。 晩酌で勘弁してやるよ。」
ジェイズは右手の手首を顔の前で二回動かした。
「随分高いおねだりだな。」
瓦礫を退かすだけで、酒付きの晩飯を要求するジェイズを見て、ミルシェは呆れながらも笑った。
「ミルシェさん!! 人が集まりました!!」
若い男の声が耳に届いた瞬間、二人の顔つきは厳しいものに変わった。
「さてと、行きますか。」
「ああ、そうだな。」
ロニスの家の跡地となりつつあるその場所で、多くの男が瓦礫を囲んで立っていた。
「そっちは準備いいか!?」
「こっちは大丈夫だ!!」
「あ、ちょっと待ってくれ!!」
「急げ!!」
大声でのやり取りになっていた。
「あー!! ちょっと待ってくださーい!!」
そこに走ってくるクルーニャとノッシュ。
「クルーニャ!?」
「ノッシュもいるぞ!!」
「柳姫様だ!!」
「微力ながら、私もお手伝いさせてください!!」
「俺も混ざります!!」
「怪我人は大丈夫か?」
荷物を置くノッシュに尋ねるミルシェ。
「はい。後は任せてきました。」
「じゃあ、こっち頼む!」
「はい!」
ノッシュが走って瓦礫を囲む一角に混ざる。
「クルーニャ様……」
「でも……。」
「まあ、こっちの力はありませんけども。」
そういって腕まくりをするクルーニャ。
「春風生成発動!!」
高く伸ばすクルーニャの手に風が集まり、瞳に緑色の光が映る。
「!!」
「これでも、賢者です!!」
その緑色の瞳は、その場の人々を飲み込むほどの迫力だった。
「クルーニャ。瓦礫の下に人がいるかもしれないんだ。探せるか?」
「愚問ね、デオルダ。できるに決まってるわ!!」
歯を見せて笑うクルーニャ。腕を振り下ろし、瓦礫に向ける。
腕に集まった風が狼のような形を成して瓦礫の隙間に入って行った。
風が見えなくなるのと、ほぼ同時。クルーニャはデオルダに目線をずらした。
「いたわよ。」
「!!」
「さすが、早い。」
「ありがと。」
「ロニスだ!!」
「やるぞ!!」
ロニスが目の前の塊の下にいるという可能性がでたことにより、助けるために、商店街は一つにまとまっていた。
「よし!! 準備はいいか!?」
ミルシェの声に大きな声で返す人々。
「せーのっ!!」
合図で瓦礫を持ち上げる人々。
クルーニャは、風で瓦礫を下から押し上げる。
瓦礫は、動かない。
「持ち上がってないって言うか……ビクともしてないですよ!?」
一歩後ろから見ていたクルーニャが言う
「何!?」
「ちょ、一回手離せ!!」
全員が手を離すものの、何も変わらない瓦礫の塊がそこに存在していた。
「全く、動いてないな。」
「重いな……。」
「どうする……?」
ジェイズとミルシェが悩む中。別の悩みを叫ぶクルーニャ。
「あー! なんで私の能力威力ないのよー!!」
「そ、そんなことないと思うけど。」
「それを言ったって、そんなに威力高い能力ないだろ。」
それを宥めるのはデオルダとノッシュだ。
「何を馬鹿なこと言ってんのよ。」
「?」
「あなた、ルギの力見たことないの?」
「あるけど……。」
「ああ見えて、ルギは賢者の中で一番強かったのよ?」
腕を組みながらデオルダに言うクルーニャ。
「え。」
「あいつが?」
これにはノッシュだけではなく、デオルダも驚いた。
そして、そこにいた全員がクルーニャを見るという状況になってしまった。
「え? なんでこうなっちゃったの?」
「知らなかった……。」
「ホントに?」
クルーニャは目を丸くしてデオルダを見ていた。
「なあ、ミルシェ。そのルギってやつを連れてくればいいんじゃねえの?」
ルギをまだ見たことないジェイズはミルシェに提案を持ちかける。
「ルギは、創造神と呼ばれた賢者だ。」
「創造神だと!? なんでそんなやつがこの国にいるんだよ。」
「二年前のあれからこの国に住んでいたらしい。」
「そりゃ驚きだ。」
「だが、あいつは今……。」
「?」
驚いたジェイズだったが、言葉を切ったミルシェの様子も気になった。
「柳姫さん、ルギは今賢者じゃないんだよな?」
「そう、ですね。」
ミルシェはクルーニャに向かって話し始める。
「能力は使えない、ってことでいいんだよな?」
「ええ。称号と能力は同じものと考えてもらって構いません。」
「じゃあ、ここに来たとして、人間一人分の力しかないってことか。」
「そうなります。」
クルーニャはあまりいい顔をしなかったが、それが事実である。
「ええい!! いないよりマシだ!! 誰か連れてこい!!」
「馬鹿言うな。往復で十五分はかかる。」
「あん!? どこに住んでるんだよ。」
「森。」
「何考えてんだ!!」
「俺に怒鳴るな。」
「おっと、すまん。」
ジェイズの怒りはすぐに収まった。
「いないやつは仕方ない。それよりも、これをどうするか……だ。」
「もう一度持ち上げてもらっていいですか?」
クルーニャが全体に聞こえるように声を出す。
「何か策が?」
「私の力は、自分に近いほうが効果が大きくなります。次は、この距離で。」
クルーニャが、デオルダとノッシュの隣に立つ。
「こ、ここから!?」
「距離も何もあったもんじゃないだろ。」
「これでダメなら、私も役立たずよ。」
塊を前に笑うクルーニャ。
「よし……。もう一回行くぞ!! 準備はいいか!!!」
一際大きな声で合図を送るのは、ジェイズだ。
全員が屈み、瓦礫を持ち上げる大勢をとる。
「姫さん、準備できたぞ。」
「はい!! お願いします!!」
「行くぞ!! せーのっ!!」
二回目の挑戦。
クルーニャは全員の力が入ったと同時に、瓦礫の下に潜り込ませていた風を筒状に生成し、上へと弾き出す。
絶え間なく吹く風が、瓦礫を押し上げようとする。
「もう、少しっ……!!」
「!!」
デオルダとノッシュに同じ感覚があった。
「こっち側! 瓦礫が浮いた!!」
「何!?」
後ろから見ていたミルシェが回り込んでくる。
「こっちは順調だ!! もう少し!!」
「っ……!!」
「このままだと……。」
「?」
「クルーニャの、能力が切れる……!」
「わかってるわよ……!!」
自分の風が弱まるのを感じているクルーニャ。
普段から、これほどの規模で風を起こしていない。
それだけで無茶をしていることはわかっていた。
「大丈夫か!?」
「ミルシェさん、一回置いた方がいい……!!」
「! わかった。一回中断だ!! 中断!! ゆっくり降ろせ!!」
風が、止んだ。
「やばっ!!」
クルーニャが悲鳴にも似た声を出した。
「!?」
「?!」
聞こえたのは隣にいたノッシュとデオルダだけであった。
次の瞬間、少しだけ浮かしていた瓦礫の重みが、全て人々の手にのしかかる。
支えていた風が、消えた。
一回目は、動かすことができなかった。つまり、人の力だけで支えられる重さではないのだ。
「っ!?」
全員の手が、下敷きになるのは予想できた。
クルーニャの能力再発はもう、間に合わない。
大きな音と共に、土煙が上がった。
読んでいただきありがとうございます。
今回は、塊を持ち上げようと頑張ってるとこしかなかったですね。
クルーニャの春風生成。風を使う能力ではありますが、あまり力仕事には向かないようです。
柳姫ですからね……。
そして、次話です。
商店街の人々の手の運命は?
早く走ってこいよ、ルギ。
と、言った感じです。きっと。
それではまたよろしくお願いします。