春風旋風
ドアを叩く音が聞こえて目が覚めた。
いつも起きる時間より早い。
こんな時間に起こされたことに文句を言ってやろうと思い、起き上がる。
「はいはい、今開けますけどね、朝早すぎますよー。」
完全に寝起きのノッシュがドアを開ける。
「悪いな、寝起きだろ?」
デオルダがドアの前に立っていた。
コイツは早起きなのか。
「わかっているならお帰り願いたいものだな。」
計画通り、ノッシュが文句を言う。
「……そこを、なんとか……。朝飯作ってやるから……。」
「そこまでするか。」
「する……。」
「詳しい事情はちゃんと教えてくれよ。」
「わかってるよ……。」
デオルダの態度からして原因はルギではない。今回はデオルダが何かやらかしたように見えた。
ノッシュにとっては数少ないデオルダいじりの機会だと思い、笑いが止まらない。
朝食を作ってもらえるとなればなおさらだ。
「すげー、朝ごはんって感じだ。」
部屋で着替えを終えて戻ると、テーブルの上にはおかずが何品か並んでいた。
「いや、朝ごはんだからな。」
「いいなぁ……毎朝こんな感じなのか。」
「だいたいな。」
「お前も、朝ごはん食べてないの?」
「まあ、そうなるんだけど……。」
デオルダが二人分の朝食を用意していることに気づいたノッシュが聞くと、デオルダはまた言葉に詰まった。
「もしかして、ルギが家出したとか?」
「…………してねえよ。」
明らかに間があった。
「今、考えたな?」
「う。」
デオルダの反応で直感的に感じたノッシュ。
「お前、昨日帰ってからルギと顔合わせてないんだろ。」
「そ、それは……。」
「まあ、いいや。食べながら聞くことにする。」
そう言ってノッシュが椅子に座る。
「随分と楽しそうだな。」
「お前は随分と面白くなさそうだな。」
「当たり前だろ……。」
笑うノッシュと、諦め顔のデオルダの朝食が始まった。
「ふーん。」
食べながら事情を聞いたノッシュ。
「そんなところかな。」
「それで、なんでお前が後悔したんだ? 俺はそこだけわかんないんだけど。」
「いや、それは……その……。」
「?」
「そ、そこは俺の問題だ!!」
焦って声が大きくなるデオルダ。
「あ、そう……。」
今は深追いしないことにしたノッシュ。
「ルギはさ……。」
「?」
「その失敗があって、称号失ったってことでいいんだよな?」
「ああ。」
「お前はルギが失敗したと思ってないんだよな?」
「まあな。少人数だけど。」
デオルダが笑っていた。
「でも、妨害と失敗って似てるようでなんか違わないか?」
「結果だよ、結果。」
「?」
「あいつは人を助けた。だけど、その方法が悪かった。そして、その結果……神の審判の妨害になってしまった。」
「ひ、人助けたのに……妨害って言われたのか?!」
「それが、全ての結果だ。」
「助けたやつもなんか言ってやれよ……。」
ひどいやつだ。と、ノッシュが付け足す。
「言ったさ。ちゃんと。」
「じゃあ、それが受け入れられなかったのか?」
ひどい国王だな。と、ノッシュ。
「いいや。完全に受け入れられた。」
「意味がわからん。」
ノッシュは頬杖をつき、デオルダを見る。
「そいつは、ルギの行動を批判した。」
「行動って、自分を助けてくれたことに?!」
「ああ。自分が助からなかったら、神の審判は無事にできたってな。」
「馬鹿馬鹿しい。死んだら死んだで何か言うんだろ。」
そういうやつっていうのは、口を出さないということを知らない。
何かしら事あるごとに口を出す。
どんな事情がどこにあろうとも考えず、だ。
「さあな。でも俺は、あいつが失敗してないと思ってる。」
「ルギは、失敗なんかしてねえだろ。」
「……そうだな。」
肩をすくめて笑うデオルダ。
これにはノッシュも笑うしかなかった。
全てを知るためには、やはりルギの口を開かせる必要がある。
それでも、ルギは失敗をしてなんかいない。と、ノッシュは確信した。
デオルダは、改めて再確認した。
陽も登った天気のいい、朝。
「わかったわね!?」
広場に集まっていた、複数組の親と子。
「だって……。」
「だってじゃないでしょ!? 返事は!?」
「……。」
親の言葉に返事ができない子供達。
「ベルク!」
一人の母親が子供を名指しで呼んだ。
子供が反射的に母親の顔を見る。
今にも泣きそうだ。
「朝から何をしてるんだ。」
低い声が広場に通る。
声は呆れ気味だ。
「ミルシェさん……。」
集団に向かって歩いてくるミルシェ。
「子供達が、森に行くと聞かなくて。」
「どうしてそんなことを……。」
「猫のお兄ちゃんに会いに行くの!!」
「! ルギか。」
子供達の反応は考えればすぐわかることであった。
こいのぼりを作ってくれたルギに会いに行く。
それもそのはずだ。昨日はイオが怒鳴り散らし、ルギはそのまま帰ってしまったのだから。
「ダメって言ってるでしょ!!」
「そうよ! 森は危ないし、それに……。」
「創造神か。」
母親の言わんとしていることが理解できないわけでもない。
「……。」
「猫のお兄ちゃん悪くないもん!!」
「いい人だもん!!」
「こら! いい加減にしなさい!!」
「全員落ち着きなさい。朝から。」
だからと言って、このまま母親たちが子供を怒っていてはどうしようもない。
「す、すみません。」
「ノッシュさんだ!!」
「ノッシュさーん!!」
歩いていたノッシュを見つけた子供達が一斉にノッシュに向かって走り出した。
「うわっ!? なんだ!?」
あっという間に子供たちに囲まれ、驚くノッシュ。
「森に連れってってー!!」
「森!? 何しに!?」
「猫のお兄ちゃんに会いに行くの!!」
「あ、ああ……ルギな。」
「ね!? いいでしょ?」
子供達は期待の眼差しで見ていた。
ノッシュならば、森に連れて行ってくれると思っていたのだ。
いつもの、ノッシュだったのならば。
「うーん……今はダメかな……。」
母親のように、怒るようなことはしなかった。
それでも、ハッキリと、ダメだと、言った。
「えー!?」
「なんでー!?」
「ベルク。お母さん怒ってるぞ。」
頼めば行けると思っていた子供達は駄々をこね始めた。
「だって!! お母さんは猫のお兄ちゃんが悪い人だって言うんだもん!!」
「……。」
「違うよね……?」
ノッシュが軽く笑って、何も言わないので子供達は不安になったようだ。
「悪いな。」
ノッシュが子供達の頭に手を置く。
見上げる子供達の前に出る。
「ノッシュさん……?」
その背中を見る子供達。
ノッシュと目を合わせたのは、ミルシェである。
「……ミルシェさん。」
「ノッシュ。お前と少し話がしたい。時間、いいか?」
「ええ、大丈夫です。場所は、俺の家で構いませんか?」
「ああ、わかった。」
ノッシュとミルシェが広場からいなくなるのを、子供達を含め、その親達も無言で見ていた。
「あのー。すみませーん。」
「は、はい!?」
母親が驚いて振り返る。
そこには、栗色の髪の女性が立っていた。
「ここって、クリングルで間違いないですよね?」
「あ、はい。そうです。」
「よかったー。間違えたかと思って。ありがとうございます。」
「いえ……。旅の方、ですか?」
見たことのない容姿だったためか、母親が尋ねる。
「あ、そういうのじゃなくて。一応仕事なんですけどね。」
「お仕事、ですか。」
ここは商業都市である。商談でもしに来たのだろうか。
「はい。 わあ、大きい。立派なこいのぼりですね。」
空を泳ぐ三匹のデカのぼりを見上げて言う。
「え、ええ……。」
「ねえ、お姉さん!!」
子供達が、駆け寄ってきていた。
「なあに?」
「こら!」
突然のことに、失礼でしょ! と、母親が注意する。
「構いませんよ。どうしたの?」
「お仕事で森の方まで行きませんか!?」
「森?」
「こらベルク!!」
ベルクは猛者である。
「だ、だって……!!」
「森に何かあるの?」
「猫のお兄ちゃんが……。」
「ね、猫のお兄ちゃん?」
森にいる猫のお兄ちゃんという、訳のわからない情報だけが伝わってしまった。
「森は野生の動物もいるから危ないって言ってるでしょ!」
「そんなに森に行きたい?」
にっこりと微笑みながら、子供に聞く。
「え……行きたい!!」
困惑した表情が一気に晴れ子供が頷く。
「お姉さん、こう見えても、ものすごく強いんだから。」
「ホント!?」
「ホントホント!! 熊なんてちょいちょいって。」
「すごいすごい!!」
腕をまくり、ファイティングポーズをとって見せる。動作だけで強いことを示そうとしていた。
「お姉さん、お名前は?」
「クルーニャ・ソルムスよ。」
「クルーニャお姉さん?」
「そうよ。」
「ク、クルーニャ……!?」
名前に反応したのは、子供ではなかった。
母親達の中でざわめく。
「まさか……柳姫!?」
「こ、この人が!?」
「あはは、そんな普通で構いませんから。」
この反応をされるのが常であるためか、クルーニャも体の前で手を振り、母親に伝えようとする。
「し、失礼しました!!」
「い、いや……。」
聞いていない。
「ちょ、誰かミルシェさん呼んできて!!」
「ノッシュの家にいるから!!」
「あ、あらら……。」
とんでもないことになった。
「クルーニャお姉さん。なんだか大騒ぎになっちゃったね。」
「そ、そうだね……。これは、私が行った方が早いかな?」
子供にもわかるほど、大騒ぎになってしまったのだ。
熊を倒すどころではない。
「どうぞ。」
ノッシュは、ミルシェの前に麦茶のコップを置き、向かい側に座る。
「すまんね、いきなり。」
「いえ。俺もミルシェさんと話をするべきだと思ってました。」
「昨日のこと、だ。」
「ええ。ルギ、ですね?」
「結論から、言う。」
「はい。」
「私は、確かに噂を信じている。」
「!」
ノッシュが無言で驚いた。
「創造神、ルギ・ナバンギが一国を滅ぼしかけたのは事実だ。」
「……。」
「それでも。」
「?」
「ルギが子供達に与えた喜びも、笑顔も……事実だ。」
「!!」
驚いた。言葉が出ないほどに。
「驚いているな?」
「そ、そりゃあ……。」
「ただし、だ。」
「え。」
「昨日、ルギがなぜ……何も言わなかったのかが気になってね。」
「何も……?」
「噂が嘘なら、違うと言うなら、そう言えばいい。真実ならそうであると、言えばいい。それでも、彼は何も言わなかった。」
「!! 確かに……。」
「それがどうしても気になっているんだ。」
「あいつは騒ぎを起こさないことだけ考えて帰りましたからね。」
「ああ。なあ、ノッシュ。お前はどこまで知っているんだ?」
ミルシェは麦茶を一口飲み、ノッシュに聞く。
「俺は、噂が真実ではないこと。そして、ルギは……人助けをして、その結果が、審判の妨害になってしまったということだけです。」
「まだわからないこと、だらけだな。」
「ええ……。」
そう、まだ全然わかっていない。
本人が、口を固く閉ざしている。
拒み続けて、生きている。
「ふう。」
ノッシュが麦茶を一口飲み、奥の部屋を見た。扉は閉まっている。
「?」
「どうするんだ? ミルシェさんは、ルギをまだ信じてる。」
ノッシュは扉に向かって話す。
「誰かいるのか?」
扉が開く。
「すみません。盗み聞きしてました。」
「デオルダ。」
「あなたがどう答えを出すのか、わかりませんでした。」
「もし、逆だったらどうするつもりだったんだ?」
逆。つまり、噂を鵜呑みにしたままだったら。
「隠れてますよ。そんなところに出て行く勇気はありません。」
「ははっ!! それもそうだな。」
ミルシェは肩をすくめるデオルダが可笑しかったのか、声をあげて笑った。
「それで……。」
「ミルシェさん!!」
突然、ノッシュの家のドアが開く。
「他人の家だぞ! ノックくらいしろよ!!」
ノッシュが席から立って、入ってきた男に言う。
「うるさいノッシュ!! そんなこと言ってる場合じゃない!!」
「どういう場合だ!!」
もう、お互いに自暴自棄になっていた。
「あら!! デオルダじゃない!!」
その隣から顔を出したクルーニャ。
「ク、クルーニャ!?」
驚きつつもデオルダが名前を呼ぶ。
「え。」
「クルーニャって言えば……。」
「柳姫!?」
デオルダが呼んだ名前にノッシュとミルシェが反応する。
「おい、クルーニャ。なんでこんなところにいるんだ?」
「それは、こっちのセリフよ。ちょうどいいわ。あなたから話を聞くから。」
「はいはい。」
「じゃあ、おじゃましますね。」
そう言うと、クルーニャはノッシュの家に入ってきた。
ミルシェは呼びに来た男と共に帰っていった。
「後は任せる」と言い残して。
「あ、えっと、どうぞ。」
家に招き入れ、麦茶を出したノッシュ。
「その反応、嬉しいわね。」
「え?」
「賢者っていうやつに対して普通に接する人間の方が少ないからな。」
「やっぱりそういうものなんですか?」
「ここまできて、敬語はどうなの?」
クルーニャがふてくされたように言う。
「いや、でも……。」
「同い年なんだから別にいいんじゃねえの。」
「同い年!?」
デオルダの一言に、飛び退くように驚いたノッシュを見て笑うクルーニャ。
「あら、そうなの?」
「そうだ。」
「じゃ、よろしくね。ノッシュ?」
数回呼んでいるのを聞いただけなので、確かかどうか、確認するように名前を呼ぶクルーニャ。
「あ、ノッシュ・レイドットだ。よろしくな、クルーニャ。」
手を出して握手を求めるノッシュ。
その手を嬉しそうにとるクルーニャ。
その顔はとても嬉しそうだった。
読んでいただきありがとうございます。
今回はクルーニャが街にたどり着いたくらいの話です。
えっと、ベルクは猛者です。
そして、次話。
クリエーターと柳姫が二年ぶりに出会う……。