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object maker  作者: 舞崎柚樹
2:色のない空
12/106

感情を持たぬ瞳

 夕暮れが近づいてきて、広場の子供は少なくなっていた。

 ベンチに座って他愛もない話をしていたのだが……。

 二人の待ち人は来なかった。

「何してるんだろうな、あいつ。」

「晩飯抜きとかにすれば?」

「いいな、それ。」

 デオルダが笑っている。本気でやりかねない。

「さてと、俺らも引き上げるか……。」

「そうだな、日が暮れてきたし。」

「ダンボール運ぶの手伝ってもらわないとな。」

「わかってるって。」

 デオルダがベンチから立ち上がり、ダンボールが置いてある方へと歩き出す。

 「ニャー」と鳴き声。

 少し前に広場にやって来た猫と人。

 パーカーのフードを被っているので顔はわからない。

「お前、まだ食べるのか? ほら。」

 手のひらに乗せたりんごを猫にあげている。

「ノッシュー。」

「あ、今行く。」

 デオルダに呼ばれてノッシュも立ち上がる。

「これだけ泳いでたら、家からも見えるか。」

「だな。」

 広場の空を泳ぐ三匹のデカのぼりを見上げる二人。

「ノッシュさーん!」

 広場にジュアが走ってきた。

 その後ろにもう一人少女がいる。

「おう、ジュア。どうした?」

「見て。」

 ジュアが見せたのは、自分の手にある手旗のぼりではなく、もう一人の子が持っていたリボン付き手旗のぼりである。

「こいのぼりだ。」

「リボンついてるな。」

「できる?」

「……俺ら?」

「うん。」

 ノッシュとデオルダがお互いにできるかどうかを目でやりとりする。

「できないことはないと思うけど……。」

「ここまで綺麗には……。」

 リボンはチビのぼりが棒から離れないようにしっかりと結び付けてあった。

 それでいて、綺麗なアクセントにもなっていた。

「どうやったんだ……これ。」

「エル、これは誰がやったの?」

「これはね、猫のお兄ちゃんがやってくれたの。」

 ノッシュにエルと呼ばれた少女が答える。

「猫のお兄ちゃん?」

「あいつか?」

 デオルダが広場の奥のベンチで猫と遊ぶパーカーを見る。

「あ、猫のお兄ちゃんだ。」

「じゃあ、あの人に頼んでみようよ。」

「うん。」

「待ってて、皆呼んでくる。」

「わかったー。」

 エルは走って広場から出て行った。

「皆って、そんなにいるの?」

「五人くらい。」

「リボン付き手旗のぼりね。」

「家にあるリボン持ってくるって言ってた。」

「なるほど。女の子が喜びそうだな。」

 ノッシュが笑うと、デオルダも感心したように頷いた。

「ジュアー。」

「来た来た。」

「じゃ、ノッシュさん。」

 ジュアがノッシュの方を見る。

「?」

「頼んで。」

「俺?」

 リボンを付けてもらう手旗のぼりを持っているのは子供達である。

「知らない人に声かけるなって言ったの、ノッシュさんでしょ。」

「あー。そういうことか。」

 ノッシュは思い出した。ジュアに森に一人で行った時のことをしつこく注意したのだ。

「確かに、この前言ってたな。」

「お願い。」

 子供達がノッシュを見る。

「まあ、いいけど。」

「やった。」

 子供達が喜ぶ。

「いや、まだやってもらえると……。」

 ノッシュが決まってないと言いかけた。

「行こー!!」

 腕を引っ張られた。

 それを笑いながらデオルダが後に続く。


「ニャー。」

 猫は小刻みに動く草を狙って前足を突き出している。

「ほら、こっちだこっち。」

 猫は片方の前足を上げたまま顔を右左に動かしている。

「あの……すみません。」

「えっ?」

 ノッシュの声に驚く。

「ニャー!」

 猫がここぞとばかりに動きを止めた草に襲いかかる。

 前足で捕まえて、草を咥える。

「あっ!? こら!」

 片手で猫を抱きかかえ、草を口から取り上げた。その間、猫はおとなしかった。

「えっと、何か……?」

「先程、子供のこいのぼりにリボンを付けていただいたと……。」

「あ、ああ……。」

「それで、他の子供にもリボンを付けていただけないかと。」

「リボンが、あるなら……。」

「持ってきたの。」

 エルがノッシュの前に出てくる。

「なるほど、いいよ。順番においで。」

 猫をベンチの隣に座らせる。

「やったー!!」

「すみません、ありがとうございます。」

「えっと……。」

「?」

「そこまで他人行儀にされるとこっちも困るというか……。」

「え。」

「お前はいつまで笑ってんだ、デオルダ。」

「え?」

 ノッシュと子供達が振り向くと、後ろにいたはずのデオルダが、そっぽを向いて必死に笑いを堪えている。

「お前が悪いんだろ、外見がわからないような格好してくるから。」

「俺のせいかよ。」

「来てたんだな。」

「お前らが来いって言ったんだろ……。」

「え、じゃあ……。」

 ジュアは気がついたらしい。

「で、どこに隠れてたんだ?」

 デオルダはもう笑いを堪えるつもりがないようだ。

「人聞きの悪い。……路地裏。」

「どこが人聞き悪いのか教えてもらおうかな。」

「はいはい、すみませんでしたね。」

「え、ルギ……?」

 ノッシュが言う。

「一生懸命リボンを付けさせていただきます。」

「いや、悪かったって!! 拗ねるなよ!!」

 ルギがノッシュと逆方向を見るので、完全に拗ねてしまったように見えた。

「ホントにルギさん!?」

 ジュアが駆け寄ってくる。

「いいからそのフード取れよ。」

 ノッシュがルギのフードを外す。

「あ。」

「ほら、みんな。リボン付けてもらえ。こいつならいくつでも付けてくれるから。」

「勝手なこと言うな。」

「お願いします。」

「はいよ。」

 文句を言いながらも、子供に頼まれたら断れないようだ。

 出された手旗のぼりとリボンを受け取り、結び始める。

「ノッシュさんとお友達?」

 最初に手旗のぼりを渡した女の子がルギに聞く。

「お友達……みたいなやつ?」

 ルギはリボンを巻きながら答える。

「みたいなやつの意味がわからん。」

「デオルダさんとは?」

 その後ろの子が顔を出す。

 質問攻めである。

「デオルダは……はい。一個。」

「ありがとう!!」

 ルギは話している途中でリボンを結び終えた。

「えっと、デオルダ?」

「仕事仲間?」

「お前の仕事はコーヒーを入れることだろうが。」

「よく覚えてたな。」

 「まあな。」とルギは答えながらも二匹目のリボン付けに入っていた。

「仕事仲間ってどういうこと?」

「ルギさんとデオルダさんって、一緒に住んでるんだよ。」

 ジュアが子供達に話す。

「え、そうなの!? でも、ルギさん初めて見た。」

「まあ、そうだろうね。」

「なんで?」

「それは、こいつが街に来ないから。」

 これに答えたのはノッシュだ。

「ほい、二つ目。」

「ありがと!!」

「それにしても、器用というか……。さすがだな。」

「何が。」

「ここまで綺麗に結べるものか?」

 ノッシュは二人目のリボン付き手旗のぼりを見ている。

「俺に聞かれても……。」

「ニャー。」

 隣で猫が鳴いていた。

「どこから拾ってきたんだよ。」

「……路地裏。」

「どうすんだよ。」

「ついてきちゃったんだよ。どうする、デオルダ。」

「俺に聞くなよ。」

「……連れて帰るか。」

 猫を見ると、尻尾を振っていた。

「即決だな。」

「路地裏に戻すのもかわいそうだろ。」

「まあ……。」

「はい、これ。」

「やった!! ありがとう!!」

「次、私の。」

 ジュアが自分の手旗のぼりとリボンを出す。

「ん、これ……今朝の?」

 ジュアが持っていたのは、朝、家に来た時に手渡したものだった。

「うん。」

「新しいの貰えばよかったのに。」

「だって、壊れなかったし。」

「それは、嬉しいことだけど。」

「あ。ルギさん。」

「何だ?」

 ルギが手を止めてジュアを見た。

「大きいこいのぼり作ってたんだね。」

「あ、ああ……。一応、最初に作った。」

「え、最初?」

「大きいの作ってから、こんなに子供集まると思ってなくて……。一人なら小さいのでいいかなーって。」

「でも、小さいのいっぱいあったよ?」

「それは……まあ……はい、できた。」

 ルギは言葉に詰まったのではなく、曖昧にしてごまかしたようにリボン付き手旗のぼりをジュアに渡す。

「ありがとう。」

「……気分で、かな。」

「お前、気分でこんなに作ったのかよ。」

「うるさいな。あと誰かいる?」

 周りの子供達に聞くと、それぞれのリボン付き手旗のぼりを見せた。

「私で最後だよ。」

「そうか、じゃあ……帰るかな。」

「そうだな。そろそろ日も暮れるし。」

「行くぞ、猫。」

 ルギがベンチから立ち上がって声をかけると、足元まで歩いてきた。

「おーい。」

「ミルシェさん?」

 手を挙げて広場に走ってくるミルシェ。その隣に手を繋いだ子供がいた。

「まだリボン付けてもらえるか? この子がまだ付けてもらってないんだ。」

「リボン、ある?」

 ミルシェの問いかけで、ルギは子供に尋ねた。

「こ、これ……。」

 女の子は、恥ずかしいのか、恐る恐る手に持っていたリボンを見せた。

「じゃ、こいのぼりも貸して。」

「お、お願いします……。」

 ルギは膝立ちをして、リボンを付け始めた。

「ニャー。」

 子供の足元に猫が歩いていく。

「ひゃ……!!」

「おとなしいから大丈夫だよ。」

「触っても……いいですか……?」

「いいよ。」

 女の子はゆっくりと、猫の頭を撫でた。

 その手を追いかけるように猫が頭を動かした。

「かわいい……。」

「はい、できたよ。」

「あ、ありがとう……。」

「強く振ると壊れるから、気を付けてね。」

「はい。」

 笑いながら子供にリボン付き手旗のぼりを渡す。

 さっきまで恥ずかしがっていた子供が、ルギに笑っていた。

「さてと。」

 ルギが土埃を払って立ち上がる。

「いきなり済まなかったね。私はミルシェ。そこで八百屋をしている。」

「あ、ルギ・ナバンギです。」

「ミルシェさん、これ作ったのコイツ。」

 ノッシュが空のデカのぼりを差す。

「そうだったか。いや、今日は子供達がとても喜んでいた。ありがとう。」

「いえ、そんな……。」

「ねえ、ルギさん! 明日も来てよ!!」

 子供達がルギの元に集まる

「え。」

「一緒に遊ぼー!!」

「また何か作ってー!!」

「あ、ちょっ……。」

「はいはい、一回ストップ。」

 ノッシュが手を叩いて子供を止める。

「はーい。」

「今日は皆一回帰ろうな。明日のことはまた明日。いいな?」

「わかったー!」

「さすが。」

「ミルシェさーん!」

 角の店からエプロン姿で出てきた女性が歩いてくる。

「おう、どうした?」

「ちょっとお聞きしたいことが……あれ。どちら様?」

 ルギを見て、ミルシェに尋ねる。

「ルギだ。こいのぼりを作ってくれた。」

「あら! あら?」

「どうした?」

「どこかで……見たような、聞いたような。名前もう一回。」

 今度はルギに尋ねた。

「ルギ・ナバンギ……です。」

「イオ、記憶違いじゃないのか?」

「かなぁ……?」

 イオと呼ばれたエプロン姿の女性はまだ記憶を探っているようだ。

「それで、何だ?」

「ああああっ!!」

「うるさいな。次は何だ?」

「思い出した!! 思い出したの!!」

「だから、何を……。」

 ミルシェはもう呆れ顔である。

「ルギ・ナバンギ!! 称号剥奪された……元賢者!!」

「!!」

 ミルシェの顔が驚きに変わる。

 ルギの目が、急速に色を失う。

「なんでこんなところにいるのよ!!」

 イオはルギの襟元を掴んで顔を近づける。

「ちょっ!?」

「マズイな。」

 ノッシュが止めに入ろうとするが、いきなりの展開に怯えた子供達がノッシュの周りに集まっているため、動けずにいた。

「マズイって、何が……!?」

「イオが、噂を鵜呑みにして、勘違いしてるってことだ。」

「!!」

 噂を鵜呑みにしている。つまり、昨日までのノッシュと同じ情報しか持っていないということだ。

 ノッシュも、今日デオルダに聞いたからわかる。

 あの噂を鵜呑みにしてはならない。

 何か、まだ知られていないことが多く、あると。

「勘違いって、何だ……?」

 噂を鵜呑みにしているという意味はわかる。それでも、何を勘違いしているのかが、ノッシュにはわからなかった。

「見てれば、わかるさ。」

「え。」

 デオルダは、止めに入る気が……ない?

「なんで黙ってるのよ!! 早く答えなさいよ!! あんたはこの国を壊しに来たんでしょ!?」

「壊しに……!?」

 イオの言葉でノッシュは気づいた。

 神の審判を妨害したことで、創造神(クリエーター)は、国を……滅ぼしかけた。

 その元賢者がここにいる。

 噂を鵜呑みにしているのならば……勘違いをしても、おかしくない。

 元賢者が、次はこの国を滅ぼしに……やってきたのだと。

 怒鳴り続けるイオ。

 ミルシェは、手を繋いでいた子供が泣きそうになっていて止めるどころではない。

「……答えたとして、この手を離していただけるのですか?」

 静かに、どこを見ているかわからない黒い目。

 いつもとは違う、機械が喋るような抑揚のない声。

「……。」

 あまりのことに、誰も声を出さない。

 イオも、唖然としている。

「あなたがもし満足するのであれば、殴って構いません。罪には問われないでしょう。それでも、あなたの手が汚れるだけだ。」

「っ……!!」

「手を、お離し願えますか。」

 ルギの手が、イオの腕に触れる。

「!!」

 気づかなかったかのようにイオが驚き、飛び退いた。

「失礼します。」

 ルギがそのまま、広場を出て行く。

 猫が一度こちらを振り返ったが、ルギのあとを走っていく。

「ノッシュ、悪いけど……子供達は頼むな。」

「! わかっ……た。」

 後ろからかけられたデオルダの声。

 ダンボールを持ち上げる音。

 足音が聞こえなくなるまで、振り返ることは……できなかった。

 全てを理解しているわけではない。

 この街の人よりも、ほんの少しだけ知っている。

 それだけなのだ。

 だからこそ、自分はどちらの立場にもなれる。

「ノッシュさん……。」

 袖を引っ張っていたのはジュアだ。

「ルギさんは悪くないよね?」

「俺は、そう思ってる。」

 こんな時、「当たり前だろ。」なんて言ってやることができたらよかったのに。

 ノッシュは断定ができない答えを、自分が信じているだけだという答えをジュアに言った。

「そうだよね。私も、そう思う。」

 袖を強く引っ張るジュアの周りの子供はもう皆泣き出していた。

 ノッシュがジュアの頭に手を置くと、ノッシュを見上げて、顔を歪めた。

「大丈夫だよ、きっと。」

 ノッシュがそう言って屈むと、ジュアは泣きながら抱きついた。

 ノッシュは、ジュアとその周りの子供を泣き止ませながら、自分の悩みを一旦忘れた。

 日が沈み始めた広場は、風がなかった。

 力なく垂れ下がったデカのぼり達が悲しく見えた。


 ルギ・ナバンギに残された時間はあと、339日。

読んでいただきありがとうございます。


今回でこいのぼり一段落と、させていただきます。

でも、あまりいい終わり方はしてませんね。

これで、クリングルという国に、国滅しの元賢者がいることがバレてしまったわけです。


そして、次話。

国を愛して、国に尽くして、国に裏切られた人間のお話。

またよろしくお願いします。

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