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object maker  作者: 舞崎柚樹
9:椛色の大地
105/106

騎士の形

 チーシェは、その光景を見ないように、目を伏せて自分を落ち着かせようとしていた。

 異常なほどに、むしゃくしゃしていたのは、否定しない。

 理由も、自分でわかっていたから、顔には出ていなかったと思うし、雰囲気で誰かに悟られることもなかっただろう。

 怒りを紛らわすために、奥歯を噛みながら、利き手の逆の腰に、以前はあった一振りの重さが感じられないことが、とても悔しかった。

 そう感じたのは、初めてだったかもしれない。

 騎士としての自分を否定したくて、剣を捨てた。

 あの時は、それが自分にとっても、周りにとっても一番いい選択であると思っていたからなのか、悲しさも、不安もなかった。

 ただ、今思うのは、剣がなければ何もできないことへのもどかしさ、不甲斐なさだった。


 自分の中で、騎士とはその国の民を守るべき存在だった。

 平和を維持すべく、自分の全てを賭けてでもその存在意義を果たすのが、役目だと、そう、今でも一応思ってはいる。

 自分がその役目を全うしきれなかったからだろうか。

 だから、目の前で、国王の間違いを正すこともせず、今も民を守ろうとすることなく、危険から遠ざけようともしない、この国の騎士達の行動を目にして、むしゃくしゃしているのだ。

 チーシェは、複数の足音に目を開けた。

 そして、避難の一団を取り囲むために走り、迫ってきている一人目の騎士の顔を殴り、その後ろにいた男へ向けて放った。

「なんだコイツ……?!」

「よくも!!」

 驚きながらも、仲間の仇を討とうと、迫ってきた騎士数人を、チーシェは一蹴して前へと歩き出す。

「貴様……!!」

「騎士が……。」

「何?」

「騎士が助けられる奴を見捨ててんじゃねえよ……」

「一人相手に何をしている!!」

 チーシェ一人に部下達がやられていく様を見て、苛立ちを覚えた騎士長の言葉に続くように、騎士達が腰の剣を抜き、チーシェへと迫っていく。

 チーシェは、唇の端を噛み切って叫びながら、騎士達へと突っ込んでいく。

「目の前の一人も助けられない奴が剣握ってんじゃねえぞ!!」


「え、えと……。」

「チ、チーシェ……?」

 避難組の先頭で騎士長と数分前まで対峙していた賢者二人は、突然のチーシェ参戦の状況についていくこともできず、右往左往していた。

 行く手を阻んでいたはずの騎士長と騎士達は、ほぼ全員がチーシェへと剣を構えて行ってしまったために、危険性は低くなったとは思うが、この乱戦状態を横切って広場まで行くのは選択肢に入れることはできずにいたのだった。

 そこに、デオルダが声をかける。

「チーシェはほっといていいから、お前らミルシェさん達の周りに壁でも作っとけ。」

「え、ええ?! いいの?!」

「俺らも……。」

 デオルダの言葉に、一人では危ないのではないかというユーシィの不安が言葉から滲み出ていた。

 しかし、デオルダはその不安を即座に否定する。

「気にしなくていい。あれはチーシェの勝手な八つ当たりだからな。」

「や、八つ当たり……。」

「八つ当たりであんなことしてんのかよ……。」

「今は避難が最優先だ。そのためにはここは突破しなければならない、が、こっちに危険が及んだら意味がない。」

「……わかった。」

「うん!」

 デオルダの言葉に頷き、賢者二人は避難組の周りに壁を作り出して状況を静観することに決めた。


 静観を決めていたクルーニャやユーシィだけではなく、避難組の全員がチーシェの変貌した姿を見ている時間はそう長くはなかった。

 五分もかからずにクリングル国の騎士達を圧倒したチーシェは、残る一人を見据えていた。

「あんたで最後だな。」

「き、貴様ぁ……!!」

「ま、剣の手入れくらいはちゃんとしてるみたいだけど。」

 チーシェは騎士の一人から拝借していた剣を鞘から半分程出して、その刃を見ながら呟く。その後ろには、気を失って動かない騎士達が山になっていた。

「く、くそ……。」

「来いよ。どっちが素人か、教えてやる。」

「うああああああああ!!」

 恐怖から出た騎士長の叫びと無茶苦茶に振り回された剣を躱し、チーシェは騎士の一人から拝借していた剣の柄を騎士長の腹に押し込むと、そのまま後ろに積まれていた騎士達の山の一番上に放り投げた。

 最後の一人が山の上に落下した音を聞き、振り返る。そして立ち尽くすようにその山を見上げたチーシェは、我に返って両肩を落としながら呟いていた。

「はあぁ……何やってんだ、俺は……。」

 途中まではもう頭に血が昇りすぎて、自分ですら何を口走って、何をしでかしたのかあまりよく覚えていなかった。寧ろ、最後の方しかはっきりしていない気もする。だが、結果出来上がった山を見れば一目瞭然だった。

 頭を抱えそうなチーシェの傍に、デオルダ達が寄ってきた。

「終わったか?」

 もちろん、デオルダの言葉はチーシェが八つ当たりで暴走していたことを見抜いた上で言っている。敵の排除は終わったのか、というよりは、気が済んだかと聞かれている声色に、チーシェは自暴自棄気味の声で答えた。

「ええ、どうもすみませんね、頭に血が昇って、ブチギレて八つ当たりってことで剣を振り回して暴れてたんですよ、俺は。」

「なんでそんなにやさぐれてんだよ……。」

 デオルダの後ろにいたユーシィはそこまで自棄にならなくてもいいだろと、デオルダの声色の意味をわかっていない言葉をチーシェにかけていた。

 かと言って、ユーシィに当たるのも違う気がしてか、チーシェは自棄の理由だけを手短に口にした。

「あの程度のことで怒りを抑えきれなかったことに反省してんだよ。」

 ユーシィは「あの程度?」と、何か首を傾げた。その様子から、チーシェはそう言えば自分のことを教えていなかったかとふと思ったが、それよりも駆け寄ってくるレウファの瞳が嬉しそうだったのが気になっていた。

「チーシェさんすごかった!!」

「え。」

「騎士様ってチーシェさんのことだったんだね!!」

「騎士様て……。」

 今は騎士様でもなければ、今のはただ単にチーシェ・グライトという人間が大暴れしただけであるのだ。あまり褒められている気はしない。

「ルギの入れ知恵だろ。」

「うー……。」

 チーシェは呻きながら、手に持っていた剣を見た。何か自分の感情が見透かされている気もしただけだったのだが、ユーシィから呆れた声で質問が飛んでくる。

「それにしたって、なんで剣持ってて抜かないんだよ。」

「え? あー……これかぁ……。」

「?」

 ユーシィに言われ、もう一度チーシェは手に持つ剣を見つめた。しかし、その顔が苦笑いに変わったのがユーシィ達にはよくわからず、チーシェの次の言葉を待つことになった。

「単純な話っていうか、俺はこれを持つときいつも思うわけなんだが……。」

「何を?」

「剣ってのは、なんでこうも危ない形してんのかなって。」

 チーシェはまた剣を鞘から半分程抜いて見せた。

 太陽光に反射して鋭く光るのを、チーシェは目を細めて見ながら、周りに同意を求めるように声をかけるものの、周りの反応は一貫して呆れだった。

「はあ?」

「だ、だからさ、剣って危ないだろ?」

「刃物、だからな……。」

 周囲の「何を言ってんだコイツ」とも言える視線に、チーシェは耐え切れず声を大きくした。

「い、いいじゃんか、なんとかなったんだし!!」

「……相変わらずってことだな。」

 最後のデオルダの言葉に、チーシェはとうとう言い返すことができなくなった。


 その様子を少し離れた場所から見ていたノッシュは、隣のルギに声をかけた。

「チーシェにとっては、許せないんだろうな……。この国の騎士ってのは。」

「多分、な。チーシェの考える騎士は、命を賭けてでも国の民を護るってとこにある。アイツが体現しようとしてきた、騎士の形、だな。」

 「間接的とはいえ、原因を作った俺が言えたことではないかな」と、ルギは付け足していた。

 確かに、ライナックで起きた事件が、チーシェの転換点になったのだろうし、そのことがあって、余計にチーシェに騎士の形というものを意識させたのかもしれないが、ノッシュからしてみれば、話だけしか知らないにしても、ライナックの件は、仕方がなかった。寧ろ、あれは結果的に良い方で終結したのではないかと今は思っていた。

 だからこそ、ルギの呟きには何も言葉を返さずに聞き流した。

 ルギがチーシェの騎士の形というものを理解していて、それを否定しないというならば、それはそれでいいとノッシュは思った。

「あ、そういや、俺もちょっと気になったんだけどさ。」

「何だ?」

 チーシェの周りでは今でもチーシェをからかっているのか、笑うデオルダとユーシィがいたが、チーシェの顔を見て思い出したように、ノッシュはルギに質問を投げかけた。

「ユーシィも言ってたけど、あれって、剣の使い方間違ってるよな?」

 ユーシィの問いは、なんだかよくわからないチーシェの返答で終わってしまったが、正直なところ、素人目のノッシュにしてみてもチーシェの戦い方は不自然なものに感じられていた。なんせ、剣を拝借したというのに、チーシェはそれを抜くことすらせず、鞘に収めたまま、その使用用途を相手側の剣を受ける、受け流すに重きを置いた戦い方をしていたのだ。

 あれならば、別に剣でなくてもいい戦い方だろうと、ノッシュも感じていた。ライナックの騎士隊長であったチーシェがとる戦法とは思えなかったのだ。

「ああ、アイツが剣抜かないって話な。でもまあ、間違ってるも何も……昔から、あんな戦い方してんぞ、アイツは。」

「は?」

「いや、だから、チーシェ強いんだよ。」

「見たらわかる。」

 クリングルの騎士達の強さのレベルが高いとは言わないにしても、集団VS個人の戦いをあそこまで圧倒したチーシェを見ていれば強いことくらいわかると、ノッシュはルギに言うものの、ルギはルギでどう説明しようかと考えているようだった。

「クリングルの騎士相手とかじゃなくて、ライナックでも、アイツはかなり強かったんだよ。」

「だって、騎士隊長だったんだろ?」

「いや、そうなんだけど……。」

「?」

 歯切れの悪いルギの説明に、ノッシュはわからなくなってきていたのだが、次の一言を聞いて、もっとわけがわからなくなった。

「人殺しにはなりたくないからって理由で、剣は持たないとか言い出した騎士隊長様だぞ?」

「はあ?」

「一時期問題になったって話だけは聞いたことある。」

「……だろうな。なんで騎士になったんだって話になるだろ、それ。」

「確かに。それにさ、人殺しになりたくないって言ってるけど、つまりは剣抜いたら人殺せるって、変な自信持ってんだぞアイツ……。」

「怖っ?!」

「何はともあれ、これで広場に行けるからいいか……。」

「チーシェには今後とも味方でいて欲しいものだな……。」

 離れたところで笑い合うチーシェ達を見ながら、ノッシュはそう呟いていた。


読んでいただきありがとうございます。


チーシェが剣を振り回してくれました。

まあ、なんというか、誰だって戦えるんですよーっていう話だったような気がします?


またよろしくお願いします。

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