完成
生涯の運を使い果たしたのではないかと言われた時期があった。
それほどに、部屋の中央の施術台に横たわる彼が奇跡的な存在だと思えた。
今までしてきた失敗は軽く三桁を超えた。それでも、それを軽く笑い飛ばせるくらいの結果を彼は体現しているのだ。
泣きもせず、弱音を口にもしなかった少年が何を思っているかなんて、自分には気にはなれど、知りえないことだった。
まだ、自分が半人前だった頃の話だ。
ヴィエルと一度距離をとったルギは大きく息を吐き出した。
額に浮かんでいた汗が流れ落ちる感覚が、予想以上に時間が経っていた事実を思い出させてしまい、自分に余裕もなく、焦り始めていることを実感させた。
「ったく、死にかけの底力には恐れ入るよ。」
「言ったろ……。」
恐れ入られたところで、決着がどちらに転ぶかなんてのは関係ない。ルギが剣を握り直すと、それに気付いたのかヴェイルが口元を緩めた。
「ま、これ以上長引いてまたビックリ芸されても困るんでな。」
「決着つけるか」と、ヴィエルが剣を構え直す。
「っと、失礼しますよー。」
お互いの間に張り詰めた空気が流れたのも束の間、白衣の男が軽い足取りで乱入した。
「なんだ……?!」
「えっと、どちらさん?」
「お初にお目にかかりますね、ヴィエルさん。」
「えっと、そうですね……?」
にこやかな表情で一礼しながら、「コモンスと申します」と簡単に自己紹介をした男に、ヴィエルは目を丸くする。
コモンスは名前を告げ終えると、両手を顔の前で合わせ、「お願いします!!」とヴィエルに切り出した。
「ほんっと、申し訳ないんですけど、審判をこれで終わりにしてはくれませんかね。」
「は……? はぁ?!」
「いやはや、その反応もわかりますわかります。」
自分でも驚き過ぎかと思ったが、ヴィエルとしてはこのタイミングでその申し出をする意味がわからないと感じずにはいられなかった。
「え、っと、終わりって……俺別に倒されたとかそういうわけじゃないからこの国の負けになるけど……?」
ヴィエルは状況を自分でも確認するかのように口にした。だが、困惑のヴィエルに対して、コモンスはまったく動じた様子もなく、軽く頷いてみせた。
「ええ。それについてはちゃんと国王さんから許可もらってます。」
「え、ええ?!」
「そう睨まないでよ。ルギにちょっとばかしお願いがあってさ。」
無言で睨むルギの視線に耐えかねたのか、コモンスは肩を竦めて声をかけた。
「聞くと思っているのか。」
「あらら、仲良くしてくれる気はなさそうだね。」
「当たり前だろ。」
「まあ、当たり前と言われてしまえばそれまでなんだけど。」
ルギの全く信用しない雰囲気と態度に嫌味を言うわけでもなく、コモンスは納得を示す。その様子を不思議に思いながらも、このタイプの人間は出てきたら帰らないんだよなぁとヴィエルはどこかに諦めを感じていた。
「お前、ホント何が目的で出てきたの……。」
「僕の目的? そういえば言ってませんでしたね。でも僕の目的は昔から変わっていませんよ。彼を完成させることだけだ。」
「はぁ……?!」
聞いておきながらこの反応を返したのは、失礼だろうとヴィエルも自分でわかっている。だが、人間を完成させたいなどという言葉を平然と言ったこの目の前の男が、ますますわからなくなってきたのも確かだった。
「ルギ、君ならクルシスが何か知っているはずだ。」
「なっ……!!」
ルギが身を仰け反らせようかというほどに驚いた。
クルシスという一言で、それまで国王側の協力者という位置付けで見ていたルギの、コモンスを見る目が変わる。
「クル、シス?」
ヴィエルにとっては全く聞いたことがない言葉だ。普段なら、そんな言葉は聞き流してしまうのだが、ルギの反応が気になった。驚いた程度の驚き方ではない。普段のルギでも、驚いたと言ってもわからない程度の変化だ。それが、声を上げるほどとなると、クルシスという言葉には何かがあると考えざるを得なかった。
「ね、これで協力してくれる気に……。」
笑いかけるコモンスに対し、ルギはその男の動きを制限するかのように周囲に物体生成を張り巡らせた。
「手荒だね、どうにも。」
「やっぱりこうなるか」と、予想でもしていたようにコモンスは呟いた。
「お前か……。」
「お手柔らかに頼みたいかな。そうもいかないだろうけど。」
「お、おいルギ……?」
「お前が……!!」
ルギの怒りを眼前に見据えたコモンスは、人差し指を立てて口元へあてた。
「悪いけど、ルギ。話はちょっと中断だ。」
「なんっ……?!」
ルギがコモンスに掴みかかろうと腕を伸ばした瞬間、乾いた音が響く。
紅くシミになった腹部を押さえながら、ルギは座り込んだ。
「ルギっ!!」
ヴィエルがルギの元へと走りだそうとするが、それを阻もうと、ジュレッグ達が現れた。そして、ジュレッグはヴィエルにあろうことか銃を向けている。
「何のつもりだ。」
「失礼千万であることは承知ですが、ここから先にあなたを行かせるわけにはいきません。」
「なんだと……?」
「審判は続行できる状態ではありません。どうぞご理解を。」
「審判に乱入してきたアイツは何者だ!! 何が目的でルギを撃った!!」
「申し訳ありませんが、審判に関係のない国情に関してはお教えできません。」
「ちっ……。」
確かに、審判に関係のない話を神の遣いであるとしてもヴィエルが聞き出す権利はない。だが、この状況、あの白衣の男がルギを狙っていること、そしてアイツが何かをやらかそうとしていることくらい、ここにいれば誰もがわかるようなことだ。
そして、未だ姿を現さないクリングルの国王も、ジュレッグ達に命令して自分やルベル達を足止めしてまで白衣の男の計画に乗っかっている、協力していることを考えると、敵として認識することは間違ってはいないだろう。
「どうか、お下がりください。」
ジュレッグのこの言葉は状況的有利をわかっていての発言だ。
一般人を攻撃するわけにもいかないと、ヴィエルは舌打ちをした。
突然現れたコモンスと名乗る白衣の男が、何を考えて何を始めようとしているのかはまったくわからない。だが、ルギの身が危険にあることは確かだった。自分が動けない以上、ルベルとアイリス様に任せるしかないのはわかっている。が、あの二人のことだから、もう既に強行突破でもしていなければおかしい。
ヴィエルは横目でルベル達の方を確認する。ユーシィの作り出していた壁は消えている。どうやら向こうもこのヤバイ状況だけは把握できているようだった。が、自分と同じようにルベル達の前にも男が並び、行く手を阻んでいた。
「おーい、ヴィエルさん。」
ルベル達も動けないことを確認したところで、コモンスが大きく手を振ってヴィエルを呼んだ。
「これでいいだろ? ルギが自力で立てなくなったら、審判終了。いいよね?」
にこやかなコモンスの近くで、傷口を押さえて座り込んでいるルギを視界に捉えていた。
「お前、どういうつもりだ!! 何を考えている!!」
とにもかくにも、考える時間が足りない。コモンスの手の届く範囲にルギがいて、そのルギが自力で逃げられる状態にない。
「僕が何を考えているか、ですか。まあ、僕は昔も今も彼を完成させることしか考えてませんよ。」
「完成、だと……?!」
「おっとと、お喋りしている間に死なれても困るんだった。」
そう言うと、コモンスはヴィエルとの会話を打ち切り、座り込んでいたルギの顔を覗き込むと、ルギの首を勢いよく掴み取った。
「かはっ……!!」
「僕はこの時をずっと待っていたんだよ、ルギ。君が、いなくなったあの日からずっとね……。」
「待て!! 何をする気だ!! ルギを離せ!!」
突然のコモンスの行動に驚いたヴィエルは、二人に近づこうと走り出すも、ジュレッグ達がその行く手を阻むように立ち塞がる。
「そこを退け!!」
「そうは参りません。」
「くっそ……!!」
コモンスは手に持っていた小さな機械を、ルギの首元にあてると、口元に笑みを残したまま言葉を続けた。
「さ、始めようか。」
コモンスは持っていた機械のスイッチを押す。皮膚に押し当てられていた部分から、小さな注射器のようなものがルギの首に突き刺さった。
一瞬の痛みに、ルギの顔が歪む。
「ルギっ!!」
「これで……!!」
「おお……!!」
「ついにか?!」
コモンスの声に、気になったのかジュレッグ達も声を上げている。
「くっそ、退け!!」
ヴィエルは強引にジュレッグ達の間に体をねじ込み、道をこじ開け走り出した。そして、コモンスの腕からルギを奪い返し対峙する。
呼吸が早いが、その他にこれといってルギの異変は感じなかったために、ヴィエルは軽く胸を撫で下ろした。
遠目に見ていて、ルギが何かを注射されたことは予想できた。すぐに症状が現れていないことを考えると、遅効性なのだろうか。
そんなヴィエルの考えを表情から読み取ったのか、コモンスが笑いながら声をかけてきた。
「心配しなくても、毒なんか打ってませんよ。」
「信用できるわけないだろ。」
「む、心外ですね。私はRUGIの研究を続けてきたのですよ? 彼に死なれて困る人間なんです。自分で殺すわけないじゃないですか。」
「言い切ったな……。」
変に説得力を感じるものの、どうやってでも納得はしたくない理由だ。
「なら、ルギに何をした。さっきの機械はなんだ。」
「ルギを助けただけですよ。」
「助けた、だと?」
「彼が昔取り込めなかった残りのクルシスを与えただけ、ですね。」
「またクルシスか……。」
ヴィエルは舌打ちをしながら、もう一度“クルシス”という言葉を呟いた。ルギが異常に反応していた言葉でもあるが、ヴィエルには何のことか全く情報がなかった。
「この国でクルシスという名を聞くことになるとはな。」
「アイリス様!」
ゆっくりとヴィエル達の前に降り立つアイリスは目を細めながらコモンスを見ていた。
「やあやあ、久しぶりですね、アイリス。」
「お前の顔を再度拝まねばならないとはな。しかし、聞かねばならないことが山ほどあるから仕方がないとしよう。」
「僕は喋ることないけどね?」
お互い、前に会ったことがあるような口調ながら、お互いを受け入れるきはないような素振りだった。
「コモンス……!!」
「相変わらず、愛も変わらずってところかな? ルベル。」
アイリスに続いてヴィエルの隣に現れたルベルに対しても、コモンスは久しぶりといった簡単な挨拶を投げかけた。
「二人共、あいつと知り合い、だったの?」
「顔は知っていても好きにはなれん奴だ。」
「……敵よ。」
「あ……そう。」
少し予想通りの言葉が返ってきたことに、ヴィエルも苦笑いを隠せなかった。
「ルギは?」
「意識はありませんが、無事です。」
「信用されないな、僕。」
「大丈夫だって言ってるのに」と、コモンスは半ば拗ねたような態度をとるものの、それをアイリスは一蹴する。
「当たり前だろう?」
「君は自分の世界の住人をもう少し信用したらどうなのかな。」
「どの口が言ってんのよ……!!」
「今更になってクルシスとはな。」
「今更も何もないだろう? 彼は本当に素晴らしい。彼ならきっと……。」
コモンスが話している最中にルギが吐血する。血を吐きながら咳き込む様子に、ヴィエルとルベルが声をかけ、その顔を覗き込む。
「なっ、拒絶反応か……?!」
クルシスの力を打ち込んだルギの首元から、顎を通り頬、目元までの皮膚が血管を浮かび上がらせたように隆起していたのを見て、コモンスは驚きの声を上げた。
「お前らの……思い通りには、ならない……。」
「……自分から、クルシスを拒否、するのか。ルギ……。」
小さい声だったが、ルギが言い放った拒絶の言葉を聞いて、コモンスはため息をついて、口元を緩めた。
「そう、か。気分が変わった。好きにするといいよ、アイリス。」
「随分と諦めが早いな。」
アイリスとしてみれば、執着を持っていたハズのルギをこんなに簡単に手放すとは考えられなかった。疑いの目でコモンスを見ていると、どこか嬉しそうにコモンスが口を開いた。
「今日初めて、彼の意思を聞いた気がしたからさ。」
「……わけがわからん。」
コモンスは嬉しそうな顔で、不思議そうな表情をしているアイリスに先程の機械を渡し、もう何も持っていないとアピールした。
「話は聖域で全部聞かせてもらうぞ、コモンス。」
「はいはい、わかってますよー。」
コモンスが笑うと、アイリスは何故そんな嬉しそうなんだと、怪訝そうな顔をしていた。
彼がいなくなったと聞いた。彼は自由を求めていたのだろうかと、気になった。
ただし、未完成な状態で、彼に自由が掴めるのかどうか、気になった。
彼の、声すら聞いたことない自分が気にしても仕方がないことだったが、気になってしまうのは性格なのだから仕方がないか。
だが彼が自分で選んだことならば。それを手伝おう。
勝手だけど。
自己満足でも構わない。
まあ、単に暇だからなんだけど。
役目のない研究所で僕が一人前になった時の話だ。
読んでいただきありがとうございます。
そして、お久しぶりでごめんなさいm(_ _)m
審判後半編継続中ですね。
コモンスは悪い奴ではないんだけど、掴みどころがない奴というか……。
アイリスとルベルは面と向かって嫌いって感じですね。
クルシスについては次話で触れたいと思います……。
またよろしくお願いします。