チビのぼりとデカのぼり
「ルギー、コーヒー入れたけど。」
部屋の扉に向かってデオルダが声をかける。
「今行く。」
すぐに返事が返ってきた。
こいのぼりは順調のようだ。
「ほら。」
ルギは手旗のようなものを持って振っている。
だが、旗ではない。こいのぼりだ。
「なんだそれ。」
「どこからどう見たって、こいのぼりだ。」
「それは何? 試作品?」
「完成してるに決まってんだろ。」
「ジュアに頼まれたやつ?」
「そう。」
デオルダは一拍おいて、思っていることを言ってみた。
「俺はさ、てっきり空にヒラヒラさせるくらい大きなやつを作ってると思って……。」
「……そっち?」
ルギの手にあったこいのぼりが泳ぐのをやめた。
「いや、俺はそう思う。」
「サイズミスったー!?」
「どうすんだ、それ。」
「仕方ない。作り直すか。このチビのぼりはお前にやろう。」
ルギが手旗のぼりをデオルダに差し出す。
「いらねえよ……。」
「子供って、自分の分が欲しいとかじゃねえのか……。」
デオルダに断られ、手旗のぼりを見るルギ。
「ん?」
「?」
「そういうものなのか?」
「いや、そうだと思ってた。」
「……。」
二人の間で答えがでないまま、沈黙。
そこに、ドアをノックする音。
「おはよう、どうだ? こいのぼり。」
ノッシュがやってきた。
「失敗した。」
コーヒーを飲むルギが真顔で答えた。
「……こいのぼりのどこに失敗した?」
「サイズ。」
こいのぼりにサイズが存在したのかと、ノッシュは思った。
「……悪い。一般人にわかるように説明してくれ。」
「俺は、空に吊るすやつだと思ってた。」
デオルダが言う。ルギは何も言わない。
「え、違うの?」
不思議そうにノッシュがデオルダを見る。
「完成品はこれ。」
ルギが手旗のぼりを振る。
「ちっさ。」
「と、いうわけだ。」
状況はわかったわけだが……。ノッシュにとっては何も解決しないのだ。
「困ったな、ジュアもうすぐ来るぞ。」
「謝るさ。」
「困ったことはもう一つある。」
ノッシュとしてはこっちのほうが問題なのである。
「あん?」
「いや、どうしてもジュアがお前を街に連れてくって言って。」
「……なんて?」
ルギが目を丸くしていた。
「ルギさん!!」
「あ。」
勢いよくジュアがやってきた。
「おはようございます。」
「おはよう。ジュア、言っとかなきゃならないことがあるんだ。」
「? 何?」
立ち上がるルギを不思議そうに見るジュア。
「こいのぼりの大きさを間違えた。」
「そんなに大きいの?」
ジュアはとてつもない巨大こいのぼりができたと思ったらしい。
「いや、これ。」
ルギはノッシュに見せた時のように手旗のぼりを振る。
「わー! かわいい!!」
反応は真逆だったわけだが。
「チビのぼりを作ってしまったわけで。」
「え、これくれるの!?」
ジュアの声が弾んでいる。
「……え。それでいいの?」
「欲しい!!」
「いや、あげるけど。」
持っていた手旗のぼりをジュアに渡す。
「やったー!! ありがとう!!」
ジュアが手旗のぼりを振っていた。
「じゃあ、大きいの作っとくから。」
「ねえ、一緒に街に行こうよ。」
「そう、言われてもなぁ……。」
ルギが困った顔をした。
「みんな待ってるよ?」
「そう言われて……もう一回。」
ジュアの言葉に、驚きを覚えつつ、聞き返す。何か、未知の状況になってしまっているらしい。
「みんな、こいのぼり来るって。」
「いや、こいのぼりは……チビのぼりしかいないんだけど。」
今回、ルギは手旗のぼり用の小さなものしか作ってないらしい。
「これ一個?」
「いや、チビならまだ……。」
「それ!! 持ってきて!!」
ルギに頼むジュアは真剣である。
「持ってきてって……。」
「街まで!!」
「いや、だから……。」
ルギは「街には行かない。」と、言いかけてやめた。
「そんなに嫌なの?」
ジュアがルギを覗き込むようにしていた。
「嫌……じゃないけど。」
「まあまあ、とりあえずチビのぼり運ぶか。」
それを見かねたノッシュが間に入る。
「一人で運ぶのか?」
ノッシュにルギが尋ねた。
「お前が運ばないって言いかけたんじゃねえか!!」と、思ったノッシュだが、違う意味で驚くこととなった。
「ダンボール二箱はあるけど。」
「どんだけチビ作ったんだよ!!」
「チビだらけ、な。」
さすがのデオルダも呆れ顔だ。
「だから、これから大きいの作るからさ。街の人にチビのぼりでも配ってきてよ。」
「うん、わかった。」
「手旗のぼりにはならないのか?」
「なるよ?」
「そっちのほうがいいだろ。子供が振るんだったら。」
「それも、そうか。棒も入ってるから好きに使ってくれ。」
「わかった。」
「今持ってくる。」
自分の部屋に歩き出したルギにノッシュが声をかけた。
「ルギの部屋にあんの?」
「他にどこにあるんだよ。」
「見たい。」
ノッシュの目が輝いている。
「は? 部屋見てどうすんだよ。」
「いや、だって部屋で作業してるんだろ?」
「まあ、そうだけど。」
ルギの自室は作業部屋でもあることを知っていたノッシュは興味津々である。
「作業部屋って気にならないか?」
「そんな物好きはお前らくらいだ。」
「そうかな……ら?」
他にも同じ物好きがいたのかと驚いた。
「おい、無視してコーヒー飲むな。」
ルギは、コーヒーを飲んでいたデオルダを見る。
「げほっ……昔の話だろ。」
突然の話題転換にデオルダが危うくコーヒーを吹き出しかけた。
「意外だな。」
「昔、な。」
「何もないぞ?」
ルギが自室のドアを開けた。
ノッシュが覗き込み、その陰からジュアも顔を出す。
「……お前、こんなとこでホントに作業してんの?」
「他にどこでするんだよ。」
ノッシュが言うのも無理はなく、あるのは本棚、机、チェスト、ソファーベット、壁に埋め込まれたクローゼット。しかも、部屋は散らかっていない。壁際にダンボール箱が二つ置いてあるだけだ。
「綺麗だね。」
「まあ、作業中はそこそこ道具で散らかってるけどな。」
「今度、作業中に覗きに来るか。」
「さんせー。」
ノッシュとジュアが顔を見合わせていた。
「なんなんだ、お前ら……。」
「ルギさんってどこで寝てるの?」
と、そこでジュアの質問が飛んできた。
「え。」
「お布団?」
「いや、あそこ。」
ジュアはベットがないと思ったのだろう。ルギは部屋の奥のソファーを指差した。
「ソファー?」
「あれはソファーベットだな。」
「ソファーだけど、ベットなの?」
「そういうこと。」
「あ、これか? ダンボール。」
ノッシュが部屋にあったダンボールを見つけた。
「そう、それ。」
「よいしょ……あ、軽いな。」
「チビのぼりと旗用の棒しか入ってないからな。」
「俺が一個持つ。」
いつの間にかルギの部屋の前にいたデオルダがノッシュに声をかけた。
「あ、お前は街まで来てくれんの?」
「ああ。」
「じゃ、頼んだ。」
デオルダはノッシュが持っていたダンボールの一つを受け取った。
「デカのぼり作るんだろ?」
「ああ。」
「できたら持ってきてくれよ。」
「お前が一番意地悪だな。」
ルギが嫌な顔をしたが、デオルダに効くはずもなく。
「なんのことだろうな。」
笑われた。
「よし、じゃあ先に行くか。」
「うん!!」
「後でな。」
外に出た三人を見送るルギ。
「はあ……わかったよ……。」
ため息がでる。
「ため息、出てんぞ。」
「ああ、そうだな……。」
「大丈夫か……?」
ノッシュはどこか疲れたようにも見えるルギが本当に心配になった。
「お前も、置いてかれないようにな。」
「は?」
「ノッシュさーん!! 置いていっちゃうよー!!」
もう既にジュアとデオルダは歩き始めていた。
「お、置いていかないでくれよ!!」
走り出すノッシュ。
「じゃ、後でな。」
「ああ。」
後であいつは嫌々来るんだろうな。と、思いながら先を行く二人に追いついた。
ジュアは少し前を歩いている。
「かなり嫌がってただろ?」
「ため息ついてたぞ。」
「そりゃ、ただの疲れだ。」
笑いながらデオルダがノッシュに教える。
「疲れ?」
「あいつは一昨日と昨日徹夜してたみたいだし。これから仮眠だな。」
「え、徹夜なんかしてたの?」
そんな感じには見えなかった、というのがノッシュの感想である。
「あいつの場合、気づいたら朝になってたってパターンが多い。」
「天才肌か。」
「それに。あのルギが、デカのぼりを作ってないわけがない。」
「は?」
「ま、完成してるかどうかは別として、な。」
「だって、あいつ……。」
これから作る、という雰囲気だったはずである。
「ジュアだけだと思ったんだろ?」
「? どういうことだ?」
「子供一人なら、手旗のぼりで十分だと思ったんだろうな。」
「ああ、確かに。めちゃくちゃ喜んでたし。」
手旗のぼりをもらった時のジュアの顔を思い出してノッシュが言う。
「来るかどうかは、俺にもわからないけどな。」
「え、来ない可能性もあんの?」
出発直前に「後で来い。」的な話をしていたと思ったノッシュにとっては、デオルダの言葉が意外だった。
「いや、違うか。運ぶだけ。」
「あ、運んで終わり?」
「そういうこと。」
「そんなに嫌なの?」
ノッシュがルギには聞きたくても、聞けなかった質問である。
「二度と失敗はしない、ってとこだな。」
「失敗?」
「お前は知ってるんじゃないか? 創造神がなぜ称号剥奪されたのか。」
二年前、突然として称号を剥奪された賢者。それが、創造神。
それが、ルギ・ナバンギ。
「俺だって噂でしか知らないぞ。」
あの時は、世界が驚いた。
前代未聞であると、一体、一つの国の中で何が起こったのか。
誰もがその答えを求め、噂が一人歩きをした。
それを聞いただけのノッシュに本当の答えはない。
「そうか。」
「ホント……なのか? ルギが、創造神が神の審判を妨害したっていうのは……。」
神に一番近い人間と言われる賢者。
神に特別な能力を与えられし人間。
そして、賢者が神の審判に介入することは禁止されている。
もちろん、能力の使用において、だ。
能力の使用で神の審判を妨害し、その国は審判に失敗した。
これが最も有力で、一番創造神を批判した噂。
世界で活躍していた賢者が突然の重罪。
信じたくはなかった。
答えがなかった。
それでも、今。目の前に本当の答えを知った人物がいる。
聞かずには、いられなかった。
「事実だ。」
デオルダは顔色さえ、表情さえ変えずに一言、ノッシュに言った。
聞かなければよかったとは、思わなかった。
あいつの闇が、少し理解できた気がした。
その一方で、その深い闇の中の傷を……抉るようなことをしてしまっていると、思ってしまった。
ルギは、自分から……人を遠ざけていたのだ。
「お前が気にすることじゃないさ。」
表情に出てしまっただろうか。
デオルダがノッシュの顔を見ながら言った。
「で、でも……。」
「お前は、答えが欲しかったんだろ?」
「そうだけど……。」
「お前の言った噂は事実だ。」
「……。」
「それでも、真実じゃあない。」
「え?」
事実だけど、真実ではない。その意味を聞こうとした。
聞きたくて、仕方がなかった。
「ま、この話は今いいだろ?」
「あ、ああ……わかった。」
デオルダに打ち切られてしまった。
もう、街が見えていた。
いつか、真実がわかる日がくるだろうか。
いつか、ルギの闇を全て理解できる時がくるだろうか。
それまで、あいつは自分に……笑いかけてくれるだろうか。
読んでいただきありがとうございます。
チビのぼりとデカのぼり。あと、手旗のぼり。
ネーミングセンスに関してはこの際無視してください。
欲しいです、手旗のぼり。
そして、最後の最後でちょこっとクリエーターの話を。
詳しくは、また話題にする時が来ると思いますので……。
気になる方は気長にお待ちください。
次話は、ルギが街に来るかどうかですね。
また、よろしくお願いします。