SCENE 09
会場に選んだのはセンター街西側の高台にある、トレーラーズ・ミッションというレンタル式トレーラー・パークだ。ゆるい坂道の上の広い敷地を囲むよう、いくつもの木が植えられていて、中に入ればたちまち、田舎のような雰囲気を味わえる。──このベネフィット・アイランドそのものが、都会ではないが。
敷地内には様々なデザイン、大きさのトレーラーハウスが並んでいて、人数や好みに応じて好きなタイプを選べる。仕事仲間や友人たちとのパーティーに、両親がよくここを使うのだ。
ジャックは自分を乗せてきたタクシーの運転手にチップとメモを渡し、ライアンを迎えに行くように伝えた。運転手は渋い顔をしたが、十五時十分ちょうどに彼を連れてくればチップをはずむと言った瞬間、ごくりと唾を飲み込んだ。もっとも、彼はその表情を見せまいとしていたが。
明らかに子供だろうジャックが身分以上の現金やカードを目の前にぶらさげる姿を見て、いい顔をする人間などいるはずがなかった。たいていは“ガキのくせに”といった素直な表情で彼を見たあと、大人の客として扱う。ジャックはいつからか、そんなことに慣れていた。なのでいつも堂々としていたし、気にしなかった。
転回して走り去ったタクシーとすれ違うようにして、大きなバッグをひとつずつ抱えたジェニーとレナがゆるい坂道を歩いてくるのが見えた。
しまった。またタイミングが悪い。
レナは呆気にとられた表情でタクシーを見やり、ジェニーになにかを言った。彼女は苦笑いをしている。
ああ、なんだかすごく嫌味な奴になった気がする。と、思わずにはいられなかった。
ジャックに近づいたレナは疑わしげな表情を彼に向けた。
「あれ、あなたが呼んだタクシー?」
「ううん、どうだろう」ばればれだとは思うが、そうとしか言えない。
「いいご身分ね」
レナは首を横に振りながら彼の横を通り過ぎパークへと向かった。
「気にしないで」ジェニーが気遣うように彼に言った。
それでいくらか救われた気がしたが、同時に申し訳なくも思った。彼女たちは大きなバッグを抱えて坂道を歩いてきたのに、自分はたいした荷物がないにもかかわらず、のうのうとタクシーで来た。改めて、自分が他人とズレていることを思い知った。
気をとりなおし、ジャックはジェニーが肩にかけた白いボストンバッグを指して訊いた。
「そのバッグは?」
「これ? レナと一緒に買ってきたの。ちょっと飾りつけようと思って」
彼女は肩にかけたバッグの持ち手をひとつ下ろしてファスナーを開け、中をかきわけながら見せた。
いつもと同じ香水だ。いやいや、なにを考えている。
バッグの中には風船やキラキラしたモール、ふわふわしたロングフェザーや、大量のクラッカーが入っていた。
「──クリスマス?」
ジャックがつぶやくと彼女は笑った。
「みたいよね。私たちも買ってから気づいたの。でも、ツリーがなきゃクリスマスじゃないわよねって」
「それは言えてる」ジャックも笑って言い、バッグの持ち手に手をかけた。彼女に触れないよう、慎重に。「持つよ」
「ありがとう。あ、待って」
ジェニーは、彼が肩にかけたバッグの外側についた大きなポケットから、黒いスパンコールの小さなクラッチバッグを取り出した。
バッグ・イン・バッグ?
クラッチバッグを口元まで上げ、彼女が微笑む。
「バッグ・イン・バッグ」
一瞬、自分が声に出して言ったのかと思ったが、違った。同じことを考えた。ジャックは思わず顔をそらして笑った。
「ええ? なに? そんなに変?」
「いや、ごめん、なんでもないよ」
まだ続けていたい笑いをこらえて視線を戻すと、彼女が着ているミニドレスに気づいた。
白地に黒のオリエンタル柄のミニワンピースは、時々静かに吹くちょっとした風で、彼女の小さな動きひとつで、ゆらゆらと揺れている。足元はいつものスニーカーではなく、リボン型のバックルがついた黒いミュールだった。
「ちょっと、おふたりさん」
ジャックとジェニーは振り返った。坂の上でレナが腰に手をあてて立っている。
「おしゃべりはあとにしてくれる? 時間がないの」
彼女は白っぽい生地にブルーのアンティークっぽい花柄が描かれたノンショルダーのミニドレスを着ている。肩には薄いブルーの、あまり意味のなさそうな薄いショールひとつだけ。飢えた高校生相手に、そんな露出はどうかと思うが。
「行こうか」とジャックは言った。
ジェニーは笑顔で答える。「ええ」
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トレーラー・パーク、ジャックはまず入り口近くにあるトレーラーハウスに向かった。このハウスは受付兼事務用の特別仕様で、奥のドアは別の建物になる厨房と倉庫に廊下で繋がっている。
ジャックがトレーラーに入るなり、支配人のマウスはカウンター越しにとびきりの笑顔を見せた。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
両親に連れられてはじめてここに来た時、マウスはただのいちスタッフだった。大人たちのよくわからない話に飽きたジャックの相手をしてくれたスタッフたちの中の一人でもある。彼は歯こそ出ていないが、背が低くひょろっとしていて、お喋りなうえに少々客に媚びすぎる癖がある。昔放送していたコメディアニメ、“キャット・アンド・マウス”という、横暴な猫の主人に媚びる召使いの鼠そっくりだ。と、ジャックは彼を見るたび思っていた。
ジャックはひとりで入ったつもりだったのだが、ジェニーとレナもあとについてきたことに気づいた。面倒にならなければいいのだが。
「やあ」と、ジャックはマウスに声をかけた。
「いつもご利用ありがとうございます」
「いつも?」
ジェニーの横に立ったレナは、信じられないといったような表情で彼を見た。
ああもう、最悪だ。「挨拶はいいです。時間がないので。部屋はどこです?」
「十三号室になります」
ジャックは十三と刻印されたプレートのついた鍵を受け取り、それを隣にいるジェニーに渡した。
「十三号室だそうだ。先に行ってて。ドアの外に簡単な地図があるから」
「わかった。バッグを」
疑わしげな表情で自分を見るレナと視線を合わせないよう、バッグをジェニーに渡した。
「ま、いいわ」
つんとした態度で言うと、レナは先に外に出た。
あとに続こうとするジェニーをジャックが呼び止める。
「ジェニー。ちょっと招待状、出してくれる?」
彼女はすぐにクラッチバッグから招待状を取り出した。
ジャックは受け取ったそれをカウンターの上でマウスに見せた。
「できるだけ出迎えにくるつもりだけど、もしかしたらこれと同じものを持った子が何人か、ここに尋ねにくるかもしれない。その時は部屋を教えるか、女の子なら案内してあげて」
マウスは丁寧に会釈をした。
「かしこまりました」
招待状を返すと、ジェニーもレナを追いかけた。
カウンターにレンタル用の書類が出てきた。
「わたくし、なにかまずいことを?」マウスが訊いた。
ジャックは書類にサインをしたが、一方の左手はこめかみを押さえている。
「いや。ただ、“いつも”を連発するのはやめてくれ。実際僕がここを自分で使ったのは一度だけで、あとは両親のつきそいなんだから」
「わかりました。して、本日は?」
「現金払いで。時間は二十一時までだよね」
「はい。延長も可能ですが」PCを操作しながら彼が答える。「十四時四十五分頃、数種類の軽食を運びます。電話で伺ったとおり、飲み物はアルコール抜き、シャンメリーとジュースのみ。ケーキはフルーツ、ショート、チョコの三種類。これは三時三十分頃ですが、サプライズならキッチン脇の窓際に立っていてください。夕食は夜の七時頃に運びます。他になにか必要な時はいつもどおり、部屋の内線電話をお使いください」
ジャックは、言葉に詰まらずすらすらと連絡事項を伝えて満足げな顔をした彼を睨んだ。マウスもはっとした。
「一回言うたびにチップを減らしますから、よろしく」
微笑んでそう言うと、ジャックは外に出て十三号室へと向かった。
このパーク、未成年が使用する場合、本来なら親の許可証が必要になるのだが、ジャックは両親共にここのスタッフに知られているため、その必要はなかった。
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十三号室のウッドデッキをあがり、中に入ると、イスにのぼって白い壁を飾りつけるレナを、ジェニーが不安そうに手伝っていた。
「レナ、危ないから。僕がやる」
彼女はジェニーと共に振り返り、壁を睨んでからイスをおりた。壁は白い木で覆われていて、上部には好きに飾りつけができるよう、釘が打ち込まれている。
受け取った様々な飾りつけをジャックは言われるがままに配置、そのあいだジェニーは風船用ポンプで色とりどりの風船を膨らませた。飾りつけが終わればジャックとレナもそれを手伝い、天井にはどんどん風船が浮かんでいった。そのうち、数人のスタッフがスナック菓子やグラスを手際よく並べはじめた。
二十人コースとして選んだこの縦長のトレーラーハウスの中は、入り口から続く短い廊下の左側に独立したカウンターつき対面式簡易キッチンがあり、右側にはレストルームがついている。廊下の奥はリビングのようになっていて、大きなテレビにセンターテーブルが並べられ、それを囲むようにして白いソファがある。廊下から伸びるライン上には、ジャックが“キング席”と呼ぶシングルソファが置かれていた。
実はデコレーショングッズも希望すれば貸してもらえるのだが、ジャックは使うつもりがなかったし、ジェニーたちが用意していたのでなにも言わなかった。
ジャックは腕時計を確認した。「そろそろ出迎えに行かないと」
レナが立ち上がる。
「私、行ってくる」
「いいけど、先に男たちがくるよ」
「男が先?」
「男は二時五十分、女の子は三時ちょうど、ライアンは三時十分頃の予定」
彼女は小首をかしげた。
「なにか意味が?」
「入り口は狭いし、一度に入ってきたら混雑する気がしてね。それにまずは男たちで雰囲気を作って、そこに女子を入れたかった。で、最後に主役」
レナは感心したらしく、短く口笛を吹いた。
今度はジェニーが立ち上がる。
「なら、ホスト役は私ね」
二人は声を揃えた。「え」
「レナに聞いた限りでは、私はほとんどの子たちと友達だもの」
それはそうかもしれないが、今日はまずい。妙に意気込んだ奴らがなにを勘違いするか。──いや、まずいってなんだ。
「わかってるけど、今日はダメよ、ジェニー」レナが言った。「男たちのホスト役はジャックが務めるわ」
うん、それがいい。
「私たちはその隙に外に出て、どこかに隠れて、三時になったら女子たちを迎えましょ」
うん?
レナは淡々と言った。「ジャック、行ってらっしゃい」
しかたがない。行こう。
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パークの入り口にはすでに、ほとんどの男が集まっていた。しばらく彼らと話をし、全員を待ってトレーラーに戻った。そこにジェニーとレナの姿はなく、彼女たちは数分後、女子たちと一緒に、あたかも今来たばかりのように十三号室のトレーラーに入ってきた。
男たちの大半はワイシャツに黒いスーツパンツというラフ正装だったが、何人かはTシャツにジーンズという、完璧な普段着だった。一方女子は普段着にも見えるミニドレスやワンピースを着て、少なからずドレスアップしている。
どうでもいいことではあるが、ジャックはひとつ、不思議に思った。出迎えに行くために外に出た時のことなのだが、招待された男たちは皆、坂の上のパーク入口に集まっていた。だがその一方で、女たちは坂の下に集まっていた。その違いがなにを意味するのか、彼にはさっぱりわからなかった。
トレーラー内、最初は照れていた女子たちも、すぐに慣れたようだった。ジャックは備えつけのカラオケセットのことをレナに教え、出迎えの準備をするよう言った。彼女は大急ぎで準備にとりかかった。
ライアンを出迎えるため、ジャックはひとり外に出る。パークの入り口に立つとちょうど、タクシーが坂をあがってくるのが見えた。
十五時八分。まあまあか。
「派手なお迎えだな、ジャック」タクシーから降りるなりライアンが言った。彼もやはりノーネクタイの白いワイシャツと黒いスーツパンツだ。「どうよこれ、エレンが今日贈ってくれたやつ。サイズピッタリ。上はさすがに置いてきたけどな」
「似合ってる」
「だろ。よかった、お前が白のシャツじゃなくて」
ジャックもラフ正装なものの、黒いワイシャツを着ている。
「白より黒。白なんか着たくない」
そう言ってタクシーの運転席に近づくと、運転手はすぐに窓を開けた。ジャックが料金と多めのチップを渡すと、運転手は意気揚々と走り去って行った。
歩きながらライアンが訊ねる。「時間指定でもしたのか?」
「なんで?」
「あの運転手、やたら早く迎えにきたくせに、今度はやたらとノロノロ走るんだよ。時計見ながらブツブツ言ってさ。マジうぜーの」
イライラさせるなという条件もつけておくべきだったか。「おつかれ」
十三号トレーラーハウスのウッドデッキ前ではジェニーが待っていた。
「ライアン!」
「ジェニー!」
彼は自分に駆け寄ろうとしたジェニーよりも速く彼女の元へ走り、小さな彼女を抱きしめた。ハグではない。抱きしめた。
いやいやいやいやいや。
そして笑いながら、ライアンはぱっと手を離した。
「ああ、ごめん」
だが嫌な顔ひとつせずにジェニーは笑った。
「だいじょうぶよ、ちょっとびっくりしたけど。早く行きましょう、みんなあなたを待ってるの」
彼女はライアンの腕をとった。ジャックの存在をすっかり忘れているらしいライアンは嬉しそうにそれに応え、彼女と一緒にさっさとウッドデッキをあがった。
ジャックはひとり取り残されていた。ハグってレベルじゃないだろう。そう言うには遅すぎた。少々イライラしていた。というか、羨ま──いやいや。
なんともいえない表情で、ジャックも彼らのあとを追った。