SCENE 08
土曜の朝。ジャックは母のエレンに叩き起こされた。
彼が第一声を発する前から、彼女はベッドの脇に仁王立ちし、愛する息子を見下ろしている。
ジャックは心の底から嫌な予感がしていた。「──おはようございます」
「おはよう。さっそくだけど、説明してもらえるかしら?」
「昨日のこと?」
彼はベッドに入ったまま、寝ぼけた頭を必死に働かせようとした。
「そうよ。あなたがいつもどおり帰ってくるものだと思って、いつもどおりに夕食を用意したのに、いつまで経っても帰ってきやしない。遅くなることに文句は言わないけど、連絡はしてっていつも言ってるわよね」
耳にタコができそうなほど聞いたセリフだ。だが昨日はすっかり忘れていた。しかも帰ってきたのは午前零時に近い時刻だった。怒るのも当然だ。
ジャックは起き上がり、ベッドに正座した。
「ごめん、母さん──」
エレンは家族の帰りを待っている時、絶対に自分から連絡をしない。あくまで連絡を待つ人間だ。
彼女は溜め息をついた。
「まあいいわ。料理は食べたみたいだし」
そう言うと、ベッドの端に腰掛けた。
彼は言い訳がましく言った。「ライアンのところに行ってたんだ」
「でしょうね、誕生日ですもの。それより、昨日聞いたんだけど」
もう怒っていないらしい。相変わらず切り替えが早い。
「なに?」
「ハーバー・パディでは、誕生日当日に相手に届くよう、プレゼントを贈るんですって」
「へえ」
初耳だ、と思ったが去年、レナたちがそんな話をしていたような気がするとも思った。
「だから一日遅いけど、私も贈ったわ」何食わぬ顔で言い、エレンは腕時計で時刻を確かめた。「そろそろかしら」
「なに言って──」
ジャックの携帯電話が鳴った。
立ち上がると、エレンはベッド脇で充電スタンドを使って充電していた携帯電話を拾い上げ、開いた画面を確認してからジャックに見せた。ライアンからだ。
「出ても?」
「いいけど」
そう答えると、彼女は無邪気な笑顔で電話に出た。
「ハイ、ライアン。おはよう」
つまり今日の朝届くよう、ライアンの家にプレゼントを贈ったということか。
「ええ、私よ。──かまわないわ、気にしないで。サイズはどう? 本当? よかった。喜んでもらえて嬉しいわ」
ずいぶん楽しそうなことで。などと思いながらも、ジャックはベッドの上であぐらをかいた。
彼女はまだ電話を続けている。「聞いてるわ。楽しんで。あと、またうちにも夕食を食べにきて。じゃあね」
電話を終えたエレンはジャックに携帯電話を返した。
「なに贈ったの?」
「スーツよ。普段のちょっとしたパーティーにも使えるカジュアル仕様。あ、それより。今日のパーティーのお金、私が出すわ」
「いいよ、カードで──」
彼女は彼の言葉を遮った。「あなたのことだから、どうせ他の子からもほとんどもらわないんでしょ」再度腕時計で時刻を確認し、ドアに向かってすたすたと歩きはじめる。「ライアンの誕生日だし、私が出すわ。リビングのテーブルの上に置いておくから持っていって。クリスも私も仕事だから、出かける時はちゃんと鍵をかけてね。朝食は用意してあるけど、お昼は適当に。今日は帰りが遅くても文句は言わないわ。むしろ、ゆっくりしてきて。そしたら私も、仕事帰りにクリスとデートしてくるから」
年中デートしているようなものじゃないか。
戸口に立って彼女が振り返る。
「じゃあね、楽しんできて」
「うん、そっちも」
笑顔で手を振ると、エレンは部屋を出てドアを閉めた。
やがて玄関のドアが閉まる音が聞こえ、ジャックは窓を開けて外を見下ろした。
短いドライブウェイを通りに出る一歩手前まで出した愛車に腕組みをしてもたれるクリスの姿がある。エレンが近づくと、彼は助手席のドアを開け、彼女が助手席に乗り込んだのを確認してからドアを閉めた。
運転席のほうに回りこみ、ドアを開けると、上を見上げ、ジャックに手を振った。
ジャックが手を振って応えると、クリスも運転席に乗り込み、エンジンをかけて車を出した。
自分の両親でありながら、ジャックにとってふたりは理想的な夫婦だった。どちらかといえばクリスは腰が低く、エレンのほうが押しが強いが、弱いわけではなく、怒るときはちゃんと怒る。エレンもしかるべきところでは夫をたてるし、クリスを心から尊敬している。
二人は高校の同級生で、二人して弁護士になるという大きな夢を持ち、共に苦境を乗り越えたという。ジャックが聞いている限り、ふたりは社会人として別の道を歩いたことはあっても、恋人としては一度も別れたことがないらしい。ライアンの言葉を借りれば、彼らはまさに運命だ。
約束は午後二時。まだ眠れると思い、ジャックは再びベッドにもぐりこんだ。