EPILOGUE
「ジェニー!」
その声に、教室に残っていた生徒──ほとんどクラスメイトで、その全員が、戸口に立つ彼のほうを見た。
彼は、立っている私を見つけ、こちらに歩いてきた。
彼は、微笑んだ。
「帰ろう」
昨日、彼の家のポストに走り書きをした紙を入れ、家に帰った。
そしてすぐ、彼から電話をもらった。
好きだと言われた。
あきらめようとしたのにと私は泣いてしまい、それでも好きですと伝えた。
恋人になってほしいと言われ、はいと答えた。
しばらく話をして、今日、一緒に帰る約束をした。
「ええと──」
顔が、火照るように熱い。
何人かの女の子が、こちらに駆け寄った。
「ちょっと、ジェニー? もしかして──」
親友のレナが言った。
「ジェニー。みんなには私から言っておく。いいから行って」
彼女にだけは、昨日の夜電話して、つきあうことになったと伝えた。
驚いていたけれど、喜んでくれた。
「ありがとう、レナ」
彼は、彼女に微笑むと、机の上にあった私のカバンを持ち、私の手を引いた。
「行こう」
クラスメイトはみんな、ぽかんとしていた。
おそらく、私も。
彼は、私の手を引いたまま、教室を出た。
何人かの生徒が廊下にいて、やはりぽかんとした顔で表情でこちらを見ていた。
「あの、ジャック──」
「うん。とりあえず、学校を出よう」
そう言われ、階段をおりた。
彼が教室に来たのはベルが鳴った直後のことだったので、まだ、中庭に他生徒の姿はなかった。
彼は、言った。
「学校出たら、抱きしめていい?」
「ええ?」
「昨日からずっと我慢してるんだ。休み時間、会いにくるつもりだったんだけど、ことごとくライアンにつかまっちゃって」
彼の表情が見えない。ゆっくり歩いているけれど、彼は一歩前にいる。
抱きしめる。ハグってこと? していいか、なんて訊かれると、なんだか恥ずかしい。
中庭を抜け、彼が言う。
「ハグじゃないよ。それ以上」
「ええ?」
「いや、今していいならするけど。でもキスしちゃうかもしれない。君がいいなら、今するけど」
こういう時、私は頭をフル回転させることができるはずだった。
彼に対して自然な態度をとること、気持ちを悟られないよう、うまく表情を作ること。嫌われないよう、変に拒否しない方法。
そんなことを考えるのは、得意だったはず。
なのに、今はできない。なにも考えられない。
正門の手前で、彼が立ち止まった。
「あ」
彼は、こちらを向いた。
「ごめん、また勝手に、手つないでた」
昨日の電話で、手をつないだことや抱きしめたことを、彼にすごくあやまられた。
心配する気持ち以上のものがあった、と。
すべて心配してくれる気持ちのうえでだと思っていたから、驚いた。
でも、いやではなかった。ただの一度も。
嬉しいっていうのを、伝えたほうがいいのかな。
そうは思っても、どう言えばいいのかがわからなかった。わからなかったので、彼の手の中にある自分の指を動かし、応えるように彼の手を握った。
彼は、微笑んで手を握り返した。そして、いたずらっぽく笑った。
「そんなことしたら、抱きしめるよ」
考えてみれば、ちゃんと会って話をするのは、一週間以上ぶりなんだ。
というかさっきから、私、まともに喋っていない気がする。
「ええと──」
「うん?」
彼の目を見ていられず、うつむいた。なにを言えばいいのだろう。こういう時、どうすればいいのだろう。
「ダメだ。もう限界」
彼は、私を引き寄せ、抱きしめた。
でもおかしなことに、つないでいた手はそのままだった。
「どうしよう。抱きしめたいけど、手も離したくない。欲張り」
思わず、彼の右腕の中で笑った。
「笑うとこじゃないけど」
そう言われ、ますます笑ってしまった。
嬉しさと恥ずかしで、胸がいっぱいになる。
「好きだよ、ジェニー」
彼が、囁くように私に言った。同時に、私を包む腕にも力が入る。
「──私も」
自然と、言葉が出た。
昨日はマイキーに、彼のことを友達だと言っていたのに。
その一時間と少しあとには、彼に好きだと言われ、私も好きだと伝えて、恋人になった。
恥ずかしさよりも嬉しさのほうが大きくなって、好きな気持ちがもっと大きくなる。
もう、表情を作らなくていいんだとわかる。
彼に嫌われない応えかたを考えることはやめないと思うけれど、彼に気持ちを悟られないようにすることは、もうしなくていいのだと。
言いたいだけ、言えばいい。
「私も、好き」
そう言うと、ぎゅっとしたあとで彼が身体を少し離し、額を私の額にあてた。
「もう無理。ごめん」
伝えたいだけ、伝えればいい。
彼の顔が近づき、私は、目を閉じた。




