SCENE 38
眠っていたジャックは、うなりながら目を覚ました。
なにかが鳴っている。手探りでベッドヘッドにある時計を探り、ライトのスイッチを押しながら時刻を確かめた。
五時五分。午前。
なにかが鳴っている。携帯電話。寒い。充電中。ベッド脇。寒い。
起き上がると、別の音も鳴っていることに気づいた。家の固定電話だ。時差を考えずに電話してくるような海外の友達はいないはずなのだが。
外はまだ薄暗く、太陽すら目覚めていない。
あくびをしながらもベッド脇の床を見下ろし、光るランプを頼りに充電スタンドから携帯電話を手に取った。目をこすりながら電話に出る。
「もしも──」
「ジャック!」
その声に、一気に目が覚めた。耳から携帯電話を離し、画面を確認した。
“通話中 レイシー”
レイシー? ジャックは再び携帯電話を耳にあてた。
「レイシー、どうし──」
「ジャック、どうしよう、どうしよう──」
泣いている。というか、叫んでいるようだ。「落ち着け、レイシー。どうした?」
「ママが──今、電話があって、ママが倒れたって──」
「倒れた? キャシーが?」
レイシーは声を上げて泣いている。
「落ち着けって、レイシー。今どこだ?」
「家──電話が、病院からで──」
「わかった、すぐに行く」ジャックはベッドから飛び降りた。「家の中で待ってて、寒いから、ちゃんとジャケットを持って。玄関の鍵は開けておいて、中で待つんだ。わかったな」
そう言うと彼女の言葉を待たずに電話を切り、タクシー会社に電話した。
部屋の明かりをつけてクローゼットから着替えを取り出しながら、応答した電話に住所を告げ、大急ぎでと言って電話を切った。
今度はエレンの携帯電話を電話をかけてソファーに放り投げ、傍らで服を着替えた。いつのまにか、固定電話の着信音が鳴り止んでいることに気づいた。おそらくレイシーが、ジャックを起こすために鳴らしていたのだ。というより、誰でもいいから気づいてくれ、と。
着替えが終わって携帯電話の画面を確認すると、通話中に切り替わっていた。
「もしもし、母さん?」財布や家の鍵をジャケットのポケットに入れながら言った。
「ジャック、今何時だと──」
「今レイシーが電話があった。キャシーが倒れたらしい」
「なんですって?」彼女も目が覚めたようだ。
彼は部屋を出た。
「詳しいことはわからない。今からレイシーを拾って病院に行くから」
「わかったわ、私もすぐにそっちに行く。たぶん二時間もかからないから。なにかわかったら電話して。──ねえ、この話、レイには──」
「とりあえず言わない。レイシーも連絡してないみたいだから。先に病院に行って、それから考える」
「わかったわ。じゃあ、あとで」
玄関の扉を閉めて鍵をかけると、ジャックはタクシーに飛び乗った。
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タクシーを待たせたまま、ジャックは全速力で彼女の家へと走った。ポーチにレイシーがいないことを確認すると、ドアを開けて中に飛び込んだ。
「レイシー!」
彼女は玄関ホールに座りこんでいた。顔を上げて彼の顔を見たとたん、立ち上がってジャックに抱きついた。
震えている。泣いている。「ジャック、どうしよう、もし──」
「話はあとだ。家の鍵を」
玄関の鍵を閉めると、ジャックは今にも崩れ落ちそうなレイシーを支えながらタクシーに乗った。
「病院はどこ?」
「アライジング・グラウンド記念──」
「AG記念病院だ。急いでくれ」タクシー運転手にそう告げると、ジャックは彼女が持っていた上着を彼女の肩にかけ、肩を抱く手に力を込めた。「なにがあった?」
彼女は首を横に振る。
「わからない──電話で起きたら、病院からで──ママが──」彼の手を握る両手に、弱々しくも力が入る。「──バーで倒れて──救急車を呼んで、病院に運ばれたって──」
それ以上、レイシーは離せなかった。彼女はジャックの胸に顔をうずめて泣いた。
「とりあえず、携帯電話の電源、おとしとこう」
そう言うとレイシーが握りしめていた携帯電話の電源を切り、自分の携帯電話の電源も切った。
──もっと早く、キャシーに会っていればよかった。両親の出張など関係なく、水曜でも木曜でも、もっと早く会っていれば、もしかしたら──。




