SCENE 34
ほどなく、オールド・リバー沿いにあるレイシア・フォー・ナインに着いた。
このレストランの名前の由来──“レイシア”はレイシーの名前から、“フォー・ナイン”は本来は数字で、四月九日、キャシーの誕生日だ。レイシーが産まれた年にオープンした、レイモンドの第一号店。建物は広く古い二階建ての一軒家を改装したもので、この店舗に限ってはメディアからの取材の一切を断るため、“知る人ぞ知る名店だ”との評判だ。
小さな玄関ポーチに立ったジャックは、壁にかけられた“レイシア・フォー・ナイン”と書かれた木製の看板を見て、“なぜ”と思った。
背後からクリスに声をかけられると、彼は意を決して中に入った。
クリスとエレンがカウンターにいた女性に名前を告げると、見覚えのあるフロアチーフにVIP席へと案内された。店内は、はじめて訪れた時となにも変わっていないようだった。オレンジ色の照明、白いクロスのかかった丸いテーブル、窓から見える景色──は、実は変わっているのだろうが、よくわからない。だって夜だし。新しい建物だって増えているだろうし。そして変わらない、壁にかけられた風景画。
VIP席やフルコースなどというシステムはあるものの、その値段はピンからキリまでだ。農家で育ったレイモンドは、あくまで庶民的なものを好んでいた。あれこれ追求するうちに、どうしても値が張ってしまうものもあるらしい。と、昔聞いたことがある。
通されたのは、二階に四部屋あるVIP席のうちのひとつの個室だった。赤い絨毯の上に、丸テーブルがひとつと四脚のチェアだ。純粋に、懐かしいと思った。
席につくと、フロアチーフと入れ違いでレイモンドが入ってきた。
「レイ!」
エレンは真っ先に立ち上がり、笑顔で彼にハグをした。クリスとジャックも立ち上がる。
レイも彼女のハグに応える。
「やあ、エレン。三ヶ月ぶりくりかな?」
「そうね、あなたの二号店にランチに行った時以来かしら。クリスったら私が言いださないと、なかなか誘ってくれないんだもの」
彼女に不満そうな表情を向けられ、クリスは苦笑った。
「男同士で呑みたい時もあるさ」
エレンの手を離すと、レイモンドはジャックへと視線をうつした。短く刈られた髪は、黒と白の割合が、最後に会った時と逆になっている。
「ジャック、ひさしぶり。かなり背が伸びたんじゃないか?」
「三年だもの。そりゃ伸びますよ」
ジャックが微笑むと、彼も微笑みを返した。だが皮肉に気づいたのか、気まずさは隠しきれないようだ。レイモンドはクリスへと視線をうつした。
「──四人だと聞いたが?」
「君だよ、レイ。そろそろオーナーが抜けても大丈夫な時間だろう」
レイモンドの表情は戸惑いに変わった。当然だ。だが、この状況で断ることなどできないはずだ。
「わかった、お供するよ。下におりてみんなに言ってくる」
観念したらしく、そう言うと彼は部屋を出た。
落ち着け、と、ジャックは家を出る前から ずっと自分に言い聞かせていた。店の前に立ち、看板を目にした時には、疑問で頭がいっぱいだった。あたりまえのようにここで仕事をする彼を見て、今度は怒りが湧いた。
一気に五月まで巻き戻ったような感覚──本当なら、すぐにでも問い詰めたかった。だが、それはしないと両親と約束した。
閉められたドアを見つめたままのジャックにクリスが声をかける。
「落ち着きなさい、ジャック」
「そうよ。まだダメ。食事は笑ってするものよ。せめてメインディッシュを終えるまでは我慢してちょうだい」と、エレン。
「わかってる」
深呼吸すると、ジャックは再びチェアに腰をおろした。テーブルに肘をつき、組んだ手に額を乗せて目を閉じる。
“メインディッシュを終えるまで”
顔を作れ。エレンの“仕事モード”のように。外行きの顔をする。レイシーの話は持ち出さない。メインディッシュを終えるまでは。
まもなく、料理が運ばれてきた。フルコースと言っても、前菜、メイン、デザートのみっつに分かれているだけだ。
こちらの希望どおりレイモンドも同席したが、メインディッシュが終わるまで、ジャックは負の感情を一切表に出さなかった。皮肉も言わなかった。
代わりにエレンが品よく、自分たちの結婚生活や家族生活の話を持ちだしていた。さすがに同情したクリスが仕事の話に切り替えることもあったが、彼女はうまく話を戻した。




