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HERO  作者: awa
Escaping and moving
34/48

SCENE 34

 ほどなく、オールド・リバー沿いにあるレイシア・フォー・ナインに着いた。

 このレストランの名前の由来──“レイシア”はレイシーの名前から、“フォー・ナイン”は本来は数字で、四月九日、キャシーの誕生日だ。レイシーが産まれた年にオープンした、レイモンドの第一号店。建物は広く古い二階建ての一軒家を改装したもので、この店舗に限ってはメディアからの取材の一切を断るため、“知る人ぞ知る名店だ”との評判だ。

 小さな玄関ポーチに立ったジャックは、壁にかけられた“レイシア・フォー・ナイン”と書かれた木製の看板を見て、“なぜ”と思った。

 背後からクリスに声をかけられると、彼は意を決して中に入った。

 クリスとエレンがカウンターにいた女性に名前を告げると、見覚えのあるフロアチーフにVIP席へと案内された。店内は、はじめて訪れた時となにも変わっていないようだった。オレンジ色の照明、白いクロスのかかった丸いテーブル、窓から見える景色──は、実は変わっているのだろうが、よくわからない。だって夜だし。新しい建物だって増えているだろうし。そして変わらない、壁にかけられた風景画。

 VIP席やフルコースなどというシステムはあるものの、その値段はピンからキリまでだ。農家で育ったレイモンドは、あくまで庶民的なものを好んでいた。あれこれ追求するうちに、どうしても値が張ってしまうものもあるらしい。と、昔聞いたことがある。

 通されたのは、二階に四部屋あるVIP席のうちのひとつの個室だった。赤い絨毯の上に、丸テーブルがひとつと四脚のチェアだ。純粋に、懐かしいと思った。

 席につくと、フロアチーフと入れ違いでレイモンドが入ってきた。

 「レイ!」

 エレンは真っ先に立ち上がり、笑顔で彼にハグをした。クリスとジャックも立ち上がる。

 レイも彼女のハグに応える。

 「やあ、エレン。三ヶ月ぶりくりかな?」

 「そうね、あなたの二号店にランチに行った時以来かしら。クリスったら私が言いださないと、なかなか誘ってくれないんだもの」

 彼女に不満そうな表情を向けられ、クリスは苦笑った。

 「男同士で呑みたい時もあるさ」

 エレンの手を離すと、レイモンドはジャックへと視線をうつした。短く刈られた髪は、黒と白の割合が、最後に会った時と逆になっている。

 「ジャック、ひさしぶり。かなり背が伸びたんじゃないか?」

 「三年だもの。そりゃ伸びますよ」

 ジャックが微笑むと、彼も微笑みを返した。だが皮肉に気づいたのか、気まずさは隠しきれないようだ。レイモンドはクリスへと視線をうつした。

 「──四人だと聞いたが?」

 「君だよ、レイ。そろそろオーナーが抜けても大丈夫な時間だろう」

 レイモンドの表情は戸惑いに変わった。当然だ。だが、この状況で断ることなどできないはずだ。

 「わかった、お供するよ。下におりてみんなに言ってくる」

 観念したらしく、そう言うと彼は部屋を出た。

 落ち着け、と、ジャックは家を出る前から ずっと自分に言い聞かせていた。店の前に立ち、看板を目にした時には、疑問で頭がいっぱいだった。あたりまえのようにここで仕事をする彼を見て、今度は怒りが湧いた。

 一気に五月まで巻き戻ったような感覚──本当なら、すぐにでも問い詰めたかった。だが、それはしないと両親と約束した。

 閉められたドアを見つめたままのジャックにクリスが声をかける。

 「落ち着きなさい、ジャック」

 「そうよ。まだダメ。食事は笑ってするものよ。せめてメインディッシュを終えるまでは我慢してちょうだい」と、エレン。

 「わかってる」

 深呼吸すると、ジャックは再びチェアに腰をおろした。テーブルに肘をつき、組んだ手に額を乗せて目を閉じる。

 “メインディッシュを終えるまで”

 顔を作れ。エレンの“仕事モード”のように。外行きの顔をする。レイシーの話は持ち出さない。メインディッシュを終えるまでは。

 まもなく、料理が運ばれてきた。フルコースと言っても、前菜、メイン、デザートのみっつに分かれているだけだ。

 こちらの希望どおりレイモンドも同席したが、メインディッシュが終わるまで、ジャックは負の感情を一切表に出さなかった。皮肉も言わなかった。

 代わりにエレンが品よく、自分たちの結婚生活や家族生活の話を持ちだしていた。さすがに同情したクリスが仕事の話に切り替えることもあったが、彼女はうまく話を戻した。

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