SCENE 29
翌日の日曜、ジャックは昨夜PCで調べた地図を持って、ハーバー・パディのハーバー・ストリートにあるマイキー・シューズという店へ向かった。
まさかとは思うが、ジェニーに会うとまずい。そう思い、今年の誕生日にプレゼントとしてもらったサングラスをかけた。
ハーバー・ストリートは川沿いにあり、張り巡らされたブラウンカラーの木々を道にしたボードウォークになっていた。布屋、ドラッグストア、雑貨屋、服屋──小さな町のわりにはたくさんの店が並んでいて、どれも夏休みに行ったLPICの夏祭り会場の商店街とは違い、しっかりと営業しているようだ。
地図を確認しながら道を進むと、ナチュラル雑貨店の横にオレンジ色の看板のその店を見つけた。“マイキー・シューズ”と書いてある。彼はサングラスをはずして中に入った。店の広さはジャックの部屋と同じくらいか、少し小さいかもしれない。両側の棚には様々な靴が所狭しと置かれ、店の中央にあるタワー状の棚には雑貨と一緒にセンスよく数点の靴が並べられている。
カウンターの向こう、店の奥から店主らしき、がっしりとした体格の男性が顔を出した。茶色のツートンカラーのロングヘアにスパイラルパーマをかけていて、茶色い髭を生やしてはいるが、薄いフレームの眼鏡が妙に似合っている。
「いらっしゃい」
ジャックはカウンターに近づいた。
「あの、頼みがあるんですけど」
彼はカウンターの内側でチェアに腰をおろした。眼鏡をはずし、眉間を指でマッサージしはじめる。
「なんだ?」
「ジェニーを知ってますよね。百五十六センチの高校二年生の女の子」
彼は指を止め、再び眼鏡をかけてジャックを睨んだ。
「なんだ、お前は」
「名前はジャック。彼女の高校の同級生。友達」
「で、なんだ」
どうやら不信がられているらしい。当然か。しかし彼はあくまで微笑んだ。「彼女が履いてる灰色のスニーカーを売って欲しいんですけど。彼女にプレゼントしたくて」
店主はまだ彼を睨んでいる。
「来週の土曜、彼女の誕生日にパーティーをします。それまでに、どうしてもあの靴が欲しい」と、ジャックはつけくわえた。
「できんな」
即答だった。誕生日という言葉には少々反応したようだが。
「お前があの娘と友達だっていう証拠はない。仮にそうだったとしても、アレはあの娘以外の誰にも売らないと約束してる」
どうやら、この人は彼女のことを相当可愛がっているらしい。ジャックは折れず、余裕をもって微笑んだ。
「じゃあ、明日は彼女と一緒に撮った写真を持ってきます。学生証も必要かな」何日かかってもいい。当日までに手に入れられれば。
彼は不機嫌そうに言う。「何度来ても同じだ」
「今日はとりあえず、帰ります。考えておいてください」一歩下がってそう言うと、店内を見まわした。「彼女、あの靴、本当に大切にしてますよ。思い出も聞きました。僕もあの靴を履いてる彼女が好きだ。──裸足でも好きだけど」
店主は肩眉をあげた。「つきあってるんじゃないのか?」
「残念ながら」と、ジャックは苦笑いで答えた。「あ。僕が彼女を好きだってこと、あの靴を買いに来たってこと、彼女には言わないでください。いずれ自分から言うので」
そう言うとくるりと向きを変え、出入り口へと歩き出した。
「じゃあ、また明日」
サングラスをかけて店を出ると、ジャックはタクシー会社に電話した。
明日の放課後は写真を持ってまたこよう。絶対、説得してみせる。
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月曜の朝、ジャックははっとして飛び起きた。ベッドヘッドに置いてある目覚まし時計を手に取って時刻を確かめる。
──遅刻だ。八時四十五分。もう授業はじまるし。
昨日、こっそりと両親の靴を並べた棚を調べ、サイズと趣味を確かめた。それをメモして、今度はネットショップでライアンの好きそうな靴を探した。同じ物はないとしても、あれだけの品数だ。似たようなものはあるはず。
金にモノを言わせるつもりはないが、ただ行って説得するだけでは、効果は薄いかもしれない。三日行ってダメなら、次はメグの靴でも探すか。いや、叔父であるサイラスのでも。
とにかく、土曜までにあの靴を──などということを考えていると、なかなか眠れなかった。
エレンはたとえ息子が寝坊したとしても、起こしたりはしない。中学の時からそうだし、それで彼女を責めることはできない。
ジャックは大急ぎで用意し、学校へと向かった。
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───急いで来たものの。どこかの誰かさんと違って、授業中の教室に入る度胸はない。しかも、今日の一時限目は現国。B組の鬼軍曹──ではなくて、怖い女の先生。無理。
ジャックは誰にも見つからないよう、裏門から学校に入り、屋上を目指した。図書室にしようかとも思ったが、、今日は気温も低めで風が気持ちいい。
灰色のドアを開けて屋上に出た。裏側にまわろうとすると、話し声がすることに気づいた。嘘だろ、誰かいるのか。
「だから、浮気なんかじゃないってば。なにもないって言ってるじゃない。なにを言われても、私にはどうにもできない」
はっきりとはわからないものの、その声には聞き覚えがある、とジャックは思った。
「──確かに会いには行ったけど、そこに彼もいたけど、それだけよ。それ以上でもそれ以下でもない。浮気でもなんでもないわよ。もういいでしょ。授業があるから切るわよ。じゃあね」
まずい、と思い引き返そうとしたが、遅かった。つかつかと足音が近づき、声の主が現れた。ベラだ。
ジャックの姿を見た瞬間、ベラはうんざりだとでも言いたそうな表情をしていた。手には携帯電話を持っている。どうやら電話でモメていたらしい。
彼女はあくまで冷静だった。「なにしてんの、こんなとこで」いや、不機嫌だった。
久々にタイミング悪いな、とジャックは思った。「遅刻して、休み時間まで時間を潰そうかと」
「で、聞いてたの?」
「浮気がどうこういうのが──」電話の相手は、もしかすると。「まだ例の彼氏とつきあってる?」
自分を見る彼女の表情は、なにも変わらなかった。言葉はないが、その沈黙が答えだと彼は思った。
「最近よくディランと一緒にいたから、てっきりあっちとは別れたんだと思ってたけど」
ほんの数秒沈黙を作ったかと思えば、彼女は下を向きながらわざとらしく、大袈裟に溜め息をついた。それでもなにも言わない。
「ディランはいい奴だよ。僕の友達のひとりだ。傷つけるようなことは──」
「あんたがやったことと、なにが違うの?」
ベラは、冷たい眼でジャックの目をまっすぐに見た。
「僕は二股しろなんて一言も──」
「ええ、言ってないわ。はっきりとはね。あんたは私とあいつを別れさせた。それはいいわよ、私が望んだことだから。で、そのあとは? 目が合えば気遣うみたいに微笑んで、恩着せがましく話しかけてきて、それっぽくやさしくして、あげくなんて言った? “彼女がいる”よ。私はあの頃のあんたと同じことをしてるだけ。ディーとは寝てもなければキスもしてない。手すらつないでないからご安心を。私がやってるのはあんたと同じこと。あんたはどうこう言える立場にないでしょ」
言葉を吐き捨てると、ベラはジャックの横を通り過ぎ、屋上のドアへと歩いた。
彼はなにも言えなかった。言葉が出なかった。
彼女は、自分と同じことをしているだけ。
ドアの前で立ち止まり、ジャックのほうを見ずにベラがまた口をひらく。
「あとね、勘違いしてるみたいだから言っておくけど。私はあなたのこと、ひとりの男として好きだったことなんて一度もない。高校に入ってからしばらくは、あなたと話すのを避けてたくらい。ギャヴィンやライアンがいたし、思ってた人間とちょっと違うかなと思ったから、それなりに話すようにはなったけど。どっちかって言うと、あなたは私のキライなタイプだもの。家に誘ったからって、なんで自分に気があると思ったのか、なにを意識したのか、本気で謎。なんでもかんでもそうやって恋愛に結びつける考え、本当に吐き気がする。
それからもうひとつ。あなたが今も噂のカノジョとつきあってるのかどうかは知らない。どうでもいい。でもね、あなたは誰にでもやさしくしすぎよ。鈍感すぎて気づいてないのかもしれないけど、やさしいことが常に正しいことだとは限らないのよ。あの頃だって、今だって、あなたは他の女の子にやさしくすることで恋人を傷つけてる。たとえ相手が知らなくてもね。それと同時に、やさしくされた子だって傷つくのよ、あなたに悪気がなくても。ジェニーなのかレナなのか知らないけど、その気がないなら、むやみにやさしくしないことね。けっきょく、傷つくのは女なんだから」
長々と言い終えると、ベラはドアを開け、ひとり屋内へと入った。
ドアはジャックの後方で、ゆっくりとひとりでに閉まった。
唖然としたまま壁にもたれ、彼はずるずると座りこんだ。




