SCENE 26
注文した偽の招待状をレナに渡したはいいものの、ジェニーへの誕生日プレゼントが決まらないまま、十月に入った。
とりあえず自分の稼いだお金で買いたいと思い、ジャックは叔父のサイラスが営むCDショップでバイトとして雇ってもらうことにした。センター街のファイブ・クラウドという二十代から三十代を対象にした店舗が建ち並ぶエリアにある店だ。
彼はクリスの七歳下の弟で、毎日スーツを着て法律関係の書物と睨み合っている兄とは対照的に、自由に生きるタイプだ。歌が好きでCDショップを開いたがそれも自由気ままな営業、ジャックが知っているだけでも今までに二度、海外のCDを仕入れるためだけに突然店を閉めて旅行に行ったことがある。その他にも、期間はずっと短いが突然思いたち、別のプレフェクチュールのインディーズCDを仕入れるためだけに店を閉めて飛行機に乗ることもある。放浪癖があるのだ。
サイラスは音楽のことを色々と教えてくれたがジャックは興味を持たず、ただ彼の言ったことを記憶して、自分も好きだのおススメだのと言いながらハッタリで接客し、女性客に笑顔を振りまいた。
ライアンは、お前がバイトするなんて天地がひっくり返ってもありえないと思っていた、そのうちきっと嵐がくる──と、言っていた。
ジェニーへのプレゼントのためだとは言っていないし、なんと言われても気にしなかった。というより、ジャックは自分でも驚いていた。レイシーのためですらこんなことを思いつかなかったのに──なんてことを考えた自分に腹が立ち、また服を買ってひどく後悔したりもした。それでも一度再熱すると止まらないという、なんともタチの悪い衝動買いの癖。
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ジェニーへのサプライズパーティーまであと一週間と一日、期限つきのバイトも今日と明日で終わりというところで、掃除時間が終わりに近づく頃。ジャックは渡り廊下の向こうにジェニーの姿を見つけた。ひとりだ。袋を持っているということは、焼却炉に向かっている?
廊下に一緒にいた友人たちに何も言わず、彼女を追った。話したいと考えるよりも先に身体が動いていた。話しかける。でも、なんて?
一階へおりて外へ出ると、彼女が校舎裏へ向かうのが見えた。ジャックはあたりを見まわし、知っている顔が近くにいないことを確認した。そしてまた歩き出す。
時間がない。プレゼントを贈る相手をイメージする。どうしてもそこに、あの靴が出てくる。
ジェニーのうしろ姿が再びジャックの目に映る。彼女は今日、またあのスニーカーを履いている。色褪せた灰色。思わずか、彼の顔がほころぶ。
ジャックは彼女に声をかけた。「そのボロボロのスニーカー、いつまで履いてるつもり?」いやいやいや。ボロボロじゃないって、そうだけど、いやいや、色褪せた、だろう。直球過ぎる。最低。
彼女は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「あら、ジャック」
ごめんなさい。なんかいつも、ごめんなさい。
だがジェニーは笑顔だった。「底に穴があくまで履くつもりよ」
笑っている。怒っていないのか? あやまったほうがいいのか? 「すごい節約精神だね。作った人も大喜びだ」いや、あやまれって。なに笑ってんだ。
「そういうあなたは、また新しいパーカーを買ったみたいね」
なぜ知っている? 「よくわかったね。昨日買ったばかりなんだ」イライラの果てに。
「そうなの?」彼女が苦笑う。「だから首のところに値札をつけてるのね」
彼はぽかんとした。「え?」え? 「嘘だろ、誰もそんなこと──」
ジャックは慌てて両手で首のうしろを探った。
彼女がおなかを抱えて笑いだす。
彼にはわけがわからなかった。なぜ笑う? いや、首のうしろにはなにもない。「──嘘、か」
ジェニーは笑いながら、目に浮かんだ涙を指で拭った。
「ええ」
やられた。「なんだ、びっくりさせないでくれ」
「ごめんなさい。でも、焦ったみたいね」
かなり。「今日一日、誰もこの新品に気づかなかったし、もちろん値札のことも口にしなかった。てっきり、遠慮して言いだせなかったのかと──」
彼女はまだ笑っている。ああ、もう、可愛い。
「笑いすぎ。覚えといて、絶対にし返すから」なにをだ。
「お手柔らかにお願いね」
いちいち可愛すぎる。
「お嬢さん」ジェニーの後方──焼却炉にいる用務員の男性が声をかけた。「楽しそうなところを邪魔して悪いが、そのゴミを燃やすつもりならこっちへ持ってきておくれ」
ジャックとジェニーと顔を見合わせ、二人して彼女の左手にあるビニール袋へと視線を落とした。
「ああ、ごめんなさい」
そう言うと、彼女は慌てて男性のところへ駆け寄った。
彼女は用務員の男性となにか言葉を交わした。だがジャックには聞こえない。それよりもまた心臓がドキドキしていた。これ以上変なことを言わなければいいのだが。
彼女が戻ってくると、ジャックは彼女と一緒に教室へと歩きはじめた。戻りたくないが。
「怒られた?」
「いいえ、まさか」
「そう、よかった」怒られたらどうしようかと。「でも、ゴミを運ぶのは男共に任せたほうがいいよ。女の子の仕事じゃない」
「あら。用務員さんが時々、ゴミをすぐに持ってこない生徒たちがいるって言ってたわ。女子はそんなことしないだろうから、きっと男子だと思ったんだけど」
彼はぎくりとした。「覚えがあるようなないような──」そういえば一年の時、放課後になってからやっと持って行ったことがあったような。
「ダメよ、困らせたりしちゃ」
「気をつけるよ」
ジャックは内心、なんだか妙に新鮮な気持ちになっていた。校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下まで戻ったところでジャックは足を止めた。
「そうだ、さっきの話だけど」
「なに?」
「君の誕生日、僕が新しいスニーカーをプレゼントしようか」
彼は彼女の足元へと視線を落としたが、言ったあとではっとした。言ってしまった。なぜ誕生日を知っているのだという話になるような──。
「とても素晴らしい、泣いて喜びたくなるような提案だけど」
本当?
「遠慮しておくわ。悪いし」
ですよね。
悩ましげな表情をし、ジェニーも自分の靴へと視線を落とす。
「そんなにひどい?」
思い悩んだ顔で、スニーカーをあらゆる角度から見た。
ぜんぜん、ひどくない。悪くない。可愛い。ぜんぶ。悪い意味じゃなくて、いい意味で。──などと、言えるわけがない。
「物を大切にできる人で羨ましいよ」なんだこのセリフ。
ジェニーは笑った。「あなたのクローゼットを片づけたら、ちょっとしたパーティができそうね?」
もしかしなくても、浪費癖に気づいているのか? 一緒にいる時に何度もタクシーを使ったし、服のことも気づかれているし。
「四名様までなら大歓迎だよ」というか君と──いやいや。「ただし、僕が服を処分すればの話だけど」君のためならいくらでも処分するけど。
「一生無理そうね。部屋を服に侵食されなきゃいいけど」
ううん、もうギリギリ。侵食がはじまりそうです。「じゅうぶんありえる話だと思うけど、そこまでぶっ壊れる気はないよ」実は別のところですでに壊れてるし。
彼女は笑った。
午後のLHRをはじめる合図のベルが学校中に鳴り響く。二人は顔を見合わせ、「まずい!」と叫んだ。
階段を駆け上がり、左右に別れたが、ジャックは立ち止まって彼女に声をかけた。
「また来週、ジェニー。良い週末を!」
彼女も立ち止まり、振り返って彼に笑顔を向けた。
「ありがとう、あなたもね」
彼は言葉で答える代わりに手を振ると、今度は振り返らずに教室へと向かった。
緊張と喜び、それに期待。様々な感情が身体中を駆け巡り、彼の心臓の鼓動を速めた。
ライアンやレナがどれだけ彼女に自分のことを話しているかはわからない。だがはじめて、“もしかしたら”という小さな考えが浮かんだ。
それでも、告白などできるわけがないが。




