SCENE 22
──もう嫌だ。なぜあんなことをしたんだ。
夏祭りの翌日、午前十時過ぎ。ジャックはバスルームでぬるいシャワーを浴びていた。眠気が冷めるのと同時に昨夜の自分の行動を思い出し、バカさ加減に嫌気がさしていた。
この際だ。一度目は大目に見よう。すごく心配したし、見つけられて、無事でよかったと安心した。それが行動に出た。
だが二度目は説明がつかない。だいいち、“ごめん”てなんだ。いや、自分の欲求を押しとおしてごめん、のつもりだったけど、あやまればいいというものでもない。いや、欲求ってなんだ。なに言ってんだ。ハグってレベルでもない。ライアンのことを言えない。
ジェニーはおそらく、二度目のあれも心配と安心の結果だと受け止めてくれただろう。だがそれにしたって、気になっているのがバレバレじゃないか。
ちょっと待て。そのあとなにをした? 手をつないだ? 手をつなぐってなんだ。べつにカゴ巾着でもいいだろう。せっかく自分を抑えて服の裾って言ったのに、伸びるからカゴ巾着とか言われて、そもそも、カゴ巾着ってなんだ。カゴなのか巾着なのか、どっちなんだ。いや、そこはどうでもいい。携帯電話に高性能すぎるカメラ機能がついていて、電話会社がやたらカメラ機能を売りにしてるのと同じだ。
そうじゃなくて、というか、自分を抑えてってなんだ。手をつなぎたかったのか? しかも屋台に近づいたのをいいことに、なにげにしっかりと手を握ったし。
なにやってんだ。だってあんな指先ちょっとちながってますみたいな感じじゃ、またすぐはぐれるじゃないか。うん、あれはしかたない。指を絡めなかっただけマシ。
それにしたって、“キスしたい”ってなんだ。というか、しそうになってた。二度目に抱きしめた時、着信が入らなければ、彼女に電話番号を書いてもらったとき、花火があがらなかったら、していた気がする。七十二%の確率でしていた気がする。しかも、花火に邪魔されたとか思った気がする。邪魔されたって、する気だったのかよ。いや、してた。たぶん、してた。
──いやいや、ちょっと待て。落ち着いて考えろ。もしレナが昨日のジェニーみたいにみんなとはぐれて、道に迷ったら? 方向音痴ではないだろうし、人の波に流されることもないだろうけど、とにかく、彼女がまったく知らない場所で一人迷ったら?
で、見つける。見つけた。安心して駆け寄る。抱き──しめる気がする。というか、ジェニーとはぐれたって彼女が知らせにきた時、抱きしめはしなかったものの、受け止めた。似たようなものだ。ちょっと状況が変われば、かなり自然に抱きしめる気がする。
もちろん二度目やキスはないし、やましい気持ちもなくて、心配が一番だけど──ああ、もう、最低。というかもしかして、ジェニーにもそう思われてるのか? 誰にでもする、誰にでもって?
──ああ、もうダメだ。レイシーにすら、キスしたいだのなんだのって思ったことないのに。もう本当、最低の中の最低だ。地下三十六階の部屋の床下に埋まっている気分だ。
というかなんなんだ、さっきから。心臓がドキドキしすぎて苦しい。おさまれ。止まれ。いや、止まっちゃダメだけど。
ちょっと待てよ。これが好きってことか? ジェニーのことが好きなのか?
だから、好きの定義ってなんだよ。キスしたいとか抱きしめたいとか思うのが“好き”なのか? それとももっと純粋なところか? 会いたいとか、声が聞きたいとか?
ああ、うん。会いたい。声が聞きたい。電話での彼女の声はどんなだろう。たいして変わりはしないけど、真剣に聞くと違ってたり──。
レイシー。僕の声を好きだと言ってくれていた。べつに、他の子を好きになっちゃダメだなんて決まりはない。ただ、彼女のことが心配な気持ちは本物だ。なんというか、彼女に対してはいつも心配する気持ちが勝ってた気がする。心配だから電話して、迎えに行って、慰めようと抱きしめて、額にキスをして。
──恋愛マニュアル本でも買ってやろうか。そしたら好きの定義くらい、書いてあるかもしれない。それとも、またジェニーに会って彼女に触れれば、はっきりするか。
それともいっそのこと、二人に並んでもらうか。──レイシーの手を取りながらもジェニーの視線を気にする気がする。なに、もう、どこまで最低なんだ。
目を閉じれば、ジェニーの顔が浮かぶ。浴衣、可愛かった。笑顔はもちろん、泣き顔も。彼女の手。温度。香水。そうか。夏休みに入ってから会ってなかったから、彼女の名前に反応したのか。つまりあの行動が、会いたかったってことか。会えるのを喜んだってことか。
難しくない。単純なことだ。好きだと思ったんなら好きでいい。恋愛感情か友情かなんて、どうでもいい。どっちにしても、つきあいたいなんて思わない。思えない。彼女を困らせるつもりはない。状況しだいで誰でも抱きしめるような男を好きになってくれなんて言えない。元彼女からいつ連絡がくるかわからなくて、その番号すら消せない男を、好きになってくれなんて言えない。泣いた顔も確かに可愛いけど、泣かせるようなことはしたくない。なにより、笑っていてほしい。これ以上、バカなことはできない。
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ジャックはバスルームを出て自室へと戻った。
テーブルの上に、ジェニーに渡そうと思っていたネックレス入りの紺色のケースと、輪投げの景品であるメモ帳とペンが置いてある。
彼はソファに寝転び、メモ帳の表紙をめくって彼女が書いた番号とアドレスを眺めた。
そこで、気づいた。
──あれ? もしかして、すごくバカなことをしたのか? 彼女に番号とアドレスを渡した。財布に入れといてくれとか言いながら。アドレスまで書いたのはおかしいが、そこはまあいい。
もしかして、彼女に書いてもらったの、失敗だった? 渡すだけにしておけば、彼女からメールがきたんじゃないのか? ああ、もう、本気でバカだ。なんでこんな単純なことに気づかなかったんだ。普通に送ればいい気もするけど、昨日の今日でそんなことはできない。
ふいに起き上がると、ジャックはPCの電源を入れてチェアに座り、その起動を待った。
こんなにイライラしたのは久しぶりだ。そもそも、こんなに悩む性格じゃなかったはずだ。
ブラウザを開くと、彼はすぐにネットショッピングに走った。
家具はどうでもいい。布製品を変える。カーテンをやめてブラインド。あと、時計もデジタルに変える。全部黒だ。ベッドカバーにキザっぽい刺繍などいらない。クッションにアクセントカラーを、なんて気遣いもいらない。
右手一本で買い物ができるって、なんなんだ、この時代。
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翌日の夜は大騒ぎだった。
クリスとエレンが旅行から帰り、おみやげがあるとかでライアンの家族を夕食に招くと、ライアンの妹であるメグを相手に家中を走りまわり、テレビゲームでボコボコにされた。
注文から三日後には先日ネットショッピングで注文していた商品が届き、クリスの手を借りてブラインドを設置、エレンの手によって洗いたてのカバーがつけかえられた。どうせなら配置換えもしようと提案されたが、もうどうでもよくなっていたので丁重にお断りし、両親をがっかりさせた。
その後は残りの休日も満喫したいらしいライアンに連れまわされたりもしたが、夏祭りの日以来、ジェニーに会うことはなかった。




