SCENE 19
リトル・パイン・アイランド・シティは、ジャックたちの住むベネフィット・アイランド・シティの南に隣接していて、センター街のように常に人で賑わうような場所はないものの、好きな人は好きそうな、歴史深い一面も持っている。
かつて栄えた商店街が衰退する代わりに、祭り会場でもあるニューポートを中心とした漁業や工業が栄え、今では医療都市を目指している──らしい。
ジャックには、無駄に自動車関連の店が多いという印象しかないのだが。
バスから降りたライアンは、大きく三歩ほど歩いたところでうなりながら豪快に背伸びをした。続いてジャックもバスを降りる。
「だからバスは嫌だって言ったのに」
「まあ気にするな」彼は早くも笑顔になっている。「さて、女神たちはどこだ」
その女神たちの中にはレナも入っているのか? 携帯電話を取り出し、いつのまにか届いていたメールを確認した。
「予定どおり図書館だって」
「図書館? どこだっけ」
中学の時、ここの祭りに来たことがあるが──。人の流れを見やり、ジャックは東の方向を指差した。
「たぶん、あっち?」
「適当だな。ま、いいか」
メインストリートを進むと、やがて奥のほうにいくつか屋台が見えてきた。
「あ、あれじゃね」
ライアンが示したのは、屋台の少し手前にある右側の、メインストリート沿いにあるくすんだ灰色の建物だった。近づくと、建物の上のほうに“ニューポート図書館”と書いてあるのがわかった。それを確かめると、彼は図書館へと走った。
そんなにレナが恋しいか。
ジャックは急がず、歩いた。そして衝撃的な事実に気づいた。図書館前にもバス停があったのだ。それほど離れてはいないが、バス停からバス停までの距離を無駄に歩いてしまったことになる。ショックだ。
図書館の敷地は黒いアイアンの柵で囲まれていて、内側に植えられた木々のあいだから、みんなが図書館の正面玄関から少しそれたところにいるのがわかった。どうやら女の子は全員、浴衣らしい。
「ジャック?」
門に差しかかったところで後方から声をかけられ振り返ると、メインストリートを渡ってくる浴衣姿のジェニーがいた。
彼は一瞬にして目を奪われた。息を呑んだ。黒い浴衣にはいくつかの濃度のピンク色の花が咲き誇るように散りばめられていて、濃いピンクの帯がよく映えている。手にはカゴ巾着を持っていて、足には五センチほどの高さの下駄。黒い髪はなんだかよくわからないが複雑らしい編みかたでうしろにまとめていて、ピンク色のかんざしをつけている。
ああ、可愛い。
「友達がいてね、ちょっと話してたの」
彼女の言葉で我に返った。「そっか」ここで可愛い、などと言うのはさすがにまずいか。
「ライアンも一緒?」ジェニーが訊いた。
一瞬にして落ち込んだ。そっちか。「一緒だよ。むこうでみんなと話してる」
「そっか、じゃあ行こう」
彼女は微笑んでジャックの隣に並んだ。
浴衣特有のちょこちょこ歩き。ああもう、やばい。可愛い。いや、ちょっと待て、なにをドキドキしているのだ。
二人が歩きだしてすぐ、レナが彼らに気づいた。
「おかえり、ジェニー。ジャック、遅い!」
「ごめん」
彼女たちもジャックたちのほうへと歩きだした。
レナが両腕を広げてみせる。
「どう? 似合う?」
彼女は白地に青い胡蝶蘭が描かれた浴衣を着ていて、帯はシンプルな黒だった。ジェニーのとは色違いのカゴ巾着を持ち、ベビーブロンドヘアはいつもどおりの完璧なボブカットのままだったが、そこにはやはりジェニーと色違いのかんざしがあった。
「似合ってる」ジャックは微笑んで答えた。レナは水色や青が好きなのだな、と思いながら。
ベラは赤い浴衣を着ている。「やっぱ男って訊かないと言わないよね、似合うかどうか」
ライアンが反応した。「ん? いや、言っていいなら言うぞ。みんな似合う。みんな可愛い。やっぱ夏は最高だな」
ジャックは思わずぽかんとした。時々、彼の軽さがとんでもなく羨ましくなる。
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揃って歩きだし、ジャンケンで負けたジャックは女の子五人にカキ氷を奢り、同じく負けたライアンは、男五人にフランクフルトを奢った。
会場となっているのはニューポートにある、今は廃れたシャッター商店街だ。普段は全体の四分の一ほどしか機能していないらしい店の前に様々な屋台が並んでいて、花火も予定されているせいか、時間が経つにつれてどんどん人通りが増えていく。
一番街から二番街へと歩き、誰かがあれだと言えばそれに群がって、なにかを食べてはゲームで遊び、また食べてを繰り返した。
見ていて気づいたが、ライアンとレナはすっかり仲なおりをしたようだ。ライアンはレナが見ていた猫のお面を買って渡していたし、レナは他の女子と分けるつもりで買ったたこ焼きのひとつを、文句を言いながらもライアンに分けていた。端から見れば、カップルにしか見えない。
染めているのかいないのか、珍しいマダーレッドの髪を持つベラは、無駄に甘いものばかりを食べ、無駄に射的ゲームをやりたがった。狙ったものを一発で仕留められるほどの達人というわけではないもののその腕はおそらく上級者級で、なぜか銃型のライターに興味を持っているらしく、それを見つけるとまず自分がやり、仕組みのせいか時間がかかると判断すれば、ライアンやギャヴィンに奢るからと言ってお金だけを出し、彼らに射的をやらせていた。しかもゲーム屋台だろうと飲食屋台だろうと関係なく、いくつかの店では値切りもしくはオマケを強気に要求、その押しの強さからかほとんど確実に要求に応えさせていた。
ベラに関しては、ジャックは去年、同じクラスだったものの、謎な部分がかなり多い。メイクが濃いので素が美人かそうでないかというのも男たちの中では意見が分かれるし、恋人がいてもいなくても左手の薬指に指輪をつけていることが多いらしく、それでいていろいろな男との噂もある。そして厚底を好むらしいので実際の身長はよくわからないが、おそらく百七十センチ前後はある。そんななのでヒールの高い靴を履くと、身長はジャックと変わらなくもなる。しかもかなり細く、運動神経、特にドッジボールセンスは抜群だ。彼女の話になると周りはたいてい、“変で怖いけどおもしろい天然クールビューティー”という表現を使う。それ以外でジャックにわかることといえば、おそらく同級生たちが思う以上に繊細な部分がある、ということだけだ。
三番街の手前でみんながダーツの屋台に群がっている時、レナが小声で話しかけてきた。
「ジャック、お願いがあるんだけど」
「なに?」
彼女は彼の腕を引っ張って身体を傾けさせ、彼の耳元でさらに声を潜めた。
「メリッサと、できれば二人で話してくれない?」
「なんで?」
「あのコ、パーティーの時からあなたのこと、気になってるらしいの」
そんなことを言われても、パーティーの時に少し話した程度で、よく知らない。「レナ、そういうのは──」
腕を離すと、彼女は微笑んで提案した。
「じゃあ、ゲームをしない? コナーとハンナは両想いみたいだから、ふたりっきりにする。あとの八人でゲームをしましょ。あなたとメリッサ、ベラとライアンで一組、残りはこっちね。一組二千円を上限として、どっちのチームが多く景品を取れるかを競うの。ちょうどそこから三番街と四番街に別れてるし、別のコースを歩けるわ。負けたほうが勝ったほうのチームになにかを奢る。どう?」
ジャックは答えに悩んだ。
「いいじゃん、やってみりゃ」ベラと並んだライアンが口をはさんだ。「ベラに値切らせたらちょっと多めにできるかもしんねえ」
「値切っても腕がへぼいと意味ないんだけどね」とベラ。
「空クジなしのくじ引きすりゃいいんじゃね」
「それじゃ勝負になんないわよ」
ゲームの流れを説明されたコナーとハンナは当然、反対などするはずがなく、待ち合わせ場所を決めると、さっさと人ごみに紛れて消えた。ライアンの誕生日パーティーの時にレナを抱き上げた身長百八十センチのディランも、ミスター・童顔のギャヴィンも、特に反対はしなかった。多数決でいえばジャックは反対できる状況になく、渋々了解した。
「つきあえとかじゃないの、友達になってほしいだけ」と、レナは言うが。
三十分後に通りの向こうにあるステーション・パークの噴水の前でと約束し、ジャックたちは左の三番街へ、レナたちは右の四番街へと入った。




