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HERO  作者: awa
Ugliness and confession
15/48

SCENE 15

 正門の向かいにタクシーが停まっていた。それを見たレナはまた溜め息をつき、ジャックに言った。

 「あなた、もう少し運動したほうがいいわよ」

 もっともな意見だった。だが、善は急げ、だ。

 ライアンの住むウェルス・パディへと向かうタクシーの中では、誰も喋らなかった。運転手は気まずそうだったが、ラジオだけがどうにか彼の気を紛らわせていた。

 ライアンの家の近くの公園前でタクシーを降りた。公園を見たレナは、思わずか「懐かしい」とつぶやいた。昔よくここで、彼と一緒に遊んだのだという。

 ジャックはライアンに電話した。学校からプリントを預かってきたと。これは事実で、レナのことがなくても、今日は彼のところに寄るつもりだった。

 公園はそれほど広くない。遊具といえば蛸をモチーフにしたらしい大きな滑り台と3つの高さの鉄棒、ブランコとジャングルジム、ジャックたちが“地球儀”と呼ぶグローブ・ジャングルのみ。他はレストルームと砂場、木製の古いテーブルとベンチがいくつかあるだけだ。

 ジャックとライアンが学校の外で頻繁に遊ぶようになったのは小学四年の頃で、時々はここに遊びに来ていた。最近の子供は外で遊ぶことが少ないらしく、廃れたこの公園にひと気はない。

 ひとり公園の入り口で待っていると、ライアンがとぼとぼと歩いてきた。レナとジェニーには遊具近くのベンチテーブルで待ってもらっている。彼が素直についてきてくれるといいのだが。

 ジャックに近づくと、ライアンは不満そうな顔を彼に向けた。「なんで家に来ねえんだよ」

 彼は笑った。「風邪がうつるから」

 「病人を外に出していいと思ってんのかよ」

 「仮病だろ」

 「日曜はホントにちょっと熱があったんだよ」

 「へえ。とりあえず、ベンチに行こうか」

 「なんで」

 「たまにはいいだろ」

 ジャックが歩きだすと、ライアンも渋々あとに続いた。だが数十秒後、ベンチテーブルにレナとジェニーの姿を確認した時は、目を疑ったようだった。そして立ち止まった。

 ジャックが言う。「逃げるなよ」

 彼は躊躇したようだったがすぐに諦め、また歩きだした。

 ベンチに座って数十秒、沈黙が続いた。

 どこまで面倒なのだと思い、ジャックは切りだした。「いつまでそうしてるつもり? なにか話せよ。二人きりがいいなら、僕とジェニーはブランコにでも乗って遊んでくるけど」

 ライアンとレナは同時に声をあげた。「それはダメ!」

 ジェニーが笑いだした。

 「ごめんなさい、ちょっと待って──」

 そうは言っても、彼女の笑いは止まらない。彼女は顔を両手で覆った。肩を震わせて笑っている。

 ジャックは少々驚いていた。ジェニーはこんなタイプだったか。見ているうちに、自分まで笑いだしたくなった。

 ライアンとレナは呆気にとられている。

 どうにか笑いを抑え、ジェニーは気をとりなおそうと深呼吸をした。

 「ああ、ごめんなさい。もう大丈夫。息ぴったりなふたりを見たら、なんか嬉しくなっちゃって。」

 確かに息は合っていたが。

 ライアンが大きな溜め息をつく。

 「つまり、なんだ。その──」うつむいたまま茶色い髪をかきあげた。「悪かった」

 顔をそむけたまま、レナは不機嫌そうに言う。「あやまれば済むってものじゃないわ」

 「わかってるって。なんだかわかんねえんだ、マジで。お前を変な目で見たことなんか一度もない。悪い意味じゃなくて、お前がイイ女だってことは認めてるけど、男と女としてどうこうなりたいとかは考えたことがない」

 ライアンは額に手をあて、崩れそうな頭を必死に支え考えているようだった。説得するというより、参ったという表情だ。

 腕をちょっと引っ張れば、彼の頭はテーブルに激突するだろう。

 「あたりまえでしょ」レナは小さな声で言った。

 気まずそうなままライアンが続ける。「──あと、なんつーか、あの時、ふとお前を見て、昔を思い出した」

 なんだか初耳の言葉が。

 「で、たぶん雰囲気に酔ってて、おかしくなってて、気づいたらお前と一緒にソファにのぼってた」

 正確には“お前を抱き上げて”。

 「お前の顔見てたら、なんか──」彼は言葉に詰まり、額を支えていた手で髪をくしゃくしゃにした。数秒沈黙したあと、小さな声でつぶやいた。「──初恋なんだよ」

 ええー。

 ライアンはテーブルにつきそうなほど額を下げ、自分の向かいにいるレナに見えないように両手でそれを隠した。

 レナもジェニーも驚いていた。もちろんジャックもだが。

 「それを思い出したんだよ」小さな声でつけたしたかと思えば、ライアンは突然顔を上げた。「もちろん十年も前の話だけどな!」

 顔が真っ赤になっている気がするのは気のせいか。

 唖然としていたレナの表情はゆっくりと、怒り混じりに青ざめたものに変わった。

 「──思い出したわ」彼女はやっとライアンの目をまともに見た。「あんた、私のファーストキスも奪ったわよね」

 ええー。

 ライアンは隣にいるジャックに背を向けた。

 「忘れてたのかよ」

 覚えてたのかよ。

 レナは当然怒っている。「記憶から抹消したのよ! あんた、何度私のキスを奪えば済むわけ!?」

 「抹消できてないから思い出したんだろ。それに、あんなのは時効だ」

 「ふざけんな!」

 瞬時にテーブルの上に置いていたカバンを掴んで立ち上がると、レナはそのまま身を乗り出し、カバンでライアンの頭を殴った。

 「──痛えな」ライアンは殴られた部分を押さえてレナを睨む。「一度してるんだから、二度目も同じだろ」

 そんなわけが。

 レナは真っ赤になっている。「そんなわけないでしょ!」

 怒りか照れか、どちらなのだろう。

 「私のキス、返してよ!」

 ライアンも立ち上がり、レナに向かって怒鳴った。

 「んなことできるわけねえだろ!」

 まあ、正論だが。

 「心配しなくてももう二度としねえよ!」

 「されてたまるもんですか!」

 レナはすとんと腰をおろし、また顔をそむけた。

 数秒おいてまたライアンも腰をおろし、また沈黙がはじまった。

 なんなのだ、この二人。痴話喧嘩にしか見えないのだが。

 ずっと黙っていたジェニーがふいに口を開いた。「ようするに──ライアンは、レナが好きなんだよね」

 彼らは再びぽかんとした表情でジェニーを見た。

 ジャックは気づいた。そういえば、ジェニーはライアンが好きなのではなかったのか。だとすれば、彼女にとってこの状況は、つらいものなのではないのか。

 「ああ、ごめんなさい。好きって、今は友達として──ってこと? だけど」ジェニーはライアンの反応を確かめてから続けた。「レナ。ライアンはきっと、私たち女の子同士とか、家族同士が頬にキスするみたいに、愛情を伝えたかっただけなのよ」

 少々違う気もするが、否定するわけにもいかない。というか、この状況を収めるにはこれが最善か。

 そう思い、ジャックはつけたした。「友達として、な」

 どうやらライアンも、それに乗っかることにしたらしい。「そういうことだ。十数年分の友情の証だ」

 なんだかよくわからないのだが。

 「なんなら、ジェニーにもキ──」

 ジャックの手が彼の言葉を止めた。レナが再びバッグを掴んで立ち上がりかけたが、その前にジャックがライアンの後頭部を叩いたのだ。

 ライアンは怒った。「なんでお前が殴るんだよ!」

 いや、つい。「うるさい。黙れ」

 ジャックは肘をついた手に顎をのせたまま、顔をそむけた。ジェニーは笑っている。そんな彼女の姿に、彼の頭の中は少々困惑していた。自分がなにをしたのかが、なぜそんなことをしたのかがわかっていなかった。気づけば手が出ていた。

 レナは怒りを収め、深呼吸した。

 「いいわ。忘れてあげる。許しはしないけどね。今度やったら殺す」

 ライアンは降伏の証に右手をあげた。

 「ジェニーに誓って」ジャックに訊く。「もう帰っていいか?」

 「ああ」

 顔をそむけたままレナが小声で言う。「さっさと帰れ」

 立ち上がり、ジャックの肩にぽんと手を置くと、ライアンは家へと歩き出した。

 「ライアン、また明日、学校でね」

 立ち上がったジェニーがそう言ったが、彼は振り返らずに手を振って応えただけだった。

 ああ、終わった。ジャックは背を伸ばして空を見上げた。明るかったはずの空は、暗くどんよりしはじめている。

 レナは喋らなかったが、ジェニーは安心したようにジャックに微笑みかけた。彼もそれに応えた。

 「タクシーを呼んでくるから、ちょっと待ってて」

 「いいわよ。バスで帰るから」レナが言った。

 「疲れただろう。少なくとも、僕は疲れてる。それに雨が降りそうだ。早く帰ったほうがいい」

 ジェニーは空を見上げた。

 「そういえば、夜から雨って言ってたっけ。そろそろ雨季だものね」

 レナも空を見上げた。

 「ああ、そういえば」

 ジャックは席を立ち、彼女たちから少し離れたところでタクシー会社に電話した。

 ──十五分だと。長すぎではないのか。

 電話を終えて振り返ると、レナとジェニーがベンチから消えていた。カバンはある。手品? ミステリー? などと思ったが、さらに左のほうに視線をうつすと、ブランコに向かって走るふたりの姿があった。今から遊ぶ気か? カバンを置いたままなのだが。

 彼女たちのカバンを持ち、ジャックはあとを追った。

 黄色いブランコの周りにはあまり意味のなさそうな簡易的なオレンジの柵がある。ジャックは横のそれに腰かけた。

 彼女たちはすでにブランコに乗っている。思いきり漕いでいるらしく、レナはどんどん高くあがっていく。

 「初恋だったのよ」レナが大きな声で言った。「私にとっても、あいつが初恋だった」

 衝撃の告白だった。

 ブランコから飛び降りると、レナは短いスカートを両手ではらった。彼女はたいていミニスカートだが、いつも下に黒いショートスパッツを履いている。

 ジェニーも彼女に続くようブランコを降りた。

 「そんな話、はじめて聞いたわ」

 彼女は苦笑う。「言えなかったの。あいつが初恋の相手だなんて、認めたくなかったし。公園、いいね。雨季が終わったら、またこようか」

 ジェニーも笑った。「そうね、鬼ごっことかしようか」

 レナが悪戯っぽくにやついてジャックに言う。

 「タクシーばかり使ってるどこかの誰かさんには、鬼ごっこはちょっときついんじゃない?」

 巻き込まれるのか。「勘弁してください。それに、夏は嫌いだ」

 彼女たちは笑った。入り口に向かい、やがてタクシーが来ると、彼女たちをレナの家の近くで降ろし、ジャックも自宅へと帰った。

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