SCENE 14
朝起きると、ジャックの部屋のテーブルの上に書き置きがあった。
“しばらく学校を休む。酒は飲まないから安心しろ”
このまま引きこもる気じゃないだろうな。
今回のことは、ライアンの運命の相手論理に基づけばどういうことになるのだろう。と思い、ジャックは色々考えてみたが、さっぱりわからなかった。
両親に誘われ、昼から彼らの弁護士仲間のホームパーティーに行ったが、ずっとうわの空だった。何組かの夫婦を見ながら、この人たちはみんな、運命のもとに出会い、恋に落ちたのかと考えた。どうかしている、本当に。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
月曜が終わり、火曜が過ぎ、水曜になっても、ライアンは学校に姿を現さなかった。
だが幸い、二人のことが噂になってる様子はない。あの場にいたほとんどの人間と話をしたが、誰もあの数十秒のことには触れなかった。
そうメールに書いてライアンに送ったが、一向に返事がない。学校には、彼は風邪をひいていると連絡を入れているらしい。
放課後、ジェニーが教室にやってきた。ジャックは彼女と一緒に屋上に行った。レナが待っているらしい。
屋上のドアを開けてあたりを見まわすと、フェンスの傍に立っているレナを見つけた。
彼女は一度振り返ったものの、またフェンスの外に視線を戻した。
屋上のドアを閉めたジェニーがジャックに言う。
「ごめんね。ライアンが三日も休んでるって聞いて、レナに話したの。ジャックに聞いてみようって」
「僕はかまわないよ。悪いのはあいつだ」
二人はレナのほうへと歩いた。近づいても彼女は振り返らないまま、不機嫌そうに切りだした。
「なんなの、あいつ。なにがしたいの」
「レナ。ジャックに怒ってもしかたないでしょう」ジェニーはレナの横に立ち、彼女の背中に手を添えた。「私に話してくれたこと、彼にも話してみたら?」
レナの表情が困惑の色に変わる。
「だいじょうぶよ、彼ならきっと」
なんだか、嬉しいような荷が重いような。
深い溜め息をつくと、レナはジャックのほうに向きなおった。くすんだエメラルドグリーンのフェンスに背をあずける。
「まず訊きたいんだけど、あいつはどうして三日も休んでるの?」
「学校には風邪だって連絡してるらしい。でも仮病だろ」
彼が答えると、彼女はまた溜め息をついた。
「あのこと、あいつと話した?」
「まあ、一応ね」
「なんて言ったの?」
睨まれても困る。
ジェニーは不安そうにジャックとレナを交互に見やっていた。まるで左右に動かされるおもちゃを見る猫のようだ。
やばい。かわいい。いやいや、なにを考えている。
ジャックの雑念を追い払うよう、レナは声のボリュームを上げて質問を繰り返した。「なんて言ったの?」
言いたくはないが、答えないわけにはいかないらしい。代わりの言葉すら思いつかない。「“気づいたら”、だそうだ」
彼女は信じられないという顔をした。「は?」
悪い、ライアン。僕には庇いきれない。
ジャックは彼と話したことを説明した。“いつも以上に綺麗だった”と言ったときは一瞬、ほんの少しだけ顔を赤くしたような気がするものの、あまり効果はなかったようだ。
「──信じられない」
レナはしゃがみこみ、完璧にセットされたボブカットのベビーブロンドヘアの中に両手をつっこんだ。
「やっぱり怒ってる?」
「怒らないほうがどうかしてると思うけど」
ジェニーもしゃがんで、なだめるようにレナの背中をさすった。
ジャックはできる限り、ライアンをフォローしようと努めた。「確かに当然だと思う。本来ならするべきじゃないことだ。あいつも後悔してる。キスそのものよりも、君を傷つけたことに対して」あと、ジェニーのことも。
レナは顔を上げ、しかめっつらを見せた。
「キスそのものは後悔してないってこと?」
「そうじゃない。たとえキスじゃなくて、言葉で君を傷つけてたとしても、あいつは同じように後悔する」
「そんなのわかったもんじゃないわ。それに、言葉のほうがまだマシよ」
彼女はまたうつむいた。
これ以上話してもラチがあかない気がした。けっきょく、当人同士の問題だ。
「──わかった。ライアンの家に行こう」
「なんですって?」
ジャックはレナを無視した。彼女たちに背を向け、携帯電話を取り出しタクシー会社に電話した。レナがうしろでなにか言っていたが、“黙って”と手振りで示した。
電話を切り、彼女たちに視線を戻す。すでに二人は立ち上がり、不安そうに彼のほうを見ていた。
「タクシーは五分ほどでくるそうだ。あとはライアンと直接話してくれ。僕もついていく。投げるわけじゃないけど、けっきょく、これは君とあいつの問題だ。二人で話し合ってもらわないと、僕にはどうにもできない。僕がなにを言っても君たちが聞くはずないしね。ただ、ライアンも君も、僕の大切な友達だ。もちろんジェニーも。君たちは知らないかもしれないけど、僕は四人でいるの、何気に気に入ってる」
その言葉に嘘はなかった。だが思わず、彼はジェニーの反応を見てしまった。頬が赤くなっている。照れているのか。ジャックは続けた。
「君だって、あいつのことを大事な友達だと思ってるはずだ。あんな奴でもね。だからできれば、元に戻ってほしいと思ってる。許せとは言わない。会ってひっぱたいても構わない。そこは好きにしてくれ」
うつむいたレナに、ジェニーも言った。
「ねえ、レナ。私も四人でいるの、好きよ。最近はあんまりだけど、一年の時からずっと」
この時ばかりは、彼女の微笑みが女神を思わせた。純粋に、嬉しいとジャックは思った。
「──いたずらの仕返しなの?」レナがつぶやいた。
いたずら?
「私が他人のフリして告白みたいなことしたから? それで怒って──」
そういえばそんなこともあったな、と、ジャックは思い出した。だがライアンはそんなこと、一言も言っていない。
「関係ないと思うよ。とにかく行こう。教室に行ってカバンをとってきて」
レナは諦めたように溜め息をついた。
「ジェニーも一緒に行ってくれる?」
「でも──」彼女は彼へと視線を向けた。
「タクシーは人数に応じて料金が変わることなんてないよ」
ジャックが微笑んでそう言うと、彼女は安心したようにうなずいた。




