SCENE 10
ジャックがドアを閉めた瞬間、いくつものクラッカーの音が室内に鳴り響き、なんだかわからない音楽が流れはじめた。
ライアンはリビングスペースの手前の廊下部分で立ち止まっていて、ジェニーはそのうしろで廊下の壁にもたれている。
ライアンの顔が見えないじゃないか。
とっさに、ジャックはジェニーの手首を掴んだ。彼女は驚いていたが、彼はなにも言わずに彼女の手を引き、対面式の簡易キッチンを抜け、リビングスペースに出た。
前に立つレナとソファに座った数人がマイクを持っていて、みんなが一斉に歌いはじめる。ジャックは彼女の手をそっと離した。
ライアンは唖然としたまま立っている。ビデオカメラを持ってくればよかった、とジャックは思った。
合唱はファーストベースのみで終わり、音楽は流れ続けていたものの、拍手と祝いの言葉が部屋中を飛び交った。
レナがライアンにマイクを渡そうとしたが、彼はそれに気づかず、両手を高々と突き上げて上を向いた。
判定勝ちしたボクサーか。
彼の左手首には、昨日ジェニーが渡したブレスレットが光っている。いや、ジェニーとレナが。ジェニーはそれに気づき、反対側にいるレナと目を合わせて嬉しそうに笑った。
すぐうしろの窓をたたく音がして振り返ると、マウスが別のスタッフの持つホールケーキを指差して口をパクパクさせていた。
ジャックはジェニーに小声で言った。「ライアンをシングルソファに座らせて」
そしてまたキッチンを通り抜け、ドアを開けた。
マウスが悪戯ににやりとする。「皆様を驚かせ、感動させても?」
「もちろん」
そう答えて道をあけると、彼は持っていた小さなリモコンのボタンを押した。キッチンの入り口に立ち、ケーキの乗ったシルバーのワゴンと共に待機していたスタッフたちに入るよう手振りで合図する。
「あなた様も、どうぞあちらへ」
言われるまま、ジャックはリビングへ戻った。窓の外に黒い布のようなものがおりてきている。よくわからない音楽と歌で盛り上がっていた室内で、その様子に気づく者はいなかった。おそらくだが。
ジャックがキッチンのカウンター席に座ると同時に電気が消え、室内がざわついた。廊下からろうそくに火を灯したケーキがみっつ、運ばれてくる。
「ライアン、うしろだ」
ジャックが言った。残念ながら、完璧に真っ暗になった室内で彼の顔を見ることは不可能だ。
突然、シャツの袖が引っ張られた。
「ジャック、マイク」
マイクを渡された。小さな声の主は、おそらくジェニーだ。
「ありがとう」とは言っても、マイクなどというものは苦手だ。仕切るのも苦手だ。そんなのはライアンの役目だ。だが一応、マイクのスイッチを入れた。「ライアン、転ばないようにゆっくり、ケーキの傍にいけ。ろうそくを吹き消すんだ、全部」
彼はおそらく、言われたとおりにした。室内は静まり返っていた。ろうそくの火が揺れ、彼が辿りついたことを知らせる。ろうそくを一気に吹き消そうと、思いきり息を吸い込む音が聞こえた。
ジャックは言った。「その前に──」
「なんだよ!」
どっと笑いが起きた。闇に慣れた目とその笑い声で、ジェニーがすぐそばにいるのがわかった。
「今日、本当ならみんなに少しずつカンパしてもらうはずだったんだけど──ライアンのことが大好きらしいひとりの女性が、今日のパーティー料金を全部支払ってくれるそうで」
一気に歓声が起きた。
「うそ、誰?」おそらくライアンの声。
「私じゃないわよ!」おそらくレナ。
また笑い声がした。
「まあ、そこは気にしないで。とりあえず、ライアンはおいておいて」
「放置!?」
笑い声の中、ジャックはライアンを無視し、ジェニーの腕を掴んで引き寄せた。声を潜めて彼女に少々の頼み事をして、マイクを渡した。
了解たジェニーがマイクを使って言う。「ええと──ジャックがマイクは苦手だって言うので、代わりに。この素敵なトレーラーハウスを貸してくださり、たくさんのお菓子やジュース、そしてケーキと演出を用意してくださったトレーラーズ・ミッションのスタッフの皆さんに拍手を──」
次の瞬間、感謝の声と歓声が沸き起こり、室内は拍手に包まれた。
「そして、本日の主役、ライアンにもう一度拍手を──」
続く歓声の中、ライアンはおかしな声でなにかを叫んだ。なにかはわからないが。
「じゃあ、ライアン。ろうそくを」
ジェニーが言うと、ライアンは肺に思いきり息を吸い込み、順番にろうそくを吹き消した。すべての火が消えた瞬間、今日一番の大きな拍手の渦が部屋を包んだ。
電気がつき、窓からも光が差し込む。ライアンはキング席の脇で再び高々と両手をあげ、判定勝ちの連続で優勝したボクサーのように誇らしげな顔をした。
その隙に、廊下に下がっていたスタッフはすぐにワゴンに近づき、ケーキを切り分けて皿に振り分けると、足早に去って行った。このパークで働く人たちはみんな、人の喜ぶ顔が好きなのだ。
マイクを持つレナはキング席に立った。
「ケーキの前に、みんな注目──」
「レナ、そこはオレの席だ!」
ライアンが言ったが──彼女が聞くわけない。
「袋を用意したの。中に、紙に包まれた番号札が入ってる。男子は青い袋から、女子は赤い袋から、これだって思うものを引いてね」
ジェニーはカウンターに置いていたレナの水色のボストンバッグから二色の袋を取り出し、ソファの端に座っていた二人に渡した。キング席から見て男は左側、女は右一列に座っていたので、それを回すのは簡単だ。
レナが続ける。「その番号札、ピンがついてるからそれを胸につけて。それが今日のみんなの運命を決めるかもしれないわ」
彼女の言葉は早々に実効された。ジェニーはふたつの袋を回収し、レナとライアンに番号札を引かせた。
「王様なのに最後?」
ジェニーは笑った。「あら。残り物には福があるっていうわ」
僕はできれば部外者でいたのだが。
「ジャック」
ジェニーが袋を差し出した。受け取って、しかたなく手を入れる。が、何もない。残り物すらない福。
「こっちもないわ」赤い袋を持っている彼女が言った。
誰のミスかなどというのはどうでもいい。「僕は見物してるから、君は手書きでいけばいい」
「ううん」彼女はレナのボストンバッグを手にとり、ジャックに渡した。「手伝ってもらえる?」
了解すると、彼女はレナに声をかけ、マイクを受け取ってこちらに戻ってきた。司会になるということらしい。ジャックは袋を出したり渡したりのサポート役にまわった。
まずはキング、つまりライアンが、ひとつめの袋からランダムでコール役をひとり選ぶ。コール役は前に出て、ふたつの袋から実行役の男女二人分の番号を選び出す。キングがまた別の袋から紙を選ぶ。内容は色々、ハグや頬へのキス、スティック菓子ゲームにデュエット、携帯番号とメールアドレスの交換や抱き上げなどで、これが思いのほか盛り上がった。
百八十センチの学年で一番大きな男、ディランに抱き上げられるレナが、とても小さく見えた。
男側の実行役を選ぶ袋には“キング”と書かれた札も入っていて、ライアンが少しだけ、選ばれる確率が上がっていた。運の強さもあるのか、彼の番号はたびたびあがり、結果、ライアンは三人の女子の番号とアドレスを手に入れ、二人を抱き上げ、三人と頬にキスをし合い、ひとりに回し蹴りを喰らわされた。彼はとても楽しそうだった。
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やがて夜になり、テーブルの上の料理はディナーに変わった。室内は再びよくわからない歌で盛り上がっている。
ジャックは音楽番組を見ないし、流行りの歌などまったく知らない。ただひとつだけ、好きなバンドがあるだけだ。それもそうこまめにチェックしているわけではないが。
カウンター席に座っているジャックに、レナがシャンメリーの入ったグラスを差し出した。
「ゲーム、できなくて残念」
彼はグラスを受け取る。「僕はこういうの、苦手だから」
「ライアンほど女ったらしじゃないわけね。何人かの女子は残念がってたわ、あなたが不参加で」
「まさか」
「ジェニーの不参加は実は計画なんだけどね。ゲームの話をしたら嫌がって、じゃあ札をひとつ減らそうかって」
なるほど、と彼は思った。ジェニーはキング席の近くでみんなと話しこんでいる。
「あなた、図書室で私が人数を訊いた時、自分の人数を入れずに答えたでしょ。だから札がひとつ足りなかったのよ」レナが言った。
「ああ、そういえば」なんだ、自分のミスか。いや、ミスとは思わないが。「それはともかく、僕はライアンと君が一度も絡まなかったのが残念だよ」
「やめてよ。喜ぶところよ」
レナにときめくライアン、もしくはその逆を見たかったのだが。
話が聞こえていたのか、ライアンがずかずかと彼らのほうに歩いてきた。
──ライアンだけでなく、何人か、もしかしたらほとんどが、少しおかしなことになっていたのかもしれない。シャンメリーとジュースのみというノンアルコールドリンクしかないこの部屋で、酔った人間などいるはずがなかった。だが雰囲気に酔ったのか、全体的に皆のテンションは高く、その中でも特にテンションがあがりすぎていると思われる者は数人いた。
ライアンは無言でレナを抱き上げた。
「ちょっと、なにするの!」
暴れようとする彼女を無視し、彼はそのままキング席にあがった。
なんだか嫌な予感がするのだが。
「発表する。こいつはオレが学校でいちばん嫌いな女だ」ライアンが言う。「──っつーかお前、軽すぎ。ちゃんと食ってんのか?」
「はあ?」
ライアンの力が強いのか、レナが暴れ、逃れようとするのは無駄だった。
「でもまあ悪い奴じゃないし、オレもひとつ大人になったことだし、とりあえず、他の女の子と同じように、それなりに丁寧に扱うことにする」
よくわからない彼の宣言に、どっと笑いが起こった。
レナはぽかんとしている。そんな彼女を、ライアンはじっと見つめた。
ジャックの頭の中は少々のパニックに陥っていた。なぜか、彼がしようとしていることがわかる。ああ、なんかすごくまずい気がする。




