(゜∀゜;ノ)ノ⑥
吐き気がした。
おかしい。笑えた。
みんな同じ顔に見えるんだ。
人が人に見えなかった。みんなみんな、どっかからやってきた宇宙人みたいに思えた。
世界が揺れている。
僕が震えてるのか。
すれ違う人々が、なんかの脈絡に見えた。みんな僕の周りを恐ろしいほどの速度で駆け抜けていた。この流動に触れたら、体が千切りになりそうだ。
雑音が僕の頭の中を叩き続ける。頭が割れて、液体が漏れたらどうするんだ?
やめろよ。
うるさいんだよ。
だまれよ。
頼むから。
あぁ、くそがっ。
再び吐き気が襲い掛かってくる。何を我慢してるんだろ。
吐けばいいのに。
大人はクソだと思った。
いやたぶん違う。
違うけどクソだと思わなきゃ、体が、脳が、はち切れてしまいそうだった。
どうして、現実を、あんな簡単に認めることが出来るんだろうか。夢がないんだろうか。きっと現実に追われて追われて追われて、
何も見たくなくなったんだ。
現実ってなんだ?
夢ってなんだ?
なんで、違うんだ?
全部、同じじゃないか?
狂ってる。
この世は狂ってる。
どうして、みんな、
現実と夢の違いが分かる?
体が痛くて、痛くて、部屋には這って戻った。いろんな音がした。何も聞きたくなかった。
口元に伝う涎を拭い、必死にベッドに縋り付いた。
頭が痛い。
体が痛い。
吐き気がする。
生きていて、何も意味がなかった。
「あぁ、」
掠れた声が聞こえた。
部屋に戻れば吐き気も大分マシになった。
動かない足が煩わしかった。いっそ千切ってやった方がいいのかもしれない。
笑えた。
必死に、普通の僕に、いつもの僕に戻ろうとするけど、脳は何故かそれを拒絶した。
溜息を吐いたら、内蔵が飛び散る気がした。
何だか、隣がうるさくて、頭を鈍器で叩かれている気がして、僕は床をのたうちまわった。
必死にオーディオを引っ張り、抱き寄せる。
ユウカとの数少ない思い出の一つだった。
笑えた。
ユウカは、僕のために死ぬのだ。
そこにはユウカの意思もない。じゃあ、どうして今まで生きていたんだ?生きるってどういうことだ。ユウカは?ユウカの存在意義は?
笑えた。
震える手でCDを掴む。それを、なんとかしてオーディオに入れようとするが、僕の意識に反して何度も検討違いの所にぶつかった。
突然誰かが、僕の手を掴んだ。
誰だろう?
顔がなかった。
見たことある輪郭だった。
あぁ、隣の人か。
本当は良い人なのに。心の何処かで妬んでいて、何の理由もないのに恨んでいる僕がいて、そんな自分が
笑えた。
やがてスピーカーから、ベースの低い旋律が僕の耳に流れ込んだ。
懐かしい。
ギターのリフレーン。
滑らかに音を叩き出すドラム。
ユウカの好きな曲だ。
穴が開いてボロボロになった心に、ユウカを感じた。溢れ出すのが分かった。
この世界はよく分からない。
何が正しいのか。
正しくないのか。
自分が正しいのか。
正しくないのか。
生きるってなんなのか。
死ぬってなんなのか。
『綺麗よ?死の世界は――』
旋律が僕を誘う。
オーディオを放し、僕は這うように一本のナイフを握りしめた。
あの日、ユリカが僕に突き刺した、幻のだったはずのナイフ。鈍い色で、眩しい程の光を反射していた。背筋が震えた。
死の世界。
ユウカは、きっとそこにいる。
ナイフを持った手の、震えが止まった。
吐き気はしなかった。
頭も痛くない。
体も痛くない。
隣の患者の顔もハッキリと見えてた。
星のない夜空。
2月の、
2月最後の朧月。
綺麗じゃないか。
何も見えないほど真っ暗。
だけど、ユウカが見せてくれた世界は、
やっぱり綺麗だった。
笑えた。
コンセントにナイフを刺しこむ。
脳内が痺れた。
僕を中心に七色の光が迸る。まるで虹のように輝く花火を目の前で見ているようだった。光は空間にドロリと広がると、やがて螺旋状に形を成していった。
掻き鳴らすギターのストロークが僕を突き抜けた。
音と共に光の粒が、視界いっぱいに揺れ動く。その一粒に触れると、
体が溶けていくのが分かった。
『綺麗だ。』
甘い電流が僕の身体に流れ込む。目を開いても閉じても、世界は七色だった。艶やかな夜風が僕の芯から溢れた。
鉄の味がした。
何処にいるんだろう。
どうして天井を見ているんだろう。
どうして震えているんだろう。
どうしてこんなに、綺麗なんだろう。
笑えた。
『はは、あははは』
気が付けば、僕は真っ白な雪が降る町中にいた。
世界は真っ白だった。
見回せば、辺り一面真っ白。ビルも、車も、歩道も、歩道に生える木々も、電柱も、赤いはずのポストも、みんなみんな、
真っ白。
白白
白白白
白白白白白
影さえ真っ白だった。
吐いた白い息が世界に溶け込む。何もかもが、僕がいた世界と似ている。でもここには人が居なかった。だから、この世界は静かだった。
歩き出した。
地面はしっかり認識しないと、踏み外してしまいそうな程フワフワしていてる。真っ白な道に、真っ白な僕の足跡がついた。
どうしてここにいるんだろう。
そうだ。
ユウカを探さなくちゃ。
消えてしまいそうな意識の中。それだけを頼りに、僕は走り出した。狂ってしまいそうな程、綺麗な、真っ白な世界の中を。
(゜∀゜;ノ)ノ
ずいぶん走った気がする。かれこれ20分は探しつづけた。でもユウカの姿どころか、手がかりの一つさえ見つからなかった。
もう足の感覚なんて無かった。フワフワと地面に沈み込んでる気がした。
もしかしたら、すれ違ったのかもしれない。
もしかしたら、もっともっと遠くに居るのかもしれない。
そう思えば、思う程、この真っ白な世界に取り付かれる錯覚に陥った。
降り止まない真っ白な雪が僕に降り積もる。冷たくはなかった。ただ、体に纏わり付いた雪を払おうとしても、何故か落ちなかったのだ。嫌な予感がした。
だが、答えに辿り着く前に、突然、僕は何かとぶつかった。驚いて、尻餅をつく。真っ白で気付かなかった。ようやくそれが、人の形をした何かだと分かった時、僕の視界は無数の何かで埋め尽くされていた。
『なっ、これ?全員、人?』
信じられなかった。車が走る筈の道路には、それこそ、何か別の生命体のような人の大群が蠢いていたのだ。ゆらりゆらりと、顔のない人間が僕を覗き込む。
背筋が震えた。
無意識の内に叫んでいた。
『うあぁぁああああああっっ!』
綺麗だった。綺麗すぎた。
綺麗すぎて、色がなかった。
真っ白だった。
走って、
走って、
走って、
走って、
走って、
走って、
白い何かとぶつかる度、足を縺れさせた。何度も転んで、フワフワする地面に倒れ続けた。それでも必死に立ち上がった。
この世界には、何も無かった。
善も、悪も、
何も何も、
何も正しくない。
何も悪くない。
決める必要がないのだ。
綺麗だ。
綺麗な世界だ。
『くははははははっ!』
笑えた。
僕は、こういう世界を望んでいたのか、そうなのか?
これが『死の世界』?
何もないじゃないか。
そうか、全て死んでいるのか。
馬鹿みたいに、そうやって結論付けて、僕はひたすら走り続けた。
どうして走ってるんだろうか。
あいつらみたいに歩きたい。
もう疲れた。
どうして走ってる?
どうして?
通りを抜けると広場に出た。
もう走れなかった。これで良いと思った。ヨロヨロと倒れ込み、フワフワとした地面に包み込まれる。幸せだ。
何も感じなかった。
もう動かなくていいのだ。
何もしなくていいのだ。
意味を考えなくていいのだ。
何も、何も。疲れた。
目を閉じると真っ白だった。
開いても真っ白だった。
笑えた。
あれ?
どうして
どうして、
どうして、今、笑ったんだろう。
ぼやける視界の中。
真っ白な雪が降りつづける中。
訳も分からず、顔を上げた。
雪の降る真っ白な十字路。
真っ白な自動販売機。
真っ白な理髪店。
真っ白な信号機。
真っ白な音を響かすゲーセン。
真っ白な光を照らす電球。
真っ白な車。
真っ白な曇り空。
真っ白な人間。
倒れ込んだ真っ白な地面。
そして、中央にそびえ立つ真っ白な塔。
よく見れば、それは塔なんかじゃなかった。真っ白な人間の固まりだった。敷き詰められた無数の人間が息もせず、眠っていた。
どうしてか、僕は、ゆらりゆらりと立ち上がっていた。見れば、僕は、真っ白な手をしていた。
あそこなら、
あの塔なら気持ちよく眠れそうだ。足の感覚はないのに僕は歩き出した。立ったまま眠ってしまいそうな意識の中、ただ足を前に前に動かした。
もう少し、
あと少し、
もうちょっとで、
あとちょっとで、届く。
突然、僕の視界を誰かが塞いだ。
なんだ?
邪魔だなぁ。
僕が先なのに。
割り込みなんてしやがって。
僕が先なんだよ。
………。
お前、
なんか、
変だな。
みんなと違う。
ま、どうでもいいけど。
早く、僕が先なんだから。
ほら、早く。
………。
ホントに変だな。
君、なんかしたのか?
なんでそんな、
どうしてそんな、
どうして?
どうして色があるんだ?
変だな。
どうしてだかな。
君は誰なんだ?
どうして、ここに?
でも、綺麗だ。
変だな。
痛いよ。
胸の辺りが痛いんだ。
なんだか、
おかしい。
こんなに眠いのに。
早く、寝てしまいたいのに。
何か
何か
なにか忘れた気がするんだ。
そうか。
おやすみか。
…はは。
違うな。
もっと、こう。
そうだ。
思い出した。
えーと、
ほら、
なんというか、
『君が好きだ。ユウカ。』
たぶん、こんな感じ。
ほら、
君はまだ
色があるから、
ここは、まだ早いよ。
変わりに、
僕が寝るから。
じゃ
おやすみ、
ユウカ。
(゜∀゜;ノ)ノ
「308、308。」
今日は、久しぶりの連休の初日。本当は恵理子と沢見と三人で女子会でもやる予定だったのに、あの主治医の松田のせいで、こんな時間も夜勤。ホントは全部、ミスしたアイツが悪いのに何故か尻拭い。
腕は良いのに、度胸がないんだよなぁ、うちの医者は。
なんて呟きながら、冷えた午後8時の病棟を歩いていく。辺りは既に真っ暗で、星一つない夜空が広がっていた。
夜の病院は正直、ナースを五年もやれば慣れてしまった。ただ、爺さん方が尻を撫でてくるのだけは慣れない。でもどうやら、次の部屋は女の子らしい。よかった。
それも脳死だとかなんとか。
「お、ここか。」
ようやく308号を見つける。ガラガラと扉を開き、部屋に入る。中は真っ暗だった。
仕方なく電気を点ける。
バチッ。一瞬、蛍光灯が点滅した。
変え時だろうか。
溜息をつき、部屋の真ん中で眠る少女を見つめる。
「脳死ね……」
そんなことが信じられないくらいに、少女は、すやすやと眠っていた。揺り起こしたら、起きてしまいそうな……そんな。
「まさか……ね。」
笑って、カルテを取り出す。
次の瞬間、
少女の、
少女の瞼が動いた。
驚いて、カルテを取り落とした。
「嘘っ!?」
だが、今度は、ハッキリと瞼が動くのを見た。奇跡だ。今度は指がピクリと反応する。この病院が始まって以来の、いや、あの塔と並ぶほどの一大事だ。
すぐにナースコールを連打する。なんだ、やっぱりあの主治医はダメダメだ。
そう呟きながら、少女の手を握る。その手には小さな力が込められていた。
小さな、小さな。
それでも、しっかりと。
今年最後の雪が降っている。
こうして2月の幕が下りた。
そろそろ、春がやって来る頃。
それでも、綺麗な色をした、この冬が、しばらく忘れられそうにもない。
Fin
情景描写が少ない。
分かります。
感情が定まってない。
人間そんなもんです。
言い回しが下手くそ。
日本に住んで“まだ”12年(笑)
コンセントの所が謎、とか
ナイフ、どっから出てきた?とか気にすんな!
それでも面白いと言ってくれる方、感謝感謝ですっ!
続きは、ないです。
今度は、もっと暖かい話が書きたい………。
あとパソコン欲しい…。(笑)