(゜∀゜;ノ)ノ④
時刻は午後10時丁度。冷たい北風は一層勢いを増し、裏口に犇めく人々は輪を作り息を潜める。その中央、不格好な一本の塔が建っていた。三階建ての病院にも負けそうにない高さ。ついに完成したのだ。
斎藤さん達が造りあげた矢倉は、北風なんかにビクともせず塔を支えている。田中さんのチラシも多くの人を呼んでくれて、病院の裏口には患者や看護婦さんやその身内とかでいっぱいだった。少し遠くには消防車も待機している。
点火まで後10分。
みんなは田中さんの感謝の言葉を聞きながら、今か今かと待ち侘びていた。どうやら点火は田中さんがやるようだ。
「うわっ!すごい、人でいっぱいじゃん……。」
遅れてやってきた僕らは、裏口いっぱいに広がる人々を見て嘆息を吐く。この中で座る場所を見つけるのは大変そうだ。しばらく見回していると、斎藤さん達の所に丁度二人分場所が余っているのを見つけた。
「ほら、あそこ!斎藤さん達の所。行こ、行こ♪」
ユウカは笑って僕の手を引いた。
「………。」
でも僕の足は動かなかった。
「どうしたの?」
何だか全部が懐かしいと思った。背筋が震えた。例えれば、何千年前、何億年前から、していた約束を思い出した感じ。脳裏に焼き付いた記憶と今見ている光景が重なった。ぼんやりとしていて、よく分からなくて、でもこの約束を果たさなければいけない気がした。
覗き込んだ先には、永遠の闇が見えた。吸い込まれてしまいそうだった。凍える程に冷たかった。
ただ、こわかった。
怖い。恐い。こわい。コワイ。
でも、ユウカとなら…
僕は走り出していた。
側にはユウカが居た。
『…どうして分からないんだ?』
『見ようとしてないから、じゃない?』
少女の言葉が響いた。
そうかもしれない。
きっと、そうだ。
ユウカのことも、本当は僕が一番知りたくなかった。
大人のことも、本当は僕が一番知りたくなかった。
自分の病気のことも、本当は僕が一番知りたくなかった。
この世のことも、本当は僕が一番知りたくなかった。
「ど、どこ行くの?……ねぇ、春樹君!?」
忘れていた。
でも、少しだけ思い出した。
「屋上。」
(゜∀゜;ノ)ノ
シンと静まりかえった病院の中を走り抜ける。階段を駆け上がり、屋上の錆び付いた扉を開くと、星のない夜空が飛び込んできた。辺り一面真っ暗で、僅かに塔の方だけが明るかった。
そして、屋上の縁。夢と同じ風景の中、世界と同じ色の髪をした少女がいた。
「看護婦さんから聞いたよ…」
息があがっていて、途切れ途切れの声で僕はユウカに尋ねた。
「お姉さんが居たんでしょ?」
ユウカはそれを聞くと、急に押し黙ってしまった。ユウカの存在が揺らいだ。消えてしまいそうだった。だから、一生懸命その小さな手を掴んだ。
「お姉さんの名前は……?」
長い沈黙が、夜空の上を流れ星のように滑り落ちた。ユウカは泣いていた。涙は頬を伝い、暗闇の中に溶け込む。嗚咽が、この色のない世界に反響する。
やがて、ユウカの口からポツリポツリと言葉が零れた。
「……南ユリカ。」
知っている名前だった。
脳内が痺れた。何かが僕を貫いていく。全てが見えた。そんな気がした。
ユウカの言葉を、見失わないように、丁寧に、一文字ずつなぞっていく。
「……南ユリカ。」
『名前は……?
『へぇ、春樹って言うだ。
『私?
『南、南 ユリカ。
『違うってばっ
『青春、分かる?
『ばかっ//そうじゃなくってっ!
『えー、なにそれ。
『あははっ。春樹君、おもしろいっ
『ほーらほら、いるの?いらないの?
『春樹君っ♪
世界と同じ色の髪の少女が口を開いた。
『思い出した?春樹君?』
あぁ、全部思い出した。
ここにいる理由も、ユリカのことも、あの約束のことも全部全部。
僕とユリカは同じ学校出身の彼女彼氏の関係だった。どうやって出会ったのかは忘れた。でも、僕は彼女の事が好きだった。腰まで伸びた光沢を放つその長髪も、病的なほどに真っ白なその指も、いつも僕を元気づけてくれるその笑みも。
デートもした。キスもした。一緒にゲーセンに行ったり、お祭りに行ったり、食べに行ったりした。もちろん、1月32日の今日、僕らはクラスのみんなが造った炎霊祭の塔を見るため、屋上に行こうと約束をしたのだ。ユリカは来るはずだった。来ないなんて微塵も思わなかった。
でも、ユリカは、車の事故で亡くなった。
その日から僕の世界には色がなくなったのだ。ユリカの居ない世界なんて酷く滑稽に見えた。僕が今まで居た世界が、本当はモノクロの世界でしかなくて、ゾッとした。
だから、死のうとした。
何をやったのかは忘れた。
だけど、まだ生きてる。
死のうとして死ねなくて、結局僕は、この病院に辿りついたのだ。
そして、ユウカと出会った。
全部つながった。
ユウカの何処か懐かしい笑みも、
屋上の夢をよく見ることも、
世界に色がない理由も、
炎霊祭の塔を建てようと必死になったことも、
世界と、いや綺麗な黒の髪をしたユリカのことも、
『ほら、全部見えたら綺麗でしょ?』
まだ生きている自分が、実感できなかった。
俯いたユウカの姿がボヤけた。
あぁ、違う。僕が泣いてるのか。
「なんで春樹君が泣いてるのさ。」
「分からない。」
分かってた。全部。
だから、笑った。
「変なの♪」
ユウカも笑った。
どこかユリカと似ている、僕が好きなユウカの笑みで。
『また、ね。春樹君』
その時、ユリカとユウカの姿が重なって、ユリカは僅かに霞み、消えていった。触れようとして、すり抜けた。ただ、どうしもないこの思いが胸の中で暴れ回って、指先が、足が、僕の体が、震えるだけで、こんな冷たい冬に、暖かい気持ちが、やけにはっきりと、僕に伝わって、ゆっくりと、そっと、ユウカを抱き寄せた。
何処か遠くで点火のカウントダウンが聞こえる。相変わらず星一つない夜空。雲の隙間に姿を隠す朧月。ゆっくりと、ただゆっくりと時間が過ぎ去る。
きっと今、宇宙から見たから、この星は真っ黒に見えるだろう。こんなに真っ暗な世界の中、僕は手探りで彼女に、ユウカに触れた。ユウカも震えていた。
きっと、地球が終わっても、人という存在がいなくなっても、たった今、宇宙人が攻めてきても、僕らがここにいたというちっぽけな、そんな微かな色は消えない。
唇が、
ユウカの唇に触れた。
時が永遠のように流れた。永遠なら、急ぐ必要もないのに、僕らは何度も、何度も、互いを失わないように、口付けを交わした。
そして、
ゆっくりとユウカを地面に押し倒し、僕は。
乾いた音がした。
二人して驚いて、音がした方を見遣れる。そこには、
僕らの点滴を繋ぐ、二本のガートル棒が倒れていた。すっかり忘れていた。僕らは点滴をする程の病人なのだ。
二人して顔を見合わせ、二人して笑ってしまった。
一仕切り笑い終えると、ユウカは立ち上がり、楽しそうに裏口の方を指差した。
「春樹君っ!あれっ!すごいよっ!塔が燃えてるっ!」
「すごい……」
塔は燃えていた。炎は轟々と火花を散らし、天にも届きそうな咆哮をあげていた。使わなくなった本棚、古くなった丸テーブル、ボロボロの椅子、読み古るされた雑誌、埃を被ったナースの服、そういう物達が最後の輝きを放つように、舞って、踊って、光に姿を変えるのだ。
「ねぇ、見てほらっ!向こう!」
ユウカは僕の手を握ると、無邪気な子供のように叫んだ。
感動で震えた。
燃える塔は一本なんかじゃなくて、次第にその数を増やしているのだ。一本、また一本。炎の塔はさながら暗闇の道標のように光を作っていく。綺麗だった。
他に言葉はいらなかった。
だって世界には、こんなに綺麗な色があるのだ。
「炎霊祭…か……。」
ギュッとユウカの手を握りしめる。冷たい北風が吹き抜けた。
その時、流れ落ちる星を見たのだ。ゆっくりと夜空を舞う星。綺麗な星、触れたら消えてしまいそうな、そんな儚い星。
見上げれば、星の代わりに輝く満天の雪。
ため息が零れた。
「綺麗だ。」
怖くはなかった。ユウカがいるから。
そっとユウカの方を向く。雪のせいか、はたまた偶然か。僕らは互いに見つめ合ってしまう。
途端に恥ずかしくなった。
何だか無償にドキドキして、一個飛ばしで鼓動が速まる。手には汗が滲み、それをユウカに悟られないよう僕は必死だった。
こういうことは、やっぱり男の方から言うんだろうか。
少し視線をズラして、もう一度ユウカの方を見る。
今度は大丈夫だ。
「ぁ、あははっ。」
でも、ユウカは俯いていた。
震える声で笑った。
「ご、ごめんねっ。わたし、」
それは僕らに、唐突に降ってきた。
きっと僕らが余りにも綺麗過ぎて、神様が天罰を下したのだ。
そう思えれば、ずいぶんと気が楽だった。
「ごめんねっ。」
そう言って、ユウカは、
真っ白な服に真っ赤な血を吐いた。
(゜∀゜;ノ)ノ
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