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ものくろセカイ  作者: クーデレの神様
3/6

(゜∀゜;ノ)ノ③


お茶の入ったコップとガラス張りのテーブルがぶつかった。コトリッ。酷く淡白な音が僕のもとに届いた。

どうやらここは、特別な応客室のようだ。部屋にあるのは、高級そうなソファーとか、平原とおばさんが描かれた絵画とか、シャンデリア風の電灯とか、どれも僕には程遠くて、どれも僕を緊張させた。

そして僕の目の前に座っている、どこかサラリーマンを想像させる男。白髪混じりのオールバック。分厚い眼鏡。ピッシリとしたスーツ。男は、一口お茶を飲むと財布から一枚の名刺を取り出した。


「ここの病院の管理を勤めていると言えばいいかな。田中です。」


田中さんはそう言って僕の目を覗き込んだ。何だか全てを見透かされているようで、無意識に背筋を伸ばした。


「えーと、篠田君でしたっけ?うんうん。君の考えは実に面白い。私もね、何か患者に楽しんで貰えることがしたくてね。いろいろ悩んでいたんだけど、まさか患者の方から提案があるとは……」


もう一度お茶を飲むと田中さんは、一枚のチラシを渡してくれた。この病院の炎霊祭のチラシだ。


「で、まぁ、こういうのを急遽作らせたけど、具体的にどうやって塔を造りましょうかね。」


眼鏡越しに田中さんの眼光が見えた。待っていた言葉だ。正直、口の中がカラカラだった。緊張で上手く考えがまとまらなくて、幾つもの単語が頭の中を飛び交う。それでも僕は、一文字一文字、斎藤さんが言ってくれたことを思い出して伝えていった。


『表がダメなら裏に作りゃあ良いじゃねぇーか。裏は緑橋の方に続いてるから、水を供給するのにそれほど苦労しねぇ。消防署も近い。それに、俺は建築士だ。ちょいと師匠の見舞いついでに塔の矢倉ぐらいは造ってやれる。』


「……なるほど、」


田中さんは神妙な面持ちで頷いた。そして何かを決めたとでも言うように再び僕の目を見た。


「ここは病院です。もし塔が倒れた時の被害も考えて半径20メートルはとって、さらに、消防車も予め一台配置。これを呑めるならいいでしょう。」


もちろんだ。

僕は頷いた。必死になって虚空を掴んでいた僕の手には、いつの間にか一本の紐が握り締められていた。その紐は、細々としていて今にも切れそうで、それでも全てと繋がっていたのだ。


(゜∀゜;ノ)ノ


裏口から出ると、1月の冷たい風が僕を突き刺した。裏側は北向きで太陽の光が三階建ての病院によって遮られている。こんなに寒いならコートとか持ってくれば良かったと思った。


「おーいっ。篠田っ!」


遠くの方で一台のトラックが止まっている。そのトラックに寄り掛かりながら、ハチマキタオル巻いた斎藤さんが手を振っていた。荷台には何本もの木々、ロープ、梯子と最小限の準備がされている

何だか急にワクワクしてきて、点滴が付いているのも忘れて走り出してしまいそうだった。



「ガハハっ!ほらな?言う通りになったろ!?ガキが必死に頼み込んだら、大人の一人や二人は動くんだよ!」


田中さんとのやり取りを斎藤さんに話すと、斎藤さんは僕の背中をバシバシと叩きながら笑っていた。僕も嬉しくて笑ってしまった。だから、何だか全部上手くいきそうな気がした。


「さて、さっそく造ってやりたいんだかな……」


でも壁は、いきなりぶつかってきた。斎藤さんは渋い顔をすると、僕の背中から手を離した。


「残りたった12時間ぐらいしかねぇのに、今日非番なのは俺と茂野二人だけなんだよな……人手が足りねぇんだよ………。」


茂野と呼ばれた時、トラックの助手席から眠そうに瞼を擦る男が降りてきた。その茂野という男と僕も合わせて三人。今、この状況は大変厳しいものだった。


炎霊祭の塔を建てるためには、矢倉だけを建てる訳にはいかない。矢倉はあくまでも塔を支えるための補強材のようなもので、燃やすための中身がないと、矢倉を組む意味がないのだ。


でも布石は打ってある。

後は信じるだけだった。


その時、裏口の扉が開け放たれた。振り返った僕は思わず声をあげそうになった。滑らかなセミロングのストレート、僕と同じ患者の服、息を切らしながら片手にはチラシを握り締めた、そんな。


「春樹君のバカッ!

なんで私も誘ってくれなかったの!?」


そんな色のある少女。

南 ユウカ。


ユウカは一仕切り、僕に愚痴を言った挙げ句。

今度は、

「なんで春樹君はいつもいつもーっ!」

なんて頬を膨らませて、

斎藤さんは、

「なんだ?彼女いたのか?」

なんて僕らをからかって。

僕自身、

「誘ったはずだったんだけどなぁ。」

なんて言って頭を掻いて、

ただ、そんなことよりユウカが側にいてくれただけで世界が色鮮やかになったことに、僕は、すごく嬉しく思ったのだ。


そしてついに、

僕らの炎霊祭が始まった。


ユウカと僕はひたすら看護婦さん達から使わなくなった物を貰って、斎藤さんと茂野さんも土台となる矢倉を造り始めた。田中さんが作った炎霊祭のチラシは僕が提案した物で、なるだけ見た人が手伝ってくれるようにと病院内に配った。

最初の2時間ぐらいは僕ら四人だけの小さなお祭りだった。

でもその内、入院している子供達が手伝いたいと言い出し始めた。子供でも人手は人手だった。チラシを配るように頼んだり、いらなくなった雑誌とかを運んでもらった。

やがて、お年寄り達も動き始めた。三階の竹沢さん、梅さん、米さん。斎藤さんの師匠も何だか

「これ斎藤っ!何度も言ったろ!矢倉は土台の積みが大事!」

とか、怪我をしているのに僕達に手伝ってくれた。

そして、疎外していた大人達も少しずつ人を増やしていった。動ける人は、みんなで重い棚を運んだり矢倉を造ったり、連絡先を持つ人達は地元の人や家族を呼んだりした。

そうすると、病院の人達も動かざるえなくなったようで、出来る限り患者に負担をさせないように必死だった。

気がつけば、ものすごい人の数だった。チラシを見て来た人とか、僕らの姿を見て来た人とか、呼ばれて来た人とか、面白そうだから来てみた人とか、そういう人で裏口はいっぱいになった。


「すごいね……」


星のない夜空が広がる午後8時。ユウカはそう言って、窓ガラスから見える、不格好な塔に集まる人達を眺めていた。


「これからだよ、すごいのは。」


斎藤さん達は汗を流し、矢倉を造っている。手伝えない人達も暗闇の中、ライトで塔を照らしている。みんな一つのことで必死だった、まるで、全員が繋がっているんじゃないかと、そんな風に思えるくらいに。


「…よし!もういっちょっ行きますかっ!」


ユウカは笑った。

ここにいることが全部夢のように感じた。


「行こう。」


ただ、掴んだユウカの手だけは現実であって欲しいと願った。


(゜∀゜;ノ)ノ


「あぁ、篠田君。」


塔の部品を運んでいた時、一人の看護婦さんが僕を呼び止めた。仕方なくいらなくなったボロボロの椅子を地面に置く。看護婦さんは最初に病院の庭で僕を呼び止めた人だった。


「朝はごめんね。私、すごいパニックになってて、痛かったでしょう?本当にごめんなさい。」


そういって頭を下げた。でも僕自身、もう気にしていなかった。こうして斎藤さんや田中さんに手伝ってもらってここまで来たんだし、それにこれは全部僕の我が儘でしかなかったから。


「いいんです。こうして塔が建ったんですから。」


僕はもう一度椅子を持ち上げると、看護婦さんは手伝わせてくれと言い出した。


「せめてもの償いだから。」


そうして、看護婦さんと椅子を持ち運ぶと、外では、どんちゃん騒ぎになっていた。どうやらこれが最後の部品らしい。みんなオーエスオーエスとか言って、椅子はあっという間に頂上まで運ばれていった。少し離れた所でユウカも楽しそうにオーエスオーエスと合わせている。笑みが零れた。


「……ユウカちゃんがあんなに笑うようになったのは、篠田君が来てくれたからよ。」


看護婦さんは何か遠くのものを見るようにそう言った。

驚いて振り返った。


「ユウカは前から、あんな風じゃなかったんですか?」


「いいえ。篠田君が来る前までは、ご飯も食べてくれなくて……、」


「どうしてそんな……」


正直信じられなかった。ユウカはいつもいつも僕を笑わせてくれて、僕の方が元気づけられた。だから、ご飯も食べれない程に暗いユウカなど想像できなかったのだ。


「お姉さんが亡くなったのよ。」


何かが僕の中で震えた。


「ユウカちゃんは、ここに来る前も病弱でね。お父さんお母さんはずっと忙しくて、お姉さんが唯一お見舞いに来てくれたの。すごく仲が良かったんだけど、お姉さんの方が突如亡くなってしまって……不慮の事故だったそうで…」


「……そうですか…」


ユウカのことはもちろん何一つ知らない。でもそうやって辛いことを秘密にしてしまうユウカがユウカらしいと思った。

もう片方の僕は、何だか怒っていて、ずっと一緒に居たのに何で何も話してくれないんだとか言っていた。

ただ、今一番の思いは、怒ることでもなくて、悲しむことでもなくて、ユウカの側に居たいと思うことだけであった。


(゜∀゜;ノ)ノ



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