(゜∀゜;ノ)ノ②
三日もすれば、僕は元の部屋に戻された。部屋に帰るなりユウカはクラッカーを鳴らし
「退院おめでとー♪」
とか冗談を言って、パーティーを始めた。僕も悪い気がしなくて、秘密に買ってきた小さなケーキを二人で食べた。
その後はいつものようにユウカは検診に行き、看護婦さんが体温を測りにやってくる。一日が終わる前までの下らない雑談、暇つぶしに見るテレビ、聞き慣れた音楽を流すオーディオ。どれもこれも元の日常だった。
『…東北方面は雪になるでしょう、また明日は炎霊祭のため各地で優雅な火の塔が…』
機械のような抑揚のない声が特徴のニュースアナウンサー。電気を消した薄暗い部屋の中、僕とユウカはお互いのベッドに転がりながら、そのレトロなテレビを見ていた。
「炎霊祭かぁ。私も見に行きたいなぁーっ。」
ユウカはそう言って小さく伸びをする。
今年もこの日がやってきた。二年に一度の1月32日。僕達の国は大きな祭をやる。炎霊祭。誰が始めたのか、どういう理由で始まったのか、そういう歴史は有耶無耶で。でも、この国ならではの特別な行事であった。
炎霊祭が近くなると、町中におかしなオブジェが立ち上がる。まるで不格好な塔のようなもの。骨組みは矢倉型に建てられた木々。でも、中に積まれているのは古くなった机とか、壊れかけの棚とか。少し探せば古本の山やら、古着の山やら。とりあえず燃えそうな物は積まれて塔になってゆく。そして、奇妙な塔は1月32日の午後10時10分、一斉点火で燃えるのだ。もちろんただ単に燃えるだけではなく、ちゃんとした意味がある。曰く、万物には神が宿っていて、使われなくなった物にも神はいるから、それを炎とかして天に送り返すだとかなんとか。
でも僕ら十代には、そんなことはどうでも良くて。専ら噂になっているのは、炎霊祭の時にお願いをすると叶うとか、塔の周りを三回好きな人と回ると結ばれるとか、そんな下らないことばかりであった。
酷くなると、何を勘違いしたのか、高校三年生のための最後の行事とか言ってとてつもない塔を建てたり、はたまた花火職人はここぞとばかりに気違い沙汰な塔を建てたり、そうすると今度は消防署も黙ってはいなくて、炎霊祭のために総動員万全配置、塔が崩れ火事になろうものなら、それこそ電光石火で飛んでくるのだ。そんな国を挙げての一大イベント、炎霊祭。
ユウカは、それを見たい、と言い出したのだ。
「緑橋の河川敷で塔が建ってるし、明日見に行く?」
そういって消毒薬の臭いがする枕に顔を埋める。
病院から少し離れた所にある河川敷、そこにも塔が建っている。たぶん、地元の人が寄付したんだろう。家具やら何やらで結構な高さになっていると聞いた。
でも、ユウカは首を横に振った。
「ほら私達、点滴ついてるし……」
そして、消え入りそうな笑顔で呟いた。
「……もっと近くで見たいの。」
僕は言葉を失った。何と言えばいいか分からなかった。容易に思い浮かんだ言葉は、何だか全部まやかしに思えた。だって、初めて見る表情のユウカだったのだ。
胸が痛かった。
本当に、僕はまだユウカの全部を知っている訳じゃないという、そんな事実が僕の喉元に押し当てられた。思ったり悔しくて、ギュッと毛布を掴んだ。触れられる程近くにいるのに、その時ばかりは彼女を、少し遠くに感じたのだ。
「え、えへへー。冗談冗談♪
っていうか、今年もテレビでやるでしょー♪今年こそは見逃さないんだからねっ。春樹君も絶対に夜更かし決定だよっ!」
そう言っていつもの笑顔を浮かべるユウカ。
探しても、探しても、言葉なんてものは見つからない。行き当たるのは壁ばかり。でも、馬鹿なことは沢山見つかった。だって、僕らはまだ十代だ。馬鹿なことを沢山やって、後悔して、明日になったらケロッと忘れてしまって、大人という生き物になったら、あぁ、アレが青春かと気付く。
誰が言っていた。
『意味のないことを馬鹿みたいにやるのが青春ってやつなの!青春?分かる?』
何処かで見たような懐かしい笑顔。色素を抜き取ったような真っ白な指が僕の頬に触れた。
分かってる。
だから、笑った。
「造ろう。」
僕の中で何かが変わっていくのが分かった。それが何なのかは、良く分からなかった。
(゜∀゜;ノ)ノ
「ちょっと篠田君、やめなさいっ。」
雲一つない晴天。1月32日。今日は炎霊祭。病院の前に開けた庭のような広場で、僕は看護婦さんに呼び止められた。仕方なく、片手で持つには大変だったボロボロの机を地面に置く。
「これいらないって言ってましたけど?」
「そうじゃなくてっ!君は、まだ病人なのよ?分かってるの?そんな状態で今から炎霊祭の塔を建てるなんて、無理に決まってるじゃないっ。」
僕が今しようとしていることは、炎霊祭の塔を病院に建てること。正直、無理なんて百も承知だった。僕は病人だし、今は療養中。でも、だからこそなおさら、僕は何かを変えたかったのだ。必死だった。
「何で無理だって言えるんですか?」
「仮に無理じゃなくても、塔が倒れたらどうするのよ!?矢倉も建ててないのに。それに、ここは病院よっ?」
看護婦さんも必死だった。
言ってることは何一つ間違っていなかった。こんな事をすれば、こうなると僕自身全部分かっていた。
「これ以上続けるなら警備員を呼ぶわよっ!」
でも、どうしようもなかった。どうすればいいかなんて、僕には二の次だった。ただ、何かをしなきゃ崩れてしまいそうで、このまま何処かに流れて行きそうで。
ユウカの何だか懐かしい笑顔も、
世界と同じ色をした髪の少女も、
僕が何故ここにいるのかも、
何一つ僕には分からなくて、
だから、何かを変えてやりたかった。
ここで見失ったら、永遠に掴めない。
そんな気がした。
結局、警備員を呼ばれた。多少対抗したが、大人という生き物は容赦ない。二、三人に羽交い締めにされ、あっという間に病院のロビーに連れてこられた。
馬鹿だ、と思った。
もちろん。僕が、だ。
看護婦さんは優しく微笑んで、僕を宥めてくれたが、全部上の空だった。
昨日のユウカも、笑っていた。
『あははー。春樹君、やっぱり面白いね♪無理無理、どうせやろうとしたって看護婦さん達に止められるよ。準備もしてないしさー、それに、それに……』
でも、その目は涙を流さずに泣いていた。
どうしようもなく動かない社会の壁が、僕の前に立ち塞がったのを感じた。大人になるっていうのは、馬鹿な夢を捨てることだ。捨てられた夢は一つになって、社会っていう下らない世界を作る。色がない世界。僕もユウカもずっとモノクロの世界を見てきたんだと思う。どんなに必死に走ったとしても、モノクロの世界からは逃げられない。
きっと、未来の僕には色がない。
ただただ憂鬱だった。
たぶん、そんな時だった気がする。いつの間にか、誰かが僕の隣に座っていた。
「あんた、おもしれーな。」
病院のロビーは広々としていて、お見舞いに来る人達や、診察を受けに来る人でいっぱいだった。僕が座っている中央の、柱を取り囲むソファー。そこにも沢山の人がいる。
でもそんな中、僕の隣に座る男は異質だった。火の付いていないタバコを銜えて、タボダボの作業着を着て、タオルのハチマキ巻いて。もちろん知らない大人だった。
だから、何も言わず前を向いた。
「塔、造ろうとしたんだろ?」
そして、その一言でハッとさせられた。もう一度男の顔を見た僕は、その目に惹かれた。色があった。
「名前は?」
「篠田 春樹。」
「俺は斎藤。よろしく。」
(゜∀゜;ノ)ノ
僕がもう一度ナースセンターに行くと看護婦さん達は露骨に嫌そうな顔をしていた。
「塔を造らせて下さい。」
今度はきちんと頭を下げてお願いした。さっそく奥の方では警備員を呼ぶ電話しているようだった。しばらくすると、一人の看護婦さんが僕の方にやってくる。
「いい?病院は、そういうことをする場所じゃないの?分かる?病院は治療して、療養して、病気を治す所なのよ。」
「分かってます。でも……」
「でもじゃないの。出来ないことは出来ないのよ。」
僕は諦められなかった。理由はイマイチはっきりしなかった。でも、どうしても塔を造らなければいけない。そのための理由なら造ってる途中にでも見つければいい。
笑える程馬鹿な根拠だったが、僕はそんなちっぽけな物に縋り付くので必死だった。
「出来ないことって何なんですか?」
「だから…」
「出来なさそうだからって、何で出来ないって決め付けるんですかっ!」
時が止まった。
いや、それほど静かだった。
「出来なさそうなことも、諦めないでやってみたらいいじゃないですか。そうやって諦めるから、何にも出来ないって思うんです。そういう自分から逃げていたくないんです。この機会を失ったら僕は、永遠に自分から逃げてばかりになってしまう。だから、塔を造りたいんですっ。出来ないことをやってみたいんですっ!」
息は途切れ途切れになっていた。固く握りしめたはずの拳が震えた。出来る限りのことはしたと思う。頭が熱くて、フラフラした。僕を形作る何かが剥がれ落ちていく。不思議な気分だった。今確かに、ここにいるはずなのに実感が湧かないのだ。
だから、警備員が僕を押さえ付けに来た時も、何一つ抵抗出来なかった。
でも、きちんと動き出していた。
「やめなさい。」
ゆっくりゆっくり、少しずつだけど、それでも良かった。
「…彼を離してあげなさい。」
(゜∀゜;ノ)ノ