(゜∀゜;ノ)ノ①
予め御了承頂きたいのですが、病院に勤めたことはありません。
そのため、お見苦しい所が多々存在します。気にしないで下さい。
RADWIMPS
Aqua Timez
好きです!
是非、そんな感じの曲を聞きながら、ゆっくり読んで下さい。
題名:ものくろセカイ
「あなた、死の世界を見たことある?」
少女はそう言って僅かな笑みの残滓を僕に向ける。綺麗な、色素を抜き取ったような白い指が、虚空を掴んだ。
「綺麗なのよ。すごく、すごく。辺り一面真っ白で……それで」
「君は…誰…?」
白い息が、虚無の世界に漂う。やがてそれは形を崩し、星のない真っ黒な空に溶け込んでいった。
「私は知らない。でもあなたは知ってる。」
「…ここはどこ?」
「あなたが連れてきたんでしょ、ここに。」
少女は目を閉じると屋上の縁に、まるで悠々と綱渡りをするかのように、ゆっくりと歩き始めた。僕の視界に飛び込んできたのは一粒の星。見上げれば、吸い込まれそうな夜空。そして、星の代わりに輝く満天の雪。背筋が震えた。
「綺麗だ、」
――怖いくらいに。
白と黒の不規則なワルツ。モノクロの世界を見ているようだった。
少女は笑った。
「もっと綺麗よ?死の世界は、」
そして、ゆっくりと足を踏み外し、ゆっくりと屋上から落ちてゆく。思わず僕は、手を伸ばした。でも、届かない。届きそうで、ただ震えているだけの自分がいた。真っ白な雪が啼き叫んだ。少女の真っ黒な長髪が、風で靡く。
叫び声が聞こえた。それが僕自身のだと気が付く頃には、眩しい程の光が視界を遮っていた。
『……また炎霊祭の灰掃きに各地の住職、公共団体が集まり、今年も……』
ニュースアナウンサーの抑揚のない声が僕の鼓膜を震わす。目を開くとボンヤリと人の影が見えた。網膜に焼き付いた、あの少女の姿と重なって、咄嗟に手で振り払おうとする。だが僕の右手は何かによって抑えられていて、ピクリとも動かなかった。
「良かったー。随分うなされてたから、私、心配で。」
眩しい程の蛍光灯の光。その人影から声が聞こえた。優しい声だった。
「君は…誰?」
「あ、私、隣の南。南ユウカ。よろしくねー。」
何となく笑っているような気がした。それも何処か懐かしい笑みで。だから僕は何の根拠もないまま彼女の存在に安心したのだ。
「…ここはどこ?」
「…病院。覚えてないの?」
覚えてない、何もかも。どうしてここにいるのか。何をしたのか。肝心な部分が欠落していて、実は最初からないんじゃないかと、全部夢でしかないんじゃないかと、そう錯覚してしまうくらいに。僕の頭の中はフワフワしていて、自分という肉体に、風船のような意識が付いている感じ。
唐突に気怠い眠気が僕を襲った。真っ黒で、どっぷりとしたモノに、ゆっくりと意識を刈り取られていく。最後に見たのは、ギュッと僕の右手を握りしめる華奢な両手。あぁそうか、そりゃあ動かない筈だ。
(゜∀゜;ノ)ノ
緑橋中央病院。緊急のERから臓器移植、MRIなどの医療機器を備えた町内一番の大型病院で、僕らは偶然にもそこで出会った。彼女、南ユウカの病名は知らなかった。互いに話そうとしなかったし、話す理由もなかった。
第一、僕自身、自分の病気が何なのかよく分からなかった。思い出そうとすればするほど、ポッカリと開いた心の穴に嵌まってしまって必死に出ようと足掻き続ける。試しに交代で点滴を代えてくれる看護婦さんに聞いて見たことがある。
「肝臓の病気よ。新しい肝臓が必要なの。だから移植してくれる相手を見つけてるとこ。安心してすぐ見つかるから…」
でも結局、そうやってはぐらかされた。肝心な所は言わない。それが大人だ。
ユウカは笑っていた。
「あはは、春樹君、私と同じこと言われてるー。みんな、すぐ、すぐ、って言うけど。もう三ヶ月。全然すぐじゃないんだからっ。」
僕らは何となく似ていて、他人なのになぜか他人じゃない気がした。
屋上が好きなこと。
縁日の焼きそばが好きなこと。
水族館が好きなこと。
シャボン玉が好きなこと。
好きな色。
好きな音楽。
好きな雑誌。
好きな季節。
全部同じで、でもそんなことにドキドキしているのは僕だけで。ユウカはいつもと変わらない何処か懐かしい笑みを浮かべる。
“それで”
それで良いと思えた。
「なになに?ねぇ、何で笑ってるのよー。」
「プフッ。ユウカ、頬っぺにご飯粒付いてるっ。」
「え。ちょ、やあぁぁっ//見るなぁーっ///」
カーテンがレールの上を滑る乾いた音がする。同じ部屋の中、薄っぺらな布一枚越しにユウカの慌てた姿が浮かんで、また笑みが零れた。
「わ、笑うなぁっ!//」
「笑ってない。笑ってないっ♪」
学校に通って、くだらない授業を聞いて、部活で暇をつぶして、帰路につく。友達と訳も分からず笑いあったりして、親に反抗したりして、ふとした景色に感動して、世界に絶望して、世界に希望を持ったりする。人がそれを日常と言うなら、僕はユウカと一緒に居る、この時間こそが日常であった。
(゜∀゜;ノ)ノ
「南さーん、検診の時間ですよ。」
南向きのこの部屋には、僕とユウカの二人しかいない。二人とも点滴を繋いでいて、移動する度にガラガラとガートル棒が音をたてる。部屋の真ん中には小さなテレビ、オーディオ、お見舞いのドライフラワー。他は細かい私物だけの殺風景な状態だった。
そんな数少ない私物の中、僕の目覚まし時計が6時を刻んだ。辺りはもう真っ暗だった。
「あー、もう検診の時間かー。ま、帰ったら『月影バンパイア』の続き話してあげるから♪寝ちゃダメだからねーっ。」
病室の扉が音もなく閉じる。
この時間帯、ユウカは決まって検診のため看護婦さんに呼ばれる。検診の内容は知らないが、僕にとってユウカのいない時間は暇以上の意味を持っていた。
窓の外を見遣れば、吸い込まれてしまう位に何も存在しない夜空。都心の酷く汚れたネオンが星という星を食べ尽くし、後に残るのはベールのような雲に姿を隠す朧月。外の世界には色がなかった。いや全部同じ色に見えた。病室が殺風景なら、外は無風景とでも言えばいい。
例えるなら、それは真っ黒な、
真っ黒な――――
「綺麗ね。」
夜空と、世界と同じ色をした長髪がフワリと僕の視界に舞い込んだ。対比したように真っ白な指が、淀んだ窓ガラスに触れる。背筋が震えた。
「そうは思えない。」
「どうして?」
「色がないんだ。」
「どうして?」
「分からない。」
「見ようとしてないから、じゃない?」
「そうかもしれない。」
「綺麗よ?」
「見たくないんだ。」
「何を?」
「分からない。」
少女は笑った。
何処か。何処か懐かしい笑みで。
「変なの♪」
振り返った少女の軌跡を真っ黒な長髪がなぞっていく。自分が分からなかった。何を見ているのか。何をしているのか。どこにいるか。何を考えているのか。何一つ。何一つ分からない。あの窓ガラスに映っている少年は、誰だろう。思い出そうとすればするほど、ポッカリと開いた底無しの穴に落ちてしまいそうだった。
「僕は誰なの?」
「それは、あなたが知ってる。」
「君は誰なの?」
「それも、あなたが知ってる。」
「じゃあ、どうして分からないんだ?」
「見ようとしてないから、じゃない?」
そう言うと少女は笑った。
胸が痛かった。話す度にズキズキして。痛くて、痛くて。視界が歪んだ。胸を抑えた僕の手はドロリと、真っ黒な血で溢れている。
ナイフが刺さっていた。
痛くて、
痛くて、
痛くて、痛くて。
でも震えているだけ。
「綺麗よ、死の世界は。」
少女は笑った。
(゜∀゜;ノ)ノ
気が付いたら別の部屋にいた。
頭痛と吐き気を同時に催すと人間は覚醒するらしい。僕はまだフラフラする意識の中、吐くものすらないまま嘔吐を繰り返していた。
「春樹君っ!」
突然、横っ腹にタックルを噛まされる。ガクガクと視界が揺れ、吐くにも吐ききれず僕は胃液の混じった咳をした。ユウカだ。
「良かったー………」
…全然よくない。
でもユウカは、そんなことお構いなしに、今度はボディーブローを繰り出した。
「私が検診から帰ったら、春樹君が発作を起こしてて、それで看護婦さん呼んで、そしたらお医者さんも来てくれて、春樹君、違う部屋に連れてかれて、でビビっ、ドーンってなって、何回も繰り返して、私、ホントに春樹君が居なくなっちゃうかと思って、それで……」
ユウカは泣いていた。涙と鼻水が僕の服にシミを付けていく。押し当てられた小さな拳が震えていた。どうしようもなくて、何を言ったら分かんなくて、僕はその手を掴んだ。冷たかった、驚くほど。
そうか。ユウカはずっと側に居てくれて、こうして僕が目覚めるのを待っていてくれたんだ。
そう思うと、涙が溢れた。
「ど、どうして春樹君が泣いてるの?」
「分からない。」
分かってた。だから、笑えた。
「変なの♪」
ユウカも笑った。
幸せだった。惨めに泣いて、馬鹿みたいに笑って、泥臭く生きて、こうしてユウカと触れ合える、ただただ幸せだった。
そこから2時間ぐらい、ユウカの話す『月影バンパイア』を聞いていた。バンパイアと三角関係と一方通行の何ともドロドロとした少女漫画で、ユウカは
「ツッキーがイケメンなんだよ!主人公の幼なじみで、あ、ツッキーって月野君だよ?それでなんと、――」
とか、五割方、ツッキーこと月野君の話をしていて、僕はその度に苦笑を漏らした。
『月影バンパイア』の話を終えると、ユウカは疲れていたのか眠ってしまった。小さく寝息をたてる、その肩にそっと毛布をかける。
ユウカはそういった少女漫画が好きだ。三角関係とか一方通行とか。僕も嫌いじゃなかった。でもそういう話をする度に、ユウカに彼氏がいるんじゃないかとか、以前付き合ってた人がいるんじゃないかとか、後から思い出せば笑ってしまう程、馬鹿な想像をしてしまうのだ。
ふと、不思議に思った。僕は何一つユウカのことを知らないのだ。知ってることは、それこそ趣味とか好みとか下らないこと。家族とか、学校とか、果てまで年齢さえ僕と近いとしか知らなかった。それでもユウカの存在は、何処か懐かしく思えたのだ。不思議だった。
(゜∀゜;ノ)ノ