第三章 追憶
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第三章です。
草原の風が頬を撫でていく。
二人は峠道を越え、森に入った。それを抜けたらいよいよ目的の草原だ。
「異常はないな。」
ルシウスがマギポットを取り出し、周囲に強力な魔力反応がないか確認した。
森はそこまで深くはない。獰猛な魔獣の気配もなく、森を抜ける道も比較的整備されており、2人は警戒しつつもちょっとしたハイキング気分で歩いていた。
するとレオンがふと思い出したように口を開く。
「なぁ、ルシウス。”ライラ”って覚えているか? ガキの頃から一緒に遊んでただろ。」
「……ああ。覚えているよ。」
ルシウスは少し間をおいて答えた。
「今では(A.I.M.S.T<エイムズ>)の所長さんだからな。」
―ライラ・フェルリス―
エルフ族の女性で、2人の幼馴染。アルザリア連合国の魔導科学技術研究所(A.I.M.S.T<エイムズ>)のトップ。エルフ族に伝わる高度な知識を基に、魔導デバイスや魔導インフラの開発、研究をしている国の重要機関の一つである。現在アミスで利用されているマギポットもエイムズによって開発されたものである。
「あーッ!すげーよなッ!」
レオンは感心したように声を上げた。
「で、最近会っているか?」
「いや、全然。」
ルシウスは淡々と答え、ちらりとレオンを見る。
「…急にどうした?そんな話しして。」
「えッいや~あはは。」レオンが目を逸らし頭をかいた。
―――時間は少し遡り任務出発数日前
お昼時のマーロの鍋屋。
「どッひゃ~。疲れた~。」
一人のエルフ族の女性がカウンターにうつ伏せになった。
「らっしゃいッ!ってライラじゃん。久しぶりだな。」
店員のレオンは驚いたように声を上げる。
「どうした、目にすげークマができてるぞ。」
「ん~!もうッ!」
ライラは声を上げ、不満を一気に吐き出した。
「軍やアミスがいろいろ押しつけてくるのよ~。おかげで、徹夜続き。エルフをなんだと思っているのよ!」
ライラの愚痴が炸裂する。
「おかげで、可愛い私の肌がガサガサよ。」
「はははッ。それはご愁傷様。いつものでいい?」レオンが苦笑しながら尋ねた。
「うん!大盛でッ!」
どうやらやけ食いするらしい。
「おやっさん―!シチュー定食大盛で―!」
「あいよー。」
厨房から店主マーロの声がした。
「ねぇ。レオン。最近ルシウスに会った?」
ライラは少し声のトーンを低くした。
「いや。最近…。ていうか。ここあいつが軍に入ってから会ってないな~。なんでだ?」
皿洗いの手を止めずにレオンは聞いた。
「そっか。」
ライラは視線を落とした。
「例の事件、一般には知られてないものね。」
「…ッ!」
レオンは手を止めライラを見つめる。
「なんかあいつにあったのか!?」
「大きな怪我とかじゃないんだ!」
少し言葉を選びながら、ライラは答える。
「うーんと…ごめんね。民間人には秘密だから、詳しくは言えないけど、ルシウス、例の事件の捜査していてね。それで、同僚の方が、亡くなったの。」
レオンも何となく察し黙り込んだ。
「それでね…。」
ライラは続けた。
「その後、あいつを見かけたんだ。エイムズも捜査協力しているからさ。そしたらさ…ルシウス…凄い怖い顔をしてた」。
伏せられた目が、かすかに震えた。
「今まで私達に見せた事がないくらい。暗くて、怒りとか憎しみとかが混ざったような。冷たい目をしてた。」
「…ルシウス。」低く呟くレオン。
「結局、私。あいつに声をかけられなかったんだ。」
ライラは力なく笑った。
「あははッ私って本当意気地なし。」
気丈に振舞おうとしたライラ。だが親友の心配や弱音が漏れ出てしまった。
「…すまん。ライラ。お前ばっかりに苦労かけちゃって。」
静かに語るレオン。
「えッ…!?あっ!いやっ…!」
慌てて首を振るライラ。
「もう!そんなつもりで言ったんじゃ!あーもう!つまりね…。たまにはあいつに会ってほしいの!喧嘩馬鹿のあんたなら、何とかなるでしょ!」
意図しない反応に焦ったライラは思わず体裁を繕った。
「へへッ喧嘩馬鹿は余計だっての!」
レオンは苦笑しながらも、うなずいた。
「まぁ。何とかしてやるさ!」
「あはは!ごめん。ごめん。」
「…ありがとね。レオン。」ライラの暗かった表情がレオンの笑顔で明るさを取り戻した。
こうしてレオンはライラからルシウスの現状を知り、親友と共に旅をする事となった。
――そして現在
「んまーとにかくだ。帰ったら3人でお祝いしようぜッ。おやっさんの店でさッ!ライラも久しぶりに会いたがっているからよ!」
唐突な誘いに困惑したルシウスだが、いつもの軽口だと判断し、深く考えずに答えた。
「...仕事がひと段落着いたらな。」
「なんだよ、ノリが悪いなッ!」
「…まぁッそれもそうだな。」不満げに言ったレオンだが、すぐに肩をすくめた。
それから話題は、自然と2人の思い出話へと移っていった。
「覚えてるか? チンピラ共に囲まれたやつ。俺とお前で全員ぶっ飛ばしただろ!」
「ああッあれか。」
ルシウスは即座に返す。
「てかそれ、お前が先に喧嘩うらなかったか?」
「あれはチンピラ共がお年寄りケガさせていただろ!・・・・まぁ、あれはスカッとしたなぁ!」
「何がスカッとだよ。」
ルシウスは呆れたように吐き捨てる。
「喧嘩に巻き込まれる俺の身にもなれ!」
「へへッ!いつもサンキューなッ!」
ふてくされるように頭をかき、ルシウスの背中をレオンがポンッと軽く叩いた。
――2人は思い出に浸っていた。
レオンとルシウスの幼少期は、やんちゃの一言に尽きる。
レオンが住んでいた地域は首都建設初期に設けられた街だった。そこは戦後間もない混乱期、多くの出稼ぎ労働者や、家族を失った放浪者達が集まる場所だった。
戦後十数年後、赤子のレオンは、義母となる“ミリア・アルバード”の孤児院の玄関先に置き去りにされていた。
それからレオンはミリアの愛情を受け、すくすくと育っていった。
そんなある日、ミリアは他の子供たちと一緒にマーロの店に昼食に出かけた。そこでセリカに連れられた子供時代のルシウスと出会う。
ルシウスもレオンと同じく本当の親を知らない。セリカ軍所属時代、戦後処理で遠征していた時に赤子の彼と出会い。義母になると決意したのだ。
ミリア、マーロ、セリカ。
この三人は戦時中からの古い付き合いであり、同じ過去を持つレオンとルシウスは同年齢の事もあって、打ち解けるのに時間がかからなかった。
更に、2人はそれだけではなかった、当時としては珍しい先天性の魔力保持者だったのだ。
魔力保持者とは、大気や動植物など、あらゆる場所に存在している魔素を呼吸や経口摂取等で体内に取り込み、ある特殊な器官によって魔力に変換・貯蓄することができる存在。そして、彼らはその魔力をエネルギー源として、超常現象、つまり魔法を扱うことができたのだ。
レオンは火を放出することができ、
ルシウスは魔力を、“質量を持った物体”として具現化する力を持っていた。
そんな2人が歪まず、真っ直ぐに育ったのは親代わりになった大人たちのおかげだった。
ミリアと幼少期のレオン
「レオン。ガルデアのこと、好き?」
「うん!大好き!」
「彼女みたいになりたい?」
「うん!なりたい!」
「どうすればなれると思う?」
「うんとね!いっぱい鍛えて!いっぱい悪い奴をぶん殴る。」
「あらあら…でもね。彼女の強さの秘密はそれじゃないわ。」
「えー違うの?」
ミリアはレオンをそっと抱いた。
「あの子は、いっぱい知った。悲しみも、喜びも、命の尊さを。だからあの子は強くなれた。そして誰よりも優しくなれたの。だからねレオン。これからたくさんの人に出会って、たくさんの優しさに触れて、立派な大人になりなさい。」
「うーん。よく分からないけど、分かった!俺、母さんみたいな優しい大人とガルデアみたいな強い戦士になる!」
「あらあら。ふふふッ」
セリカと幼少期のルシウスの会話
「ルシウス。あんた。兵士になりたいのかい?」
「うん。」
「どうしてさ。あんた頭いいし、命張る仕事につかなくてもいいのに!」
「母さんみたいになりたい。」
「…え?」
「母さんみたいなカッコイイ大人になりたい。」
「そっか…じゃあ、ルシウス。先輩からのアドバイスだ。」
「なに?」
「一人で強くなろうとしないこと。」
「…?」
「あんた。すぐ一人で抱え込む癖があるんだから。何かあったら、私やレオンやライラちゃんに頼りなさい。」
「…分かった。」
「本当に?もう~この子ったら。おりゃ~!」
セリカはルシウスの髪をぐしゃぐしゃに撫でまわした。
「くすぐったい。」ルシウスは恥ずかしそうに笑った。
マーロと幼少期の2人
「このガキ共ッ!!また喧嘩か!!」
「だってよ!おやっさん!あいつら大人なのにダチ虐めて金取ろうとしたんだぜ!」
「…やられて当然。」
「そういう問題じゃねぇだろ!大怪我したらどうするんだ!」
「へッ大丈夫だよ。おやっさん!魔法を使うまでもなかったぜ!」
「恐るに足らず」
「何、ガキがカッコつけてんだ!そういう時は兵隊や近くの大人に――はぁ。全く...ところで腹減っているんだろう!」
「やったー!おやっさん!最高だぜ!」
「いただきます。」
「へへ!全く、世話のかかるガキだぜ。」
マーロは自慢の髭を撫でながら、2人を見つめる。
そんな穏やかな時間。
それは戦後の荒んだ世界を互いに支え合い、生き抜いた証のような、温かな空気だった。
「……そういやさ」ふとルシウスが前を見たまま言った。
「なんで、マーロさんのところで働いているんだ?てっきり軍に入るか、孤児院の手伝いするのかと思ってた。」
レオンは少し驚いたように目を瞬かせた。
そして頭をかきながら、照れくさそうに笑った。
「うーん、なんつーかさ。」
少し間を置き、草原を見つめる。風に揺れる草の音だけが静かに耳に届いた。
「子どもの頃から世話になっていただろ?おやっさんに。俺にとっちゃほんとに“親父”みたいな存在だったんだ。だから、少しでも恩を返したかった。それと――」
「孤児院にも仕送りしたくてさ。へへッ―」
そう言って、レオンは苦笑した。
ルシウスは小さく頷く。彼の胸の奥で、何かが静かに疼いた。
「……そっか。まぁ。いいんじゃないか。」
「なんだよそれ~上から目線で~。」
「でさ、ルシウスはさ。なんで兵士になったんだ?やっぱりセリカさんの影響か?」
「俺か?」
ルシウスは視線を空へ逸らし、しばらく黙っていた。
やがてぽつりと呟く。
「……なんとなく、かな。」
「はぁ!?」レオンは思いっきり声を上げた。
「なんだそれっ!なんとなくで兵士になる奴がいるか!?」
ルシウスは吹き出した。
「別に理由は必要か?」
「そりゃいるだろ! 責任感とか正義とかさぁ!それじゃなくても最もらしい理由があるだろ!普通ッ!」
「ははッお前がそう言うと、妙に薄っぺらいな。」
「うっせぇ!俺だけ本音を言ったみたいで損じゃねぇか。」
レオンは口を尖らせ、ふと何かを思い出したように目を見開いた。
「──あっ!! やっべぇ!!!」
「今度は何だ。」
「おやっさんに無断で店休んできたぁぁッ!!」
ルシウスが額に手を当てた。
「……自業自得だな。」
「いやマジでやばいって!」
レオンは焦るが、ルシウスが更に追い打ちする。
「ミリアさんもよく子供達と来るからな。」
「はぁッ!!?不味い!不味い!?それだけは、だめだ!」
レオンの顔から血の気が引いた。
「ははッご愁傷様。」
「おまっ……助けろよ!?それでも兵士か!?」
「ふんッ。知るか。民事不介入だ。」
「くそ~。この税計泥棒ッ!」
ルシウスは完全に無視して歩調を崩さず進む。
レオンは肩を落としながら追いかけた。
「おぉぉ……終わった……俺の人生……」
「いつまで、落ち込んで―――待て!レオン。」白目をむくレオン。
その言葉に、レオンが顔を上げる。
森の出口が、すぐに迫っていた
2人の行く先に巨大な“柱”のようなものが三つ、横並びに立っていた。
石のような質感。内二つは巨大な輪を三段重ねたような異様な形をしていた。
中央の一本は、それらよりも太く、荒削りではあるが溝のようなものが掘ってあった。
何より不気味なのは――
最上部に“頭”のようなモノがあり、こちらを見下ろしていたことだった。
進路を塞ぐように佇むそれは、まるで2人を待ち構えていたかのようだった。
「いつの間に、こんなものが?」ルシウスが警戒する。
「さぁ~俺たちが話している間に見落としたんじゃね。」
レオンは荷物を下して、無造作に石像に近づいた。
「にしてもでっかいな~これ。」バンッ、バンッとレオンは不用意に叩いた。
「馬鹿ッ!不用意に近づく―――」
次の瞬間。
「ゴゴゴゴゴゴゴ…!!」
地面が低く唸った。突然、その石像と周りの岩が動き始めた。左右にあった2つが浮き、90度横倒しになり、中心へ引き寄せられた。周辺の岩や小石が継ぎ目のように組み合わさり、形が徐々に――人型に近づいていった。
ゴンッ!
ガンッ!!
激しい衝突音が辺り一帯にない響く。土煙が一帯を包んだ。
2人は反射的に距離を取った。
「なんだ、あれはッ!?」
レオンの声が震える。
「石像が…動いている!」
ルシウスは歯を食いしばる。
「馬鹿なマギポットが反応しなかった…だと!」
土煙が晴れ、その正体が姿を表す。
それは森の番人 ――“魔獣ゴーレム”だった。
―魔獣―
それは、魔素によって、進化または変異した生き物の総称。
レオンやルシウスのように体内に魔力を宿すことができる野生生物のことだ。
そしてこのゴーレムは、ゴリラが魔素を多く含んだ鉱物を食べて進化したと言われている。
胴体よりも大きな腕と手を有し、全身が石のような無機質で覆われたそいつの継ぎ目や深い溝の部分が血のように脈売っていた。
「ゴゴゴ…」
低く、唸るような声。
「なんだッ!こいつ…!」
「分かんねぇ!?けど――――」
「「ヤバいッ!!」」
2人は、同時に本能で悟った。
「テ…キ…」
「…ッ!?」
「テェ―――キィ――――ッ!!!」
咆哮が森を揺らす。
小動物や鳥たちが一斉に逃げ去った。
「うおッ!!なんて声量!!?しかもこいつ!?喋ったぞ!!」
「俺たちの事を敵だと認識している・・・・!(もしやこいつ”ピュア・ブラット”の手先!?)」ルシウスの脳裏を、不穏な影がよぎる。
だが、考えるより早く身体は動いた。
「へッ!なんかわかんねぇが、喧嘩を売られたからには、話は別だ!」レオンが拳を握り、炎を放出する。
「覚悟しやがれ!ゴリラ野郎ッ!」
レオンの炎が闘志のように熱く燃え上がった。常人なら怖がる場面だが、レオンの顔は何故か笑っていた。
「レオン!!てめえのせいだったら!ただじゃすませねぇからな!!」その言葉と同時にルシウスは青い光を右手から発した。それが剣の形に生成され、鋭く輝いた。
「へッ!帰ったら奢ってやるよ。」レオンの軽口が炸裂する。
「ふんッ!どうせマーロさんのところだろ!」
軽口を交わしながら、2人は同時に構える。
草原の空気が張り詰める。
風が止み、世界が息を潜めた。
その瞬間――
石像の目が赤く、更に敵意をました。
「アノ…人ノ…モト…二ハ…近、ズカセ…ナイ!」
”森の番人”それが守る“者”はいったい―――――
第四章 VS石の巨兵に続きます。




