第一章 レオンとルシウス
第一章です。
人類史1030年、エルディア大陸・アルザリア連合国領――
かつての戦火が嘘であったかのように、豊かな自然が大地いっぱいに広がっている。
その中を、赤銅色の砂塵と機械の吐く白い蒸気をまといながら、蒸気機関車が力強く走っていた。
太陽光を鈍く反射しながら進むその列車は、エルディア大陸を結ぶ重要な交通インフラのひとつだ。
魔法科学技術が発展した現代において、マテリアルを使用しない列車が今なお運用されている理由は明確である。
都市部のように魔素を魔力へ変換するインフラが整っていない地域への長距離輸送には、水と石炭で稼働する前時代的な蒸気機関車こそが最適だったのだ。
「魔法と科学であなたの生活を豊かにするマギテック社! 本日もあなたの素敵な一日を支えます! 本日はマギテック鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございます。間もなく――」
鉄と木材で構成された、落ち着いたレトロな客車の内装には不釣り合いなほど明るい車内アナウンスが響き渡る。
その客車A車内で、二人の若者が向かい合って座っていた。
一人目の若者は、黄色い瞳に赤毛を跳ねさせ、赤いベストの下にシャツ一枚というラフな格好をしていた。その横には、何日も野宿するつもりなのではないかと思わせるほどの大量の荷物が置かれている。
彼の名は「レオン・アルバード」。アルザリア連合国の首都、その中でも比較的貧相な地区の出身である民間人だ。レオンは、幼少期から通っている大衆食堂「マーロの鍋屋」で働いている。
彼は旅を楽しむ無邪気な子供のような眼差しで、窓の外を眺めていた。
「もうすぐだよなッ! くぅ~! 楽しみだぜぇ!」
レオンは自身のワクワク感をそのまま言葉にし、向かいの席に座るもう一人の若者へ軽口を叩いた。
その若者は、灰色の瞳を持ち、青い髪を逆立てていた。服装はレオンとは対照的に畏まっており、どこか組織に属していることを感じさせる。
彼の名は「ルシウス・ノルド」。
「アルザリア連合防衛軍<A.U.G>」から独立した捜査機関、「アルザリア魔導情報局<A.M.I.S>」の捜査官だ。
ルシウスはレオンの言葉を意にも介さず、小型のデバイスを手に取り、任務に関する書類を無言で読み込んでいた。
無視されたレオンは少し拗ねたものの、性懲りもなくルシウスに話しかける。
「なぁ、ルシウス。緊張してんのか? 顔、めっちゃ、こわばってるぞ」
ニヤついた表情で覗き込む。
「──ッたく。緊張しているのはお前の方だろ。ずっと膝揺らしやがって…」
しつこさに苛立ち、ルシウスはしかめ面で文句を返した。
「えっ、そうか? だってさッ! あの英雄“ガルデア”に会えるかもしれないだろ! 子どもの頃から俺の憧れッ! 人生のバイブルなんだぜッ!!」
レオンは体をくねくねさせながら、喜びを全身で表現する。
ガルデアの詳しい経歴を知る者は多くない。戦後、理由も分からぬまま彼女は行方をくらましてしまったからだ。
しかし、彼女の武勇伝を記した書籍や絵本はアルザリア国内で数多く流通しており、その影響で種族を問わず一定数のファンが存在する。レオンもその一人だった。
二人は幼馴染である。
ルシウスは、レオンの「ガルデア武勇伝」を嫌というほど聞かされてきたため、
「また始まった……」
とばかりに困った顔で頭に手をやり、呆れた視線を向けた。
少し時間を遡り、1日前。
首都の中央に位置するアミス本部、その長官室にて。
「ルシウス捜査官。君には、ガルデア様の帰還要請のための極秘任務に就いてもらいます。」
銀色の髪の女性が鋭い眼差しで言った。
「はッ!」
ルシウスは即座に敬礼した。
アミス長官イーリス・ハートフィールドは、極秘任務の情報を小型デバイスへ送信する。
この小型デバイス――通称<MagiPot>は、「通話する魔法」「文章や写真を読み込み、投影する魔法」「魔力を感知する魔法」など、捜査に役立つ複数の魔法陣を内蔵した捜査用端末である。
送信された情報を確認し、ルシウスは口を開いた。
「まだご存命だったのですね。ガルデアという人は。しかも、こんな僻地に…」
「えぇ。しかもその情報は確かなものではありません。さらに、ケンタウロス族の一行と旅をしているという話もあり…」
「すぐにどこかへ移動する可能性がある…」
「えぇ。その通りです。だからこそ急ぎ、彼女を見つけて本国へ帰還してもらいたいのです」
長官は続ける。
「察していると思いますが、現在アルザリアは例のテロ組織による襲撃の危機に瀕しています。軍や捜査官だけでなく、民間人、最近ではヒューマニアの官僚にまで被害が及びました」
ルシウスの表情が険しくなる。
「本来であれば、大々的に捜査し、私自らが彼女と交渉すべきでしょう。しかし、ヒューマニアとの関係悪化を危惧し、今回は内密に任務を遂行してもらいたいのです」
その言葉が重くのしかかる。
「ですが、この方は、先の大戦の経験者です。つまり、かなりのご高齢かと。我々の捜査の役に立てるかどうか…」
すると長官は、静かに立ち上がった。
「ルシウス君。あなたの懸念も理解しています。しかし我々アミスは、あのテロ組織に関する手がかりを一切掴めていません。奴らは恐らく、先の大戦の亡霊――ヒューマニアの過激思想を受け継いだ、極めて危険な存在です。」
口調は次第に険しさを増す。
「戦時中、彼女を含む主力戦士たちは彼女の失踪と共に次々と除隊し、残った古参兵も近年の軍事縮小で退役しました。魔法使用資格の厳格化、魔導兵器と魔導デバイスの近代化により、ルシウス君のような魔法使用者も減少傾向にあります。――今この国には、先の大戦の悲惨さを、身をもって知る者が、ほとんどいないのです」
長官は窓越しに首都アルザリアの街並みを見つめた。その眼差しには、この国の行く末を憂いていた。
「自分も戦後生まれなので、親と教科書くらいの情報しか分かりません…」
「えぇ。だからこそです。アルザリアの平和を脅かす存在が現れ、その正体すら掴めない今、我々には彼女――英雄ガルデアの力が必要なのです」
長官は真っ直ぐにルシウスを見据えた。
「彼女が培ってきた経験と技術が、必ずやアミス、いえ、エルディアの民の平和を守ってくれると、私は信じています。だからルシウス君――“あの事件”を乗り越えた君を信じ、この任務を任せました」
ルシウスはその言葉の重みを受け止め、力強く敬礼する。
「はッ!! ルシウス捜査官ッ! 命をかけて任務に遂行することを誓いますッ!!」
「期待しています!ルシウス君。」
その夜、ルシウスは首都の中心から大分離れた地区にある古い造りの団地を訪れていた。
ある部屋の扉が開き、中からレオンが姿を現す。
「ルシウスッ! 久しぶりじゃんッ! どったのッ? こんな夜遅くに」
筋トレの途中だったのか、汗を拭いながらレオンが顔を出した。
「すまん。こんな時間に。お前、キャンプとか好きだったろ。それでサバイバル道具とか、そういうのがあったら貸してほしくてな」
「おうッ! もちろんッ!……ッてか、お前キャンプ!? もしかしてセリカさんに追い出されたりして」
セリカとは、ルシウスの義理の母である。
「ちげーよ。ばーか。仕事だよ。ただ、期間が不明なんだ。それでもいいか?」
「あぁッ! いいぜッ! 俺もどうせ仕事で忙しいし。それより中入れよッ。立ち話もなんだしさッ」
「……ありがとな。」
そう言ってルシウスは部屋に入った。
レオンは「えーと、確かここに……」と呟きながら、サバイバル道具一式を探し始める。
ルシウスは部屋の中を見渡した。
そこには筋トレ器具と脱ぎっぱなしの服、そして英雄ガルデアにまつわる本やグッズが所狭しと並んでいる。
「変わんねぇな。お前は……」
懐かしむように、ルシウスが呟いた。
「当たり前だろッ! 俺は……俺だぜッ!」
そう言って、レオンはサバイバル道具一式をルシウスの目の前に置いた。
「……お前は、大丈夫か?」
「えっ?」
不意の気遣いに、ルシウスは思わず声を漏らした。
「あぁ。まぁ。なんとかな。」
弱音を悟られまいと、ルシウスは軽く笑って誤魔化す。
「……そうかい。」
レオンはそれ以上踏み込まず、話題を変えた。
「これで足りるか?」
「……待ってくれ。」
ルシウスはマギポットを取り出し、地図を確認する。
その直後――
「きゅるるるー」
盛大に腹の音が鳴った。
ルシウスは慌てて腹を押さえ、
「――悪いレオンッ。トイレ貸してくれないか? あと、これもちょっと持っててくれ」
「あいよ」
レオンは軽く返事をする。
「あいつも頑張ってるんだな。…」
「それにしても…へぇーッ。これで捜査するのかー。ん? 極秘……? ガルデア帰還任務……
……“ガルデア―――――ッ!”」
数分後、ルシウスがトイレから戻ると、レオンは無言でマギポットを差し出した。
「ありがとな。レオン……って、どうした? 急に黙って……」
「なぁルシウス……。俺もその任務……ついて行くぜッ!」
「ッ!!! お前ッ! まさかッ! 資料を――――ッ」
「にひひッ! いいのかなールシウスく~ん。極秘資料を民間人に見られちゃって~」
「――てめぇぇッ!」
そして現在に戻る。
ルシウスは視線を落とし、下唇を噛みながら思い出し、自身の爪の甘さとレオンへの怒りが沸々と湧いてきた。重要な極秘任務に就いていることを肝に銘じていたはずのルシウスだったが、親友の脅しによって勝手な同行者が増えるというハプニングに見舞われていた。
(野宿するかもしれないから、こいつのサバイバルセット借りようと思ったのが、そもそも間違いだった。俺の馬鹿野郎ッ!…帰ったらまずぶん殴る)
そんな苦悩と復讐のことなど露知らず、はしゃぐレオンの姿を見て、ルシウスの苛立ちはさらに募る。
「いいかレオンッ! 俺は任務で来たんだッ! 旅行じゃねぇ! 大体なぁッ! 民間人のお前が極秘ファイルを見た時点で――ッ」
「まあまあ、そう熱くなるなッ、なぁッ! 俺がダチの秘密をベラベラ喋るタマじゃねぇって、分かっているだろう?」
ウィンクしながらなだめるレオン。
その呆れた言い分を聞き、ルシウスは怒る気を失った。
「――――ッたく」
拗ねたように呟き、再び資料へと目を落とす。
「へへッ」
レオンはそんなルシウスを見つめ、笑った。
「なんだよ」
不機嫌そうに返す。
「だってよッ。こうして喋ってると、何だか昔に戻ったみたいじゃねぇか。それに―――何だかお前も元気そうだしよッ! 安心したぜッ!」
その言葉を聞き、ルシウスは思い出す。
(あぁ、そうだった。お前は、こういう奴だったな)
いつも前向きで、馬鹿なことばかりしているくせに、ちゃんと周りを見て、気にかけてくれる――そんな性格だった。
「……だな」
変わらない親友の姿に、ルシウスの表情から負の感情が抜け、わずかな明るさが戻った。
列車の外には、暖かな風が吹き抜け、どこまでも続く青空が広がっている。
それはまるで、二人の行く末を暗示しているかのようだった――――。
第二章 英雄の手がかりに続きます。




