第十章 決断
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第十章です。
焚き火の炎が小さく弾け、夜の静寂を切り裂く。
レオンの顔は俯いていたまま、親友の横顔を直視できなかった。自分とは違う世界で、どれほど過酷な現実を生きてきたかのか――それを知ってしまった今、軽々しく声を掛けることができなかった。
――くそッ…どうしたんだ!俺はッ!
――ビビッているのか…。
心の中で葛藤していたが、何もできずにいた。
ルシウスの声が、その静けさに染み渡るように響いた。
「……三つ目の事件の後…アミス内部で――あなたとの捜査協力の案が浮上していました。」
淡々とした声。しかし、その奥に、わずかな苦味が混じっていた。
「けれど、民間人の犠牲がなかった事。――そしてヒューマニアとの関係悪化を懸念して……結果、“時期尚早”と判断されたんです。」
彼はうつむき、唇を噛んだ。
「――あんなことがあったのに、ですよ…。」
殉職していった仲間たち、そしてエリオットの笑顔が脳裏に浮かんだ。
「ルシウスッ…。」
レオンが思わず名を叫ぶ。
焚き火の光に照らされた横顔が、どこか痛々しかった。
「でも……四つ目の“ヒューマニア外交官暗殺未遂事件”が起きて、状況が一変しました。
難色を示していた軍のトップや、官僚の一部が手のひらを返すように、貴方の帰還を認め、捜査協力の正式な取次が決定されたんです…。」
ルシウスは苦笑した。
「…人の命よりも、国の顔色を伺うなんて。」
「…。」
ガルデアとサラも何も言えず、ただ彼の悲痛な思いを受け止める事しかできなかった。
やがてルシウスは、手を震わせながら立ち上がる。
「…ルシウスッ!」
三人は驚き、彼を見つめた。
その瞳に焚き火の光が映り、涙をきらめかせた。
「俺、小さい頃から――貴方たちの武勇伝を、母から聞いて育ちました。」
その名を口にするとき、彼の声はどこか懐かしさを帯びていた。
「セリカ・ノルドって……覚えていますか?」
ガルデアの瞳が見開かれる。
「――えぇっ、もちろん覚えているわ。」
力強く頷き、柔らかく微笑んだ。
「勇敢で、頼りになった。誰よりも仲間想いの、立派な戦士だった。」
サラも思い出すように頷く。
「あの子は本当に強くて、優しい子だったよ。」
ルシウスは少し照れたように笑い、頬をかく。
ガルデアが微笑みながら言った。
「ノルドと聞いたときはまさかと思ったけど……息子さんだったのね。」
サラがいたずらっぽく笑う。
「今も元気にしてるんだろ? あの子、昔からうるさいくらい明るかったからねぇ。」
「ええ、今でも健在です。たまに“うるさい”くらいに。」
ルシウスは嬉しそうに笑った。
その穏やかな笑顔が、戦場の緊張を少しだけ溶かす。
「それで、母に憧れて兵士になったのかい?」とサラが尋ねた。
ルシウスは小さく頷く。
「...半分、正解です。」
「もう半分は――大切な人を守りたかったからです。」
ルシウスがレオンの顔を見て答えた。
「俺の友人や家族が笑っていられるように。誰よりも強く、正しい存在になろうと思ったんです――
母さんや……お二人のように。」
その瞳は、焚き火よりも熱く燃えていた。
「でも……俺は、情けない。」
ルシウスの声が震える。
「大事な仲間を守れず…。今日だって親友を危険な目に晒して…。」
拳を握りしめ、テーブルを見据える。
「それで最後は、守るべきあなたたちにまで…もう一度戦ってほしいとお願いをしてる……。」
「…本当にッ…。情けないッ!…」
「…ルシウスッ。お前…。」
ルシウスは歯を食いしばり、叫ぶ。
「だから――もっと強くなりたいんですッ!!
貴方たちのようにッ! 貴方たちが命を懸けて守ってきた“未来”を、今度は俺が守りたい!!!」
ルシウスは懇願した。
乾いた音が響き、焚き火の炎が揺れる。
「お願いします……ッ! 未熟者の俺を、どうか、戦士にしてください!!
「後悔…したくないんですッ!!…もう二度とッ!!」
机に涙が落ちる。
その姿に、ガルデアの過去の自身の姿が重なった。
――あの時、自分もそうだった。
命をかけて守ると誓ったはずの家族を目の前で殺され、絶望と悔しさに押しつぶされないよう、必死に抗う自分の姿に。
だが、過去の戦友の言葉を思い出す。
『なぁ、ガルデア……強くたって、何も守れない。
俺たちはただ、自分の力を誇示したかっただけかもな…。』
迷いが生まれた、その瞬間だった。
「……ガルデアさんッ!! 俺からもッ!、お願いしますッ!!!」
隣でレオンが、立ち上がり、深く頭を下げた。
「お前……ッ」ルシウスが目を丸くする。
「こいつは、昔から真面目すぎるんです!
周りを心配させまいとして、全部一人で抱え込む。
だから――俺も、一緒に強くしてくださいッ!!
こいつが一人で突っ走らないように!!!」
「お前ッ!!……馬鹿野郎!!! これは遊びじゃないんだぞッ!!」
ルシウスが胸ぐらを掴む。
だがレオンは怯まない。
「知ってるよッ!!
でも――お前が守りたい“未来”ってのは、俺の未来でもあるんだろッ!?
だったらよぉ!命を懸ける資格は、俺にもある!!」
その言葉は、炎のように熱かった。
先程までの迷いなんか一切なかったかのように。
「それに……ガキの頃、言っただろ。『一人で突っ走るな』って。」
レオンが拳を突き出す。
「だから止めても無駄だ。お前が行くなら、俺も行く。――頼んだぜ、相棒ッ!」
ルシウスは心で理解した。
――そうか、母さん、俺、また一人で抱え込もうと…。
――やっと分かったよ。母さん、一人で強くならない。…いや、違う一人では、強くなれない。それが人なんだ。人が今まで築き上げてこれたのは、他者を信じることができたんだ。他人の善意、優しさを信じてきた、その強さが、今日の平和を作ってきたんだ。
「お前ってやつはッ……。ありがとな。」
――レオン…信じるているぜ。
「へへッ!」
レオンの瞳にも涙が滲んでいた。
――母さん、そう言うことだよな。本当に強い人って…
レオンは遠い記憶の母との約束を思い出した。
涙と笑顔が混ざったまま、ルシウスも拳を突き出し、二人の拳がぶつかり合う。
その音が、まるで新たな誓いの鐘のように響いた。
「ガルデアさん、俺…いえ、”俺たち”守りたいです。未来を…。
多くの戦士たちが紡いできた希望を…。」
ルシウスの瞳が蒼く輝いた。
「今度はッ!!俺たちが戦う番!!ガルデアさんッ!どうか頼みますッ!!!」
レオンの瞳が紅く燃え上がった。
二人の戦士たちの顔が、誰よりも美しく、そして、誰よりも輝きに満ちていた。
二人の覚悟を見届けたガルデアの胸に、熱いものが込み上げていた。
――思い出す。家族との約束。託していった仲間の想い。希望を信じて戦い抜いた者たちの誇りを。
ガルデアは確信した。今までの戦いは無駄ではなかった。そして、
今、この若き戦士たちが引継ごうとしている。自身たちが信じて戦ってきた思いの全てを。
サラがそっと肩に触れた。
「行ってきな。…もう覚悟はできているんだろ。」
彼女の瞳にも、涙が光っていた。
その言葉に背中を押され、ガルデアは深く息を吸い込む。
「……分かったッ!!」
焚き火の光が、彼女の瞳を照らす。それはまるで黄金のように。
「ルシウスッ!レオンッ!――あなたたちを、立派な戦士にしてあげるッ!」
そして、にやりと不敵に笑う。
「ただし、私の訓練は地獄よ。覚悟しなさい。」
その瞬間、レオンが拳を突き上げて叫んだ。
「やったーーーーッッ!!!」
「ありがとうございますッ!!!」
ルシウスは涙声で礼を言う。
「しゃあッ!! ついにやったなルシウスッ!!」
「あぁ、てかお前…ッ本当は、訓練見てもらえるから嬉しいんじゃないか。」
「へへッ野暮な事は言うなよッ!」
「こいつッ…!」
「はははッ!!」
「ははッ!!」
肩を組み、喜びを分かち合う二人。
「いい子だね。二人とも…まるで若い頃の私たちみたいじゃないか。」
「えぇ…そうね。」
ガルデアのほほに一粒の光が走った。そして夜空を見上げた。
――父さん。兄貴。これでいいんだよね。
そして、二人に視線を向けた。
――姉さん、待ってね。今会いにいくから。
今、三人の運命が交わろうとしていた。
第十章 旅たちの朝に続きます。




