第九章 ピュア・ブラッド
拝読していただきありがとうございます。
第九章です。
焚き火の明かりが小さく揺れ、静寂の夜に橙の影を落とす。
ルシウスの瞳はまっすぐに、まるで相手の魂を見通すかのようにガルデアを捉えていた。
レオンも普段の軽口を封じ、真剣に親友の話を聞く。
「ピュア…ブラッド…」
ガルデアが静かに呟く。
ルシウスはデバイスに触れた。
「音声認証――ルシウス・ノルド。識別番号、AR-159。閲覧コード743。」
低い機械音声が応答する。
《認証コード、ナラビ。閲覧コード確認。捜査官ルシウス・ノルドの極秘ファイル閲覧を許可します》
「…こんなのしてたか?」
レオンが尋ねる。
「…どこかの誰かさんが、盗み見たせいでな…。」
「…。」
ルシウスの皮肉に黙るレオン。
――次の瞬間、
机の上に青白い魔法陣が浮かび上がり、ホログラムが立ち上がった。
そこには、国家機密の文字が浮かび上がる。
> 「アルザリア魔導情報局(A.M.I.S) 極秘指定資料」
> 概要:人類史1028~1030年に発生した“ヒューマニア過激派残党”の地下組織
> 《ピュア・ブラッド》による一連の犯行記録。
ルシウスの重たい口が開いた。
「まず一つ目。《アークライン爆破事件》。」
「人類史1018年、アルザリア首都”ランス”に位置する新交通網“アークライン”の中央駅が、深夜、何者かに爆破されました。」
「犠牲者は夜間点検をしていた係員数名と民間人数名。」
「被害は最小限でしたが――首都の中心での爆破は、国家の象徴を揺るがせました。」
「…随分、姑息ね」
サラが皮肉を込めて言った。
「爆破には何を…?」
ガルデアが質問した。
「それが…原因が不明で...。」
ルシウスが首を振って答えた。
「不明!?」
レオンが驚き、ルシウスの顔を見つめた。
「…現場には、魔法を使用した痕跡も、爆発物らしき破片も残されていませんでした。時間帯もあって目撃者がいませんでした。」
「なるほどね。」
ガルデアは腕を組み状況を理解した。
「それだと、事故って可能性があるじゃないか。その事件は例の組織が企てたのだろ。」
サラが疑問を吹っ掛けた。
「確かに!」
レオンがサラの意見に同調した。
「えぇ、その時点では原因不明で、アルザリア連合防衛軍《A.U.G》は、国内の警戒体制の強化だけで済ませました。」
「ですが…次の事件で、その組織の本性が現れました。」
ルシウスが発した瞬間、緊張感が走った。
「「…ッ!」」
レオンとサラが驚く。
「続けて…ルシウス。」
ガルデアが促した。
ルシウスは資料を切り替える。
映し出されたのは崩壊した聖堂の写真だった。
「次に――同年《聖都ルーミナ聖堂襲撃事件》。」
アルザリア東部の聖都ルーミナにて、大規模の爆破が発生しました。
「犠牲者は…民間人を含めて、約500人…。」
「…ッ!。」
ガルデアの髪が少し揺らいだ。
資料には、爆破に巻き込まれた人だった肉片や、激しく損壊した遺体も写っていた。
サラの拳を握りしめた。
「なんて惨い事を……」
「この事件…酷かったよな…」
レオンがルシウスに同情した。
「あぁ…」
暗い声で答える。
「…観光地だった事もあり、その日も大勢の人が参拝しに来てました。来訪者、並びにその周辺に住んでいた人々が巻き込まれた悲惨な事件でした。」
ガルデアは資料を鋭い視線で見ていた。
「そして、事件発生直後、犯行声明が軍や政府機関、各メディアに流されました。」
「…。」
ガルデアがルシウスをジッと見つめた。
彼は犯行声明を再生した。ノイズ混じりの声が焚き火の空間に響く。
> 『我らは〈ピュア・ブラッド〉。
> 汚れた血により築かれた偽りの安寧に、終焉の鐘を鳴らす者なり。
> アルザリアの市民よ――これは戒告であり、終焉の序章である。』
「……なんて連中だ。」
レオンが低く唸った。
「えぇ…虫唾が走るわ…。」
サラが怒りをあらわにした。
「えぇ…そうね。」
ガルデアの目つきが更に鋭くなった。
「…この声明により、先の事件もこの組織が関与した事を自らが自供。よって二つの事件を連続爆破事件と認定し、また、戦争時代のヒューマニアが掲げていた”純血主義”と酷似していた事から、奴らを過激派残党のテロ組織と認定し、
軍の捜査機関を独立させ、強い権限が与えられ、我々《A.M.I.S_アミス》が設立されました。」
「我々はアミスはピュア・ブラッド撲滅の為にあるのです。」
ルシウスが、自身の組織の存在意義を語った。
「まだそんな馬鹿げた事を言ってる奴らが残っていたのね。」
「あぁッ全くだよ。」
ガルデアが苛立ちをあらわにした言葉にサラも同調した。
「…ところでよ。そのジュンケツ主義って、なんだ。」
レオンが申し訳なさそうに聞いた。
「お前…学校で習っただろ。」
ルシウスが呆れた顔で見つめた。
ガルデアが口を開いた。
「まぁ、簡単に説明すると、”人間族こそが、この大陸を支配するべきだ”ていう人類至上主義ていう考え方があったの。」
「へぇーそんなモノがあったんすか。」
「…授業ちゃんと受けてたのか。」呆れるルシウス。
「でね。その考え方をもった人間族が集まってできたのは、ヒューマニア帝国なの。」
「そんな、怖い国だったんすか!?ヒューマニアッて!」
「…。」
「でも、さらにその中でも、”他種族を支配、もしくは絶滅させなければならない”ていう被害妄想に近い考え方が生まれちゃってね。それが――純血主義ってわけ。」
「えぇ…。」
啞然とするレオン。
「全く…いい迷惑さ。」
サラが呟いた。
「そもそも…何で、そんなモノが生まれたんすか。俺の知り合いにもエルフやドワーフ、ゴブリンにオークがいるんすけど…皆、すげーいい奴らばかりッす!」
「それにサラさんだって、サラさんの家族たちだって、皆いい奴ですよ。」
熱弁するレオンをガルデアとサラが微笑ましく見つめた。
「ありがとね。レオン…」
サラが微笑んだ。
「レオンの言うとおり。…全員じゃないけど、ほとんどの他種族はそんな野蛮な人達じゃないわ。」
「誤解されているけど、もともと人類至上主義って、悪い考え方じゃあなかったの――。」
「「…ッ!」」
驚く二人。
ガルデアは続けた。
「…人間族ってね。悪く言えば、他の種族よりも身体的に劣っているのよ…。二人みたいに生まれた時から抜きん出ているわけじゃない…。だから、心の拠り所がね。必要だったのよ。…」
「”自分たちは、決して弱くない。みんなと仲良く…団結して生きていこう”ってね。宗教みたいなものね。それが、人類至上主義が生まれるきっかけなの。」
「それで、今まで仲良くやれてた…だけど、人間族だけじゃないけど…。悪い事を考える輩がいるのよね。世の中には…。」
「人々の信仰心を利用とする輩が…。確証はないけど、そいつが教えを歪めて…結果、人類至上主義っていう御大層な考え方が生まれたわけ…。私の友人にもヒューマニア出身がいるんだけど、帝国初期には他種族共存派が結構な数がいたわけ。元々は、帝国は人間族の拠り所やより良い共存の道標になるつもりで、建国されたんだけどね…政争やら、なんやらで駆逐されちゃったんだって…。」
「…悪い事や恐怖心はすぐ広がりやすいからね……って、ごめんなさい!私関係ない事、独りで喋り過ぎちゃって…!」
ガルデアは慌てて謝った。
「いえ!ガルデアさんのおっしゃりたいこと。非常に理解できます。」
ルシウスは理解を示した。
「俺も!何となくですけど!分かりました!!」
レオンも続けて言った。
「ははッごめんね。みんな――年は取りたくないわ…。」
「分かるよ。」
サラが慰めた。
「…では、話を戻します。」
「この事件では、先の事件とは決定的な違いが一つ。それは――。」
「この事件では有力な証拠が見つかったのです。」
「…ッ!やったじゃねぇか!!」
レオンが喜んだ。しかし、ルシウスの顔は浮かないだった。
「…捜査の結果――
事件現場から、爆発物の破片が見つかり鑑定の結果、使用された爆弾は――戦時中のヒューマニア軍が開発した“魔導爆弾”だったのです。」
魔導爆弾――それはマテリアルと点火剤を組み合わせた比較的簡単に作れる爆弾のことである。本来、加工する前のマテリアルはとても不安定であり、少し衝撃を与えれば大爆発する危険な代物なのだ。
「…。」
ガルデアの脳内に忌まわしい記憶が蘇る。
ルシウスは続けた
「現在、アルザリアでは、魔導兵器の監視を厳しくしています。マテリアルの主要な資源地も我々の監視下です。ですので、同盟国のヒューマニア領内でも、そう簡単に開発できません。」
「…とすると…。」
ガルデアが言いかける。
「えぇ、その破片から、微量ながら奇跡的に見つかったのです。保管元とされている場所の、手掛かりが…。」
「ッ!それってどこだッ!」
レオンが食い気味に聞いてくる。
「場所は、現ヒューマニア領――ヴァルグラント要塞跡地。」
「…ヴァルグラント。」
ガルデアが呟く。
「…何かの因縁ね。」
サラも同様だった。
歴戦の戦士たちが険しい表情を見せた。
「そこって…」
レオンが言いかけた。
「あなたたちの最後の戦い。…ヒューマニア軍の最終防衛ラインの拠点であり、兵器の製造施設ですね。」
ガルデアが無言で頷いた。
「じゃあ!ほぼ確定じゃないか!」
レオンがルシウスに再度確認したが、ルシウスは黙って下を向いていた。
「何か、あったんだね。」
ガルデアが察した。
ルシウスの身体が僅かながら震え始めた。
「…ですが、この手掛かりこそが…大きな過ちだったかもしれません。…」
声が震えた。
「ルシウス…どうした?」
レオンはルシウスの異変に気が付いた。
「ルシウス?」
「坊や…大丈夫かい?」
ガルデアとサラも同様だった。
「…すいません。続けます。」
何とか耐えたルシウスは次の資料を開いた。
「翌年、1029年…三件目。《ヴァルグラント要塞跡襲撃事件》。」
「これは――世間には未発表の極秘事項です。」
「事前調査で、遠くからの観測ですが、人らしい存在がその跡地に入る様子を確認し、我々アミスとオーグは、チームを編成し、ピュア・ブラッドの逮捕に踏切ました…。」
「ですが…そこにいたのは人間ではありませんでした。」
ルシウスは、唇を噛んで言葉を続けた。
「…“無垢なる者”という化け物でした。」
その言葉に、ガルデアの目が一瞬で鋭く光った。
「…っ!まさかッ!?」
「そんな!ありえない!!」
サラが身を乗り出して、言った。
「無垢なる、者?…」
「それって、ただの都市伝説とかそう言うたぐいのモノじゃないのか?」
とレオンが首をかしげる。
「いいえ、レオン…。実際にいたわ…。」
ガルデアの声は、深く冷たかった。
「…ッ!?」
レオンの目が見開き言葉を失った。
「それって…つまり、人体実験があったって事っすよね。」
レオンの身体に悪寒が走る。
無垢なる者――それは、戦時中のヒューマニアが生み出した”兵士魔法強化プロジェクト”の失敗作。本来このプロジェクトは、人間が後天的に魔力を得る為の実験から生み出されたのだ。実験では人体に大量の魔素を短期間で体内に注入することで、大量の魔素に適応する身体にさせ、魔法使いを人為的に生み出すのが目的だ。だが、その過程で身体が急激に変異し、巨大な人型の化け物へと姿を変わってしまうのだ。
ルシウスは続けた。
「…現場に残っていた怪物の肉片を検査したところ、人間のDNAと致死量の魔素が検出され…結果、”無垢なる者”と断定しました。」
サラも怒りを抑えきれずに言葉を絞り出す。
「うちの一族も…、仲間を怪物に変えられた。……同胞を敵として戦わされたのさ。」
「ええ…あれは、最悪な戦いだった。」
ガルデアの瞳の炎がちらついた。
ルシウスは深く頷いた。
「ええ…。承知しています。」
「で、どうだったんだよ。その怪物に会って。」
レオンが事の顛末を恐る恐る聞いた。
「…これが現場に残された音声データです。」
ルシウスは震える手で再生ボタンを押した。
>こちらッ!現場ッ!突如正体不明の怪物が襲来!!部隊が次々壊滅!!応援を、グハァッ!!
>くそッ!!銃弾も魔導兵器も効かねぇ!!どうなってッ…あっ...あぁッ!!
>こちら遠征基地から本部!!部隊長との連絡が次々と途絶!!至急応援を。ん?貴様何者――グサッ!
>嫌だぁ!!―母さんぁ!!あぁ!!グシャ―!!
>くそッ!!こいつら何者なんだ!…ッ!ルシウス!危ないッ!!…グシャ!!
その後も、兵士たちの悲痛な叫びと断末魔が、途切れる事もなく続いた。
ガルデアとサラは顔色変えずに聞いていた。
だがその瞳には怒りに燃える炎が静かに揺れていた。
一方、レオンは悲痛な思いで聞いていた。その眼は泳いでおり、今にも背けてしまいそうな表情をしていた。
ルシウスは終始、俯いたままだった。身体は震えていた。両手を強く握りしめ、この忌まわしい記録が一刻も早く終わることを願うように。
「ルシウス、もう大丈夫。」
ガルデアが子をあやすように言った。
ルシウスは急いでボタンを押し、記録を止めた。そして、振り絞るように前を向き、震える唇で顛末を語った。
「……こちらの兵は総勢百数十名。相手は確認できた数体。
だが――結果、生き残ったのは……俺含め…数人だけでした。」
「しかも、怪物の撃退はできず…。ただ犠牲者を出しただけで…。」
言葉が重く落ちる。
その眼には涙があふれそうになっていた。
「……。」
ライラが言っていた例の事件の事を思い出した。だが、
レオンは親友に何も言えず、ただ見つめるだけしかできなかった。
ガルデアは静かに語った。
「わかるわ……その痛み。」
「あぁ…。」
サラも同情した。
同じ痛みを知る者同士、ルシウスの心は少し軽くなった。
「ありがとう……ございます。」
ルシウスは息を整えた。
「…そして、現場には、…隊員の血でこう記されていました。 ――『これは戒告であり、終焉の序章である。』」
レオンが戸惑いながらも聞いた。
「どうして…世間には、秘密…なんだ?」
ルシウスは手で涙を拭い語った。
「…民間人の犠牲は出てないのと…大規模な作戦にも関わらず、多大な犠牲者が出ただけだから、不用意な公表で民衆の動揺を避けたかったらしい…。」
ルシウスは苦笑した。
「…ルシウス。」
「そして……四件目。」
ルシウスは悲しみを押し殺すように説明を続けた。
「《ヒューマニア外交官暗殺未遂事件》。外交特別列車がアルザリアへ向かう途中、後方車両が爆破。乗員47名が死亡。
外交官は重傷を負いながらも、生還しました。」
「ッ!この事件も奴らが関わっていたのかい!」
サラが驚く。旅をしていた。サラたちにも知られる程、大きな事件だったようだ。
ルシウスは頷いた。
そして声を落とした。
「実行犯は、無垢なる者二体。そして――“異形”が一体。」
「異形…?」レオンが眉をひそめる。
ガルデアとサイラが同時に顔を上げた。
「まさか…ッ!?」
「――はい。“聖痕の儀”を受けた者、つまり“聖異体”です。」
重い沈黙が広がる。
「セイコンのギ…って?」レオンが問いかけると、
ガルデアが説明した。
「無垢なる者の上位互換とも言える存在…聖異体を作るための手術。それが“聖痕の儀”よ。」
レオンが無言でガルデアを見つめた。
ガルデアは説明を続けた
「ヒューマニアが魔法使いを人為的に生み出していた事は、知っているよね。そのプロジェクトの強化版みたいなモノ…。より強大な魔力を有し、より強力な身体能力を得られる手術。それが――聖痕の儀。」
「…。」
「その手術は死のリスクが極めて高いの…。」
レオンの喉が鳴る。
「…まじかよ。」
レオンは信じられない世界が存在することに慄いた。
「成功した者は、通常時…つまり人間の姿のままで無垢なる者と同等かそれ以上の力を得られる。でもそれだけじゃない…。
姿は個体ごとに異なるけど――魔獣のような身体的特徴に変身できるようになるの。」
「…!魔獣って。ゴリみたいにッ!…でもなんで。」
「ここからが、この手術の恐ろしいところ…その手術わね。魔獣の一部を身体に移植するの…。」
「…ッ!!?」
「私たちが戦ってきた中には…巨大な翼が生えたり、腕を伸縮自在に伸ばせたり、巨体になったりした者がいたは…。」
過去の戦いを振り返るように語った。
サイラが補足した。
「あぁ、“聖なる痕を受け、罪たる異形の姿で敵を滅ぼす”――だから、皮肉を込めて“聖異体”って呼ばれたのさ。」
「…そこまで…するのかよ…。」
レオンが俯き慄いた。
「私たちが追い詰めたせいか…それとも他者よりも優れたいと思う人の性のせいか…。」
「とにかく、戦争は人の見たくない一面が現れやすいからね…。」
ガルデアが何かを悟るように語った。
「…首相を含む生存者から話を聞きたところ。客室乗務員に扮した1人の女が突然変異し、凶行に及んだそうです。」
「…へんね。聖異体は大量の魔力を有するはずよ。魔力を探知機に引っ掛からなかったの?」
「…そこは調査中で。警備も厳重なはずが、どうやって…。」
「なるほど…私たちの知っている、それじゃないってことね。」
場が凍った。敵が得体の知れない力を有している事に。
ルシウスは最後の資料を閉じ、深く息を吐いた。
「…以上が、《ピュア・ブラッド》による全ての事件の概要です。」
――静寂。
焚き火の火が、音もなく弾けた。
誰もが、言葉を失っていた。
第十章 決断に続きます。




