第四話 昼過ぎに戻る
家に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
玄関を開けると、あんずが先に入る。
靴を脱ぐのを待つこともなく、まっすぐリビングへ向かった。
水の器の前で立ち止まり、迷いなく飲み始める。
音は静かで、勢いもない。
飲み終えると、軽く口元を舐めて、そのままクッションへ。
くるりと一回転して、丸くなる。
目を閉じるまで、早い。
朝、自然公園に入ってから、二、三キロは歩いた。
道を進んで、広場に出て、また戻る。
ゴブリンと戦ったのは、あんずだ。
俺は後ろで見ていただけ。
枝は持っていたが、使っていない。
現実味がない。
何かの物語を、少しだけ横から覗いた感じに近い。
次は、戦ってみたい。
そう思ったが、言葉にはしなかった。
あんずは、起きない。
玄関脇に枝を立てかけ、手を洗う。
テーブルの上に置き手紙があった。
『おばあちゃんの様子を見に行ってきます』
母の字だ。
キッチンを見る。
何も火は使われていない。
少しして、玄関が開いた。
「ただいまー……」
姉だった。
靴を脱ぐのも面倒そうに、壁に手をついている。
「電車止まってさ。歩いて帰ってきた」
リビングに入ると、あんずに気づいた。
「ずーさん」
クッションに近づき、しゃがむ。
寝ているあんずの首元を、ゆっくり撫でる。
あんずは目を開けない。
撫でられることにも、反応しない。
「……寝るわ」
それだけ言って、二階へ上がっていった。
家の中は、また静かになる。
外を見ると、帰り道の光景が思い出された。
ブロック塀にヒビが入っている家。
一部が崩れたままの壁。
家屋は倒れていない。
事故も、目に見える範囲では起きていない。
でも、人は多かった。
怪我人も、きっと少なくない。
テレビをつける。
地震の被害状況。
道路の陥没。
地下空間が露出した場所。
各地で、同じような映像が流れている。
画面が切り替わる。
自然の多い公園。
立ち入り禁止のテープ。
警察官。
『現在、各地で正体不明の地下構造が確認されています』
『絶対に、中に入らないでください』
言い方は違うが、内容は同じだ。
スマホを見る。
電波は、もう戻っている。
掲示板を開くと、情報が流れていた。
――大きな公園で変なの見た
――井の頭公園にもできてる
――入ったやつ、怪我したらしい
断片的だ。
信憑性は、分からない。
ニュースでは、警察が出動しているとだけ伝えている。
学校から、連絡が入った。
『当面の間、休校とします』
様子見で、一週間。
あんずは、クッションの上で寝息も立てずに眠っている。
朝、あれだけ動いていたのに、今は何もなかったみたいだ。
俺はテレビの音を下げ、ソファに座った。
そのまま、時間が過ぎていった。




