第十二話 段を越える
朝のうちに家を出た。
今日で休みは終わる。
だから、行けるところまで行っておく。
自然公園を抜け、ダンジョンへ入る。
一層から三層までは、足を止めない。
広場に出ても配置だけ確認して、あんずが前で片付ける間に由貴は道へ戻る。
ここは通過点。
息を整える場所でもない。
四層の階段が見えた。
ここから先は初めてだ。
由貴は枝を握り直す。
指先の位置を決める。
足を置く位置を一度だけ確認して、あんずに声をかけた。
「行くぞ」
階段を降りる。
広場に出た瞬間、動きが重なった。
四体。
一斉に来る。
由貴は反射で数を割る。
あんずが二体へ向かった。
由貴の正面にも二体。
距離が詰まるのが早い。
一体に構うと、もう一体が横から入ってくる。
由貴は踏み込みを抑えて位置をずらし、同じ線に並ばせないように動く。
枝を当てて腕を逸らし、体勢が崩れた瞬間だけを拾う。
だが、余裕がない。
背中側にもう一体の気配が残る。
判断の順番が遅れると詰まる。
「右、先!」
声が出た。
由貴は自分の右側に寄せていた一体を先に落とす。
倒し切るまでを短くする。
次の瞬間、残った一体が踏み込む。
枝で逸らして、喉に入れる。
息が一度、浅くなる。
止まらない。
足を置き直す。
あんずのほうは、二体を同時に崩していた。
突進で片方を弾き、もう片方へ噛みついて押し倒す。
二体を相手にしているのに、動きが止まらない。
由貴は横から入らない。
邪魔をしない位置で角度だけ変えて、逃げ道を作らせないように動く。
あんずが仕留めて、四体とも静かになった。
広場を越えて、次。
また四体。
同じ数でも、出る位置が違うだけで手順が崩れかける。
由貴は声を使うことに決めた。
判断を早く固定するためだ。
「左、二つ」
あんずが左へ。
由貴は残り二体を引き受ける。
片方を先に倒して数を減らす。
もう一体の踏み込みを受け流して、同じ形に戻す。
焦る。
それでも、動きは崩さない。
崩れたら終わる。
広場をいくつか抜ける頃には、体の置き方が少しだけ落ち着いてきた。
息が乱れても、戻し方が分かってくる。
視線の置き場も固まってくる。
四層は通れる。
まだ余裕ではないが、進める。
やがて階段が見えた。
五層。
様子見のつもりで降りる。
あんずの首輪を一度確かめ、声を落とした。
「無理はしない。危なかったら戻るぞ」
広場に出た瞬間、来た。
一体、二体、三体。
さらに四体、五体。
同じゴブリンのはずなのに、手に何か持っている。
棒のようなもの、金属のようなもの、形は揃っていない。
振り回しながら距離を詰めてくる。
そして一体だけ、動きが違った。
前に出ない。
少し後ろで落ち着いている。
周りの動きが、その個体の合図に合わせて揃っている気がした。
由貴は言葉にしない。
考えている時間はない。
数が多い。
武器がある。
ここは四層と同じ形で処理できない。
「前、抑えろ!」
あんずが飛び出す。
一体に当たり、崩す。
由貴はその隙で一体を落とす。
一体減らしても、まだ四体。
武器の軌道が厄介だ。
受け流すつもりが、距離の計算を誤ると届く。
枝を当てて逸らしても、次が来る。
背中側の気配が消えない。
「あんず、戻れ!」
あんずが一度、戻る。
由貴の横に入る。
そこからまた前へ出る。
言葉が通る。
意思疎通ができるだけで、手順が組み直せる。
「右から来る、先に落とす!」
由貴は右の一体を狙う。
枝で武器を逸らし、体勢が崩れた瞬間に入れる。
倒れる。
三体。
次の一体の武器がかすめる。
腕に熱が走る。
ほんの少し。
だが、はっきり分かる。
同じようにやっていたら削られる。
「撤退準備!」
声が出た。
由貴は一体を落とし、あんずがもう一体を崩す。
残りが二体になったところで、指示役の個体が動いた。
前に出るのではなく、距離を取って位置を変えさせようとする。
由貴は追わない。
追ったら囲まれる。
残った近い個体だけを処理して、すぐ引く。
戦闘が終わったら、迷わず戻る。
五層は、今は長居する場所じゃない。
撤退に切り替えてから、しばらくは問題なく進めた
四層に戻ると、動きは三層までと大きく変わらない
さっきまでの緊張が嘘みたいに、体が手順をなぞってくれる
違いがあるとすれば、五層を一度見たせいで、判断が早くなっているくらいだった
広場を抜け、道に戻ったところで、あんずが急に足を止めた
前を向いたまま動かない
鼻を地面に近づけて、同じ場所を何度も嗅いでいる
「あんず?」
声をかけると、短く鼻を鳴らして、そのまま地面を掘り始めた
前足で勢いよく土をかき出す
撤退中に何をしているんだと思いながら、由貴は周囲を警戒する
だが、あんずは掘るのをやめない
一点だけを集中的に
やがて、土の中から角ばったものが見えた
金色の箱だった
由貴は枝を使って掘るのを手伝う
周囲の土を崩し、引っかからないように慎重に起こす
完全に掘り出すと、確かに箱だった
装飾はなく、ただ金色をしている
宝箱、だろうか
その場で開けるべきか一瞬考えたが、由貴は迷わず蓋に手をかけた
中に入っていたのは、黒いリュックだった
「……リュック?」
拍子抜けするほど普通の見た目だった
金具も布地も、特別な加工があるようには見えない
とりあえず担いでみる
重さはほとんど感じない
今は長居しない
由貴は箱をそのままにして、撤退を再開した
外に出るまで、特に問題はなかった
自然公園に戻り、ようやく歩調を緩める
五層のことは、後で整理すればいい
家に戻ってから、リュックを床に置いた
まず枝を入れる
問題なく入る
次に、適当な石を拾って入れてみる
入る
重さは変わらない
自分の普段使っているバッグを入れてみる
入る
やはり、変わらない
よく分からない
由貴はそのまま家の中に持ち込み、机の横に置いた
教科書を数冊入れてみる
机の引き出しを一つ、丸ごと入れてみる
どれも入る
持ち上げても、重さはほとんど変わらない
理屈が分からない
考えても答えは出ない
一旦、保留だ
夜、ネットで宝箱について調べてみる
それらしい報告は見当たらない
誰かが見つけた、という話もない
由貴は端末を伏せ、あんずを呼んだ
近くに来たあんずの頭を撫でる
あんずは気にした様子もなく、そのまま横になる
由貴はもう一度、黒いリュックに視線を向けてから、何も言わずに明かりを落とした
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