15話 スカーレットの守り
「スカーレット! 君は私の婚約者なんだぞ! それなのにシモン様と二人っきりで馬車に乗るとはどういうことだ!」
オーエン様は鼻息荒く私を責めているけど、記憶喪失かなにかかしら? 自分は王宮で堂々とシャルロットの胸を触るし、夜会では二人っきりになりたいと宣言して消えていく。最終的に妊娠させ、内密だけど婚約も破棄されたのに。
(きっと周囲に人がいるから、私を悪者にしたいのよね。そうすればお互い浮気したのだからと、妹を妊娠させた言い訳が立つもの。本当に小さい男だわ……)
そう思うと呆れて彼に反論する気にもなれない。私が黙ってため息を吐いていると、シモン様が代わりに話し始めた。
「オーエン殿下。急なことですが、帰国することになりました。それで皆様にご挨拶をと王宮に来たのですが」
シモン様は私が馬車に同乗している理由を言わなかったが、それを聞いたオーエン様はあからさまにホッとした顔で笑った。
(オーエン殿下はシモン様が苦手ですものね。陛下以外に自分より上の立場の人がいるのが嫌なんだわ……)
「あ、ああ! そうでしたか! 陛下は時間が取れないかもしれませんが、ぜひこちらに――」
「いえ、陛下にも、そしてスカーレットのお父上である侯爵にもご挨拶をしたいのです」
「えっ……? な、なぜ侯爵にまで?」
オーエン様は怪訝な表情で私を見ると、またシモン様に向き合った。シモン様は余裕たっぷりの顔で、にっこりと笑っている。
「それはもちろん、私がスカーレットと婚約したからですよ」
「な、なんだと! スカーレットと婚約? いったい何を馬鹿なことをおっしゃっているのですか!」
シモン様の言葉に、周りにいた従者たちもざわめき始める。
「馬鹿なことではありません。それにもうスカーレットはあなたの婚約者ではないでしょう? オーエン殿下はあろうことか彼女の妹であるシャルロット嬢を妊娠させ、婚約することになったのですから」
「そ、それは……しかし……!」
シャルロットとの関係は王宮では周知のことだったが、まさか妊娠しているとまでは思っていなかったのだろう。いつもは無表情で護衛をする騎士たちまで、目を丸くして驚いている。侍女たちは早く誰かに言いたいといわんばかりに、口を手で隠していたが笑っているのが丸わかりだ。
そんな醜聞の的にされたオーエン様は、シモン様に教えたのが私だと思ったのだろう。ふるふると拳を震わせ、赤い顔で私を睨みつけている。
「ス、スカーレット! きさま……!」
「きゃっ!」
オーエン様が私の腕を引っ張ろうと手を伸ばす。しかし次の瞬間。私の目の前で竜巻のような突風が吹き出し、オーエン様は巻き込まれるように吹き飛ばされてしまった。
「うわああ!」
「殿下!」
私の身長ほどの高さまで浮き上がり、そのまま力をなくしたようにオーエン様の体は地面に叩きつけられ転がった。笑っていた侍女も青ざめ、気を抜いていた騎士たちは大慌てで殿下に駆け寄る。
私だって初めて見た魔術の発動に、ゴクンと喉を鳴らしていた。それなのに、この騒然とした場のなか、シモン様だけが感心したようにうなずいている。私の肩を抱き、ものすごく楽しそうだ。
「う~ん、すごい威力だね。やはり聖女の魔力はとてつもないな」
「シモン様! そんなことを言ってる場合じゃありませんわ! まさかここまでとは……」
「ん? でもさっき言っただろう? 自業自得だ。それだけオーエン殿下は君に向かって乱暴を働こうとしたんだよ?」
「そ、それはそうですが……」
チラリとオーエン様を見ると、泥だらけの状態で騎士に支えられていた。私と目が合った瞬間、化け物でも見るような顔をしていたが、すぐさま騎士の手を振り払いこっちに走ってきた。
「スカーレット! おまえの仕業か! い、いったい私になにを――」
「オーエン様! 落ち着いてください! そうでないと――」
オーエン様には何が起こったのかわからなかったのだろう。再び私に掴みかかろうとし、またあっという間に吹き飛ばされてしまった。
「ぐわあああ!」
(もう、だから落ち着いてと言ったのに……)
でもこれで安心だわ。私に乱暴しようとしても、婚約の魔術が私を守ってくれる。私はそっとシモン様の顔を見上げると、彼は少年のようにニッと笑った。
「だから言っただろう? 君のことは一生、私が守ると」
「ええ。このような守り方だとは思わなかったですけど、嬉しいです」
シモン様の口ぶりから考えると、この魔術は私の魔力とも関係していそうだ。それでも元はオーエン様が私に乱暴しようとしなければ良かったこと。シモン様の言うとおり、自業自得だろう。
「俺は独占欲が強いからな。自分の妃の体に、他の男の指一本でもさわらせるつもりはない」
そう言うと、シモン様は私の腰を引き寄せ、おでこに軽いキスを落とした。
「ス、スカーレット……」
オーエン様はそんな私たちを見て、呆然とした顔をしている。今では戦意喪失し、地面に座り込んでいた。白い服はドロドロで、普段の私よりひどい格好だ。
そんな泥だらけのオーエン様に、シモン様は一人近づいていく。そして見下すような目で殿下を見ると、口を開いた。
「スカーレットはもう私のものです。気安く触ると痛い目にあいますよ? それにお忘れですか? 私はカリエント国の第一王子。妃になる彼女の身にさわるなど、国際問題になるでしょう」
「カ、カリエントの王妃……。スカーレットが?」
私を見つめるオーエン様は、まだ信じられないといった表情だ。私とシモン様を交互に見ては、青ざめた顔をしている。にっこり見つめ合う私たちの姿は、彼の瞳にどう映っているのだろうか。
「とにかく陛下と侯爵のお二人を呼んだほうがいいですよ。もちろん侯爵には私の素性も教えた上でね」
シモン様の威厳あるその態度は、周囲の人たちをも圧倒していた。チラリと目線を動かしただけで、侍女が陛下へ説明しに王宮に入っていく。
(これじゃあ、どちらがこの国の王子かわからないわね……)
私は茫然自失の状態で座り込むオーエン様を見つめながら、そう考えていた。




