第6話 全てのはじまり
ヒソヒソ…
「なあ…大地よ…」
「ん?どうしたテラ?」
「今日の朝、俺はお前を全力で応援すると言ったが……これはどういうことだ?」
寺田の視線の少し先。
そこには下校中の坂下の姿があった。
「お前、これ一体どういうつもりなんだ!? 坂下さんの後をコソコソ付け回すなんて!」
「……少し落ち着け」
染谷は冷静な顔で、口元に人差し指を立てた。
「あと、声のボリュームを落とせ。気づかれてしまうだろ」
「じゃあ……ちゃんと納得できるように説明しろや」
「……生態調査だ」
「せいた……い……なんだって?」
染谷は鋭い視線を坂下へと向けた。
「生態調査だ。あいつ、部活には入らないと言っていただろう?で、この3日間、終業のチャイムと同時に誰よりも早く教室を出ていく……怪しいとは思わないか?」
「え〜っと……はぁ!?」
「あいつを見てると何かが引っかかる。うまく言葉にはできんのだが……」
「いったい何を言って……」
(……ん?ちょっと待てよ。まさか、こいつ……)
「おい、お前まさか坂下さんのこと……いや。ってか、それが理由だとしても、これじゃあただのストーカーだろ」
「ストーカー? だから言ってるだろ、生態調査だ」
染谷はすっと立ち上がる。
「いいから黙ってついてこい」
(うわ〜……もうイヤな予感しかしねぇよ〜)
寺田の不安をよそに、尾行は続いていった。
最寄駅から電車に揺られること、およそ20分。
坂下はとなり町の駅で降りた。
(あれ? 意外と近くに住んでんだな)
改札を抜け、数分歩いた先に、見覚えのある大きな公園が見えてきた。
「ここ、芝原公園じゃねーか。ガキの頃、何度か来たことあったよな」
「ああ。だがなんでこんなところに……ますます怪しいな」
さらに奥へと進む坂下の背中を追いかけていく。
やがて、一面に芝生が広がる広場に辿り着いた。
「まずい、隠れろ!」
染谷の合図と同時に、近くの草むらへと飛び込む。
ひそかに息を潜めていると、坂下は持っていたバッグを芝生の上に下ろした。
そして、無造作にブレザーを脱ぎ、シャツのボタンに手をかける。
「うわっ! やべーって、大地! あっち向いて…」
寺田は慌てて染谷の方を向く。
だが____
染谷は両手で顔を覆っていた。
「……大丈夫だ」
(…なんかちょっと安心したわ)
「ん? あ、なんだ、中にちゃんと着てたのか。ビビらせんなよ」
「ふぅ……」
染谷はそっと手を下ろし、眼光鋭く坂下を見つめた。
坂下はバッグの中から、丸くて網目状の何かを取り出す。
(なんだ、あれ……ボールか?)
そのボールを、ふわりと空へ放る。
そして__両足でリズムよく蹴り始めた。
タタン、トン、タタン……。
ボールは一度も地面に落ちずに宙を舞う。
まるで足に吸い寄せられているかのように。
「なぁ大地……あれ、一体__」
寺田の声は、もう染谷には届いていなかった。
彼の視線はただまっすぐに。
これから起こるすべてを見逃さないために。
その“異質な光景”に、吸い込まれていた。
***
__染谷 大地。
こいつは、俗に言う“天才”だった。
別に、努力してる姿を見たわけじゃない。
でも、なんでも簡単そうにやってのける。
……だからなのか、どこかでずっと、
“特別な何か”を探してるように見えた。
高校に入ってすぐ、
あいつは坂下 泉っていう女子に興味を持った。
誰が見ても一目惚れ__
じゃなくて、なんかもっと、真剣に。
あいつは「観察」をはじめたんだ。
なんかの研究対象かよってくらい。
で、下校中に尾行して、見つけたんだ。
芝生の公園。 汗まみれになりながら、
坂下は変な形のボールを器用に蹴ってた。
それが、この球技との出会い。
そしてそれが、あいつの__
全部の始まりだった。




