第3話 白い帆船と黒髪の王子様(仮)
ざわ…ざわざわ…
先ほどの坂下 泉のスピーチの興奮が冷めやらぬ中、
1年B組の教室内は所々でざわついていた。
「うわ~もう尊過ぎて死ねる~♪」
「俺…あんな美人初めて見たわ」
「あ~いう子ほど裏がありそうだけどね~。性格悪そうな顔してんじゃん」
「そういうこと言ってるお前は性格も顔も悪いけどな」
あちらではキラキラと目を輝かせている女子が。
こちらでは胸の前に手を当てて、深いため息を吐く男子が。
そちらでは憤った女子の右ストレートが唸りをあげていた。
「すげ~注目の的だな」
そう言うと、寺田は教室の真ん中の席に座っている坂下を見つめた。
みな恐れ多いのか、坂下の周りには誰も近づけないでいる。
まるで、大海原にぽつんと浮かぶ真っ白い帆船のようだ。
「まあ…こっちも負けてねーんだけどな」
そう言うと隣で座っている染谷に目を向ける。
「うわ~...マジイケメンじゃん」
「顔ちっさ!脚なっが!…ってかまつ毛もなが!」
染谷を見つめる女子達から黄色い声援がとんでいた。
身長178センチ、あっさりとした顔立ちに、切れ長の目元。さらりと流れる黒髪。
坂下 泉と同様、この男もまた、この学校では異質な存在だった。
そんな黄色い声援など気にも留めず、染谷は頬杖を付きながら”ジッ”と坂下の後ろ姿を見つめていた。
(まあ…女子のときめきもすぐに収まるだろ)
「ところで大地。お前、彼女のこと知ってるような雰囲気出してたけど…顔見知りかなんかか?」
「いや。ただ...新入生代表の挨拶を断った時に、もう一人声をかけている生徒がいると言っててな。
もし断っていなかったら、俺とその生徒2人でスピーチをする予定だったらしい」
「はあ!?じゃあなにか?入試のトップ合格者はお前だけじゃあなかったってことか?」
「どうやらそのようだな」
そう言うと、染谷は"ニヤリ"と笑った。
寺田は自己採点により、染谷の入試テストの点数を知っている。
全教科中、ケアレスミスがたったの2つ__つまり、ほぼ満点。
(こいつの他にも…いるもんなんだな~。しかも人格に難もなさそうだし)
教室のざわつきが少し落ち着いてきたそのとき__
ガラガラガラッ。
という音とともに教室のドアが開くと、紺色のスーツを着た男性が教卓へと歩いていく。
生徒たちは慌てて自分の席へと戻るが、坂下の周りの生徒たちは少し遠慮がちに席へとついた。
「よし、全員席についたな。じゃあ…まずは改めて、入学おめでとう」
「今日からこのクラスを担当する宮下 傑だ。歳は37。担当教科は歴史。俺の名前を書く機会なんてお前らにはそうそうないだろうから…黒板には書かない。まあ気にするな」
(なんだ、このゆる~いおっさんは)
生徒たちが心の中でそう思っていると、宮下はさらに言葉を続ける。
「え~…あ~…まあなんだ。これ以上俺がなんか言っても仕方ないな。さっきの坂下の挨拶が完璧だったし…よくやったぞ、坂下」
「ありがとうございます」
凛とした表情で坂下が答えた。
「ただ…流石に何にもないっていうのもなぁ......じゃあ1つだけ」
宮下は頭を少しかいたあと、真っすぐ生徒たちを見据えた。
「…自分の成功を疑え」
一瞬だけ真顔になったかと思えば、
「まあ、でも疑いすぎて禿げたら元も子もないから、ほどほどにな」
と、すぐにへらっと笑った。
「クスクス……」
教室に、小さな笑い声が広がる。
「今日はこれで解散。ただし、明日はひとりずつ前に出て自己紹介をしてもらう。1人30秒までな」
すると、茶髪でおかっぱの男子生徒が手を挙げた。
「なんで30秒なのでしょうか?」
「去年、長ったらしい挨拶をする奴が数人いてな。そのせいでプレッシャー感じて吐いたやつがいたんだよ」
そう言って宮下はひとつため息をつく。
「いいか?最初の自己紹介がその後の学校生活を大きく左右する...なんて思ってるやつもいるかもしれんが、そんなことはない」
「だからまあ…気楽に考えてこい」
こうして、入学初日は無事終了となった。
***
「自己紹介ね~」
寺田は頬杖を付きながらストローでメロンソーダをすすっている。
「テラは何を話すか決めたのか?」
「うんにゃ、別になんでもいいだろ。俺の前に坂下さんとお前がいる時点で…その後はもう消化試合みたいなもんだしな。何話しても"印象薄いやつ枠"に収まるだけだって」
「そういうお前こそ...何話すか決めたのか?」
寺田はおそるおそる染谷に尋ねた。
「ふっふっふっ…まあな!」
そう自信満々に答える染谷を見て
寺田は彼が中学時代に起こした数々の伝説を思い出す。
(先生……俺、自己紹介前日から既に吐きそうだよ)
自分のことではなく、他人の自己紹介に頭を悩ませるかわいそうな寺田であった。




