第2話 入学式 ―監獄と、伝説のスピーチ―
4月某日
空はすっきりと晴れ渡っていた。
すぐそばを流れる川のせせらぎ。
そよ風に揺れる桜並木。
あちらこちらで聞こえる鳥の鳴き声。
まるで新生活を迎える学生たちを歓迎するかのような、爽やかな三重奏だ。
東京都立桜川東高等学校
名前こそなんの捻りもないが、都内でもトップクラスの偏差値を誇り、スポーツも盛ん。
文武両道を掲げる、歴史ある名門校である。
その校門前に、染谷と寺田の姿があった。
「さて、これから輝かしい高校生活の幕開けだな!」
染谷はニヤリと笑い、遠くに見える校舎を見据えた。
「はぁ……ここが俺の新しい監獄か」
寺田は頭を抱えて、うつむいている。
「それにしてもテラ、お前よくここ受かったな? あの石倉でさえ落ちたのに」
「……石倉ねぇ〜」
寺田はどこか遠い目をして、空を仰いだ。
石倉 匠
中学3年間をすべて勉強に捧げた男。
ペン回しが得意で、3年間1度も失敗しなかったため、クラスでは密かに「匠の技」と呼ばれていた。
だが染谷がいたせいで学年トップの座を奪えず、万年2位。
そのことから「万年筆(万年悲痛)」という不名誉なあだ名までついてしまった。
染谷へのリベンジを誓い、同じ高校を受験するも失敗。
__ちなみに今後一切登場しないので覚えなくていい。
「いいよな...あいつは。やっと卒業できたんだから」
「卒業?今日は入学式のはずだが…」
染谷が首を傾げると、寺田は目をつむり、右手の拳を握る。
「うるせーよ。ってか俺がここにいるのは全部美空さんの為なんだよ!」
「あの人からの『よく頑張ったね、テラ♪』って言葉のためだけに俺は…」
「だからか。中3の夏あたりからお前の目がバッキバキだったのは」
「ふん...まあ血反吐の2、3度くらい安いもんよ。お褒めの言葉は…もういただいたしな」
寺田は少しだけ顔を上げ、この世の言葉では表せないほどの笑みを浮かべた。
「お前の特殊な性癖のことはどうでもいい。さっさと行くぞ」
そう言って歩き出す染谷の後を、舌打ちしながら寺田も追う。
2人はまず指定されたクラスへと向かう。どちらも1年B組だ。
嘘みたいな話ではあるが、この2人は小学生から中学卒業まで、一度も別のクラスになったことがない。
寺田はこうなることを既に察していたのか、特に取り乱すようなことはなかった。
ただ、この世界のどこかにいるであろう絶対的な存在に対し、そっと中指を立てた。
その後、出席番号順に列を組んで体育館へと向かう。
(マジで囚人の気分だ…)
しかも前を歩くのは染谷。嫌でも目に入る。
「どこ行ったんだよ、た・ち・つ・は…」
ボソッと寺田が呟いた。
体育館にはすでに在校生たちが着席していた。
ざわざわとした声があちこちから聞こえてくる。
1年A組が入場し、席へ。続いてB組も入場。
染谷と寺田も順に着席する。
「そういえばお前、新入生代表の挨拶とかしねぇの?」
「事前に連絡はきてたが断った!だってその方が__」
「希少だしカッコいいからだろ?耳にタコなんだよ」
「わかってきたじゃあないか!でも__」
“キーン”
その時、館内に高音が鳴り響く。
壇上にはスーツ姿の女性が立ち、マイクを軽く叩いていた。
その瞬間、会場の空気が一変する。話し声がピタリと止んだ。
(マジかよ……うちの中学ならここから5分はかかるぞ)
環境の違いに驚く寺田をよそに、入学式が始まった。
教頭の開式の辞、入学許可宣言、学校長式辞__
式は滞りなく進行していく。
そして、ついにその時が来る。
「続きまして、新入生代表の挨拶。1年B組、坂下 泉さん」
「はい!」
壇上の階段を上り、演台へと歩みを進める少女に視線が注ぐ。
コツ、コツ、コツ…...
静寂の中、靴の音だけが響く。
そして演台に立った瞬間、空気が変わった。
肩甲骨まで伸びた黒髪、凛とした佇まい、透明感のある肌。
その姿に、思わず誰もが息を呑んだ。
「彼女……か」
染谷がぽつりと呟く。
「本日は___」
透き通るような。
それでいて、確かな芯を感じさせる声。
見た目の美しさだけじゃない。
その一言で、誰もがそう感じた。
「私たちは、まだ何者でもありません。
でも私は知っています。
“まだ何者でもない”ということは、何にだってなれるということです。」
その瞬間、誰かが小さく息を呑む音が聞こえた。
静けさは、やがて“重み”に変わる。
会場にいた全員が、“何か”を感じ取った。
「……この3年間が、人生の宝物になりますように。」
そう締めくくると、彼女は静かに、深く頭を下げた。
次の瞬間__
ワァァァァァァァ!!パチパチパチパチパチ!!!
この日一番の大きな拍手が、まるで祝福の雨のように降り注いだ。
(す……すげぇな)
寺田がぽつりと呟く。
その横で、染谷は“ニヤリ”と笑っていた。
なお、この挨拶は後に“伝説のスピーチ”として語り継がれ、
翌年以降、新入生代表を辞退する者が続出したという。




