第16話 策士と理解者
放課後の職員室。 そこは生徒にとって、特別な緊張感が漂う場所だ。
「宮下先生、失礼します」
坂下の凛とした声が響く。 その後ろには、猫背気味の寺田と、姿勢よく(猫を被った)染谷が続いていた。
「ん? ああ、お前らか」
宮下はデスクでスポーツ新聞を広げていたが、3人の姿を見ると面倒くさそうにそれを畳んだ。
「先生。この度は……セパタクロー部の設立にご尽力いただき、本当にありがとうございました」
坂下が深々と頭を下げる。 続いて染谷も、教科書通りの美しいお辞儀をした。
「顧問まで引き受けてくださって……感謝の言葉もありません」
「よせよせ、礼なんていい。俺はただ、ちょいと入れ知恵しただけだ」
宮下はフン、と鼻を鳴らす。
「あの校長はな、『優秀な生徒』と『学校の評判』って言葉に弱いんだよ。お前ら二人の名前を出せば、校則なんぞ捻じ曲げてでも許可を出すと踏んでたが……ま、案の定だったな」
「さ、さすがです……」
寺田が引きつった笑みを浮かべる。この先生、あの厳格な校長の扱いを完全にマスターしている。
「でも、先生。本当によかったんですか?」
坂下が少し不安そうに尋ねる。
「顧問って大変だって聞きますし……それに、セパタクローなんてマイナーな競技、先生もよく知らないんじゃ__」
「あー、まあな」
宮下は頭をボリボリとかきながら、天井を仰いだ。
「今は他の部の顧問もやってなくて暇だったしな。それに……」
「それに?」
「……まあ、全く知らないってわけでもないんだよな」
「え?」
宮下の声はあまりに小さく、聞き返した坂下の声にかき消された。
「あ、いや。なんでもない。気にするな」
宮下はひらひらと手を振る。
「……そうですか。でも、僕たちは本当に嬉しいです。先生のような素晴らしい指導者の元で活動できるなんて、光栄の極みです」
染谷がキラキラとした(作り)笑顔で言った。 その瞬間、宮下の目がスッと細くなる。
「……おい、染谷」
「はい、なんでしょうか?」
「お前……まさか3年間ずっとそのキャラでいくつもりか?」
「……え?」
染谷の笑顔がピクリと固まる。 宮下は呆れたように、ふっと息を吐いた。
「いや、まあ……お前がそれでいいなら別に構わんが。疲れない程度にしとけよ」
「……ご心配、痛み入ります(ニコッ)」
染谷が強引に笑顔で返すと、横にいた寺田が小声でささやいた。
「(おい大地……先生、完全に気づいてるぞ)」 「(……し、静かにしろ、テラ。)」
ヒソヒソと言い合う二人を見て、宮下は「やれやれ」と肩をすくめた。 それ以上深く追求するつもりはないらしい。
「ま、とりあえずやるからには自由にやれ。俺は名前だけの顧問だ。練習メニューや戦術は、お前らで考えろ」
「はい!」
「ただ__」
宮下は引き出しから鍵の束を取り出し、ジャラリと鳴らした。
「練習場所と部室の確保だけは、俺がなんとかしてやる。新参者がデカい顔して体育館を使うにしても、お前らだけじゃ他の部の反感を買うだけだろうからな」
「せ、先生……!」
坂下の表情がパァッと明るくなる。
「感謝するなら結果で返せよ? ほら、行った行った」
追い払うように手を振られ、3人は「失礼しました!」と元気よく職員室を後にした。
その背中を見送りながら、宮下は再びスポーツ新聞を広げようとして……やめた。
(……変な奴らだ)
特に染谷。 優等生の仮面を被っているが、その下にある本性はまだ見えてこない。 ただ、セパタクロー部を作りたいと言ってきた時の........あの必死な目だけは、嘘じゃないように見えた。
(ま、熱くなれるもんが見つかったなら、それでいいか)
宮下はスマホを取り出し、懐かしい友人の名前をタップした。
「……さてと。とりあえず……あいつに電話でもしてみるか」
プルルル……という呼び出し音が、静かな職員室に小さく響いた。




