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セ・パ・タ・!  作者: 日並うたたね
第2章

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第15話 大人の事情 東京都立 桜川東高等学校、校長室

重厚なマホガニーの机、ふかふかの革張りソファ、そして壁に掲げられた『質実剛健』の額縁。 いかにも「教育の場」といった厳格な空気が漂うこの部屋で、今、一人の男が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


第18代校長、鮫島さめじま げん。 教育歴35年。「規律の鬼」として恐れられ、その厳格な指導方針は保護者からも絶大な信頼(と、生徒からの恐れ)を集めている男である。


「……教頭。これはどういうことだね?」


鮫島は、手元にある書類を指先でトントンと叩いた。


「どういうこと、とは?」


対して、涼しい顔で答えるのは教頭の白石しらいし。 常に冷静沈着、感情を表に出さない鉄の女である。


「部活動申請書だ。『セパタクロー部』……? 聞いたこともない競技だな。それに、ここだ」


鮫島は書類の下部を指さした。


「部員数、3名。……我が校の校則、第8条第3項を覚えているかね?」


「はい。『部活動の新規設立には、最低6名の部員を要する』……ですね」


「その通りだ!!」


バンッ!!


鮫島が机を叩く音が、静かな部屋に響き渡る。


「たった3人で部活だと!? ふざけるのもいい加減にしたまえ! 部活動とは、集団行動を通じて協調性を養う神聖な場だ! それをなんだ、仲良しグループの遊び場と勘違いしているのではないか!?」


「まあ、おっしゃる通りですが……」


「却下だ、却下!! 即刻突き返してきなさい! 『ルールを守れん人間に、何かを成し遂げる資格なし!』とな!」


鮫島はふんぞり返り、自身の完璧な論理に酔いしれた。 この桜川東高校の伝統と規律は、こうして守られてきたのだ。


「……そうですか。わかりました」


白石は淡々と書類を手に取る。


「では、染谷くんと坂下さんには、そのようにお伝えします」


「うむ。染谷くんと坂下さんに……ん?」


鮫島の動きがピタリと止まった。 ゆっくりと、油切れのロボットのように首を教頭の方へ向ける。


「……今、なんと言った?」


「ですから、申請者の名前です。代表者は1年B組、染谷 大地。副代表は同じく1年B組、坂下 泉。……今年の新入生代表の二人ですよ」


「…………」


沈黙。 校長室に、重苦しい……いや、何かが高速で回転するような音が聞こえてきそうな沈黙が流れる。


鮫島の脳内では、スーパーコンピューター並みの演算が行われていた。


(染谷 大地……入試満点の怪物。坂下 泉……文武両道の才女。この二人は、我が校の偏差値を、いや、ブランド力を底上げする『宝』だ!) (その二人が……部活を作りたいと言っている? それを私が、『ルールだから』という理由で握りつぶしたとしたら……?) (『校長の石頭のせいでやる気をなくしました』なんてことになり……最悪、転校でもされたら……!!)


「……教頭」


「はい」


「……この、『セパタクロー』というのは、どんな競技かね?」


「東南アジア発祥の球技ですね。『空中の格闘技』とも呼ばれる、非常にアクロバティックなスポーツだとか」


「ほう……空中の、格闘技……」


鮫島は顎に手を当て、天井を見上げた。


「……素晴らしい」


「はい?」


「素晴らしいではないか!! 異文化への理解! そして新たな可能性への挑戦! これぞ、我が校が掲げる『グローバルな人材育成』そのものではないか!!」


鮫島は立ち上がり、両手を広げた。まるで演説を行う政治家のように。


「……しかし校長。部員数は3名ですが」


「馬鹿者!! 数は問題ではない! 重要なのは『質』だ! そして『熱意』だ!!」


「校則には最低6名と……」


「法律だって時代に合わせて変わるのだ! 校則ごとき、柔軟に対応しなくてどうする! 彼らのような突出した才能には、相応の環境が必要なのだよ。それをサポートするのが、我々教育者の務めだろうが!!」


(……さっきと言ってることが180度違うんですが)


白石の冷ややかな視線をものともせず、鮫島は申請書に『承認』の判子を豪快に押した。


「特例だ! この『セパタクロー部』の設立を、特例として認める! 彼らには、我が校の看板として……いや、広告塔として大いに活躍してもらわねばならんからな! ガッハッハ!!」


「……(本音が漏れてますよ)」


こうして、大人の事情(と下心)により、セパタクロー部は奇跡的なスタートを切ることとなった。


***


それから数日後__。


「失礼します……」


おずおずと校長室に入ってきたのは、眼鏡をかけた気弱そうな男子生徒だった。


「ん? なんだね君は」


「あの……僕たち、映画鑑賞部を作りたいと思って申請書を持ってきたんですけど……」


「ほう、映画か。いいじゃないか。感性を磨くにはうってつけだ」


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! ただ、部員がまだ3人しか集まってなくて……」


男子生徒が言いかけた、その瞬間。


「喝ァアアアツ!!!!」


ドォォォン!!!


鮫島の怒号が雷のように落ちた。男子生徒は「ひっ!」と悲鳴を上げて飛び上がる。


「さ、3人だと!? 舐めるのもいい加減にしたまえ!!」


「え、でも、セパタクロー部は3人で……」


「あれとこれとは話が別だ!! あちらは『スポーツ』! 健全な肉体と精神を育む神聖な活動だ! 対して君たちはなんだ!? 暗い部屋で画面を眺めるだけではないか!!」


「そ、そんな……映画だって立派な文化で……」


「黙りなさい!! 今は春だぞ!? 桜も咲いているというのに、部屋にこもるとは何事だ! 外に出て太陽を浴びんか! 大体な、ルールを守れん人間に部活を作る資格などないのだよ!!」


「理不尽だぁぁぁ……!!」


男子生徒は涙目で校長室を走り去っていった。


「ふん、最近の生徒は根性がなってないな。……ん? なんだ教頭、その目は」


「いえ……」


白石は、静かに眼鏡の位置を直した。


(この人……いつか痛い目見ればいいのに)


校長室の窓からは、今日も平和な日差しが差し込んでいる。 この理不尽な世界で、染谷たちの青春は幕を開けるのだった。

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