第8話 2人分のただいま
休憩を終え、ひと息ついたところで再び立ち上がる。
腕に下がった紙袋はずっしりと重いけれど、妙な心地よさがあった。
地図を頼りに、ショッピングモール内に出店されているホームセンターに入る。
服屋とは一味違う雰囲気が漂い、私の心をキュッと締め直した。
「さぁーて、まずは何を買おうかな?」
「えっと、生活用品って具体的に何を?」
「雪ちゃん用のタオルとか歯ブラシとか、食器とか……まあ色々」
そう私は軽く言うが、雪ちゃんは手に持つ紙袋を両手で握りしめて、頬を赤く染めていた。
ちょっと思い掛けない反応に少しドキッとした。
「ど、どうしたの?」
「い、いえその……これから一緒に暮らすと言う実感が今になって湧いてきて、その……緊張してしまって」
「ふふ、大丈夫だよ。むしろ、最初から全部できる人なんていないよ。雪ちゃんはゆっくり慣れていけばいいからね」
そう言うと、雪ちゃんの頬をほころばせた。
その可愛らしい表情に私は思わず、目を逸らしてしまった。
「ま、まずは小物から見にいこっか」
雪ちゃんの手を引き、歯ブラシやバスタオルが置いてある日用品売り場に向かう。
両脇に並ぶ棚は無数の商品で埋め尽くされ、色合いも相まって虹が掛かっているようだ。
「す、すごい数ですね。どれを買えば良いのか……」
「何を買えば正解とかはないから、好きなやつを選べばいいよ。ほら、好きな色とか、触り心地とか」
「す、好き……ですか?」
雪ちゃんは好きという単語を噛むように繰り返し、タオル売り場の棚をおそるおそる覗き込んだ。
ふわふわのタオルを指でつまみ、そっと頬に当てる。
その瞬間、雪ちゃんの表情がきゅっと緩んだ。
「……これ、すごいフカフカで気持ちいいです」
「ふふ、気に入った?じゃあ、それにする?」
「で、でも……良いんですか?」
「うん!もちろん」
そう返すと、雪ちゃんは照れくさそうに視線を落とした。
服を買った影響か、少しだけ遠慮がなくなっている気がする。ほんの少しだけど、雪ちゃんにも変化が現れていると思うと心が弾んだ。
「じゃあ、私も心機一転!色違いを買っちゃお」
何気なく言いながら青色のタオルを手に取った瞬間、雪ちゃんの肩がぴくっと揺れた。
「ゆ、友希さんも……同じものを……?」
「うん。雪ちゃんが選んだやつ、なんか良いなって思って」
ぽすんと雪ちゃんが視線を落とし、その耳が赤く染まる。
「……おそろい、ですね」
その小さな呟きに、胸の奥がじんわり熱くなった。
拒まれなかった安堵と、同じものを使えるくすぐったさ。
その奥で、名付けられない期待が静かに芽吹いていく。
(雪ちゃん……少しは私のことを受け入れてくれたのかな)
そんな考えが浮かんだ自分に、思わず笑みがこぼれた。
その後も、私達は歯ブラシや食器、洗面道具を1つ1つ選んでいった。
雪ちゃんはどれを見ても戸惑いながら、時々こちらを見上げてくる。
「こ、これも……その……可愛いと思います」
雪ちゃんが選んだものはどれも柔らかい色や丸みのある形ばかりで、彼女の性格が滲み出ている気がした。
「うん、いいね。じゃあ私も」
雪ちゃんに感化されたのか、気がつけば私まで買っていた。
一人暮らしが始まった日を思い出す。
あの日も満身創痍で、1人で色々な物を買った。
子供の頃から家事全般は私が担っていたから、日用品や生活用品の買い物に苦労はなかった。
でも、1人で用品を選んでいる時の孤独感は今も覚えている。
だけど、今は雪ちゃんがいる。彼女との生活が始まることにワクワクしている自分がいた。
買い物かごが2人の物で溢れた頃には、私達の歩幅はほんの少しだけ合っていた。
会計を済ませ、レジ袋を受け取る。
机などの大物は配送を頼み、今日は最低限の生活用品だけを持ち帰ることにした。
ふと隣を見ると、雪ちゃんは袋の中をそっと覗き込み、どこか落ち着かない様子で指先を動かしていた。
「どうしたの?」
「い、いえその……な、何でもありません」
そう言う彼女の頬はほんのり赤く、艶やな表情を見せている。
不思議に思いつつ、買い物を終えた私達は軽く夕飯を済ませることにした。
疲れていたのか、会話は少なめだったけれど、不思議と沈黙は苦しくなかった。
夕暮れの道を並んで歩く。
両手には買い物袋、肩には疲労感が募っていた。
夏の熱気が残る夜道に、コツコツと2つの足跡だけが響いていた。
そんな静寂を破るように雪ちゃんが口を開いた。
「……今日は……その……ありがとうございました」
前を向いたまま、でも声はちゃんと私に向いている。
「楽しかったです。……緊張もしましたけど」
「そっか。なら良かった」
それ以上は言わなかった。
でも、歩く速度が自然と揃っていることに気づいて、胸の奥が静かに温かくなった。
今日一日で、何かが少しだけ変わった。
まだ名前はつけられないけれど、確かに前より近い。
家の前に立ち、鍵を取り出す。
その音はやけに大きく響いた。
「……ただいま」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からないまま、私はドアを開けた。
玄関に入り、私は後ろを振り向いた。
その意味を察したのか、彼女はぎこちない口調で言う。
「た、ただいま……です」
「お帰りなさい」
その言葉が、この家にもう一つの息遣いを運んできた気がした。




